第28話 家族旅行へ、青空のドライブと砂浜に咲く四つの笑顔
旅行当日の朝は爽やかな青空が広がり、まるで俺たちの出発を祝福するかのように眩しい太陽の光が降り注いでいた。
「それじゃあ、皆、乗車完了ね。シートベルトはしっかり締めた?」
運転席に陣取った桐乃さんが、愛用のスタイリッシュなサングラスをクイッと押し上げながら、バックミラー越しに後部座席の俺たちを確認した。
今日の彼女は、知的でタイトな弁護士としてのスーツ姿とは打って変わり、大人っぽいカジュアルなシャツにデニムというラフな装いだ。それでもどこか凛とした気品が漂っているのは、さすが彼女らしいところだった。
「はーい! ばっちりOKだよ、桐乃お姉ちゃん!」
助手席で凛ちゃんが元気よく返事をしながら、嬉しそうに両手をパタパタと動かす。
その後ろの座席には、俺と玲那さん、そして爽花さんがゆったりと腰掛けていた。
「しゅっぱーつ!」
凛ちゃんの威勢の良いかけ声とともに、桐乃さんが優しくアクセルを踏み込む。
レンタカーの真っ白なミニバンは、軽やかなエンジン音を響かせながらガレージを滑り出るように走り出し、一路、俺たちを待っている海辺の目的地へと向かって進んで行った。
車内は、ワクワク感と家族旅行への期待で、一気に賑やかな雰囲気に包まれた。
車の窓を少しだけ開けると、心地よい初夏の風がサーッと吹き抜けていき、車内にこもっていた古い空気を一掃してくれる。
「新しく買った水着、着るの楽しみだなあ!」
凛ちゃんが弾けんばかりの笑顔で言った。
昨日皆であれほど悩んだ末に選んだ水着だ。女の子にとって、海に行く前の水着選びとそれを着る瞬間というのは、何物にも代えがたい一大イベントなのだろう。その無邪気にはしゃぐ姿を見ているだけで、こちらも自然と口元が緩んでしまう。
「ふふ、凛ちゃんは本当に楽しみにしてたもんね。でも、忘れないでよ、今回の旅行のメインは海だけじゃないんだから」
助手席の背もたれに軽く腕を預けながら、爽花さんがニヤリと得意げな笑みを浮かべた。彼女は今日はよそ行き用の清楚モードなのでブラウスとフレアスカートという上品なコーデだ。
「旅館の料理も、めちゃくちゃ楽しみなんだから! ネットの口コミで徹底的に調べ上げたんだけど、あの宿の夕食に出てくる日本海の新鮮な海の幸、特にアワビの踊り焼きと特選舟盛りはガチでヤバいらしいんだよ。私のサイバーリサーチに狂いはないからね。今夜ばかりはダイエットとかカロリーとかいう概念はすべてデジタルのゴミ箱にポイして、限界まで胃袋に詰め込む予定!」
「ちょっと爽花、あなたねぇ……旅行先での食事の楽しみ方は否定しないけれど、初日からそんなに暴飲暴食してたらお腹を壊すわよ」
運転しながら、桐乃さんが呆れたような笑いを浮かべてチクリと釘を刺す。
「もう、桐乃姉さんは堅いんだから! 旅の醍醐味は食い気に決まってるでしょ!」
爽花さんがぷっと頬を膨らませて抗議すると、車内にはパッと明るい笑い声が広がった。そんな和やかなやり取りを、隣で聞いていた玲那さんが、ふわりと温かな微笑みを浮かべながらそっと口を開いた。
「でも、温泉もすごく楽しみだなあ。ドライブや海で遊んだ疲れをゆっくり癒やせるし……なんでも、今日泊まる旅館の温泉はお肌がツルツルになる美肌効果もあるらしいから、桐乃お姉ちゃんもきっと気に入ると思うの」
玲那さんのその言葉に、運転席の桐乃さんが「ふむ、美肌効果ね……それは確かに見逃せない情報だわ」と、興味津々なトーンで相槌を打つ。
日頃から多忙を極め、法律事務所でピリピリとした緊張感の中に身を置いている彼女にとっても、源泉かけ流しの温泉という癒やしは魅力的らしい。
「そうだよね。家族みんなで旅行に来るなんて、本当に久しぶりだし……何より、空君もこうして一緒に来てくれたことが、私にとっては一番嬉しいかな」
玲那さんがふと視線を隣の俺に向け、柔らかく、包み込むような瞳で見つめてくれた。
「……そうだね。こうして皆と一緒に出かけられるなんて、少し前までは想像もできなかったからさ。本当に、ありがとう、皆」
俺が少し気恥ずかしさを覚えながらも素直な気持ちを口にすると、車内の空気がさらに優しく、親密なものに包まれた。
「なに改まって照れてるのよ、空君。私たちは家族なんだから、これくらいの当たり前の幸せを味わう権利が、あなたには十分にあるのよ」
桐乃さんがルームミラー越しにしっかりと前を見据えたまま、力強く頼もしい言葉をかけてくれる。
それからも俺たちの乗ったミニバンは順調に距離を重ね、やがて都会の喧騒を完全に置き去りにするかのように、車窓の景色は緑豊かな山並みから、どこまでも広がる青い水平線へと少しずつ姿を変えていっていった。
そして、数時間のドライブを経て、俺たちが到着したのは、打ち寄せる波の音が心地よく響く、海辺の静かな温泉旅館だった。
その宿は、白い砂浜が広がるメインのビーチから歩いてわずか一分という、これ以上ないほど最高の立地にあった。潮風の香りと、遠くで聞こえる波のざわめきが心地いい。
「わあ、すごい! 海がすぐ目の前だよ!」
車を降りるなり、凛ちゃんは両手を大きく広げて深呼吸し、潮の香りを体いっぱいに吸い込んだ。
「本当ね。部屋からの景色も期待できそうじゃない」
桐乃さんが車のキーをしまいながら、満足げに頷く。
俺たちはそれぞれトランクから自分の荷物を持ち出し、趣のある旅館のエントランスをくぐった。
仲居さんに案内されて通されたのは、和の趣を残しつつもモダンにリノベーションされた、広々としたオーシャンビューの和室だった。障子を開け放つと、目の前には遮るもののない真っ青な海原と、白く輝く砂浜がパノラマのように広がっている。
「うわぁ、めっちゃいい部屋じゃん! 最高! すぐにでも海に飛び込みたい気分!」
爽花さんがドサリと自分の大きめのボストンバッグを畳の上に降ろしながら、声を弾ませる。
「よし、それじゃあ善は急げ、だね! 皆、さっそく着替えて海の家に行こうよ!」
凛ちゃんが待ちきれないといった様子で、持参したバッグをガサゴソと漁り始める。
「そうだね。じゃあ、準備ができたら、海の家の更衣室の前で合流しよう」
玲那さんの提案に、俺は「分かった、じゃあ先に行って待ってるよ」と答え、自分のサーフパンツとラッシュガードを手に持って部屋を一旦退出した。
旅館の近くにある綺麗な海の家の更衣室でサッと着替えを済ませ、指定された場所で待っていると、ほどなくして四姉妹がそれぞれに色鮮やかな水着姿でやってきた。
まず最初に目を引いたのは、桐乃さんの水着姿だった。彼女が選んだのは、知的で洗練された彼女の雰囲気からは外れたセクシーなハイレグ仕様の鮮やかなターコイズブルーのビキニに、大ぶりのサングラスを頭に引っ掛けたリゾートスタイルだった。彼女の抜群のスタイルをこれでもかと強調するような大胆なデザインは、浜辺を歩けば間違いなく周囲の視線をすべて釘付けにするだろう
その隣で、爽花さんは、清楚モードらしく、落ち着いたネイビーカラーのシックなワンピースタイプの水着だった。一見するとシンプルに見えながらも、ウエストラインの絶妙なカッティングと、背中の大胆な開き具合が、大人の女性ならではの圧倒的な色気と気品を醸し出している。普段のだらしなさとのギャップに、俺は思わず一瞬息を呑みそうになった
そして、玲那さんは、淡いパステルピンクとホワイトを基調とした、ふんわりとしたフリルがあしらわれた可愛らしいビキニ姿だった。彼女の持つおっとりとした清楚な雰囲気と、純白のフリルが絶妙に調和していて、まるで海の妖精のように可憐で守ってあげたくなるような愛らしさを放っている。
恥ずかしそうに自分の裾を少しだけ引っ張りながら、「……どうかな、変じゃない……?」と控えめに微笑む姿には、胸の奥がキュンと締め付けられるような破壊力があった。
最後に、末っ子の凛ちゃんは、太陽の光によく映えるビタミンカラーのイエローのビキニに、お揃いの柄の可愛いパレオをふんわりと巻いていた。元気いっぱいな彼女の性格にぴったりの明るくポップなデザイン。健康的に引き締まった足元と無邪気な笑顔が眩しいほどに輝いている。
「ねえねえ、空お兄ちゃん、私似合ってる!?」とクルッと一回転してみせるその姿は、見ていてこちらまで笑顔になってしまうほどの強烈な可愛さだった。
「皆、空君が目のやり場に困ってるわよ」
桐乃さんがからかうように言う。
それぞれが全く異なる個性と魅力を放つ四姉妹の水着姿を目の当たりにした俺は、慌てて視線を泳がせながら、どうにか平静を装うのに必死だった。
そんなドキドキの水着姿のお披露目を終えた後は、海の家のすぐ隣にある砂浜の一角へと移動した。
「それじゃあ海の家で借りてきたレジャーシートをここに広げて、パラソルを立てましょう。荷物は盗難とかも怖いし、誰かがローテーションでここに残って見ていましょうか」
桐乃さんがテキパキとリーダーシップを発揮し、砂浜に鮮やかな青いパラソルをしっかりと固定していく。
「それなら最初の番は私に任せてください。 皆さんが海で遊んでいる間、しっかり荷物を守りつつ、素敵な写真をたくさん撮っておきます」
爽花さんがおしとやかに申し出た。
「ありがとう、爽花お姉ちゃん。じゃあ、お言葉に甘えて最初のターンは私たちが海に入らせてもらうね。しばらくしたら交代するから」
玲那さんが爽花さんに微笑みかけ、俺たちは準備運動を軽く済ませると、一斉にキラキラと輝く遠浅の海水へと足を踏み入れた。
「わあぁっ、冷たくて気持ちいいーーっ!」
冷たい海水が足のつま先に触れた瞬間、凛ちゃんが嬉しそうに歓声を上げ、パシャパシャと波しぶきを立てながら一目散に沖の方へと駆けていく。
「ちょっと、凛、いきなりそんなに走ると危ないわよ!
「あははっ! それっ!」
「って、きゃっ、冷たっ!」
追うように駆け出した玲那さんに、凛ちゃんがわざとらしく大きな水しぶきを浴びせかけ、そこから一気に水上でのキャッキャとした追いかけっこが始まった。
「ふふ、二人とも子供みたいにはしゃいじゃって……。それなら、私も手加減なしでいかせてもらうわよ!」
少し離れた場所で波に揺られていた桐乃さんも、普段の冷静な仮面をかなぐり捨てて、手のひらで海水をすくい上げると、近くにいた俺に向かって容赦なくピシャリと浴びせてきた。
「っと、桐乃さん、それは反則ですよ!」
「ふふっ、隙だらけよ、空君!」
負けじと俺も海水を跳ね返すと、水面はあっという間に笑い声と水しぶきが飛び交う賑やかな戦場へと変わっていった。
冷たい海水が火照った肌を心地よくクールダウンさせ、胸の奥底にあったわだかまりや澱のような感情を、すべて綺麗に洗い流していくかのようだった。
青い空、どこまでも広がる水平線、そして目の前で心から楽しそうに笑っている家族たちの姿。
今、この瞬間に感じている温もりと幸福こそが、何物にも代えがたい俺の本物の現実なのだと、波の音を聞きながら強く心に刻み込んでいた。




