第20話 驕りの絶頂
Side:藤嶺徹
薄暗い部室の片隅、誰にも見つからないようにと施錠された空間の中では、空気が淫靡に澱んでいた。
冷徹な支配と、絶対的な屈辱の構図。
俺の目の前には、あの日からすっかり生気を失い、ただの人形のように成り下がった水瀬葵が膝をついている。
バスケ部のマネージャーとして、いつもはピリッとした態度で周囲を補佐していたあの生意気な女の面影は、今や微塵もない。
薬物と恐怖で完全に飼い慣らされたこの女は、もはや俺の言いなりになるだけの便利な玩具にすぎなかった。
「──これでいいですか?」
葵が、かすれ果てた、どこか諦めきったような声で呟いた。
彼女は俺の足元からゆっくりと立ち上がると、濡れた唇を拭い、苦々しげに顔を歪めながらその口内を見せてみせた。
その屈辱にまみれた表情を見ているだけで、俺の胸のうちは歪んだ優越感と、底知れない快感で満たされていく。
「よし。よくできたな、葵。お前は本当にいい子だよ」
俺はあざ笑うように彼女の顎を指先で軽く掴み、ねっとりと視線を絡ませた。
「……ご褒美をくれてやる。壁に両手をついて、こっちに尻を突き出せ」
「……はい。早く、終わらせてください……」
涙を滲ませた彼女は、抵抗することすら忘れ、言われるがままに部室の壁へと這うように移動した。
そして、ブルブルと細かく震える両手を壁につき、情けなくもその尻をこちらへと突き出す。
制服のプリーツスカートがめくり上げられ、無防備に露出したパステルグリーンのショーツが、薄暗い部屋のなかでやけに鮮やかに目に飛び込んできた。
これだ。すべてを俺の思い通りに動かし、相手のプライドを心の底から踏みにじるこの瞬間が、俺は何よりも好きだった。
空の奴を冤罪でハメて学校から追い出し、美術部の吉岡美誓をも俺のベッドの上で骨抜きにし、そしてこの生意気なマネージャーまでもが俺の奴隷のようにひざまづいている。
今の俺は、この学園の、いや、世界の頂点に君臨しているような全能感に包まれていた。
俺はにやりと笑い、そのパステルグリーンのショーツのクロッチ部分に手をかけようと、指を伸ばした。
その時だった。
ドンッ、ガタガタガタッ……!!
「おい! 藤嶺! 中にいるんだろ! すぐに出て来い!」
突然、閉ざされた部室のドアが、蝶番が壊れんばかりの勢いで荒々しく叩かれた。
静寂を引き裂くような怒号と、激しいノックの音。
それは、この部室を占拠していた俺の神経を逆撫でするには十分すぎるものだった。
「……っ!?」
目の前で壁につかまっていた葵が、びくりと激しく肩を跳ね上げ、恐怖に満ちた目で振り返ろうとする。
「ちっ……! よりもよって、こんな時に邪魔が入ったか……!」
俺は舌打ちを激しく鳴らし、苛立ちに任せてベルトを無理やり締め直した。
ドアを叩いているのは、バスケ部のキャプテンの野郎に違いなかった。こんな間際で水を差されるとは、まったく不運としか言いようがない。
だが、ここで部室の中にいるところを他の部員に見つかるわけにはいかない。
特に、葵がこんな半裸の状態でいるところを見られたら、どれだけ面倒なことになるか分かったものではない。
俺は不機嫌極まりない顔つきで葵を睨みつけ、低い声で脅した。
「おい、服をきっちり直して隅で大人しくしてろ。変な声を上げたら、動画を今すぐ全校生徒のグループLINEにバラまくからな」
「……はい……わかってますから……」
青ざめた顔で服を整える葵をその場に放置し、俺はイライラをそのまま全身に纏いながら、重い足取りでドアへと歩み寄った。
ガチャリ、と内側の鍵を乱暴に回し、勢いよく扉を開け放つ。
「んだよ、うるせぇな。そんなに大声出して、何の用だ?」
そこに立っていたのは、やはり眉間に深いしわを寄せ、鬼のような形相をしたバスケ部のキャプテンだった。
§
キャプテンの怒気を含んだ視線が俺を射貫く。
どうやら、部活の全体練習の時間が始まっているにもかかわらず、俺が勝手に姿を消して戻ってこなかったことがお気に召さなかったらしい。
「おい、藤嶺! お前、今日の全体練習に大幅に遅れて、今までなにをやっていたんだ!」
キャプテンは開口一番、怒鳴るような声で俺を激しく咎め立ててきた。彼の背後には、遠巻きにこちらの様子を伺う他の部員たちの姿もちらほらと見えている。
「あぁ? 別にいいだろ、少し遅れたくらいで。そんな大声出すなよ、耳障りだな」
俺は面倒くさそうに片側の耳を指でほじりながら、あしらうように冷めた声を返した。
最近の俺は、空を嵌めて追放し、吉岡美誓を手に入れ、ネットの裏工作で世論すらもコントロールして勝者としての階段を駆け上がっているという強烈な自負があった。
だからこそ、目の前にいる単なる部活のキャプテンごときが、俺に対して偉そうに指図してくることが滑稽で仕方がなかった。
「ふざけるなっ!」
キャプテンは俺のその不遜な態度に完全にブチ切れ、さらに一歩前に詰め寄ってきた。
「最近のお前は本当にたるみすぎている! 練習には遅刻するわ、勝手な行動は目立つわ、部の規律を完全に乱しているんだぞ! 部員たちからも、お前の素行について何度も不満が上がってるんだ。少しは反省したらどうだ、なんだそのふざけた態度は!」
反省? この俺が?
頭に血が上ったのか、キャプテンは真っ赤な顔をして俺を睨みつけている。その姿が、まるで井戸の中で威張るカエルのようにしか見えなくて、俺は思わず鼻でフッと笑ってしまった。
「は? 反省ねぇ……。ちょっと遅れたくらいで、そんなにガミガミ言うなよ。めんどくせぇなぁ。そもそも、俺がちょっとくらいサボったって、誰も文句言えねぇだろ?」
「なんだと……!?」
「だいたいさぁ」
俺はさらに挑発するように、キャプテンの目を真正面から見据えて言い放った。
「俺がこの部で一番上手い、圧倒的なエースなんだからさ。俺がいてこそのこのバスケ部だろ? 俺の機嫌を損ねて、大会で勝てなくなってもいいわけ? もう少し自分の立場をわきまえたらどうですか、キャプテンさん?」
「お前……! 自分さえよければそれでいいのか! どれだけチームメイトが不快な思いをしていると思ってるんだ!」
キャプテンは怒りのあまり全身をわななかせ、今にも殴りかかってきそうな勢いで拳を握りしめている。
けれど、俺はその怒りすらも心地よい見下しの対象として楽しんでいた。
実力さえあれば、規律やモラルなんてものは全部クソくらえなのだ。空の奴だって、俺の完璧な計画の前に手も足も出ず、今頃ネットの海で犯罪者としてボコボコに叩かれている。俺に逆らう奴なんて、この学園にはもう誰もいないはずだった。
「そんなに俺の態度に文句があるならさ……」
俺は冷ややかな笑みを浮かべ、キャプテンの顔のすぐ近くまで顔を近づけた。
「俺よりバスケが上手くなって、実績を残してからにしてくださいよ。口だけ達者な無能に、これ以上説教される筋合いはないんでね」
「てめぇ……いい加減にしろよ……っ!!」
キャプテンの怒号が廊下に響き渡る。
しかし、俺はその怒りを完全に無視し、鼻で笑いながらその場から背を向けた。
フッ、相変わらず頭の固い連中ばかりだ。
現実でもネットでも、すべては俺の掌の上で完璧に回っている。
勝利の陶酔のなかに浸りながら、俺は次の標的をどこにするべきかと考え始めていた。




