第17話 泥沼の檻の中で
Side:水瀬葵
カラオケボックスの薄暗いパーティールームの片隅で、私──水瀬葵は、耐えるようにぎゅっと身体を縮こまらせていた。
事の発端は、ほんの数時間前のことだった。
私はバスケ部のマネージャーを務めているのだけど、その日は土曜の午前中で部活の練習が終わり、更衣室で片付けをしていたところを、同じマネージャーの先輩二人から声をかけられたのだ。
「葵ちゃん、今日の午後、バスケ部の男子たちと一緒に少人数で息抜きを兼ねたご飯会をやるんだけどさ、一緒に来てくれない? 人数合わせでどうしても足りなくて困ってるのよ」
そう言われて、私は内心ひどく気が進まなかった。
バスケ部の男子たち、特に藤嶺先輩やその取り巻きの連中は、普段から我が物顔で部活の雰囲気を牛耳っており、どこか威圧的で苦手な存在だったからだ。
でも、先輩からの頼みをその場で無下に断る勇気もなく、「は、はい……少しだけなら……」と、流されるままに返事をしてしまった。
そして案内されたのは、駅から少し離れた雑居ビルにある古びたカラオケボックスだった。
部屋に入ると、すでに藤嶺先輩をはじめとするバスケ部の主力メンバーが数人、未成年でありながら缶ビールを片手に待ち構えていた。個室のテーブルには大量のピザやスナック菓子、そしてアルコール類の缶が山のように積まれている。
「お、来た来た。可愛い後輩マネージャーが来てくれたおかげで、パーティーが華やかになるな。まあ座れよ」
藤嶺先輩に促されるまま、私は一番入り口に近いソファの端に腰を下ろした。
最初こそ他愛のない部活の雑談が交わされていたけれど、時間が経つにつれて雰囲気がおかしな方向へ変わり始めた。
先輩たちはしきりに私や他のマネージャーのグラスにお酒を注ぎたがり、「未成年だから飲めません」と断ると、「つきあい悪いな、一口くらい舐めるだけでいいからさ」と強引にグラスを押しつけてくる。
私は法律を破るような真似はしたくない。
そのため、グラスに口を付けることすらはっきりと拒絶し、代わりに手元にあったウーロン茶をちびちびと飲んでいた。
けれど、そのウーロン茶の味が、どこか微かに苦く、薬品のような違和感を覚えたのは、すでに手遅れになりかけた頃だった。
あれ……? なんか急に、頭がくらくらする……?
視界の端がぐにゃりと歪み、さっきまで目の前で笑っていた先輩たちの顔が幾重にも重なって見える。頭の芯が鉛のように重くなり、手足の力がすっと抜けていくような、圧倒的な倦怠感。
「おや、葵ちゃん、顔色悪いぞ。酔っ払っちゃったのかな?」
誰かのそんな皮肉な笑い声を最後に、私の意識は急激に暗い底へと沈み込んでいった。
§
再び目を覚ましたとき、そこがどこなのかを理解するのに数秒の思考を要した。
先ほどのカラオケボックスのソファの上だったけれど、部屋の照明はさらに落とされ、カーテンの隙間から差し込む西日が赤黒く室内を染め上げている。
周囲にはマネージャーの先輩たちの姿はなく、残っていたのは藤嶺先輩と、彼の取り巻きである男子生徒が数人だけだった。
身体を起こそうとしたけれど、手足がまるで自分のものではないように重く、痺れたように動かない。頭が割れるように激しく痛み、喉の奥がカラカラに乾いていた。
「お、やっと目を覚ましたか。眠り姫のご帰還ってわけだな」
ソファの真ん中にふんぞりかえっていた藤嶺先輩が、不敵な笑みを浮かべながら自分のスマホを私の目の前に突きつけてきた。
何が起きたのか分からないまま、ただ恐怖に震えながら、私はその画面に目を向けた。
そして、次の瞬間、全身の血が一気に凍りつくのを覚えた。
……!
画面の中で再生されていたのは、紛れもなく、意識を失ってぐったりとしている私自身の姿だった。
薄暗い部屋のなかで、動けない私の身体を取り囲む男たち。
卑劣な笑みを浮かべた彼らが、無抵抗な私に対して淫らな暴虐を働いている、あまりにおぞましいレイプの記録映像だった。
「うひょー、美少女後輩マネの生おっぱいたまんねー」
「口ん中柔らかくてあったけぇよ、おい」
「いい締まり具合だぜ。初物なだけはあるわ、マジで最高」
映像の中から響いてくるのは、他でもない、部活でいつも顔を合わせている先輩たちの下劣な嘲笑と、私の意思を完全に踏みにじる残酷な音声だった。
男たち数人がかりで、私の口、両手、そして下半身の自由を奪い、幾重にも凌辱を重ねていく一部始終が生々しく捉えられている。
「ひっ……あ……、うそ……これ、なに……?」
喉の奥から絞り出した声は、自分でも驚くほどにか細く、震えていた。
涙が一気にあふれ出し、視界がぐしゃぐしゃに歪む。自分が眠っている間に、信じられないほどの汚辱にまみれ、尊厳を踏みにじられていたという事実が、脳髄を焼き尽くすように突き刺さってきた。
拒絶しようにも、薬物の残渣か、あるいは恐怖のあまりに筋肉がこわばり、声すらまともに上げられない。
「安心しろよ、ちゃんとデータはバックアップも含めていくつも保存してあるからさ。お前が変な声を上げたり、警察や親にチクったりしようもんなら……この動画、学年のグループLINEはもちろん、SNSの表舞台からネットの掲示板の隅々にまで、一瞬でバラまいてやるよ」
藤嶺先輩はスマホの画面をひらひらと揺らしながら、冷酷な宣告を叩きつけた。
「お前は今日から、俺たち専用の性処理要因だ。この動画をネット上に流されて、学校中どころか世界中に自分の醜態を晒され、親や友達から蔑みや哀れみの目を向けられたくなかったら……分かるよな? 大人しく俺たちの言うことに従えよ」
その脅しを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になり、心臓の音が耳の奥でドクンドクンと暴力的なノイズを響かせた。
抵抗したい。許さないと叫びたい。
でも、この動画がネットに流出したら、私の人生はそれだけで終わってしまう。
学校にはいられなくなり、両親を失望させ、友人たちからは軽蔑の視線を向けられ、二度と普通の生活には戻れなくなる。
「どうする? 今すぐネットにアップロードのボタンを押してやろうか?」
「いや、待てよ、こいつの泣き顔、そそるぜ。ちょっともう一回、可愛がってやろうか」
「なあ、葵、お前から『お願いします、私を好きにしてください』って言ってみろよ」
男たちの下卑た笑い声が、薄暗い部屋の中で何重にも反響する。
私はガタガタと震える唇を噛み締め、両手で顔を覆い、ただただ崩れ落ちるように泣き叫ぶことしかできなかった。
逃げ場のない絶望の檻の中で、私の誇りも、日常も、未来のすべてが、音を立てて崩れ去っていった。




