第12話 明かされる裏切り、湯けむりのラッキースケベ
夕暮れの茜色が、タワーマンションの最上階のガラス窓を柔らかく染め上げていく。
オープンキッチンのほうから漂う香ばしい匂いに誘われるように、仕事や学校を終えて帰宅していた逢沢家の四姉妹がリビングへと集まってきた。美女、美少女の四人が揃うと、部屋の中は一気に華やかな活気を取り戻す。
「皆、今日も一日お疲れ様」
俺が手際よく仕上げた温かな夕食の数々がテーブルに並べられていく。
ジューシーなハンバーグに、シャキシャキとしたグリーンサラダ、そして野菜がたっぷり溶け込んだスープ。毎日のように俺が振る舞う手料理は、今や彼女たちの最高の楽しみとなっていた。
「「「いただきます!」」」
全員で手を合わせ、和やかな雰囲気の中で夕食の箸が進み、美味しい料理を囲みながら、今日の出来事について自然と会話が弾んでいく。
そんな中、新聞部に所属する凛ちゃんが、フォークをピタリと止め、少し真剣な表情を浮かべて口を開いた。
「ねえ、みんな。ちょっと聞いてよ。今日ね、学校で面白い……というか、不審な情報を掴んできたんだ」
「ふむ、新聞部としての極秘スクープってやつ?」
爽花さんがハンバーグを頬張りながら、面白そうに目を細める。
「うん。実は今日、高等部のほうに取材の名目で潜り込んで、あの冤罪事件の当事者たちにいくつか聞き込み調査をしてきたの。空お兄ちゃんを嵌めた藤嶺徹と赤羽架純、そして、お兄ちゃんのアリバイを証明してくれるはずの美術部部長の吉岡美誓さんにもね」
その名前が出た瞬間、俺はハッと顔を上げた。
吉岡美誓。
美術部において、いつも「あなたはうちの部で一番の有望株なんだから、コンクールでも絶対に入選してよね、期待しているわ」と優しく声をかけ、気にかけてくれていた憧れの先輩だ。
彼女であれば、あの日の放課後に中庭で一緒にスケッチをしていた事実を完璧に証言してくれるはずだった。
「吉岡先輩にね、『あの日の夕方五時丁度に、中庭で遠坂空さんと一緒に絵を描いていましたよね?』って尋ねてみたの」
凛ちゃんは少し声を潜め、テーブルの空気を引き締めるように続けた。
「そしたら、藤嶺と赤羽のほうは『あいつはあの時間、一人で別の場所にいた』って口裏を合わせたような証言をしてたんだけど、肝心の吉岡先輩の答えが、予想外というか、あまりにも冷たかったの。『いいえ、私はあの時、確かに中庭で描いていたけど、それは一人でよ。空君はその日、一人で行動してたはず』って、きっぱり否定されたんだよ」
「……えっ?」
俺は思わず声を漏らした。頭の中で、記憶の断片が激しく軋む。
「そんな……はずはない。あの日の夕方五時、確かに俺は中庭の木陰で、吉岡先輩の隣に座って風景画のクロッキーをしていたはずだ。先輩のほうから『ねえ空君、ここの光のグラデーション、どう描けばいいと思う?』って話しかけてきてくれたんだから……間違いない。確かに俺たちは一緒にいたんだ」
「それじゃあ、その吉岡先輩が意図的に嘘をついてることになるよね」
玲那さんが眉をひそめ、フォークを置いた。
「そうなるね。彼女の証言は空お兄ちゃんのアリバイを証明するどころか、完全に潰すものになってるんだよ」
「でも、なんで……?」
俺の胸の内で、冷たい波紋が広がっていく。
「吉岡先輩は、いつも後輩の面倒見が良くて、俺に対しても『期待してるわ』って優しく声をかけてくれていたんだ。あんなに気にかけてくれた先輩が、どうしてわざわざ俺を陥れるような嘘に加担するんだ……? 信じられない」
信じたくないという思いと、冷たい現実の狭間で、頭が混乱していく。
そんな俺の様子を見て、桐乃さんは鋭い眼差しをワイングラスに向けながら、静かに首を振った。
「空君、世の中にはね、表面上の優しい態度や綺麗な言葉だけで人間を判断してはいけないケースがたくさんあるわ。弁護士として数々の人間の裏側を見てきた私から言わせてもらえば、そういう優等生の仮面を被った人間ほど、内側にドス黒い感情を隠していることが多いのよ」
「お兄ちゃん、桐乃お姉ちゃんの言う通りだよ」
凛ちゃんは自分のノートを広げ、真剣な瞳で続ける。
「これは新聞部としての私の直感……いや、確信に近い勘なんだけど、あの吉岡美誓という先輩は、ただの傍観者なんかじゃない。もっと奥で、自分自身の歪んだ欲望や嫉妬のために、この事件の裏で糸を引いているか、あるいは加害者側と裏で繋がっている『狡猾な人』だと思う」
「そんな馬鹿な……。あんな綺麗な先輩が……」
信じたい気持ちと、桐乃さんと凛ちゃんの鋭い分析の板挟みになり、俺は俯くしかたなかった。
「まあ、結果が出れば、白黒ハッキリすることだよ」
爽花さんが明るい声で俺に笑いかけた。
「真実はいつだって一つ。隠そうとしても、デジタルなログや人間のほころびから必ずボロが出るもの。ね、凛ちゃん?」
「うん! とりあえず、これからもあの連中や吉岡先輩の周辺を、新聞部のネットワークを使って徹底的に嗅ぎ回ってみるよ。絶対、尻尾を掴んでみせるからさ!」
凛ちゃんたちの頼もしい言葉に励まされながらも、俺の胸には得体の知れないモヤモヤとした気持ちが残り続けた。
§
夕食が終わり、それぞれの時間を過ごす夜更け。
俺は自室のデスクに向かい、購入してもらった最新の液晶ペンタブレットでイラストの仕上げ作業に没頭していた。
頭に渦巻く複雑な感情をキャンバスにぶつけるかのように、ペンを走らせる手が止まらない。
数時間後、納得のいく一枚が完成し、ペンを置いたときには、心地よい疲労感が全身を包んでいた。
「ふう……今日はさすがに疲れたな」
鉛筆の汚れを落とし、凝り固まった肩を回しながら、俺はふと時計を見た。もうすぐ日付けが変わるところだ。
今日一日でかいた汗や、胸のモヤモヤをすっきりと洗い流すために、寝る前にお風呂に入ることにする。
俺は部屋のクローゼットからバスタオルと着替えを手に取り、静まり返った廊下に出た。
足音を立てないように進み、バスルームの手前にある脱衣所の扉の前に立つ。
ふと、扉を見ると、なぜか半開きになっていた。
「あれ……? 開いてる?」
誰も使っていないだろうと思い込み、俺は特に深く考えず、そのまま扉をスライドさせて中へと足を踏み入れた。
次の瞬間、目の前に広がった光景に、全身の血液が沸騰するように逆流した。
「……え?」
そこにあったのは、予想すらしなかった無防備の極みだった。
脱衣所の暖かな照明の下、そこには、玲那さんが立っていた。
しかも彼女は、完全に衣服を身にまとっていなかったのだ。
「……!?」
玲那さんは今まさにバスタオルで濡れた髪を拭こうとしていたところだったらしく、扉が開いた音に驚いてピタリと硬直した。
整いすぎたスレンダーで滑らかなラインを描くボディラインは、まるで美術館の彫刻のように美しかった。
引き締まったウエストからゆるやかなカーブを描いて広がる形がいいヒップの丸みが、柔らかそうな陰影を落としている。
そして何より、俺の視線を釘付けにして離さなかったのは、その胸元だった。
少し小ぶりでありながらもふっくらとした豊かな乳房が目の前に迫り、その先端には、冷たい空気と緊張感に反応してか、淡いピンク色の乳首が小さく硬く尖って主張していた。
さらに、その滑らかな白い肢体の中心、秘められたアソコを覆うべき布地は一切なく、無防備なまでの自然の美しさが、余すところなく空の瞳に飛び込んできたのだ。
見慣れない生々しい女性の裸体を目の当たりにし、俺は頭が真っ白になった。心臓が爆発しそうなほどのスピードで鳴り響き、顔の温度が一気に跳ね上がる。
「っ……! ご、ごめんっ……!!」
反射的に目を背けようとしたが、あまりの衝撃に足がすくみ、その場から一歩も動けない。
だが、当の玲那さんは、パニックになって大声で悲鳴を上げたり、持っていたタオルで慌てて身を隠したりすることはなかった。
彼女は驚いたように目をパチクリとさせた後、すっと頬をほんのりと朱色に染め上げた。 そして、片手で濡れた髪の毛を軽くかき上げながら、潤んだ瞳でじっと空を見つめた。
恥じらいの色を浮かべながらも、その口元にはどこか蠱惑的な、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「……空君、そんなにじっと見つめられたら……恥ずかしいよ……エッチ」
囁くような、甘く蕩けるような玲那さんの声が、静まり返った脱衣所に響いた。
「っ、ち、違うんだ! 鍵が空いてたから、つい入っちゃって……わざとじゃないんだ! 本当に、ご、ごめん……!」
俺は真っ赤になりながら両手で目を覆い、バタバタと後ずさった。
足がもつれそうになりながらも、どうにか脱衣所の外へと押し出されるように飛び出す。
バタン、と背後で扉が静かに閉まる。
廊下に一人取り残された俺は、壁に背中を預け、荒い息を何度も吐き出しながら、自分の熱くなった両頬を両手で激しく叩いた。
「な、なんてことしてんだ俺は……玲那さんのあんな姿……あぁ、もう顔合わせられないっ!」
扉の向こうから、クスリと楽しげに笑う玲那さんの小さな笑い声が聞こえてきた気がした。




