第11話 レモンイエローの閃光
午前八時を過ぎた頃、最上階の広いリビングは静けさに包まれていた。
長女の桐乃さんは法曹の仕事へと凛々しく出かけ、学生である玲那さんと凛ちゃんもそれぞれの制服に身を包んで元気に登校して行った。
学校で理不尽な停学処分を受けている俺は、朝食の片付けを終えて自室に戻ろうとした矢先、背後からふわりと声をかけられた。
「おっ、空君。今暇?」
振り返ると、そこにいたのは次女の爽花さんだった。
今日の彼女の服装も、相変わらず斜め上を行くものだった。
白地の布地に、これでもかとばかりの黒いゴシック体で『労働はクソ』と大書されたシュールなネタTシャツを着こなしている。なのに、ボトムスだけはお洒落なフレアスカート。
「暇っちゃ暇ですけど……爽花さんは仕事はいいんですか?」
「ふっ、フリーランスのプログラマーをなめてもらっては困るね。納期さえ守れば、働く時間も場所も自由なのさ。いわゆる、デジタル空間の自由人ってやつよ。まあ、世間一般からは『ほぼニート』って呼ばれる生き物だけどね」
自嘲気味に肩をすくめながら、爽花さんはひょいひょいと手招きをした。
「それより、一人で部屋にこもってばかりいるのもなんでしょ。私の部屋に来なさい。面白いことしよう」
言われるがままについて行き、彼女の部屋に入ると、そこは一言で言えばデジタルガジェットの要塞だった。
部屋の壁一面には特注のモニターアームが取り付けられ、複数枚の高解像度ディスプレイがまるでコックピットのように並んでいる。足元にはケーブル類が綺麗に這わされ、特注のゲーミングチェアの周りにはお菓子の袋やエナジードリンクの缶が……と思いきや、綺麗に整理整頓されていた。プログラマーとしての几帳面さが、こういうところにはしっかりと現れている。
「ほら、そこに座って。これ、最近新しく組んだカスタムPCなんだけど、スペックはうちで一番よ」
爽花さんに促されて隣のエグゼクティブなゲーミングチェアに腰を下ろすと、彼女は慣れた手つきでキーボードを叩き、大型ディスプレイにミリタリー調の本格的なオンラインFPSゲームを立ち上げた。
「これ、気になってたんだよねー。でも、ソロだと野良の民度が低くてすぐイライラしちゃうから、ずっと積んでたの。空君、FPSとかやったことある?」
「あ、はい。以前、少しだけ……」
「本当? やった! じゃあ、今から二人でスクワッド組んで無双しようか」
コントローラーを渡され、ゲームがスタートする。
最初は操作感に戸惑ったが、元来の反射神経の良さと、かつてやり込んでいた経験から、すぐに感覚を取り戻していった。
画面の向こうから容赦なく敵の銃弾が飛んでくる戦場。絶妙な位置取りで敵を索敵する爽花さんと、その背後を完璧にカバーしながら正確なスナイパーショットで敵の数を減らしていく俺。阿吽の呼吸とはまさにこのことだった。
「うわっ、右の路地裏から二人来てる! 空君、危ない!」
「任せてください。カバー入ります」
パーン、と乾いた銃声が響き、敵のプレイヤーが鮮やかに地面に崩れ落ちる。
「ナイスすぎる! 今のエイム、まじで神がかってたよ!」
「爽花さんのグレネードのタイミングが完璧だったおかげです」
ヘッドセット越しに響く爽花さんの興奮した声と、隣の席から伝わってくる熱気。
画面の中で見事な連携を決め、次々と敵チームを圧倒していく。
気づけば、マッチは怒涛の連勝街道を突き進んでいた。負け知らずの連勝に、爽花さんは両手をパッと上げて大喜びする。
「やばい、めちゃくちゃ楽しい! 一人でやるより何倍も面白いね、空君ってゲームの才能もあるの!?」
「いや、爽花さんの指揮官としての立ち回りが上手いからですよ」
画面から目を離し、二人で顔を見合わせて思わず笑い合う。午前中から始まったゲームセッションは、気がつけば外の空が赤みを帯びる夕方近くまで夢中になって続いていた。部屋の中には心地よい連帯感と、和やかな笑い声が満ちている。
キーボードから手を離し、爽花は大きく背伸びをした。パキパキと関節が鳴る音が微かに聞こえる。
「ふー、遊びすぎたね。もう夕方か。そろそろみんな、学校や仕事から帰ってくる頃かな……」
そう呟きながら、爽花さんはくるりと椅子を回転させて空の方を向き直った。その瞳に、ふと悪戯っぽく、しかしどこか熱を帯びた光が宿る。
「ねえ、空君」
「はい?」
「今日一日、私に付き合ってくれてありがとうね。すっごく楽しかったし、日頃のストレスも綺麗に発散できたよ」
爽花さんはふっと微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。
そして、部屋の真ん中に立ち、少しだけスカートの裾を指先で摘まむ。
その裾を、彼女は恥じらう様子もなく、むしろ挑発的な笑みを浮かべながら、彼女は両手でふわりと持ち上げたのだ。
「え……?」
俺は思わず言葉を失い、息を呑んだ。
目の前に広がったのは、彼女の清楚な外見や普段のダラけた姿からは想像もつかない、あまりにも刺激的な光景だった。
リラックスしたルームウェアの隙間から覗いたのは、小さなサテンのリボンがあしらわれた、鮮やかなレモンイエローの可愛らしいアンダーウェア。夕陽の光が差し込む部屋の中で、その鮮やかな黄色が一際鮮烈に目に飛び込んでくる。
「っ……な、なにやってるんですか、爽花さんっ!?」
俺は心臓が口から飛び出しそうなほどの衝撃を受け、反射的に顔を真っ赤に染めながら両手で目を覆った。視界の端に映ったレモンイエローの残像が、頭の中でぐるぐると回り始める。
「あはは! 真っ赤な顔して可愛いのね、空君は」
爽花さんはスカートの裾を元に戻すと、ケラケラと楽しげに笑い声を上げた。全く悪びれた様子もなく、むしろ相手の動揺を楽しんでいるような、小悪魔的な笑みだった。
「い、いきなりそんなもの見せないでください! 心臓に悪いです!」
「だって、付き合ってくれたお礼のご褒美だもん。不満だった?」
「そういう問題じゃありませんっ!」
耳まで真っ赤にしてうつむく俺の姿を見て、爽花さんは満足そうに微笑みながら、そっと彼の背中に近づいた。
そして、耳元に顔を寄せ、囁くように言った。
「外の世界では、みんなを騙すための清楚な仮面をかぶってるけどさ……。こうやって私の本当の姿を知ってくれている男の人は、今のところ空君だけだからね」
その言葉には、ただの悪ふざけだけではない、どこか特別な独占欲と、俺に対する深い信頼の色が滲んでいた。
ドキドキと高鳴る鼓動を抑えきれないまま、俺は顔を上げることができなかった。




