6話
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救助車のサイレンが街中に鳴り響き渡る。
だが、そのサイレンすら周囲に渦巻く人々の悲鳴と地鳴りに掻き消されていた。
道路は無残に陥没し、ねじ曲がった電柱や信号機が地面に転がっている。
あちこちのビルからは黒煙が立ち上り、普段見慣れていたはずの街は、一瞬にして見知らぬ地獄へと姿を変えていた。
「想像以上、ですね……」
助手席で新人が声を震わせ、息を呑む。
隊長はすかさず、無線機のマイクを掴んだ。
「こちら特別救助隊、 指令本部指示をくれ!」
『各隊へ。市内全域で倒壊建物多数。要救助者の全容は不明。二次災害に最大限の警戒をしつつ、目視確認できた場所から直ちに救助活動を開始せよ』
「了解、特救一係、活動を開始する!」
隊長は無線を切ると、後部座席の俺たちを鋭い目で見回した。
「全員、気を引き締めろ。ここからは時間との勝負だ。今日は、一人でも多くの命を救いだすぞ!」
「了解!!」
最初の現場は、一階部分が完全に押し潰され、不気味に傾いた五階建ての分譲マンションだった。
周囲には避難してきた住民たちが溢れ、悲鳴と怒号が飛び交っている。
「主人が! 主人がまだ一階の寝室にいるんです!」
「娘が四階に取り残されてるの! お願い、誰か!」
「頼みます! 助けてくれ!!」
すがりついてくる手を優しく、だが力強く振り払い、俺は深く息を吸い込んだ。
(……頼む。届いてくれ)
脳内の防壁を完全に解放する。
すると、世界が変貌したかのように目に無数の「音」が波紋となって押し寄せてくる。
狂ったように爆ぜる炎の赤。
ひび割れたコンクリートが軋む不気味な紫。
救助隊の足音が刻むオレンジの残像。
その混沌とした音の海の奥底にある、今にも消え入りそうな細い『音』を探し出していく。
「……あそこだ!」
三階部分、倒壊した太い柱の隙間。
「隊長! 三階奥の梁の隙間に、生存者の反応あり!」
「よし、行くぞ! タクマに続け!」
俺たちは瓦礫の山を文字通り掻き分けながら突き進んだ。
数分後、厚いコンクリートの隙間に身を潜めていた中年の男性を発見する。
足が強固な瓦礫に挟まれ、一歩も動けない状態だった。
「大丈夫です! 今、助けますからね!」
慎重に、かつ迅速に油圧ジャッキをセットし、限界まで瓦礫を持ち上げる。
隙間から男性の身体を引きずり出した瞬間、外で見守っていた住民たちから地鳴りのような歓声が上がった。
「ありがとうございました……! ありがとうございました……っ!」
涙を流して崩れ落ちる男性の背中を、振り返る余裕すらない。
「次だ! 手を止めるな!」
休む暇など、一秒もありはしなかった。
正午。
二件目の現場は天井のガラスが全損したショッピングモール。
午後。三件目、半壊した保育園。
夕刻。四件目、高速道路の高架下で横転した大型バス。
俺はただ、視界に映る「助けを求める音」だけを追い続けた。
一人。また一人。さらに一人。
気がつけば、俺の手で十人以上の命を瓦礫の底から救い出していた。
だが、代償は確実に俺の脳を蝕んでいた。
ザーーーーーーーーーーザーーーーーーーーーー
ザーーーーーーーーーーザーーーーーーーーーー
ザーーーーーーーーーーザーーーーーーーーーー
ザーーーーーーーーーーザーーーーーーーーーー
「くっ……!」
激しい頭痛に襲われ、思わずヘルメットの上から頭を強く押さえる。
「タクマ?」
前方を歩いていた隊長が、不意に足を止めて振り返った。
「……大丈夫です。なんでもありません」
「本当にか? 顔色が最悪だぞ」
「……はい。行けます」
嘘だった。
もう、精神の限界はとっくに超えている。
能力を酷使するたびに、耳の奥を焼き焦がすようなあの砂嵐のノイズが、どんどん強くなっていく。
ザーーーーーーーーーー……!
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
俺が視線を逸らせば、俺が耳を塞げば、今この瞬間にも消えようとしている命が、確実に死に変わるのだから……。
周囲の空が、重苦しい茜色に染まり始めた頃だった。
『こちら指令本部。○○地区の生存者検索活動は、日没に伴い一旦終了とする。二次災害の危険性が高まっているため、各隊は直ちに現現場から撤収を開始せよ』
隊長が苦渋の表情で無線機を置いた。
「……よし、ここまでだ。全員、一度署へ戻るぞ」
その、まさに引き返そうとした瞬間だった。
ザーーーーーーーーーーーーーーーー……!!!
これまで経験したことのない、狂気じみた巨大なノイズが俺の脳髄を、視界を、激しく貫いた。
「あ、がっ……!!」
あまりの激痛に視界が白く染まり、世界中のすべての音が完全に消失する。
——そして、その完全なる無音(静寂)の宇宙の真ん中に。
ぽつんと、一本の、あまりにも細い糸のような音が浮き上がった。
それは、誰かがコンクリートを硬い何かで叩いている音。
コン……コン……コン……
そして、ノイズの隙間から、掠れた声が微かに漏れ聞こえた。
『……たす……けて……』
(あそこに、誰かがいる……!)
その音は、俺たちの位置から少し離れた場所にある、今にも崩れ落ちそうな古い雑居ビルから伸びていた。
「あそこだ……! あそこにまだ、人がいます!」
叫ぶと同時に、俺の身体は本能的に走り出していた。
「おい! 待て、タクマ!」
背後から隊長の怒号が響く。
「戻れ! 撤収命令が出ている! 聞こえないのか!」
聞こえなかった。いや、聞き入れている余裕などなかった。
あの音は、間違いなく必死のSOSだ。
俺は何度も、あの音を信じて命を救ってきた。
自分の「目」が、耳が、嘘をつくはずがない。だから今回も、信じる。
「今行きます!」
ボロボロの雑居ビルへ飛び込む。
余震のせいで階段は激しく崩落しかけていたが、構わず足を前に進めた。視界を埋め尽くす光の波動が、俺を上の階へと導いていく。
コン……コン……コン……
「もう少しだ……! 今助ける!」
三階。音の発信源はすぐ近く、廊下の突き当たりだ。
薄暗く、埃の舞う廊下を全力で駆け抜ける。音が指し示す部屋のドアを、勢いよく蹴破り飛び込んだ——その、瞬間だった。
ミシ……
足の裏から、生命の終わりを告げるような軽い感触が伝わった。
(しまっ——)
バキィィィィン!!!
床を支えていた梁が限界を迎え、爆音を立てて崩壊した。
床ごと床板が消え去り、俺の身体は重力に引かれ、底の見えない真っ暗な闇の深淵へと、真っ逆さまに飲み込まれていくのだった。




