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自分だけが『音』を『視る』事が出来たなら  作者: るる


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2/8

2話

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朝礼が終わり、それぞれが担当車両や資機材の点検を行っていた、その時だった。

 

ウゥーーーーー!! ウゥーーーーー!!

 

突如、消防署の天井から鼓膜を震わせる緊急指令のサイレンが鳴り響いた。

 

『指令。音見え(おとみえ)市音無し(おとなし)町一丁目、木造二階建て住宅にて火災発生!逃げ遅れ一名の情報あり。特別救助隊は直ちに出動せよ。繰り返す——』

 

「特別救助隊、出動!」

「了解!」

 

数秒前まで冗談を言い合っていた隊員たちの顔から、一瞬で笑みが消え全員が迷いのない動きで防火衣を掴み、真っ赤な救助車へと飛び乗った。

 

現場へ到着すると、すでに炎は建物の二階を中心に激しく噴き出し、黒煙が渦巻いていた。

 

「娘が……! あの子がまだ中にいるんです!」

泣き崩れる母親が、近くの隊員にすがりついている。

その様子を一瞥し、隊長が即座に無線を飛ばした。

 

「出火元は二階だ!煙の濃度がかなり高い!各員、決して無理はするな!」

「了解!」

 

面体を装着し、俺たちは熱気の渦巻く建物へと突入すると内部はすでに地獄絵図だった。


猛烈な熱気と視界を完全に奪う黒煙。一メートル先、いや、自分の伸ばした手の先すら見えない。

 

普通なら、壁を伝って一部屋ずつ慎重に安全を確認しながら進むしかない状況だ。

 

しかし、そんなことをしていては幼い命は間に合わない。

俺は救助マスクの奥で静かに息を整えると、自身の「目」に意識を集中させた。

 

(……頼む、見せてくれ)

 

脳裏のスイッチを切り替えた瞬間、世界が一変する。

煙の向こうに、無数の「音」が鮮やかに浮かび上がった。

 

メラメラと激しく爆ぜる炎の赤。

バリバリと軋み悲鳴を上げる木材。

背後を進む仲間の、重々しいドシドシとした足音。

 

そして——それらの雑音の中にある細く、弱々しい一本の糸のような音。

『ゥゥゥ…………ゥ』

 

二階の最奥!子供のうめき声だ。

 

「隊長!」

俺は振り返り、ボンベのマスク越しに叫んだ。

 

「奥の部屋です!」

「わかるのか!?」

「……行きます!」

 

そう言い残し、俺は煙の海へと迷わず飛び込んだ。

手前の部屋を完全に無視して激しく駆け抜け、一番奥の扉を勢いよく蹴破る。

 

崩れかけたベッドの陰で、小さな女の子が膝を抱えて震えていた。

 

「もう大丈夫だ、怖くないよ」

 

女の子を素早く抱き上げる。その瞬間——。

 

ミシッ……ピキキッ……

 

床の底から、嫌な不協和音が視覚となって脳を刺した。限界を迎えた梁の音だ。

 

『タクマ! 引け! 床が落ちるぞ!』

隊長からの切迫した無線が飛ぶ。

 

俺は女の子を抱いたまま、来た道を全力で引き返すと

玄関を飛び出し、安全圏へ脱出した。


——まさにその直後だった。

————ドォォォォン!!

 

凄まじい轟音と共に、二階部分が重力に負けて崩れ落ち凄まじい火の粉が舞い上がる。


あと数秒、いや、一歩でも遅ければ、俺たちはあの瓦礫の下敷きになっていただろう。

 

「よくやった、タクマ!」

隊長が煤まみれの俺の肩を強く叩いた。

 

女の子の母親は、涙を流しながら何度も何度も縋るように女の子の顔を撫でる。

 

「ありがとうございました……! 本当に、本当にありがとうございました……!」

 

腕の中の女の子が俺を見上げ、涙で濡れた顔で小さく微笑んだ。

「お兄ちゃん……ありがとう」

 

その笑顔を見た瞬間、それまでの緊張が解け、自然と口元が緩む。

「うん、元気でな」

 

消防署へ帰署すると、訓練場ではさっそく今日の救助劇の話題で持ちきりだった。

 

「いや、やっぱり今日のタクマも異常だったって」

「あの煙だぞ? 何も見えないのに一直線だったもんな」

 

「しかも手前の部屋を全部スルーして、ピンポイントで子供の部屋に突っ込むとかさ」

 

「普通、あんな勘は働かねえよ。お前、実はレスキュー犬より鼻が利くんじゃないか?」

 

隊員たちがドッと笑う。

その中の一人が、冗談交じりに俺の顔を覗き込んできた。

 

「なぁタクマ、お前本当は、透視でもできるか?いや未来視か?」

 

俺は今なら信じて貰えるんじゃないか?と口を開こうとした瞬間。

ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザー

突如として『音の目』が勝手に発動する。

「…………まさか。そんな能力があったら、もっと楽に生きてますよ」

 

笑いながら受け流す。

…………この『目』が発動した時はいつだって自分の行動が間違っているという前兆。……この前兆には決して逆らっては行けない気がするんだ。

 

その日の夜。

全員が仮眠室へ入り、静まり返った訓練場で、俺は一人でストレッチをしていた。

その時、耳の奥に奇妙な違和感を覚えた。

 

ザーーーーーーー……

 

俺は動きを止め、眉をひそめた。

(また、か……)

 

最近、この砂嵐のような不快なノイズが視界と聴覚に混ざることが増えている。


能力を使うたびに、まるでラジオの電波が途切れるかのようなノイズが走るのだ。

 

最初は気のせいだと思っていた。……ただの寝不足か、疲れが溜まっているだけだと。

 

だが、最近は明らかに違う。ノイズの持続時間は確実に長くなり、そして、少しずつ大きくなっている。

 

「……歳のせい、かな」

誰もいない空間に冗談を呟いてみるが、声は虚しく響くだけだった。本気でそんな風に思えるわけがない。

 

能力を酷使した代償なのか、それとも、この身体に起きている何らかの異変の前兆なのか

……いくら考えても答えは出ない。

 

まぁ、あの子を助けられたんだ。それでよしとしようか!

ザーーーーーーー【ーーーーナ】ーーーーー……

 

一瞬、激しくなったノイズの向こう側で、誰かが何かを必死に喋ったような、そんな『音』が『視え』た気がした。

「……え?」

 

思わず声を潜めて聞き返そうとしたが、次の瞬間には、元の静寂だけが周囲を包み込んでいた。

俺は小さく首を振り、目尻を抑えた……。

 

「……疲れてるな、俺も」

 

自分に言い聞かせるようにそう呟くと、俺は逃げるようにロッカーへと歩き出した。


背後に残された暗がりの訓練場には、どこか不穏な気配が漂っている気がした。

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