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神の娘はどうやら捨てられたらしい  作者: 夜詠灯
アウトランド地下通路

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第6話アウトランド地下通路6

 どれくらい時間が経ったのか、分からない。


 リシェルは、はっと目を開けた。


「……っ」


 一瞬、状況が分からない。


 暗い天井。

 湿った空気。

 地下の匂い。


 すぐに思い出す。


(……見張り……)


 体を起こす。


「……っ、すみません!」


 思わず声が出る。


 完全に、眠っていた。


 視線の先。


 ユウはすでに起きていた。


 いや、起きているどころではない。


 小さな火が灯っている。


 その前で、何かを煮ている。


「……」


 リシェルは一瞬、言葉を失う。


「……よく寝てたな、あれだけ寝床が固いだの文句言ってたのに」


 ユウが、振り返らずに言う。


 責めるような響きは、ない。


「す、すみません……!」


 慌てて頭を下げる。


「見張りを……任せろって言ったのに……」


 声が少し震える。


 ユウは火の様子を見ながら、軽く答える。


「別にいい」


 それだけ。


 あまりにもあっさりしている。


 リシェルは顔を上げる。


「……でも……」


「あの後俺もすぐ起きた」


 短い説明。


「お前が寝た後な」


 それで、全部分かる。


 結局。


 最初から最後まで、ユウが見張っていた。


「……っ」


 胸の奥が、少し痛む。


(また……)


 申し訳なさが、積み重なる。


 ユウはそんなこと気にも留めず、鍋の中身をかき混ぜる。


「ほら」


 小さな器を差し出す。


「食え」


 中には、湯気の立つスープ。


 きのこが浮かんでいる。


 素朴な匂い。


「……これ」


 リシェルはそれを受け取りながら、戸惑う。


「どこで……」


「その辺に生えてたやつだ」


 即答。


 あまりにも簡単に言う。


 リシェルの手が、わずかに止まる。


(その辺……?)


 不安がよぎる。


 普通にあり得ない。


 その辺に落ちているものは食べてはいけませんと母親に習わなかったのか。


 拾ったものを食べるというルールは明らかにリシェルの中の倫理観に抵触している。


 だが同時に。


 空腹も、はっきりと感じている。


 それに——


 ここまで、どれだけ助けられているか。


「……」


 断れるはずがない。


 リシェルは、そっと器を持ち直す。


 だが、口はつけない。


 その様子を見て、ユウがちらりと視線を向ける。


「毒はないぞ」


 そう言って。


 自分の分を、一気に飲み干す。


「……そんなのわかってます」


 それから、ぽつりと。


「まあ、下民の作ったもんは飲みたくないか」


 軽くぼやく。


 そのまま、荷物をまとめ始める。


 リシェルは一瞬だけ固まる。


(……違う)


 そうじゃない。


 でも、うまく言葉が出ない。


 器を見る。


 湯気が、静かに立っている。


「……」


 ゆっくりと、息を吸う。


 覚悟を決めるように。


 そして。


 そっと、一口。


「……っ」


 目を見開く。


 思わず、もう一口。


「……おいしい……」


 小さく、声が漏れる。


 それは無意識だった。


 温かい。


 優しい味。


 複雑じゃないのに、ちゃんと満たされる。


 こんな味、知らない。


 教会で出されていたどんな料理よりも。


 ずっと、身体に染みる。


 ユウがちらりと見る。


「……初めて見たな」


 ぼそりと言う。


「え……?」


「お前が笑ったの」


 リシェルが、少しだけ固まる。


「私……そんなに、ひどい顔してましたか?」


 ユウはあっさり答える。


「ああ」


 そして、少しだけ口元を歪める。


「この世の不幸、全部背負ってますって顔してた」


「……」


 リシェルは一瞬だけ言葉を失う。


 それから、小さく息を吐く。


「……そうですか」


 少しだけ苦笑する。


「すいません」


 素直に言う。


「自分のことで精いっぱいで……」


 少しだけ視線を下げる。


「これからは、気をつけます」


 ユウはそれに特に返さない。


 リシェルは、器を両手で包むように持ったまま、しばらく黙っていた。


 温かさが、指先からゆっくりと伝わってくる。


「……ユウは」


 ぽつりと、口を開く。


「すごいですね」


 ユウは少しだけ視線を向ける。


「何が」


「何でも……自分でやって」


 言葉を探すように続ける。


「こんな状況でも、冷静で……」


 少しだけ視線を落とす。


「それに……」


「足手まといの私を、放っておかずに面倒を見てくれている。一人で逃げたほうが絶対に楽なのに」


 正直な言葉だった。


 ユウは一瞬だけ黙る。


 それから、小さく息を吐く。


「別に」


 肩をすくめる。


「成り行きだ」


 軽い調子で言う。


「それに、放っておいたりしたら——」


 少しだけ苦笑する。


「仲間に殺される」


「……え?」


 リシェルが目を見開く。


「お仲間さん……怖いんですか」


 ユウは首を振る。


「いいや」


 少しだけ、口元が緩む。


「優しすぎるんだよ」


 リシェルが、少しだけ首を傾げる。


「優しい……?」


「こんな世の中でもな」


 ユウは視線を少し遠くへ向ける。


「どんな状況でも困ってるやつにに手を差し伸べる。本当、変わったやつらばっかりだ」


 その言い方は、どこか呆れていて——


 でも、ほんの少しだけ柔らかい。


 リシェルは、その表情をじっと見る。


 そして。


「……ふふ」


 小さく、笑う。


 さっきよりも自然な笑み。


「そうですか」


 少しだけ顔を上げる。


「いつか、お会いしてみたいですね」


 素直な言葉だった。


 ユウは一瞬だけ間を置く。


「……まずは、ここを出てからだな」


 現実に引き戻すように言う。


 リシェルは、こくりと頷く。


「……そうですね」


 静かな同意。


 小さな火の音。


 水の滴る音。


「食い終わったら出るぞ」


 それだけ。


 だが。


 さっきまでとは、少しだけ空気が違う。


 ほんの少しだけ。


 やわらいでいた。

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