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親友の恋を応援するたび、私は少しずつ失恋していた  作者: ちょこまろ


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5/5

最終話 好きな子として、手をつないでもいい?

ずっと親友だった。


何でも話せる距離にいて、くだらないことで笑い合って、困った時には頼ってもらえる。

その近さが嬉しくて、でもその近さのせいで、紗奈は何度も傷ついてきた。


颯太の恋を応援するたび、紗奈は自分の恋を少しずつ諦めていた。

好きだと言えないまま、親友という場所に立ち続けていた。


けれど、もう逃げなかった。


紗奈は初めて、颯太に本当の気持ちを伝えた。

そして颯太もまた、紗奈の気持ちから目をそらさず、ちゃんと考えると約束した。


文化祭が終わる夕方。

いつもの校舎で、いつもと違う距離のまま、二人は向き合う。


親友だった二人の関係は、この日、少しだけ形を変える。


最終話です。

 文化祭当日。


 朝から校舎は人で溢れていた。


 廊下には焼きそばの匂いと、甘いワッフルの匂いと、誰かの香水の匂いが混ざっていた。教室の前では呼び込みの声が飛び交い、階段には人の流れができている。


 私はクラスのカフェで接客をしていた。


「いらっしゃいませ」


 笑顔は作れた。


 昨日泣いたせいで目が少し腫れていたけれど、芽衣が「文化祭テンションでごまかせる」と言ったので、そういうことにした。


 颯太とは朝に一度だけ目が合った。


 彼は何か言いたそうにしていたけれど、周りに人が多くて、結局何も言わなかった。


 それでよかった。


 私も、すぐに答えを聞くのは怖かった。


 昼過ぎ、休憩時間になって、私は芽衣と校内を回った。


 お化け屋敷の前で叫び声を聞き、写真部の展示を見て、体育館で軽音部の演奏を少しだけ聞いた。


 芽衣は私の横顔をちらちら見ていた。


「大丈夫?」


「たぶん」


「たぶんか」


「大丈夫って言い切れるほど強くない」


「正直でよろしい」


 芽衣は笑ったあと、真面目な声で言った。


「でも、昨日言えたんでしょ」


「うん」


「偉いじゃん」


「偉い?」


「偉いよ。自分の恋を自分で守ったんだから」


 自分の恋を守る。


 そんなふうに考えたことはなかった。


 私はずっと、颯太との関係を壊さないことばかり考えていた。


 でも、自分の気持ちも、ちゃんと守ってよかったのかもしれない。


 夕方になり、文化祭は終わりに近づいた。


 片付けの時間、教室の飾りを外しながら、私は何度も時計を見た。


 颯太と話す約束。


 答えを聞くのが怖い。


 でも、逃げたいとは思わなかった。


 片付けが終わる頃、颯太が私のところへ来た。


「紗奈」


「うん」


「少し、いい?」


 私はうなずいた。


 芽衣が遠くから親指を立てた。


 私は小さく笑って、颯太について教室を出た。




     *




 颯太が向かったのは、校舎の屋上へ続く階段だった。


 屋上は普段は閉まっているけれど、その手前の踊り場には小さな窓がある。そこからはグラウンドと、夕焼けに染まる街が見えた。


 人の声は遠く、階段の踊り場は静かだった。


 颯太は窓際に立った。


 私は少し離れて、その横に立った。


「昨日、帰ってからずっと考えた」


 颯太が言った。


「うん」


「紗奈に言われたこと、何回も思い出した」


 私は黙って聞いた。


「俺、紗奈のこと、近すぎて分かってなかったんだと思う」


「近すぎて?」


「うん。いつも隣にいるのが当たり前で、何かあったら最初に話したくなるのも当たり前で、紗奈にだけ弱いところ見せられるのも当たり前で」


 颯太は少し苦笑した。


「でも、それって当たり前じゃなかった」


 胸の奥が静かに震えた。


「莉央と付き合ってた時も、俺、紗奈に相談してた。今考えると、ひどいよな」


「だから、それは」


「うん。紗奈は平気なふりしてた。でも俺も、平気だって決めつけてた」


 颯太は私を見た。


「別れた時、紗奈が電話に出てくれて、俺、本当に救われた」


「うん」


「その時も、紗奈がいてくれてよかったって思った。でも、その意味をちゃんと考えてなかった」


 夕焼けが颯太の横顔を赤く染めていた。


「昨日、紗奈に避けられて、すごい嫌だった」


「ごめん」


「責めてるんじゃない。嫌だったっていうか、怖かった。紗奈がいないだけで、こんなに落ち着かないんだって初めて分かった」


 私は息を止めた。


 颯太は少しだけ視線を落とした。


「相談したかった気になる子の話」


 胸が痛んだ。


 やっぱり、その話をするんだ。


 私は手を握りしめた。


「うん」


「あれ、たぶん紗奈のことだった」


 時間が止まった気がした。


 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。


「……え?」


「自分でも分かってなかった。変だよな。気になる子がいるって言いながら、それを紗奈に相談しようとしてた」


 颯太は困ったように笑った。


「でも、紗奈が相手の名前を聞く前に行っちゃって、その時に思ったんだ。俺、誰のことを話したかったんだろうって」


「どういうこと?」


「紗奈に相談したかったんじゃなくて、紗奈に気づいてほしかったのかもしれない」


 心臓がうるさかった。


 颯太の言葉を、信じたい自分と、怖がる自分がいた。


「紗奈にだけは、ちゃんとしてるって思われたかった。紗奈にだけは、嫌われたくなかった。紗奈が他の男子と楽しそうにしてると、なんか嫌だった。でもそれを、親友だからってことにしてた」


 颯太は一度言葉を切った。


 そして、私の方へ体を向けた。


「紗奈」


「うん」


「俺、たぶんずっと間違えてた」


「……何を」


「近くにいる理由」


 颯太の声は、少し震えていた。


「友達だから隣にいたんじゃなくて、紗奈の隣にいたかったから、友達って言葉に逃げてたのかもしれない」


 涙がまたこぼれそうになった。


 でも、今度の涙は昨日とは違った。


 苦しいのに、温かかった。


「それ、ずるい」


 私は小さく言った。


「うん」


「ずっと私だけ苦しいと思ってた」


「ごめん」


「でも、そんなこと言われたら、また期待する」


「期待してほしい」


 颯太はすぐに言った。


 私は顔を上げた。


「軽く言ってない?」


「言ってない」


「昨日考えただけで、そんなすぐ分かるの?」


「昨日だけじゃないと思う」


 颯太は真剣だった。


「ずっとあったのに、名前をつけてなかっただけだと思う」


 私は何も言えなくなった。


 颯太はゆっくり続けた。


「紗奈が好きだって言ってくれた時、嬉しかった」


 その言葉で、涙がこぼれた。


 颯太は慌てた顔をしたけれど、近づいてはこなかった。昨日、私が「優しくされたら勘違いする」と言ったのを覚えているのだと思った。


「嬉しかったけど、同時にすごく後悔した。俺、紗奈に何回そんな顔させたんだろうって」


「もういいよ」


「よくない」


 颯太は首を横に振った。


「ちゃんと言いたい」


 夕方の光が、少しずつ薄くなっていく。


 階段の踊り場に、私たちの影が並んでいた。


「紗奈」


「うん」


「もう、俺の恋を応援しなくていい」


 その一言で、胸の奥に溜まっていたものがほどけた。


「これからは、俺が紗奈のことをちゃんと見る」


 颯太は少しだけ照れたように、でも逃げずに言った。


「友達としてじゃなくて、好きな子として」


 涙が止まらなかった。


 颯太が困った顔で聞く。


「泣くほど嫌?」


「逆」


「逆?」


「嬉しいから泣いてる」


「そっか」


 颯太はほっとしたように笑った。


 その笑顔を見たら、私も少し笑えた。


「でも、すぐ彼氏面しないでね」


「え、だめ?」


「だめ。私は長年苦しんだので」


「はい」


「ちゃんと反省してください」


「します」


「あと、恋愛相談は禁止」


「誰に?」


「私に」


「じゃあ、紗奈のことを好きすぎて困った時は?」


 颯太が少しだけいつもの調子で言った。


 私は涙を拭きながら、睨むふりをした。


「それは、自分で考えて」


「厳しい」


「当然」


 でも、笑ってしまった。


 颯太も笑った。


 そして、少し迷ったあと、手を差し出してきた。


「手、つないでもいい?」


 その聞き方が、颯太らしくなくて、でも颯太らしくて、胸がいっぱいになった。


 私は少しだけ意地悪を言った。


「親友として?」


 颯太は首を横に振った。


「好きな子として」


 私はその手を取った。


 颯太の手は、思っていたより温かかった。


 ずっと近くにいたのに、こんなふうに手をつなぐのは初めてだった。


 指先が触れるだけで、心臓が落ち着かなくなる。


 颯太も少し緊張しているのが分かった。


 それが嬉しかった。


 今までは、私だけが勝手に揺れていると思っていたから。




     *




 文化祭の片付けが終わった校舎を出る頃には、空はすっかり暗くなっていた。


 昇降口の外で、芽衣が待っていた。


 私と颯太が並んで歩いているのを見て、芽衣は一瞬でにやっと笑った。


「おかえり」


「ただいま」


「で?」


「で、とは」


「その距離は何?」


 私は颯太とつないだ手を見られたことに気づいて、慌てて離そうとした。


 でも颯太は離さなかった。


 むしろ、少しだけ握り直した。


 芽衣が口元を押さえる。


「はいはい。分かりました。おめでとうございます」


「まだ何も言ってない」


「手が全部言ってる」


 私は顔が熱くなった。


 颯太も少し照れていた。


 芽衣は満足そうにうなずいたあと、私の耳元に顔を寄せて小さく言った。


「よかったね、紗奈」


 その一言で、また泣きそうになった。


「うん」


「泣くな泣くな。今日は可愛い顔で帰りな」


「無理かも」


「じゃあ泣き顔も可愛いってことにしとく」


 芽衣は笑って、先に駅の方へ歩いていった。


 私と颯太は少し遅れて歩き始めた。


 いつもの帰り道だった。


 何度も一緒に歩いた道。


 でも今日は、隣にいる理由が少しだけ違う。


「紗奈」


「なに?」


「明日から、どうすればいい?」


「どうって?」


「急に変わるのも変かなって」


 私は少し考えた。


「別に、急に変わらなくていいんじゃない?」


「いいの?」


「うん。今まで通りくだらない話して、たまに真面目な話して、でも恋愛相談はしない」


「それは決定なんだ」


「決定」


 颯太は笑った。


「じゃあ、俺が紗奈をどこかに誘うのは?」


 心臓が跳ねた。


「それは……内容による」


「映画とか」


「いいんじゃない」


「帰りに何か食べるとか」


「まあ、いいんじゃない」


「二人で?」


「……いいんじゃない」


 颯太は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、来週の日曜」


「早い」


「だめ?」


「だめじゃないけど」


「じゃあ決まり」


 そんなふうに決まっていくことが、まだ信じられなかった。


 ずっと夢みたいに思っていた。


 颯太と二人でどこかへ行くこと。


 颯太に誘われること。


 颯太の恋の中に、自分がいること。


 駅に着くと、ホームには電車を待つ人が並んでいた。


 私たちはいつもの場所に立った。


 何度も並んで立った場所。


 けれど今日は、颯太との距離がほんの少し近かった。


「紗奈」


「うん」


「今まで、ありがとう」


「何が?」


「俺の恋、応援してくれて」


 胸が少しだけ痛んだ。


 でも、その痛みはもう、私を沈ませるものではなかった。


「もう応援しないよ」


「うん」


「颯太が誰かを好きになるなら、それは私がいい」


 言ったあと、自分で恥ずかしくなった。


 颯太は驚いた顔をして、それから本当に嬉しそうに笑った。


「うん。俺もそうする」


「そうするって何」


「紗奈を好きでいる」


「変な言い方」


「でも本気」


 電車のライトが遠くに見えた。


 風がホームを通り抜けて、私の髪を揺らした。


 颯太が少しだけ手を伸ばして、私の髪についた小さな紙吹雪を取った。文化祭の飾りの切れ端だった。


「ついてた」


「ありがと」


 昔なら、その仕草だけで勝手に苦しくなっていた。


 優しくしないで。


 期待させないで。


 そんなふうに思っていた。


 でも今は違う。


 颯太の優しさを、ちゃんと受け取ってもいい。


 そう思えるだけで、胸の奥が温かかった。




     *




 その夜、家に帰ってから、私は机の引き出しを開けた。


 奥にしまったままの、淡いグレーのヘアゴムが出てきた。


 颯太と一緒に莉央へのマフラーを選んだ日に、自分用に買ったもの。


 見るのがつらくて、ずっと使えなかった。


 私はそれを手に取って、しばらく眺めた。


 あの日の私は、颯太の恋を応援しながら、自分の恋を引き出しの奥に隠した。


 でも、もう隠さなくていい。


 翌週の日曜日。


 私はそのヘアゴムで髪を結んで、駅へ向かった。


 待ち合わせ場所には、颯太が先に来ていた。


 私を見つけると、少し照れたように手を上げる。


「おはよう」


「おはよう」


 颯太の視線が、私の髪に止まった。


「それ、似合う」


 たったそれだけの言葉で、胸がいっぱいになった。


 私は笑った。


「ありがと」


「前から持ってた?」


「うん。ずっと使えなかったやつ」


「なんで?」


 颯太が聞いてから、少しして気づいたように黙った。


 私は首を横に振った。


「もう大丈夫」


 颯太は静かにうなずいた。


「そっか」


 そして、少しだけ真面目な顔で言った。


「これからは、紗奈がそういう顔しなくていいようにしたい」


「そういう顔?」


「笑ってるのに、泣きそうな顔」


 そんな顔をしていたんだ、と思った。


 颯太は気づいていなかったわけじゃない。


 きっと、気づけるようになったのだ。


 私も、ちゃんと伝えられるようになった。


 それだけで、私たちは少し変われたのだと思う。


「じゃあ、頑張って」


「頑張る」


「でも、無理に完璧じゃなくていいよ」


「いいの?」


「うん。颯太、たぶん完璧は無理だから」


「ひどい」


「でも、ちゃんと見てくれたらいい」


 颯太は私を見た。


「見るよ」


 その声が真剣で、私は照れて視線をそらした。


「じゃあ行こう」


「うん」


 私たちは並んで歩き出した。


 駅前の道は日曜日の朝らしく、少しだけゆっくりしていた。親子連れが歩いていて、パン屋の前には焼きたての匂いが漂っている。


 颯太は私の隣で、いつものようにくだらない話を始めた。


 映画の時間を間違えそうになったこと。


 昨日、服を選ぶのに思ったより時間がかかったこと。


 緊張して、朝ごはんを食べすぎたこと。


 私は笑いながら聞いていた。


 親友だった頃と同じようで、少し違う。


 その違いが、嬉しかった。


 信号待ちで立ち止まった時、颯太が小さく言った。


「手、つないでもいい?」


 私はわざと少し考えるふりをした。


「好きな子として?」


 颯太は笑った。


「好きな子として」


 私は手を差し出した。


 颯太の手が、そっと重なる。


 もう、彼の顔に答えを探さなくてもよかった。


 もう、彼の心の声を必死に聞こうとしなくてもよかった。


 聞きたいことは、聞けばいい。


 言いたいことは、言えばいい。


 きっと、それだけのことが、ずっと怖かった。


 青信号になって、私たちは歩き出した。


 好きな人の恋を応援するたび、私は少しずつ失恋していた。


 でも今日からは、違う。


 私はもう、親友のふりで笑わない。


 颯太の隣で、私自身の恋を、ちゃんと始める。


― 完 ―

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。


好きな人の一番近くにいるのに、恋の相手ではない。

頼られることが嬉しいのに、その相談内容で傷ついてしまう。

そんな「親友」という近くて遠い距離を書きたくて、この物語を書きました。


紗奈は、ずっと優しい子でした。

颯太の幸せを願って、笑って、応援して、何度も自分の気持ちを後回しにしてきました。


でも最後に、彼女は颯太を責めるのではなく、自分の恋をちゃんと言葉にしました。

「もう相談役はできない」と伝えたことは、颯太を突き放すためではなく、自分自身を守るための一歩だったのだと思います。


颯太も完璧な男の子ではありません。

紗奈の優しさに甘えていたし、近すぎる気持ちに名前をつけられずにいました。

けれど最後には、紗奈を「親友」ではなく「好きな子」として見ようとするところまで辿り着きました。


二人の恋は、ここから始まります。

親友だった時間があったからこそ、不器用でも、きっと少しずつ大切に育っていくはずです。


ここまで紗奈と颯太を見守ってくださってありがとうございました。

少しでも「よかった」「甘酸っぱかった」と思っていただけたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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