第3話 親友という場所に、しがみついていた
颯太が失恋した。
それを聞いた時、紗奈は胸を痛めた。
大切な人が傷ついていることが、悲しかった。
けれど同時に、心のどこかで少しだけ期待してしまう自分もいた。
彼がひとりになったなら。
また自分の隣に戻ってきてくれるなら。
もしかしたら、今度こそ――。
そんなことを考えてしまう自分が、紗奈は嫌だった。
親友としてそばにいることは、たしかに幸せだった。
でもその場所は、いつの間にか紗奈自身を縛る場所にもなっていた。
第3話では、颯太との距離が近づいたことで、かえって自分の気持ちをごまかせなくなっていく紗奈を描きます。
高二の春、颯太と莉央は別れた。
理由は、はっきり聞かなかった。
ただ、クラスの噂では、莉央が部活の先輩と近くなったとか、颯太が忙しくてすれ違ったとか、いろんな話が流れていた。
私は颯太から直接聞くまで、何も言わないことにした。
その夜、颯太から電話がかかってきた。
『今、話せる?』
声がいつもより低かった。
「うん。大丈夫」
私はベッドに座って、スマホを耳に当てた。
しばらく沈黙があった。
電話越しに、颯太の息遣いだけが聞こえる。
『別れた』
「……そっか」
『うん』
「大丈夫?」
『分かんない』
颯太は小さく笑った。
『なんかさ、もっとちゃんとできたんじゃないかなって思う』
「颯太は頑張ってたよ」
『でも、足りなかったんだろうな』
その声を聞いて、胸が痛くなった。
颯太が傷ついている。
悲しいはずなのに、心のどこかで、少しだけほっとしている自分がいた。
最低だと思った。
好きな人が失恋したことに、期待している。
そんな自分が嫌だった。
「今は、無理に元気出さなくていいよ」
『紗奈ってさ』
「うん?」
『いつもそういうこと言ってくれるよな』
「そう?」
『うん。紗奈がいてくれてよかった』
その一言で、私は泣きそうになった。
嬉しい。
苦しい。
好き。
言いたい。
でも言えない。
颯太が弱っている時に、自分の気持ちを押しつけたくなかった。今言ったら、優しさにつけ込むみたいで嫌だった。
だから私は、また親友の声で言った。
「当たり前じゃん。親友なんだから」
電話の向こうで、颯太が少しだけ笑った。
『だよな』
その「だよな」が、私の胸に深く刺さった。
親友。
自分で選んだ言葉なのに、その言葉に傷ついていた。
*
颯太が莉央と別れてから、私は少しだけ期待していた。
すぐに何かが変わるわけじゃない。
そんな都合のいいことは起きない。
分かっていた。
でも、颯太は前より私といる時間が増えた。
朝、昇降口で会うと自然に一緒に教室まで歩いた。昼休みには私の机の近くに来て、どうでもいい話をした。放課後、駅まで一緒に帰る日も増えた。
「紗奈といると楽だわ」
ある日、颯太がそう言った。
夕方の駅前で、信号待ちをしている時だった。
「それ、褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてる」
「女子に言う言葉としては微妙」
「え、そう?」
「そう」
私は呆れたふりをした。
でも本当は、その一言だけで一日中浮かれていた。
颯太といると楽。
その言葉の中に、恋の可能性を探してしまう。
友達としてなのか。
それとも、少しは違う意味なのか。
颯太の顔に答えが書いてあればいいのに、と思った。
好きなら好きって。
私をどう思っているのか、額にでも頬にでも書いてあればいいのに。
でも、颯太の顔にはいつも通りの笑顔しかなかった。
*
「紗奈、最近ちょっと期待してるでしょ」
そう言ったのは、友達の芽衣だった。
芽衣は高一からの友達で、私が颯太を好きなことを知っている唯一の人だった。
昼休み、私たちは中庭のベンチに座っていた。購買で買ったサンドイッチを食べながら、芽衣は遠慮なく私の痛いところを突いてくる。
「期待って、何に」
「颯太くん」
「してない」
「嘘つき」
芽衣は即答した。
「紗奈、颯太くんの話になると分かりやすすぎ」
「そんなことない」
「ある。目がちょっと泳ぐ」
「見ないで」
「見るよ。友達だから」
芽衣はストローで紙パックのジュースを吸いながら、真面目な顔になった。
「ねえ、もう言ったら?」
「無理」
「なんで」
「気まずくなる」
「今のままの方がつらくない?」
私は答えられなかった。
芽衣は続けた。
「好きな人の恋愛相談をずっと聞くって、普通にしんどいよ。紗奈、よく耐えたと思う」
「耐えたっていうか……自分で選んだことだし」
「選んだんじゃなくて、我慢したんでしょ」
その言葉に、胸が詰まった。
芽衣は私の方を見ずに、前を向いたまま言った。
「紗奈はさ、親友って場所にしがみついてるだけじゃん。近くにいられるから。でもそれ、紗奈を幸せにしてる?」
答えは分かっていた。
幸せだった。
颯太の隣にいられることは、確かに幸せだった。
でも同じくらい、苦しかった。
私は小さく息を吐いた。
「言って、失くすくらいなら、このままでいい」
「本当に?」
「……分かんない」
芽衣はそれ以上責めなかった。
ただ、私の肩に軽く自分の肩をぶつけた。
「紗奈が泣く時、私は味方するから」
「なにそれ」
「颯太くんにでも、紗奈自身にでも」
その言い方がおかしくて、私は少しだけ笑った。
でも、その日の放課後に颯太から「相談していい?」と言われて、私は笑えなくなった。
*
颯太の「気になる子ができたかもしれない」という言葉を最後まで聞かずに逃げた日から、私は颯太を避けた。
朝、昇降口で見かけても、別の友達と話しているふりをした。
昼休みに颯太がこちらへ来そうになると、芽衣を連れて購買へ行った。
LINEの返信も、すぐには返さなかった。
『昨日どうした?』
『なんか怒ってる?』
『俺、変なこと言った?』
画面に並ぶメッセージを見ながら、何度も返信しようとした。
怒ってないよ。
ごめん。
ちょっと疲れてただけ。
いつもの私なら、そう送っていた。
でも、送れなかった。
怒っているわけではなかった。
颯太は悪くない。
私が勝手に好きになって、勝手に期待して、勝手に傷ついているだけだ。
でも、もう平気なふりができなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第3話では、颯太の失恋後、紗奈がまた少しだけ期待してしまう場面を書きました。
好きな人が傷ついている時に、そばにいてあげたい。
その気持ちは本物です。
でも同時に、彼が誰かと別れたことで、自分にも可能性があるかもしれないと思ってしまう。
そんな自分を責めてしまうところが、紗奈の苦しさなのだと思います。
「親友」という場所は、颯太の一番近くにいられる場所でした。
けれど、それは紗奈が本当に欲しかった場所ではありません。
近くにいられるから離れられない。
でも近くにいるほど傷ついてしまう。
そんな中で、颯太はまた紗奈に「相談していい?」と声をかけます。
次話では、紗奈がついに、ずっと隠してきた気持ちと向き合うことになります。
よろしければ、続きも読んでいただけると嬉しいです。




