第2話 私が選んだマフラーで、彼は別の子を笑顔にする
好きな人に彼女ができた。
その報告を、一番最初に聞かせてもらえることが、嬉しくないわけじゃなかった。
颯太にとって自分は、それだけ近い存在なのだと思えたから。
でも、近いからこそ痛いこともある。
彼が悩むたびに相談される。
彼が迷うたびに頼られる。
彼が別の女の子を笑顔にするための言葉を、一緒に考える。
親友としてなら、きっと誇らしいことなのかもしれない。
だけど紗奈は、颯太の親友である前に、颯太を好きな女の子だった。
第2話では、紗奈が初めて「好きな人の恋を応援する痛み」を知る出来事を描きます。
最初の失恋は、高一の秋だった。
「俺、莉央と付き合うことになった」
颯太は照れた顔でそう言った。
放課後の帰り道だった。駅まで続く銀杏並木が、少しずつ黄色くなり始めていた。
莉央は隣のクラスの子だった。
大きな目をした、可愛い子。声が柔らかくて、笑うと周りの空気が明るくなる。悪いところを探そうとしても、見つからないような子だった。
私は一瞬だけ息が止まった。
でも、すぐに笑った。
「え、すごいじゃん。おめでとう」
「ありがと」
「莉央ちゃん、可愛いもんね」
「だろ」
颯太は本当に嬉しそうだった。
その顔を見たら、泣けなかった。
好きな人が幸せそうにしている。
それを喜べない自分は、悪い人間みたいに思えた。
「ちゃんと大事にしなよ」
「分かってるって」
「颯太、雑なところあるから」
「ひどくない?」
「事実」
私はいつもの調子で笑った。
颯太も笑った。
その帰り道、私は駅のホームでひとりになってから、スマホの画面を見つめた。
颯太から送られてきたメッセージが残っていた。
『紗奈には最初に言いたかった』
その一文を見て、泣きそうになった。
最初に言いたかった。
それはきっと、親友だから。
私が一番近いから。
でも、一番近いのに、選ばれたのは私じゃなかった。
その夜、私はベッドの中で何度も同じ言葉を繰り返した。
おめでとう。
よかったね。
幸せになってね。
言えば言うほど、胸の奥が空っぽになっていった。
*
颯太が莉央と付き合い始めてから、私は恋愛相談係になった。
最初は小さなことだった。
『女子って、LINEの返信遅いと怒る?』
『誕生日プレゼントって何がいいと思う?』
『映画誘うなら、どんな感じがいい?』
私は全部答えた。
返信は人によるけど、未読のまま丸一日はやめた方がいい。
プレゼントは高すぎない方がいい。莉央ちゃんが普段使ってるものをちゃんと見て。
映画は相手の予定を先に聞いて。自分が観たいものだけ押しつけない。
答えるたびに、颯太は素直に感心した。
『やっぱ紗奈に聞いて正解だった』
その言葉が、嬉しくて、苦しかった。
冬になる頃、颯太は莉央へのクリスマスプレゼントで悩み始めた。
「マフラーって重い?」
昼休み、颯太は私の机に身を乗り出して聞いてきた。
「付き合ってるんだから、別に重くないんじゃない?」
「色が分からん」
「莉央ちゃん、白とかベージュ似合いそう」
「おお」
「でも制服に合わせるなら、薄いグレーとかも可愛いと思う」
「紗奈、天才?」
「普通です」
放課後、颯太に頼まれて、私は駅前の雑貨屋まで付き合った。
店内には、クリスマス用の飾りが並んでいた。赤いリボン、白い雪の結晶、金色のベル。暖房が効きすぎていて、少し息苦しかった。
颯太は棚の前で真剣に悩んでいた。
「これ、莉央に似合うかな」
彼が手に取ったのは、柔らかいグレーのマフラーだった。
「似合うと思う」
「ほんと?」
「うん。莉央ちゃん、こういう優しい色似合う」
「じゃあこれにする」
颯太は嬉しそうに笑った。
私はその笑顔を見ながら思った。
私が選んだマフラーで、颯太は別の子を笑顔にする。
その事実が、胸の内側を細い針で刺すみたいだった。
会計を終えたあと、颯太は店の外で袋を大事そうに持った。
「ありがとな。紗奈がいなかったら、変な柄買ってた」
「危なかったね」
「マジで助かった」
私は笑った。
颯太の役に立てた。
好きな人の幸せに、少しだけ関われた。
そう思えばいい。
そう思おうとした。
でもその日の夜、私は自分の部屋で、同じ店で見つけた小さなヘアゴムを眺めていた。
自分用に買ったものだった。
淡いグレーのリボンがついている。
颯太が選んだマフラーと、少しだけ似た色。
それがあまりにも惨めで、私はヘアゴムを机の引き出しにしまった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第2話では、紗奈が颯太の恋を応援する側に回ってしまう場面を書きました。
好きな人に頼られる。
好きな人の役に立てる。
それだけなら、たぶん嬉しいことです。
でもその先にある笑顔が、自分ではなく別の女の子へ向けられるものだと分かっている時、優しさは少しだけ自分を傷つけるものになるのかもしれません。
紗奈が選んだマフラーで、颯太は莉央を笑顔にする。
その光景を想像しながら、それでも笑って「似合うと思う」と言える紗奈は、とても優しい子です。
けれど、その優しさの分だけ、彼女は自分の恋を引き出しの奥にしまい込んでしまいました。
次話では、颯太が失恋し、紗奈との距離がまた少し近づきます。
でも、その近さは紗奈を幸せにするのか、それとももっと苦しくさせるのか。
よろしければ、続きも読んでいただけると嬉しいです。




