#99
〔あれ、配信始まった?〕
〔始まったというか、再開したというか〕
〔大丈夫?〕
〔突然切れたけどなにが起きたの?〕
〔てか、誤報じゃなければ高輪ダンジョンで大侵攻が起きてるって〕
〔やばくね?〕
視界の端で、コメントが加速する。少し不安定ではあるものの、配信が再開する。
分からないこと、心配なこと。いっぱい聞きたいことがあるだろうし。本当ならば、それらにひとつひとつ答えていくべきなんだろうけど。今は、そんな暇はない。
ごめんね、みんなのことを利用するような形になる。
「みんな、こんしろ! 今、私たちがいるのは高輪ダンジョンの第五層――」
でも、その代わり。
「――大侵攻防衛戦の前線だよ」
その不安は、私たちが取り払ってみせる。
〔いやいやいやいや、危ないって!〕
〔逃げて、逃げて!〕
〔高輪ダンジョンの大侵攻って誤報じゃないんだ〕
〔もしかしてさっき配信止まったのもそういうこと?〕
〔配信再開したってことは門からの電波が届く浅い層まで退いてきたってこと?〕
〔いや、でもさっき第五層の防衛戦最前線って〕
〔そんなこと話してる場合じゃないって。逃げて!〕
うーん、予想どおりというかなんというか。そうなるよね、というようなコメント欄の反応。
まあ、私が視聴者だったら同じように反応していただろうから、なんとも言えない。
――あと、それから。
〔こんなときに配信とか。どんだけ同接数に取り憑かれてんだか〕
〔はいはい。偽善偽善〕
〔そもそもコイツ、この間クォーツゴーレムにボコボコにされて死にかけてたんじゃなかったっけ〕
〔大人しくしてろよ〕
この手の話題になると、どうしても沸いてくる手合。
元々が私の配信だということもあって、全体総数としては前者――私を心配してくれている声のほうが多いけれども。しかし、それでも目立つくらいには散見している。
そして、それを見た私のファンが彼らにつっかかろうとしている様子もちらほら。
「とにかく! 一旦状況を説明するね!」
コメント欄でまで争いが起こるのは本意じゃない。やや無理矢理気味に話を進めることで、全員の意識をこちらに向けさせる。
そもそも、彼らが私に対して不信感を覚えているのも――やっかみがないとは言わずとも――筋がとおっていない話というわけでもない。
とかく、私たちは配信者であると同時に、冒険者なのだ。
文句をつけてくるやつらがいるのなら、実力を魅せつけてねじ伏せればいい。
そもそもの話。文句をつけているにもかかわらずわざわざ配信に乗り込んできているように。彼らだって不安なのだ。高輪ダンジョンが。今の日本が、どうなろうとしているのか。
なれば。彼らだって、私か夢と希望を与える対象だ。
「大侵攻の発生源には、既に海未さんと支樹さん……鈴音ちゃんたちの師匠が向かってくれてる」
〔海未って《海月の宿》の!?〕
〔シキ? 誰だ?〕
〔でも鈴音ちゃんたちの師匠ってことはやばいのはわかる〕
〔海未と支樹が行ったんなら、まあ、なんとかなるか〕
〔だとしてもそれはお前の功績じゃないだろ〕
「《海月の宿》の他のメンバーや元々高輪ダンジョンに潜ってた人たち。そして、私たちは、大侵攻による魔物の進行を食い止めるために各通路を塞ぐ形で対処してる、というのが現状です」
〔状況はわかったけど。やっぱり危なくない?〕
〔《海月の宿》が現着してるのなら、正直引いてもいい気が〕
〔アンチどもの意見に賛同してるわけじゃないけど。過去に危険な目にあってるわけだし〕
〔単純にそこの自称魔法少女が力量不足なだけだろ〕
コメント欄の意見も、わからないわけではない。
たしかに、私たちは発生時点で最前線付近にいたことに加えて、全員がCランク以上――つまり、応召義務の発生するラインの冒険者。そういう意味では、ダンジョン災害への対処義務は発生している。
けれどそれは、あくまで無理のない範囲で、ではある。特にここ高輪ダンジョンは解析が不十分な新しいダンジョンであり、元よりCランク以上の制限がかかっているくらいの場所。そこで巻き起こった大侵攻ともなれば、魔物の強さの不透明性や救助の困難性など、それこそ命の保障はない。
――でも。
「善か偽善かは、みんなが好きに解釈していい」
実際、こうしてたくさんの人が集まってくることは、私の名前の宣伝にもなりうる。
この配信自体は収益化をしていないけど、それでも、巡り巡って私の利益となる行為だということには間違いはない。
「私は、魔法少女スノーホワイト。みんなの夢と希望を守るために」
そして。私自身の悪夢を打ち払うために。
「ここを、守りきってみせる。氾濫なんて、絶対にさせない!」
瞬間、コメントの流れが一瞬止まって。
〔うおおおお!〕
〔任せたぞ! スノーちゃん!〕
〔……ふん〕
〔俺たちはなにもできないが、なにもできないなりに応援するから!〕
直後、怒涛の勢いで流れ始める声援。
もちろん、アンチコメントがなくなったわけではないけれども。それでも確実に数を減らせていた。
少しは、安心してもらえただろうか。
でも、もちろん。口だけじゃだめ。
行動で、示さなきゃ。
私はちらりと鈴音ちゃんの方へと視線を遣ると、ここまでの流れを聞いてくれていた彼女は小さくコクリと頷く。
「魔物全体の敵視は私が引きつけます! 左側は陽鞠さん、右側を千癒がお願いします。スノーホワイトさんは――」
「――大技の準備。一気に制圧、だね」
「はい! それでは皆様、お願いいたします!」
鈴音ちゃんは指示を飛ばすと、そのまま戦線へと駆けて行く。
魔物たちの視線に映り込むようにして立ち回る彼女は、大部分の魔物の攻撃を自身に引きつけ、その盾で受け止める。
しかし、魔物の方も大侵攻で大量発生をしている。いくら鈴音ちゃんがうまく立ち回っていたとしても、全員の敵視を取り続けるのは困難。
そこをカバーするのが、陽鞠ちゃんと千癒さん。
左翼からの抜けを陽鞠ちゃんが、右翼からの抜けを千癒さんが対処する。
元の実力の差や陽鞠ちゃんの消耗を懸念してか、鈴音ちゃん自身も多少左寄りに陣取り、敵視を奪い続けている。
って、感心をしている場合じゃないんだけど。
「私は、私のやるべきことをしなきゃね」
カメラ目線でぱちっとウィンクを決めながらに、私は魔力を練り上げ始める。
「《氷世界》」
本当に、鈴音ちゃん様々である。いや、陽鞠ちゃんと千癒さんも含めた三人か。
彼女らのおかげで、魔物に対する構えを最小限にできる。
それはすなわち、いろいろな小細工をする余裕がある、ということ。《氷世界》もそのひとつ。
でも、それだけのことをする価値が、この魔法にはある。
「実際に体感してみますと、本当に寒いですね!?」
撒き散らされる冷気に。戦線で魔物たちを一身に引き受けてくれている鈴音ちゃんが、ひゃあ! という声を漏らしながらにそう反応する。
しかし、鈴音ちゃんが身体を震わせるだけはあって、その効果は覿面。
身も凍るような冷気は、雑多な魔物であればその動きを鈍らせることになるし。そうでなくとも――、
「鈴音ちゃん、交代!」
「はい! お願いします、スノーホワイトさん!」
「凍えろ――《氷塊吹雪》!」
巻き込まれないようにと鈴音ちゃんが一時退避しながら。私は先刻まで彼女が惹きつけていた魔物群を、人の頭ほどの大きさがある氷塊の濁流で押し流す。
〔なにこれやっば〕
〔これ現実? マジで?〕
〔スノーちゃん、こんなことできたの?〕
〔こんなの、俺のデータにねえぞ!?〕
雪華爛漫などと性質が似た魔法ではあるが、氷塊のサイズに加え《氷世界》によって低温が維持されていることもあってその威力は天地の差。
押し寄せてきていた魔物たちを。逆に、こちらが蹂躙し返す。
もちろん、難点がないわけじゃない。必要になる魔力は多いし、氷世界も氷塊吹雪も発動には時間を要する。
そして、あまりにも力押しすぎる魔法で、あんまりかわいくないってこと。どうでもいいじゃんって?
ともかく、魔力は私が頑張ればいいだけ。時間は鈴音ちゃんたちが稼いでくれている。そしてかわいくないのは、今は気にしてる場合じゃないので見過ごして。……結果、問題全部踏み倒せる。
もちろん、これだけで全ての魔物を対処できるわけではない。強力な魔物であればあるほどに氷塊吹雪にも耐えてくる。
吹き荒れた氷塊は確実なダメージを与えているし、撒き散らされたそれらは魔物にとっての障害になりうる。
確実に数を削った、という意味では上々だし。このまま鈴音ちゃんと再び交代をすれば、残った戦力を鈴音ちゃん中心に削っていくことは十分にできるだろう。
でも、それだとまだ不完全。戦力としては申し分ないけれど。今必要なのは、視聴者みんなを納得させ、安心させるだけの実力。
すなわち、完封。
行動を阻害した、だけではだめ。
そしてなによりも。未だ、氷世界の冷気は健在。……そう、まだ健在なのだ。
「陽鞠ちゃん! 氷を融かして!」
「……了解」
私の意図を理解してか、あるいは、信頼してくれてか。
陽鞠ちゃんは、空中を蹴りながらに魔物たちの上空へと移動する。いやほんと、どうやってるんだろ、あれ。
そして、火系統の魔力を練り上げて、放出。
――本来、火系統と氷系統は共闘という面ではかなり相性が悪い。
互いが互いの威力を削ぎ合うからだ。
だから、氷世界の発動している渦中に火系統スキルを使用しても、あまり効果的ではない。
余程の手練でもなければ、せいぜい氷を多少融かす程度。
術師でない割には強いスキルを放つ陽鞠ちゃんだけれども、やっぱり術師ではないだけはあって、火力にしてはそこそこ。
だから、彼女の放った炎は。氷世界の冷気を多少和らげながらに、氷塊吹雪の氷を多少融かすに留まる。
――そう。氷を、融かした。
「ありがと、陽鞠ちゃん。――《融解氷縛》」
陽鞠ちゃんの炎が消えると同時、私は氷世界の冷気を一気に強めて、融けた氷を再び凍らせる。
散乱していたただの氷塊たちは互いに結びつき合い、魔物の四肢を拘束する。
〔……すげえ〕
その一瞬は。応援でも、アンチでもなく。
ただ、感嘆の声だけが。コメント欄に流れていた。
「第四波、来る!」
陽鞠ちゃんの声が戦場を抜ける。
当然ではあるけれど、高々魔物の一陣を対処したところで大侵攻の対処は終わらない。
魔物は絶えず押し寄せてくるし、しばしば大挙を成してやってくる波もくる。
とはいえ、私たちも押し負けてはいない。ジリジリと消耗してるのは事実だけれども。戦線は維持したまま。
まあ、さすがに配信直後にやったみたいな大立ち回りはやってないけど。アレは、安心材料として開幕一発目にぶちかました、という側面が大きいし。
だから、このまま第四波もしっかりと対処をしていって――、
「――第四波の魔物に異常な気配!」
陽鞠ちゃんが、そう叫んだ。
ここまでに対処をしてきた魔物たちには、討伐指定B級の魔物だって含まれていた。なぜかそれらを平然と対処してしまっていた私たちだけれども。今、それは置いておいて。
討伐指定B級の魔物に対しても、そんな警告を付け加えてこなかった陽鞠ちゃん。すなわち、彼女がわざわざそんなことを言ってくる、ということは。
「そうだよね。そりゃあ、いるよね」
支樹さんから聞いた話では、アレははぐれ個体だったのだとか。
今思い返してみれば、大侵攻の予兆として追い立てられるようにして紛れ込んできたはぐれ個体だったのだろうけれども。
つまるところが、アイツはこの高輪ダンジョンにはいる存在であり。
大侵攻ともなれば、こうして上層に攻め込んでくるのも、道理。
討伐指定A級――、
〔それは聞いてないって!〕
〔まずいまずいまずい〕
〔いくら鈴音ちゃんたちが一緒だからって無理がある〕
〔って言ってるそばから、攻撃してきた!〕
――クオーツゴーレム。
猛烈なスピードで巨躯は、偶然か必然か。その腕を私に向けて振り下ろしてくる。
殴りつけるというよりかは圧し潰さんとするその腕に。私はクオーツゴーレムを睨め付けて。
「《魔装:――」
瞬間。振り下ろされたはずの巨腕は弾き返されるとともに。その一部を砕かれる。
石英が氷より硬いなど、誰が決めた。
「――あいしくる☆ぱにっしゃー》!」
〔氷のハンマー!?〕
〔うおお、弾き返した!〕
〔って、いやまって。それよりもスノーちゃん今なんて言った!?〕
「鈴音ちゃん、陽鞠ちゃん。それから、千癒さん」
重量のある鎚を持ち上げ、因縁の魔物へと差し向ける。視線は、私へと差し返される。
向こうも、こちらを明確な敵として認めたようだ。
加速するコメント欄を端に見ながら、私は言う。
「アレは、私がやる」
Tips:氷塊吹雪
五十から六十センチほどの氷塊を波の如く広範囲へと吹き付けさせるというスキル。規模も然ることながら、氷塊の大きさもあり、威力も高い。
時間や魔力のコストが高いという点は凍ての時間と同様ではあるが、効果範囲が狭い凍ての時間とは違い、大量掃討に向く。
氷世界による威力補強や放出系スキルの形質操作を経た現在では、鉄でも砕けないほどの強度を誇るため、氷塊だからといって侮れない。
なお、あまりの力押しすぎるため、景個人としてはあまり好きではない。せめて名前だけでもかわいらしくとは考えていたのだけれども、あまりにもパワータイプすぎるスキル過ぎて思いつかず断念した。
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