#98
「ひとまず、全体の指揮は僕が引き継ぐよ。改めて状況を聞かせてくれる?」
「はい、おまかせください!」
蒼汰さんの要請に、鈴音ちゃんが現状を伝える。
大侵攻の発生、通信網の破綻。そして。
「災害級が出現している、はずです。そして、月村さんがその対応を」
「なるほどね、了解。それじゃあ、僕らは上層へと繋がる通路を各個封鎖する形で大侵攻の魔物たちを抑え込む。琴風は探知を頼む。戦力配分については――」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
蒼汰さんの言葉に、私は思わず割り込んでしまう。
「スノーホワイトさん、だったかな。どうかした?」
「その、どうかしたというか、なんというか。しれっと災害級の存在が流されたような気がしたというか」
もちろん、その討伐指定の意味は私だって理解している。
でも、だからといって。月村さんがなんとかしてくれている現状で。増援もサポートもなにもなし、だなんてのは。
「……たぶん、ちょっと勘違いしてる」
「へ?」
黒髪に緑色のインナーカラーの女性……というか少女。琴風さんが、少し独特の口調でそう声をかけてくる。
「そもそも、誰も支樹の方に助力に行ってないわけじゃない」
「えっ、でもそんな人は――」
――いた。誰かは、わからなかったけど。
私たちの間を猛烈なスピードで駆け抜けて、ダンジョンの深層へと向かっていった人が。
「そう。我らが海未が、もう向かってる」
「正確には、向かってもらったというか、勝手に向かっていった、だけどね。まあ、いつものことだけどさ」
琴風さんの言葉に、苦笑いをしながら蒼汰さんが補足をする。
ということは、さっきのとてつもない速度のアレが、海未さんだということで。既に、月村さんのところへ駆けつけていっている最中、ということだろうか。
「いや、だとしても、ふたりだけでいいんですか!?」
月村さんが強いことは知ってるし。海未さんについては、強いことを知らないほうが無理があるレベルだ。
しかし、だとしても。曲がりなりにも相手は災害級。その対処のために、冒険者協会が専用の討伐隊を編成する、というレベルの魔物だ。
だというのに、そんな魔物を。たったふたりに任せよう、という。その現状に。
しかし、そんな私の言葉に対して。琴風さんと蒼汰さんは。頭を横に振る。
「むしろ、逆」
「……へ?」
「まあ、そう思うのも仕方がない。常識で測るのであれば、スノーホワイトさんの考え方が正しい」
蒼汰さんは、そう前おいてから。「でも」と、そう言って。
「討伐指定S級が――災害級が、本来の討伐指定の考え方で測ることができない枠外措置であるのと同じく。Sランク冒険者は、本来の冒険者ランクの制度では測ることができない枠外措置だよ」
「まあ、今の支樹はFランクだけどね」
しれっと茶々を入れる琴風さん。いや、あの強さでFランクなわけが。というか、そもそも高輪ダンジョンにいる時点でCランク以上なはずで。
……いや、今は本旨じゃないから、いいや。
「そして――それが、SSランク冒険者ともなれば、なおのこと」
「ッ」
たしかに、災害級は枠外措置である討伐指定S級のなかでも、更に例外のように扱われる。
だがしかし。それならば、こちらも。枠外措置であるSランクの、さらに例外。
枠外措置、かつ実質的には勲章的な冒険者ランクであるSですら区分ができない存在。ただでさえ、Aの上が設定できなくてSpecialだのSuperiorだのの頭文字をつけて無理矢理に作ったSランクだというのに。もはや、脳死でSをふたつ重ねて表現している時点で、どれほど、元々想定していなかった存在であるかが伺える。
その条件はいくつかあるが。そのうちのひとつが災害級の討伐。
海未さんが。日本一とも言われる彼女がSSランクである、ということは知っていた。
でも、まさか支樹さんが。いや、たしかに。支樹さんだからこそ。
「まあ、そういうわけでね。むしろ、今はあのふたりの近くに近づいちゃいけないんだよ」
「正直、変に時間をかけて専用の討伐隊を編成するより。海未と支樹が対応したほうが、よっぽど早い」
「スノーホワイトさんも、鈴音ちゃんたちと同じく、支樹くんの弟子なんだろう? なら、信じて待ってるといいよ」
この国に、たった一握りしかいないSSランク冒険者。
その中でも、トップクラスの連携力を持つ、最強のふたりのことを。
* * *
「いちおう確認だが、他のやつらは深層には来てないよな?」
「もちろん。巻き込みかねないからね。鈴音ちゃんたちも来てはいないよね? 途中で追い越してきたから後ろにいるとは思ってるんだけど」
「ああ、絶対にくるな、とは伝えている」
災害級が出現するという可能性を考慮して。俺は鈴音たちに絶対についてこないように言っていた。
それは、彼女たちにとってはこの戦場が危険過ぎる、ということもひとつの理由。
しかし、より大きな理由は。
「それじゃあ、全力でぶっ放してもいいんだよね」
「ああ。潰れて困るものは、ここにはない」
海未から、魔力の奔流が迸る。
「まずは手始め――《炎弾》」
「《威力強化》《推力増強》」
海未が紡ぎあげた、ただの炎弾――とはいっても、過剰すぎる魔力を乗せて紡がれたそれは、どう考えてもただの初級スキルの域を超えていたが――に、更に俺が支援を付与する。
結果。上級どころか、特級に区分されるスキルですら霞むような代物へと化けた初級スキルが、貪るものへと襲いかかる。
さて、反応は。
「うん、支樹の予想どおり。効いてるっぽいね」
「ああ、だが」
「すぐに、修復されてる。無尽蔵にも似た魔力ってのは厄介だね」
もう、元通りとでも言わんばかりに。貪るものは受けた傷を直して。
ぽにょんぽにょんとその身体を大きく跳ねさせてこちらを威嚇してくる。
しかし、確実にいえることがひとつ。
間違いなく、効いていた。
暴食の能力で魔力そのものを摂食することで、実質的な耐性を得ている貪るもの。
しかし、あくまで実質的な耐性。
そして、その実情は魔力を喰らっている、ということ。
だからこそ。過剰すぎる魔力を前にすると。暴食が間に合わなくなる。
もっとも。先刻の結果がそうであったように。ダメージを与えたところで即座に修復をされてしまうのだけれども。
それも、暴食の能力の都合。周りに食べるものがある限り、貪るものの魔力はほぼ無尽蔵。
もちろん、やつを空中へと打ち上げることができれば多少はマシだろうが。それでも俺たちの攻撃も喰らってくる貪るものの特性もあって完全に絶つことは難しいし。そもそも、このダンジョンの狭い空間では、あの巨体を十分に打ち上げられない。
ならば、どうするべきか。
「ふふっ。支樹なら。言うまでもなくわかってるよね?」
「……まあ、な」
剣を構えながらに、海未がそう言う。
「こういうやり方で戦うのは、久しぶりだな」
「そうだね。前は……あの双子みたいな魔物のときだったかな?」
「だな。……全く、俺はいちおう支援術師なんだが」
「ふふっ。なんだかんだといいながら、やっちゃえちゃうし、やってくれる支樹が大好きだよ」
「……ありがとさん」
ちょっぴり複雑な気持ちになりながら、俺は魔力を、支援を積み上げる。
できることを、積んで、積んで、積んで。積み上げて、そして。
「《偽式》」
模倣を、する。
* * *
「それじゃあ、頑張っていきましょう!」
えい、えい、おー! と、鈴音ちゃんが拳を突き上げる。
一瞬遅れて私も「お、おー」と彼女に倣うが。しかし、他に反応がない。
よくよく考えてみれば、陽鞠ちゃんや千癒さんって、そういうことをあんまりやらない性格だった。なんかちょっと恥ずかしい。
「というわけで、私たちは、この地点の防衛を継続いたします」
蒼汰さんが中心となって指揮、戦力の配置を行った結果、先程まで私と陽鞠ちゃんが戦っていた場所で戦いを続けることになった。
とはいえ、《海月の宿》のメンバーのみなさんが戦線を押し上げながらに各通路を守りに行っているので、ここに流れ着く魔物の数も先程よりは随分と落ち着いているのだけれども。
とはいえ、大侵攻の本線のひとつであるということもあって、それでもそこそこの魔物が――それも、凶暴化した、高ランクの魔物も混じりつつ――攻め込んでくる。
特に、ここまでの継戦で私や陽鞠ちゃんは相当に消費をしていることもあって撤退も提案はされたのだけれども。ふたり揃って、問題ないと即答をした。
まあ、一切キツくないといえば嘘にはなってしまうけど。でも、まだ戦える。
「それでは、景さん。……いえ、スノーホワイトさん。こちらを」
「えっ、なにこれ」
鈴音ちゃんが、なにやら小型の機械を手渡してくる。それも、わざわざ私の名前を芸名で呼び直して。
「ダンジョン内専用の長距離通信中継器です!」
「っ!」
ふと、端末を起動して、繋いでみるとみると。ずっと圏外だったそれが――若干不安定さは否めないけれど――たしかに通信が回復回復した。
「でも、これをなんで私に?」
「配信をするために、です!」
「……はい?」
突如として繰り出されたその言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
いや、言っている言葉の意味はわかる。ただ、なぜそれを今? という疑問が湧いてしまう。
「たぶんだけど、この中継器も元々ダンジョン外に大侵攻の情報を共有するためのものでしょ?」
通信網が断絶した状態でも使えていることを見るに、《海月の宿》のような攻略最前線が連絡用で使っている代物だ。おそらく、彼らと合流したときに借り受けてきたのだろう。
しかし、彼らとしても大侵攻の現状共有のために必要なもののはず。だというのに――、
「ええ。だからこそ、スノーホワイトさんに使っていただきたいのです。なんせ、ダンジョン配信の起源は、そこなのですから」
ダンジョン内での情報のリアルタイム共有。非常時の情報などをいち早く共有し、対策を打てるようにするために。
ダンジョン配信は、そこから始まった。
結局、それ自体は実現は叶わなかったけれども。内容を変えて、ダンジョン配信自体は残って。
当然ながらに。その機能は、同じく保有できている。
「視聴者の皆様の不安を利用する形になってしまって申し訳はありませんが。配信の回線不良からおよそ四十分ほど。関心が離れている方もいらっしゃいますが、ダンジョン配信というもの自体の危険性も相まって、心配をしている方が多くいらっしゃいます」
つまり、今。私の配信を再開させたならば。
半ば突発的な配信であるにもかかわらず、視聴者が大量にいる状態。
情報の拡散力は。今この瞬間に限っては、《海月の宿》などとは比にもならないほどにある。
「視聴者の皆さんに。そして、日本の皆さんに。安心していただくために」
真っ直ぐな瞳で、鈴音ちゃんがそう言ってくる。
「でも、鈴音。わかってる? 逆もありえるってこと」
影響力がある、ということは。なにもいい面ばかりではない。
もし、安心させることが叶わないのならば。視聴者のみんなに。そして、日本全国に。過剰な不安が走る。
私の配信に。全てがかかる。
脳裏によぎる、かつての光景。私がまだ、視聴者側だった頃の記憶。
配信が与える影響については。いいことも、悪いことも。わかっている。私も、そうだったからこそ。
配信事故が、どれほど、視聴者の心に傷を遺すのか、も。
……でも、だからこそ。
「鈴音ちゃん。私、やるよ。配信を」
「スノーホワイトさん!」
鈴音ちゃんが、ぱああっと顔を明るくさせる。
「視聴者のみんなが、私たちの安否を不安に思っているっていうのも事実だし。それに――」
私の記憶にこびりついている、不安が。逃げ出すことを私に提案する。
ああ、そうだ。私がかつて目指した星は、墜ちた。
でも、新たな星が夜とともに、私の前で輝いて。月が、導いてくれた。
魔法少女になるために、強く、なった。
夢と希望を見せるために、強く、なった。
「私は、魔法少女だもの」
みんなに与えるのは夢と希望。
絶望なんて、吹き飛ばしてやる。
Tips:雪城 景
Bランク冒険者であり、ダンジョン配信者のスノーホワイトでもある。
彼女が冒険者になったのは、魔法少女になるため。夢と希望を見せるため。
かつて、彼女が見たように。誰かの星になるために。
そして、過去の彼女が囚われている絶望を打ち払うために。
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