#97
「こっちの消耗も問題だけど。だんだんと大侵攻が進行してきてるってのも問題だね」
「景さん! またゴーレム種が来ます!」
陽鞠ちゃんの索敵結果を聞いて、握る手に力を込める。
大侵攻が始まってから、およそ三十分。
時間が経過するにつれ、深層の魔物がやって来るようになってきていた。すなわち、現れる魔物のレベルが全体的に上昇している。
加えて、ゴーレム種の存在。全員が全員確定で食いしばりが可能な上位個体、というわけではないものの。そもそもの一撃粉砕も難しい相手な上に、万が一に備えて次段攻撃も構えておく必要があり。結果、かなり手間取られる。
こちらも、時間が経てば増援が来るだろうけれども。初動の発報が遅れている現状、計上するにはまだ早い。
「景さん、戦線を一段下げます!」
「せめて、こっちの手数がもう少しあれば……」
まだ、体力はある。
しかし、圧されるスピードも、着実に増していた。
敵の数も増える。こちらが処理にかかる時間も増える。自ずと、思考があちらこちらに散らばる。
だから、だろう。
「景さん、後ろ!」
「ッ! 《雪華の大輪》!」
いつの間にか、ゴーレムに背後に回り込まれていて。その拳がこちらへと振り下ろされる。
とっさに防御用の魔法を繰り出すが。――判断を間違った。
曲がりなりにもあの鈴音ちゃんの剣を受け止めたくらいだ。雪華の大輪でゴーレムの拳を受け止めることは、できる。それくらいには強力な防御魔法だ。
しかし、その一方で弱点もある。強靭な防御性を、氷が割れたところから固めていくという方法で成立させているという性質上、集中力が雪華の大輪に持っていかれる。
そのため。一対一ではその防御性能や氷による捕獲により有利に戦える一方、多対一を苦手としている。
(どうする。雪華の大輪を解除すればゴーレムの拳が振り下ろされる。でも、このまま膠着状態を続けていても――)
案の定、とでも言うべくか。大きく隙を晒している私を逃すわけもなく。魔物たちが襲いかかってくる。
イチかバチか。雪華の大輪を解除しながらに大きく後方へと飛退く。
ゴーレムの拳は、避けられた。私を囲い込もうとしていた魔物たちからも脱せた。
しかし、
「ぐ、あっ!」
「景さん!」
大侵攻の真っ最中。魔物は、それだけではない。
空中に投げ出された私の身体。格好の的になっていたそれに、別の魔物が攻撃を繰り出してきて。それを、モロに食らってしまう。
体勢を崩し、転がるように地面に着地。
早く建て直さないと、次の魔物がやってくる。
立ち上がらないと。
でも、それよりも先に。二匹、三匹。いや、もっとたくさんの魔物がこっちにやってきて。
「ッ!」
陽鞠ちゃんがカバーに入ろうとしてくれているものの。しかし、別の魔物の邪魔が入り、こちらに駆けつけられない。
なんとか回避を、と。腕を地面につこうとして。しかし、十全に力が入らない。さっきの強打の影響か。
まずい。このままだと、防ぐことも躱すことも。
こんな、ところで――、
力の無さに、私が歯を噛んだ。その瞬間。
目の前に差し迫っていた魔物を。遠くから飛来した暗器が横から貫いて行く。
「お待たせしてしまい、申し訳ありませんっ!」
飛び込んできたひとつの影。小さくて。しかし、大きなその背中。
彼女はその腕に構えた円盾で、近づいてきていた魔物の攻撃を弾き返して、反対の手の剣で斬り飛ばす。
そのまま彼女は進軍すると、陽鞠ちゃんの周りにいた魔物も一斉に薙ぎ払う。……いや、強くない?
「景様。大丈夫ですか」
「千癒さん。ええ、大丈夫です。ちょっと腕をやっちゃいましたが」
鈴音ちゃんの快進撃の横で、千癒さんが声をかけてくれる。
私が現状を伝えると、そのまま治癒スキルで回復をしてくれる。うん、これなら問題なく力を込められる。
「ほんと、遅かったじゃない」
「申し訳ありません、初めてのことで、少々手間取ってしまって」
軽い調子で言う陽鞠ちゃんに、鈴音ちゃんがそう返す。
たったふたり、の差ではある。しかし、それだけで。いや、なんならば。鈴音ちゃん、ひとりの存在だけで。一気に、場が明るくなる。
気持ちがなんだと言われそうなものではあるが。戦場に於いて士気は最も重要な要素のひとつだ。それを、彼女ひとりが支えられるというのは。紛れもない才能だと言える。
「全く、おかげさまで結構ピンチだったんだからね?」
「ええ。存じ上げています。ですが、おふたりが私に時間をくださったおかげで――」
瞬間。私たちの背後から、まるで稲妻が駆け抜けていくかのようにして、なにかがダンジョンの奥地へと通り過ぎていく。
同時、気づく。今までは、目の前の魔物に集中していたからか、気づけなかったが。
「鈴音ちゃん、今のって。というか、これは――」
嘘だ。早すぎる。
だって、まだ大侵攻が始まってから、三十分くらいしか経っていない。
けれど、これは。この、たくさんの気配は。
「ふふっ! とーっても頼もしい、御方たちですの」
くるりと振り返った彼女は、そう言って。
「改めて、お待たせいたしました。増援の、到着です!」
同時。――戦況が、一変した。
* * *
「《獄炎》」
貪るものの下から、火柱が突き抜ける。
案の定、炎は勢いを衰えさせる。
「《招雷》」
今度は、雷が貫く。これも、結果は同じ。
聞いている素振りはなく、むしろ吸収されて終わるだけ。
ここまでは、わかっていたこと。属性による挙動や反応の違いも大差はない。
後方に跳びのきながら、貪るものとの距離を取る。
「……と、ここまでの傾向的に。やっぱり触手を伸ばしてくるよな」
襲いかかってきた触手に対して、俺は両手正面に構える。
「ならば、仮説一。――《火鏡》」
円形の炎で触手を受け止めて防御をする。
とはいえ、これもスキルによるもの。魔力を喰らってくる貪るもの相手だと、ほんの一瞬防ぐのがせいぜいのはず、だが。
しかし、火鏡はその形を維持したまま、触手を受け止める。
「露骨に、減衰のスピードが遅い……というか、ほぼ減衰していないな」
そのまま火力を上げて、触手を焼き尽くす。
数秒とせず、蒸発するようにして触手が消滅をする。
「触手には吸収の能力はない。より正確には、本体に吸収の能力がある、という感じか」
本当に、吸収しているというよりかは食べているのだろう。
だから。
「《保管庫》《召喚》」
瞬時に短剣をいくつか取り出して、貪るものへと投擲する。
予想どおり、短剣は触手を貫いて、破壊することに成功する。……しかし。
「本体は、駄目だな」
短剣は、貪るものへと到達した瞬間、その身体に取り込まれて、そして消失する。
ひとまず、仮説自体は正しかった。触手には暴食の能力はない。あるいは、極めて低い。
だが、結論としてはあまり効果的ではなかった。なんせ、適用範囲はあくまで触手についてのみ。
なんならば、先程から容赦なく何度も伸ばしてきているところを見るに、貪るものからしてみれば触手を潰されたところでそれほど痛手というわけでもなさそうである。
もちろん無制限というわけではないだろうから、潰し続ければそのうちに限界が。……いや、周りのものを喰らうことで補給ができるやつからしてみれば、実質的には無尽蔵に近いのか。
「次、仮説二」
貪るものは、具象化させた雷に対して触手の動きが一瞬遅れるという明確な変化を見せた。
しかし、招雷で雷系統が特段有効というわけでないことはわかっている。
とするならば、もう一方の要素。
「《氷槍》」
氷の槍を生成。
勢いよく、貪るものへと襲いかからせる。
さて、これは――、
「効果は示さず、か」
勢いよく突き刺さっている都合、普通に攻撃するよりかは幾ばくはダメージが通っていそうなものだが。すぐさま傷が治っている様子を見るに、吸収した魔力で即座に補填しているのだろう。
とはいえ、反応を見る限りでは。先程見たような明確な動作の遅れに起因するような要素はなさそうに見受けられる。
可能性としては、雷系統と具象型という組み合わせが偶然に特効を持った、というものもあるが。試しに雷槍を再度使ってみたが、やはり効果のほどは微妙。
生成した雷の槍は即座に喰われる。
属性相性でもない。
放出スキルの形質も原因じゃない。
触手には暴食の能力はなく、遍くを喰らい養分とする権能は本体にある。
「――そういえば」
武器による物理攻撃に対しても、スキルによる攻撃に対しても。暴食という耐性がある都合、そのほとんどは無に帰すし、仮にダメージを与えたとしても、吸収した魔力で補填されて、実質的にはなかったことになる。
ただ――攻撃自体が通らなかったわけではない。
たしかに、攻撃の多くは、おそらくは本人自身が持っている素の耐性もあって本当に効いていないも同然だが。
しかし、雷槍然り、氷槍然り。ダメージを受けた上で、それを吸収する形で回復をしている。
加えて、一瞬遅れた触手攻撃。
「さては貪るもの。……戦いに慣れてないな?」
なにはともあれ、確認は必須だ。
なんならば。ちょうど都合よく、来てくれた
「随分と早い到着……とは思ったが」
「鈴音ちゃんが、私たちに直接呼びかけてくれたからね」
「ああ、なるほど。《天声》か」
そういえば、広島でも。ダンジョン内にいた鈴音からダンジョン外にいた俺にまで声が届いていた。
そんな固有スキルならば、たしかに彼女たちに声を届けることも可能だろう。
「支樹、状況は?」
「そこにいる災害級が今回の大侵攻の根源。暫定呼称は貪るもので、危惧すべき能力は遍くを喰らい尽くす暴食」
擬似的に無尽蔵となった魔力での触手攻撃。
触手には暴食の能力はなし。
属性による優位性は認められず。
ただし。
「仮説三。暴食をする際にはそれに集中する必要があり、また、吸収できる量にも限界がある」
「つまり?」
「上から超火力を押しつければ、いずれ倒せる」
それができたらこんな難しくはなっていない、と。そう言いたくなるような。頭の悪い作戦ではある。……が。
「できるよな?」
「うん、できるよ」
俺の質問に、彼女が即答をする。
俺たちなら、できる。
* * *
「《風撃》」
吹き下ろす暴風が、魔物たちを押し返す。
同時。風に包まれるようにしてふわりと着地をした女性が、陽鞠ちゃんと私を見る。
「陽鞠ちゃん、景ちゃん。……いいえ、ここではスノーホワイトって呼んだほうがいいかしら?」
「……っ、優梨、さん? それに《海月の宿》の方々まで。なんで、ここに?」
早い。早すぎる。
たしかに大侵攻が発生された場合、その影響度から近隣にいる冒険者に対して一斉に招集がかかる。
とはいえ、初動の遅れた今回の大侵攻。特に、内部の連絡網が死滅している現状では、冒険者協会からでは情報の正確な把握が難しく、更に遅れる懸念まであった。
加えて、大侵攻の初動対応にあたるのはそのとき偶然にダンジョン内や門付近にいた冒険者たち。つまり、戦力の多寡がどうしても時の運に左右される。
なのに、ここにはたしかに《海月の宿》が。日本一とまで言われる冒険者パーティの面々が勢揃いしていて。
もちろん、時間が経てばトップクラスの冒険者が現着する、ということ自体は。ダンジョン災害という事象の危険性からみるに、別段珍しいことでもないのだが。
大侵攻発生から、三十分後の状態としては、相当に異常である。
「ふふっ。まあ、そのあたりは支樹や鈴音ちゃんに感謝ってところね。おかげさまで、すぐに来ることができたわ」
小さな笑みを浮かべながらに、優梨さんが私の疑問に答えてくれる。
「それにしても、もっと戦線が押し下がってると思っていたけど。よく、このまでふたりで耐えてくれたわね。大丈夫。ここからは私たちもいる」
杖を構えた彼女は、スキルを唱えると。強烈な爆裂が拡散するとともに辺り一帯の魔物を消し飛ばす。
「さあ、反撃よ。準備はいい?」
「――っ、はい!」
Tips:《天声》
鈴音が発現させた固有スキル。その効果は声を届ける、というもの。
それだけ、ではあるが。伝える声はありとあらゆる物理的制約を無視して伝えることができる、という、地味ながらに割とふざけた能力をしている。
でもやっぱり、どちらかというと前線に立つ人間のスキルではない。
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