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#96

「さて……と」


 鈴音ちゃんがなにやらやることがある、ってことで。千癒さんとふたりで残って、あとから合流。

 私と陽鞠ちゃんは、先行して大侵攻スタンピードの第一波の襲来に備えていた。


「陽鞠ちゃんは大侵攻スタンピードの経験は? ちなみに、私はない」


「ない、でいいと思います。正確に言い始めるとちょっとややこしいですけど」


「なんか微妙な言い回しだね」


 まあ、詰まるところが。ここのふたりはどちらも大侵攻スタンピードの経験がない、と。

 そもそも、大侵攻スタンピードもといダンジョン災害自体がそんな頻発するようなものでもないけども。

 最近では、予兆の段階で上位の冒険者が招集されたりするしね。殊更、多くの冒険者にとっては知識としては知っているけど遭遇したことはない、というようなものになりつつある。


「……大丈夫ですか、景さん」


「私? ほらほら、見て。大丈夫。準備万端」


 ぐっ、と握る手に力を込めながらに、バッチリとポージングを決める。

 配信は止まっちゃってるからカメラは回してないけど、これでも私、魔法少女なので! ……って、身内に対してやることじゃないかもだけど。


「手が、震えてますから」


「……あはは」


 バレてるか、と。まあ、隣にいるのだから、仕方がない。

 正直なところ、さっきのポージングも半分くらいは空元気。無理矢理に、自分を奮い立たせていた。


「その。月村さんも言ってたけど、最優先は自分の身です。もし、無理をしてるなら――」


「大丈夫、だよ」


 もちろん、一切合切無理をしていない、とは言わない。というか、むしろ無理はそこそこしている。

 正直、めちゃくちゃに怖い。大侵攻スタンピード自体も。そして、それ以外も。

 陽鞠ちゃんも、それを理解してくれているからこそ。こうして心配してくれているのだろう。鈴音ちゃんがいい子なのはもはや周知の事実だけど、陽鞠ちゃんも本当にいい子だ。まあ、態度はちょっとつんつんしてるけど。


「正直、ひとりだったら逃げ出してたかもしれない。配信も、してないしね」


 でも、今の私には隣に立ってくれている陽鞠ちゃんが。自身のなすべきことをなしている鈴音ちゃんが。サポートしてくれる千癒さんが、危険と知りながらに渦中に飛び込んでいった月村さんが。

 大切な仲間たちがいる。


 彼ら彼女らに顔向けできないとか、そういう感情があるわけではない。

 ただ。自らのできることを、なすべきことをなしているみんなを見ていると。


「私だって。そうなりたいって思うから」


「……そ。まあ、無理はしないでね。私も、景さんのことを気にしていられるような状況にはならないから」


 ピリピリとした緊張が彼女から伝わってくる。

 しかし、すぐにその理由は私にも理解できる。


 大量の魔物の気配。大侵攻スタンピードだ。


「準備はいい、陽鞠ちゃん」


「誰に言ってるんですか。もちろんですよ」


 強張ってはいるが、前に進む意志のある声で、彼女がそう答えてくる。


 だからこそ、私も。自分を、そして、彼女を奮い立たせるために。気を巻く。


「それじゃあ、魔法少女スノーホワイトの臨時出撃、いっくよーっ!」






     * * *






「ッ! 邪魔だ!」


 俺は腰の刀に手をかけると、そのまま横一文字に振り抜く。

 大挙を成して攻めてくる魔物は、地下構造物型ダンジョンの構造も相まって、通路をまさしく壁のごとく、道を塞いできていた。

 とはいえ、構っている暇はない。足を止めることはせず。邪魔な魔物を無理矢理になぎ倒しながらに、大侵攻スタンピードの発生源へと突き進む。


 どんどんと深くへと潜っていき。公式発表での、攻略の最前線まで到達する。平然と討伐指定B級が跋扈しているような環境。

 しかし。発生地点は更に深層。

 幸いというべくか。門番ゲートキーパーたるフロアボスも大侵攻スタンピードの影響を受けてか、離れている様子ではある。――ということは、大侵攻スタンピードのどこかに出現している、ということにはなるが――ともかく、今は前へと行くしかない。


 進むにつれ。だんだんと、感じ取れる気配が大きくなっていくのがわかる。

 それは、大侵攻スタンピードのその中心であるから、ということと同時に。

 そこにいる存在が、強大であるから。ということも意味していた。


 おそらく、この感覚を鑑みるに。影千代が言っていたとおり、本当に災害級ディザスティアがいるのだろう。

 すくなくとも、討伐指定としてはS級のはずだ。


「グルグアアアアアッ!」


 次第に距離が縮まっていくにつれ。探知サーチで拾うだけだった気配が。低い唸り声を伴うようになり。地響きまでもが届くようになってくる。

 掻き立てられる五感が、危険だということを告げている。


「とはいえ、退くわけにはいかないからな」


 布石は、打っている。

 あとは、それが機能するか。そして、それまで、耐えきれるかどうか。


「できるかどうかじゃない。やるしか、ない」


 接敵まで、あともう間もなく。

 幾重にも重ねた支援バフにより、感覚が加速していく。

 そして、大侵攻スタンピードのその中核へとたどり着く。


「あいつ、だな」


 壁や床がに崩れており、荒れ果てた通路の中。

 探すまでもなく、それが発端だということはわかった。

 纏っている魔力が、あからさまに違っていた。


 それを、あえて表現するならば。貪欲が形を成したもの、とでも言うべきだろうか。


 見た目だけで言えば、五メートルはゆうに越しているであろうバカでかい図体をした、真っ黒いスライムのような魔物。

 そんなやつが。周りの魔物、ダンジョンの壁、床。

 手近にある、ありとあらゆるものを無差別に壊して――そして、食べる。


 おそらくは、摂食により魔力を奪い取っているのだろう。

 そうして得た力で、更に壊して、また食べる。その無限ループ。


 初めて見る魔物だ。

 少なくとも、強さにしては間違いなく討伐指定S級――戦闘の回避が推奨される等級。

 そして、周辺の破壊性や無差別な攻撃性なども考慮すると。災害級ディザスティアと判断していいだろう。


貪るもの(グラトニー)、といったところか」


 周りを破壊し尽くし、そして食べていた貪るもの(グラトニー)は。こちらの存在に気づいた様子で。その身体をこちらに向ける。

 魔力を欲しているやつからすると、冒険者はたしかに馳走であろう。


 貪るもの(グラトニー)から、強烈な殺意が差し向けられる。


「おそらくは、俺のことも食べよう、と。そう思っているんだろうが」


 しっかりと、その姿を見据えながらに。刀を構える。


「悪いが、食事の時間はここまでだ」






「《獄炎インフェルノ》!」


 練り上げた魔力を解放すると同時、貪るもの(グラトニー)の真下から煉獄の火柱が立ち上る。

 その身体を貫くようにして巻き起こった炎の渦は。しかし、次第にその勢いを弱めていく。


 いちおうの見た目がスライム種なので、セオリーに則って、雷系統の《招雷ライトニング》や氷系統の《氷棺アイスコフィン》も当ててみるも、やはり効果がない。

 より正確には、貪るもの(グラトニー)にぶつかった瞬間から、勢いが大きく削がれていき。最終的には消滅をする。


「……やっぱり、喰ってやがるな」


 初見の魔物である都合、情報が全くなく、確定できるわけではないが。とはいえ、無差別になにもかもを食べていたという背景と、そしてたった今目の前で起こった放出系スキルの威力減衰。これらを勘案するに、スキル自体に込められた魔力を喰った、と。そう判断するのが妥当であろう。

 どんな常識外れだ、とそう思わなくもないが。とはいえ、それが討伐指定S級であり、災害級ディザスティアたる所以でもある。


「……やれる手立てはそう多くはないな」


 とにもかくにも情報が足りていない。が、少なくとも接近戦は得策ではない。

 貪るもの(グラトニー)の悪食具合を見るに、下手に武器で攻撃してしまうと、その武器を奪われて食べられてしまう可能性もある。

 だからといってスキルはスキルで、魔力自身を喰らうというふざけた能力の影響で十全に効くとは言いづらい。


 さて、どうしたものか――、


「ッ! 思考の隙は与えないってか」


 次の一手を考えていたところに、 貪るもの(グラトニー)の体躯から触手状に引き伸ばされた攻撃がこちらに襲いかかってくる。


 接近戦は不利。実施するにしても、まだ情報が足りない。放出系スキルで攻め立てるのも難しい。

 だからといって距離を取ったら職種を伸ばして攻撃してくる。下手に捕まえられては、そのまま食われておしまい。


 相手が相手なだけに、元よりひとりでどうにかできるだなんて思ってはいなかったが。


「《雷槍サンダースピア》」


 にっちょにっちょと跳ねながらに近づいてきた貪るもの(グラトニー)に対して、雷に形を与え、投げつける。

 わずかにその体躯に突き刺さりはしたものの。それだけ。やはり、魔力を喰われてしまう。


 一旦立て直すために、触手に警戒しつつ距離を取ると。一瞬遅れてから、先程と同様に触手を伸ばしてくる。


「……ほう?」


 本当に、誤差のような違い。勘違いと言われて一笑のうちに吹いて消えそうなほどの、ちょっとした、攻撃初動の遅れ。


 けれども。たしかに、遅れていた。


 理由はなんだ。さっきと、なにが違った。


 情報が足りない。

 なら、どうするべきか。


「考えるまでも、ねえな」


 元より、そういうやり方しか知りはしない。


 ずっと、鈴音たちに教えてきたことだ。


 しっかりと観察しろ、よく考えろ。

 そしてなによりも。


「根比べといこうじゃないか、貪るもの(グラトニー)。俺がお前の弱点を炙り出すのが先か。俺の魔力が尽きるのが先か」


 諦めるな。






     * * *






「しつ、こい!」


 陽鞠ちゃんがそう言いながら、近づいてきた魔物の頭を蹴り飛ばす。


 とどまることの知らない魔物の波。なんとか、ふたりで処理をしながらも。しかし、戦線はジリジリと押し下げられていく。

 雑多な魔物だけならば、数の差はあれども、私や陽鞠ちゃんの実力なら対処はそこまで困難じゃない。

 しかし、当然のごとく混じってくる討伐指定C級やB級の――それも、大侵攻スタンピードの影響で凶暴化した――魔物が混じってこられると、どうしてもジリ貧になりかねない。


 まだ後ろ下がる余地はある程度あるものの。次第に消耗していく私たちとは違い、押し寄せる魔物たちは万全で挑んでくる。

 後退のスピードはそのうちに加速していくだろう。


「ゴーレム! 三体!」


 陽鞠ちゃんの言葉に、私も顔を上げる。

 まだそれなりに距離はある。とはいえ、たしかにそこにはゴーレムの姿。

 討伐指定C級。アイアンゴーレムだ。


 陽鞠ちゃんは双剣、私は術師(魔法少女)。防御の堅牢なゴーレム種は、苦手とする相手。

 でも、そんなことも言ってられない。


「景さん、一瞬雑多をお願いします」


「――わかった」


 手立てがあるのだろう。空中へと飛び上がった彼女を見送って。私は正面を見据える。


「ここから先は通さない」


 後ろにはゲートが、東京が。そしてなにより、やるべきことを成してくれている鈴音ちゃんがいる。


「《雪華爛漫》!」


 広範囲へ、吹雪が舞い起こる。

 決して威力の高い攻撃ではないものの。雑兵相手なら十分に事足りる。


 その間、空中を駆けながらにアイアンゴーレムたちの背後へと回り込む陽鞠ちゃん。……いや、あれどうやってるの?


「《爆発エクスプロージョン》」


 陽鞠ちゃんがそう言うと同時。アイアンゴーレムたちの身体が内側から破裂し、爆炎が巻き散る。

 わお。すごい。たぶん、以前練習した、形質の応用、なんだろうけど。ここまでやれるようになってるとは。


 私の方も、負けてられない。


「でも、ちょっと見込みが甘い。……ね!」


 割れ砕けたはずのアイアンゴーレム。しかし、その身体が、くっついていく。


「《凍ての大槍(フローズンランス)》」


 ゴーレム種の特性、食いしばり。


「……ありがとうございます」


 知らないものは仕方がない。それをカバーするのも、仲間の役目だ。

Tips:スライム種

 ぽにょぽにょとした見た目のゲル状の魔物。

 身体の大部分が水分であることから炎系統、雷系統、氷系統が有効なことがおおい。

 また、体内に核を有しており、物理ダメージではそこが弱点になる。




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