#95
「…………へ?」
思いもよらない月村さんの言葉に、頓狂な声が漏れ出てしまって。
そのまま、月村さんの顔と陽鞠さんの顔とをしばらく行ったり来たりして。
「いや、私の《獣化》でどうしろっていうのよ」
「その、あちこちに走り回る……とか?」
「それをすると、私も大侵攻に正面衝突するリスクがあるんだけど。いちおう、《獣化》中は感応力とかも上がってるから、接触前に探知はしやすいけども」
苦い顔でそう仰られる陽鞠さん。それは、たしかにそうかもしれませんが。
しかし、そうだとすると陽鞠さんよりも私のほうが不利なはず。探知の能力でも、移動速度でも。
「では、景さん?」
「いや、なんで頑なに自分じゃないと思ってるの? さっき月村さんが鈴音ちゃんの力が必要だって言ってたじゃん」
私の言葉にそうツッコミを入れる景さん。
しかし、少なくとも自分のできることは、それなりには把握しているはず。そのうえで、高輪ダンジョン内にいる冒険者の皆さんに大侵攻の発生を知らせるだなんてことが、できると思っていなくて。
「大丈夫だ、鈴音」
「月村さん……?」
「お前なら、やれるはずだ」
「……っ、はいっ!」
なにがなんだか、わかりはしませんし。私自身、やれるだなんてちっとも思っておりません。
けれども。私の信じる月村さんが、私ができると、そう信じているのですから。
私が、救うことができると。そう、信じているのですから。
ならば、それに応えたい、と。
「出力は俺が支援で補強する。だから、強くイメージしろ」
「はい!」
スキルは、イメージが物を言う世界。
目を閉じ、集中をすると。そっと暖かな手が背中に添えられます。
内側から広がってくるような感覚。月村さんの支援が、流れ込んできます。
「範囲は、ここ高輪ダンジョン全域。とにかく広く、全てを包み込むようなイメージを持て」
「……はい!」
具体な大きさがわからないからこそ。とにかく広く、漏れのないように。
次第に、そこにいる人たちの気配感じ取ります。ひとりふたり、十人二十人。いえ、まだまだ足りません。
高輪ダンジョンにいる、全ての人に。
「言うべきことは、わかってるな?」
「ええ、もちろん――」
なぜだかは、わかりません。やったことなど、ありもしないですが。
陽鞠さんが、景さんが。千癒が。そして、誰よりも、月村さんが。
できる、と。そう信じてくださっているから。
「聞こえます、でしょうか」
――できる、気がいたします。
「えっ」
「鈴音ちゃんの声が、耳から聞こえるだけじゃなくて。直接頭に響いてくるような」
「でも、この感覚。初めてじゃない。私が、フェンリルに囚われていたときの――」
近くから、陽鞠さんと景さんの驚く声が聞こえてきます。
なにが起きているのかは、私にもわかりませんが。
私にできることは。伝える、ことだけ。
「高輪ダンジョンにいらっしゃる皆様に、お伝えいたします。高輪ダンジョンにて、大侵攻が発生いたしました」
正確には、まだ発生には至っておらず。これから発生する、という段階ですが。しかし、半端に伝えるべきではないでしょう。
「安全を、最優先に。対処と撤退をお願いいたします!」
私が伝え切ったと同時、猛烈な疲労感が私の身体にのしかかります。
「よくやった。鈴音」
「月村さん……これは?」
私が、これまで練習してきたことは。そのほとんどが月村さんから教えていただいたこと。だからこそ、月村さんがご自身で行わず、私がわざわざ行った、ということから。わざわざ聞かずとも。なんとなく、そうじゃないかと思うことはありますが。
しかし、それでも。月村さんのお言葉で、聞きたくて。
「鈴音の固有スキル。声を届ける、という能力のスキルだ。名前はまだ決まっていないから、好きにつけるといい。いちおう、俺は仮で《天声》と呼んでいたが」
「《天声》……」
私の、固有スキル。
陽鞠さんの《虚空蹴り》や《獣化》、千癒の《再生》のように。本人の素質に依存し、他者が解釈、使用することが不可能なスキル。
声を届ける、《天声》。
「どこかのタイミングで、練習をしようと思っていたんだが。土壇場での実践で、成功させてくれて助かった」
「月村さん……」
今ならば、なぜ私がここにいるのか。その理由が、わかります。
「ありがとう。鈴音」
月村さんはそう言いながら、その大きな手で私の頭を優しく撫でると。
しかし。くるり、と。その背を私たちに向けます。
「月村、さん?」
「俺は今から、発生源の方へ向かって対処にあたる」
「でしたら、私たちも――」
「鈴音たちは、自分たちの身を最優先にしながら、他の冒険者たちのサポートを頼む。悪いが、今回ばかりは大侵攻で発生する有象無象をどうこうできない」
突き放すように、月村さんがそうおっしゃります。
「それならばなおのこと、私たちも一緒に」
彼の背中を追いかけようとします。
が、それは叶いませんでした。
「お嬢様、いけません」
「……千癒?」
千癒が、私の腕を掴みながらに制止をします。
もちろん、大侵攻のその渦中に飛び込むことが危ない、ということは承知の上ではあります。
私自身、成長したとはいえ。まだまだ未熟なのだということは理解しております。
けれども。曲がりなりにも冒険者として月村さんの元で教えを得た身。できることならば、皆様のために。そしてなによりも、月村さんのために、力になれれば、と。そう思う気持ちがたしかにあって。
しかし。
「お気持ちは、重々理解しております。しかし、今回ばかりはダメなのです」
千癒の握る手に、力が籠もります。それは、まるで彼女自身にも判断への悔やみがあるかのようで。
「無理をせず、危険を感じたら撤退をするように。それから――」
月村さんが、高輪ダンジョンの深層へと足を向ける、その直前。
「絶対に。こっちには来ないように」
そうとだけ告げると、彼は目にも止まらない速さでダンジョンの奥地へと駆け出してしまいました。
「……私では、まだ、力不足なのでしょうか」
取り残されてしまって。私は思わず、そうつぶやいてしまいます。
答えは、現状を見れば明白ではあるでしょう。
自分でもそれをわかっていながらに漏らしてしまった言葉――だったのですが。
「いいえ、違います」
「……千癒?」
意外なところ――千癒から、そんな言葉が飛んできます。
「もちろん、現状では経験不足が否めない点もありますし。そもそも、先程の《天声》で大きく消費したお嬢様を気遣っての判断、という側面もありはします。しかし、月村さんは即刻の撤退ではなく、対処を命じられました。間違いなく、お嬢様を含めた、私たちに、です」
「ッ!」
大侵攻への対処、というだけであれば。それこそ、鈴音にとっての初めてのダンジョンである阿蘇ダンジョンでも行ったことではあります。
しかし、あのときは。おそらく頑として聞かないであろう私に対する譲歩として対処することを見逃されたという方が正確であり。
今回のように戦うことを指示されたのは、初めてのことてす。
「まあ、月村さんが強いってのは前々から知ってるし。鈴音が力不足じゃないってのもわかってる。そのうえで、大侵攻の渦中じゃ、彼だって鈴音や私たちのことを守る余裕がないってのも、理解してる」
ピッ、と。陽鞠さんは指を立てながらに、そうおっしゃります。
「でも。納得できてない点がふたつ。ひとつは、千癒さん。あなたまで、連れて行かなかったこと」
当初、月村さんは千癒と一緒に高輪ダンジョンに潜っておりました。
現状、大侵攻のともに千癒が私たちに合流する形式になっていますが。それはすなわち、月村さんの元から千癒が離れる、ということ。
千癒は冒険者ランクこそCランクではあるものの、実力だけでいえば景さんと同等、あるいはそれ以上になります。
最悪の場合、足手まといになりかねない私や陽鞠さんとは違い、自衛ができる範囲もずっと広く。加えて、千癒の専門は継戦や生存率に直結する回復。
もちろん、これにより私たちの生存率が高まる、という見方もできなくはないですが。間違いなく、一番の死地へと向かっている月村さんの生存率が下がってしまうことになります。
「そして、念を押すようにして。月村さんが奥地へと来ないように言っていたこと。まるで、なにがあっても絶対に追ってくるな、とでも言いたげだったけど」
「…………」
陽鞠さんの質問に、千癒が少し考え込みます。
そして、ちらりと一瞬、景さんの方へと視線を移してから。
「水瀬 影千代が現れました」
「!?」
私と陽鞠さんが、同時に息を呑みます。一方、景さん「カゲチヨさん? だあれ?」と、首を傾げます。
「じゃあ、この大侵攻は影千代さんによるものってこと?」
「いいえ、小夜様。その可能性については低いというのが、月村様の見立てです」
「だから、だあれ?」
完全に話についていけてないない景さん。
本来ならばちゃんと説明をしたほうがいいのでしょうが、内容が内容なだけに、安易に話すわけにはいかず。ひとまず、厄介な相手だということだけお伝えいたします。
「でも、それならなんで影千代が現れたのよ」
「彼女曰く、大侵攻に関する情報提供、と」
ここまでの話や最初のチーム分けを勘案する限りでは、月村さんはおそらく、元々の想定として。大侵攻をはじめとするダンジョン災害の発災時に、私と陽鞠さん。それから景さんの三人で凶暴化した魔物の対処。月村さんと千癒のふたりで、発生源の対処、と考えていたことでしょう。
「情報提供って。……それで、影千代からどんな情報が渡されたのよ」
しかし、それを変更してまで、月村さんがひとりで対処に向かった理由が。影千代さんから渡されたの情報にあった、ということでしょう。
私たちの身の危険を案じてか。
あるいは、千癒ですら、足手まといになる可能性を考慮してか。
「災害級の発生、です」
――災害級。冒険者ランクにとって、SランクやSSランクが枠外措置であるのと同時に。魔物の討伐指定にも存在している枠外措置、討伐指定S級。
その中でも、災害の名を冠する災害級は、放置により多大なる被害やダンジョン災害を引き起こす可能性が高いという、まさしく生ける災害。
冒険者協会の推奨としては――全ての冒険者に対し、接敵した場合の逃走を推奨。
通常の討伐指定S級と違い、放置することも不可能であるため。確認され次第協会主導の元で専用の討伐隊を編成し、犠牲を覚悟の上で対処をする。そんな魔物。
それが、大侵攻を率いてやってくる。
仮に、これが真実であれば。どれほどの事態に発展するか――、
「ちょちょちょっ! ちょっと待って!」
ここまであまり話について来れていなかった景さんが。慌ててその身を乗り出してくる。
「災害級が出てくるってのはわかったけど。じゃあ、月村さんはその災害級のところに向かったってこと!?」
「……あっ」
一瞬、私自身想定から抜けていましたが。月村さんは現在、大侵攻の渦中、その発生源へと対処に向かわれています。
そして、基本的には。その中心に近づくほど、強力な魔物が出るわけで。
もし、万がひとつにでも、災害級が出てくるとするならば。そして、月村さんが対応にあたるとするならば。間違いなく、災害級の相手をすることでしょう。
「いくら月村さんの所属が《海月の宿》だったとしても、単騎で災害級の相手は現実的じゃないよ。それこそ、私たちと一緒に、一度引き下がってから――」
「それは、できないのです」
千癒が歯を噛みながら、そう漏らします。彼女がここまで表情に悔やみを出したのを見たのは、初めてかもしれません。
「協会が大侵攻の兆候を掴めておらず、既に後手に回ってしまっている現状」
隣にいた陽鞠さんが、軽く目を伏せながらに。改めて状況を確認致します。
「そこに、災害級が加わる。平時でさえ、放置が災害になりかねない魔物が、災害そのものを伴って」
対処は必至。しかし、対処のための時間が、ない。
そんなものを待っていては、大侵攻により門が突破されて、
「氾濫が、起きる。ここ、高輪ダンジョン――東京で」
都市部にて氾濫が起こることの影響は凄まじい。大量の死傷者の発生、インフラや交通の崩壊。それらに伴うあらゆる都市機能の停止。
その例が、北海道。札幌マルキュウの氾濫と、それによる都市崩壊。
現在では、戦線および生存圏の維持が行われている北海道ですが。その中心都市が崩壊都市てして放棄されてしまったことにより経済が半壊。別ルートでの立て直しが図られてはいるものの、戦線の圧し合いが続く地では安定した環境が望めず、人も物も離れていってしまって、二重に都市としての機能が麻痺してしまっています。
それが、ここ、東京で。
日本の首都圏で、起こってしまったならば。
その影響は、考えるまでもないと同時に。想像もできない規模でしょう。
「つまり、月村さんは――」
――災害級への対抗策を、協会が講じるまでの時間を稼ぐために。たったおひとりで、協会が戦闘の回避を推奨している魔物の元へ、と。
ぎゅっ、と。心臓が強く握りしめられたような。そんな感覚が走ります。
そうしなければならない理由もわかります。
現状、間違いようのない適任が、月村さんだけだということも。
月村さんを、信じていないわけではありません。
しかし、それでも。だとしても。
……いや、違う。違い、ます。
心配が、無いとは決して言いません。不安です、心配です、怖いです。
だって、私はまだまだ未熟で、小心者で。
でも、だからこそ。
やるべきことを。やらなければなりません。
「ともかく、私たちは私たちのやるべきことを。さっき、言っていたように、月村さんか有象無象へ注力することができない都合、凶暴化した魔物が大量に流れ込んでくる」
陽鞠さんが、そう、場をまとめます。
大侵攻の発報が遅れている都合、魔物の第一陣を受け止められるのは、高輪ダンジョン内にいる私たち。
けれども。
「陽鞠さん」
「……鈴音、どうかしたの」
私の声にこちらを向いた陽鞠さん。一瞬驚いたような表情を浮かべた彼女ですが。すぐさま、真剣な面持ちを携えて、そう聞き返されます。
きゅっ、と。拳をひとつ握りしめてから。私は覚悟を持って、口を開きます。
「その前にひとつ。私には、やらなければならないことがあります」
Tips:討伐指定S級
冒険者協会の定める魔物の強さの指標の、枠外措置。
討伐指定A級までは、推奨される編成規模の目安で区分されている一方、討伐指定S級は「全ての冒険者ランクに於いて、接敵した場合は逃走」を推奨している。
討伐指定S級の中の区分として、冒険者および周辺環境に対し好戦的であったり、あるいは、存在しているだけで悪影響や被害を及ぼしたりする魔物を災害級と呼ぶ。
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