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94/101

#94

 鈴音たちの身を預かっている立場上、異常が発生した今としては、ひとまず彼女たちの身の安全を優先しなければならない。

 しかし。


「――影千代」


「私のことを随分と熱く語ってくれたみたいだからね。ついつい聞き入っちゃったよ」


 手入れの怠った水色の長髪、サイズの合ってない縒れた白衣。

 水瀬 影千代――放置してはならない存在が、そこにいた。


 即座に、武器を構える。隣にいた千癒さんも同じく。

 千癒さんも、冒険者ランクこそCランクではあるものの、その実力だけでいえばAランク相当はある。蒼汰や琴風と比べればどうしても劣るところがありはするが、十分な実力者。

 それに、今回は俺も十全な状態で対峙できている。戦力、という意味合いでは以前と同等かそれ以上。


「あらあら、いきなり戦闘態勢。物騒なご挨拶だね」


 けれども、そんな飄々とした物言いをしてくる影千代。

 そもそも、突然に現れた――ということは、《悪戯妖精トリックスター》によってその姿の存在を歪ませながらに接近、付近に潜伏していた、と見るのが自然だ。

 先程の影千代の発言を見るに、俺たちの話を聞いていたようだし。


 しかし、それならばそのまま姿を隠し続けていればいいだけの話。対面したら捕まえに来る、ということをわかった上で、それでもなお姿を現した、ということは。捕まらない自信があるから。

 ……実際、俺も。今のふたりの実力では、捕縛は不可能だと思っている。


 戦って勝つ、というだけならば十分どころか過剰な戦力だが。捕縛するとなると、間違いなく相性が悪い。


「……それで。なんの用だ」


「武器を突きつけながらに言うセリフではないよねぇ。まあ、私とて支樹たちと敵対する目的で来たわけじゃないから、教えてあげるけどね」


 くるくるっ、と。緊張感のない様子で影千代は

簡単にその場ターンをすると。しかし、纏う雰囲気を一気に冷たくして。


「起きるよ。《大侵攻スタンピード》」


「ッ!」


 影千代の放った言葉に、思わず、握る力が籠もる。


「……協会からは、予兆についての告知はありませんでしたが」


「でも、起きる。そこにいる支樹も確信しているようにね」


 千癒さんの指摘に。影千代がそう答える。

 ……実際、先刻から俺自身感じ取っていた予感が。影千代が口にしたことにより、更に確度が上がっていた。


「まあ、ダンジョン災害の注意報が告知されていなかったのは、単純に協会が予兆を掴めていなかったんじゃないかな」


「それは――」


 千癒さんが返そうとしたその言葉を、俺は制止する。

 冒険者協会が察知できないダンジョン災害――大侵攻スタンピードの予兆。それは、まさしく眼前の影千代が持っている、人為的な大侵攻スタンピード発生の特徴。


「ひとつだけ確かめておきたいんだが。この大侵攻スタンピードはお前が引き起こした――」


 交わす視線は、真っ直ぐに。


「――というわけでは、ないんだな」


「へぇ、さすが支樹だね。うん、今回の大侵攻スタンピードに関しては、私は無関係だよ」


 小さな笑みを浮かべながらに、影千代がそう言ってくる。


「まあ、介入できるなら介入しようと思ったんだけど。私が来た時点で既に手遅れだったからさ。これでも、今回は君たちが来てくれて感謝してるんだよ」


「感謝、とは。あなたに、感謝される筋合いはないのですが」


「ううん、ありがたいよ。だって今回の大侵攻スタンピードは規模がかなり大きそうだからさ」


 影千代の言うことは、間違いではないだろう。事実、発生直前にまで差し迫っている大侵攻スタンピードの予兆、魔力の歪みは。以前の阿蘇ダンジョンなどのものとは比にならないほどにまで膨れ上がっている。


「だから。さっきの支樹の質問に答えるとするならば、私がここに来たのは情報提供のため。《大侵攻スタンピード》が発生したから、対処をお願い、ってね」


「あなたの言葉を、信用しろと? こちらとしては《大侵攻スタンピード》を発生させてみたら、制御できない規模になった、という方が自然な流れに思えるのですが」


「まあ、信じようが信じまいが勝手ではあるよ。でも――」


 ちらり、と。千癒さんと話していた影千代が、こちらへと視線を移して。


「私のことをよく知っていて。ついさっきも、弁護をしてくれていた、支樹なら。わかってくれるんじゃないかな」


 真っ直ぐな視線。嫌というほど、覚えのある表情。


「……影千代が言っていることが正しかろうが、そうでなかろうが。大侵攻スタンピードの対処をしないといけないことには変わりない」


「うんうん、支樹は相変わらずみたいで安心したよ。まあ、なにはともあれそっちは任せたからね」


 ひらひら、と。手を振りながらに《悪戯妖精トリックスター》でその姿を歪ませていく。俺と千癒さんは即座に反応して距離を詰めるも、案の定、逃げられる。


「ああ、そうそう。最後に、ちゃんと情報提供しておかないと」


 影千代の姿が消える、その間際。

 くるりと振り返るようにして俺の方を見て。


「あくまで私の予測でしかないけど。たぶん――」


 影千代は言葉をひとつ言い残して。今度こそ、本当にその姿を眩ませる。


 彼女が言い放ったその言葉に。俺も、千癒さんも、思わず全身を硬直させる。

 取り残された中、千癒さんがゆっくりと口を開く。


「月村様。先程の――影千代が言っていたことは」


「たぶんだけど、嘘はついていない。……まあ、全部も語っていないだろうけど」


 もちろん、絶対、とは言えない。

 しかし、影千代という人物の性格や。また、他の証拠などの状況を鑑みると、彼女の主張も、いちおうは通る。


 そして、仮にその発言が真だった場合――、


「影千代が言うのであれば。……おそらく、発生するでしょう」


 直感にも近い確信が、そう訴えかけてくる。


「ひとまず、鈴音たちと合流しましょう」


 万が一に、彼女の言ったとおりになるとするならば。いや、おそらく、そうなるとするならば。

 ここから先、後手は一切赦されない。






     * * *






「むう、まだ配信の調子が悪そうですね」


 しばらく、ダンジョンの奥へと足を踏み入れていたところで、コメントの流れが止まったかと思うと、配信自体が動かなくなってしまいました。


「まあ、高輪ダンジョン自体、そこまで探索が進んでいないダンジョンだからね。回線が不安定な場所も結構多いから仕方がないよ」


 配信主たるスノーホワイトさん。もとい、景さんがそう解説をしてくださいます。


 ダンジョン配信が利用している回線は冒険者協会が緊急時の連絡等に使用するために引かれたものを利用しています。

 そのため、ダンジョン攻略の最前線などでは専用の媒介端末などがなければ回線を拾えず。専用端末があったとしても、十分な回線強度が維持できなかったりします。

 現在私たちがいる場所は攻略の最前線というわけではない一方、高輪ダンジョン自体が比較的新規のダンジョンだということもあり、回線が不安定になりやすい場所もあるとのことです。


 しかし、それにしては。


「移動しても全く反応がなさそう。……これは繋がりにくいというよりかは、回線がないと見たほうがいいかも」


 陽鞠さんが、自身の端末でも確認をしながらそうおっしゃいます。

 しかし、少し前までは普通に配信ができていたのに。なぜ、突然に?


「んー、まあ。とりあえずこの後どうするかを――」


「待って!」


 景さんが場を主導しようとした瞬間。陽鞠さんがそう言います。


「月村さんが、こっちに来てる。……それと、なんだろう。ものすごく遠くだけど、なんだか嫌な気配もする」


「……へ?」


 私や景さんはポカンとしてしまいますが。しかし、こと探知に関しては、間違いなく陽鞠さんの方が確実。

 実際、少しすると私や景さんにも、猛スピードでこちらへと近づいてくる月村さんの気配が感じ取れて。


「鈴音、陽鞠、景!」


「月村さん! 千癒!」


 そこから数秒としないうちに、月村さんたちが私たちがいたところへとやってきます。探知ができたタイミングでは、そこそこ距離があったと思うのですけれど。本当に、ものすごいスピードです。


「実は、先程から配信が――」


大侵攻スタンピードが起こる」


「ッ!」


 遮るようにして、月村さんが告げた言葉。


「配信が繋がらないのは、おそらく大侵攻スタンピードの予兆で凶暴化した魔物の影響で、回線系統がやられたからだ」


 ただでさえ、他のダンジョンと比べて回線が脆弱な高輪ダンジョン。それが荒らされたとなると。


「おそらく、全域の回線が停止している」


 月村さんが告げたその言葉。


「まだ発生前で、かつ、発生地点がかなりの深度があるから、少しだけ猶予はある。が、ほぼ無いに等しい」


「それなら、今すぐにでも協会に駆け込んでダンジョン警報の発報を――」


「必要だけど、それじゃ不十分よ。鈴音」


 陽鞠さんが、そう言う。


「ダンジョン外へは、たしかに協会からは発報できるけど。回線が全滅している可能性が高い以上、ダンジョン内の警報が鳴らない」


 そう、でした。

 もっとも現在危険に近いダンジョン内の冒険者の方々が、大侵攻スタンピードの発生を知る手立てがない。

 もちろん、押し寄せる魔物の気配を感知すれば気づくでしょうが、そのタイミングでは既に後手になってしまいます。


「でも、やれることをやらないと」


「ああ。そのとおりだ。……だから、ここに来た」


「……へ?」


 そういえば、たしかに今までの傾向からしてみると、月村さんがここにいるのは少しばかり不自然です。

 私たちに大侵攻スタンピードの発生を伝えたり、あるいは冒険者協会へとそのことを伝えに行くだけであれば、千癒だけで事足りること。


 私たちの安全を期した、ともとれますが。おそらく、月村さんであれば――、


「俺はこのあと、深層に向かって、できる限り大侵攻スタンピードを抑制する」


 そう、おっしゃると思いました。

 だからこそ、少し不自然。


 後手に回ることの不味さは、誰よりも月村さんが理解されていること。

 だとするならば。それこそ、千癒に連絡を任せた上で、月村さんが先行して大侵攻スタンピードの発生源へと向かいそうなものですが。


「正直なところ。大侵攻の(こうなる)可能性は、見積もっていた」


「……へ?」


 月村さんのおっしゃった言葉に、思わず頓狂な声が漏れてしまいます。

 曰く、本来出現する階層よりも浅い場所で出現していたクオーツゴーレム――はぐれ個体の存在から、その可能性自体はあったのだといいます。

 しかし、はぐれ個体自体は他の要因でも出現するほか、冒険者協会が検知しているダンジョン災害の予兆には全くの問題がないことなどもあり。冒険者協会としては、そこまで大きく取り沙汰していなかった、とのことですが。


「……高輪ダンジョンが、探索が進んでいないダンジョン、ってことも加味するなら。十分可能性はあった、ってことね」


 陽鞠さんが、月村さんの言葉の意図を汲み取ります。

 探索が不十分なダンジョン、ということは。先述の回線の強度不足の他にも、そういった検知機の類も数が少ない、というわけで。

 結果。冒険者協会が、予兆を見落としていた。


「でも。月村さんは、低いとはいえ可能性を考慮してた。その上で、私や鈴音。景さんを、ここ高輪ダンジョンに連れてきた」


 本来ならば、私たちの安全を重視してくれている月村さんの行動指針とは、大きく乖離する。

 たしかに、元々高輪ダンジョンに挑む予定をしていたけれども。月村さんであれば、危険を考慮した段階で、別のダンジョンに変更するか、そもそもを中止する。

 加えて、景さんにとっては未だトラウマが浅くはないダンジョンでもある。

 それらをおしてでも、ここに私たちが連れてこられた、ということは。


「きっと、陽鞠さんの《獣化》が――」

「鈴音の力が、必要だからだ」


 私と、月村さんの声が重なります。


 ……って、えっ。私の力?

Tips:ダンジョン災害

 ダンジョン及び内部の魔物を原因として発生する大規模な災害。

 大侵攻スタンピードや氾濫など、段階や状況によって様々な種類に区分されるが、そのいずれもが人的や物的な損害を発生させるため、発災前の予兆分析や発災後の迅速な発報、発生源への対処の開始などが重要になる。



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