#93
「そういえば、鈴音ちゃんと陽鞠ちゃんは高輪ダンジョンにはあんまり来たことないんだっけ?」
「はい! というか、地下構造物型のダンジョンに来たのが、前回が初めてですね!」
休憩中の雑談。私が投げかけた質問に対して、鈴音ちゃんがそう真っ直ぐに答えてくる。
前回……というと、私のことを助けに来てくれたときだろう。
うん、なんていうか。これくらいでは驚かなくなってきた。
視聴者のみんなも、まあ、だろうね。くらいのテンションで受け取ってる。
そもそも、月村さんも高輪ダンジョンを選んだ理由の半分くらいは、鈴音ちゃんたちが地下構造物型ダンジョンに慣れるため、だと言っていたし。そういう意味でも経験がほとんどないことは予測ができた。
「ああ、でも。あのときは月む……先生が先導をしてく魔物などなぎ倒してくださったので、実質的には今回が初めてみたいなものです」
「なるほどね。それじゃあ、私がある程度教えながらに進んだほうがいい感じなんだね」
「よろしければ、是非!」
私の提案に、キラキラとした視線で返してくれる鈴音ちゃん。眩しい。
陽鞠ちゃんも、少しばかりそっけない態度ではあるものの、興味を示してはいる様子。
まあ、実力云々については悲しくなるから横に置いておくけど。これでもなんだかんだとランクも歴もいちおうは先輩なのである。ちょっとくらい先輩面をさせてほしい。
主には、私の自尊心のためにも。
「せっかくだから、みんなも覚えて帰ってね」
〔了解! まあ、冒険者じゃないから行く予定とかないけどな!〕
〔平地型の草原とか海辺とかなら行くことはあるけどなあ〕
〔ちょうど今度行く予定だったから助かる〕
うんうん、最近のスノ虐の流れでちょっと感覚が麻痺してたけど、これが普通の反応よね。ちょっぴり安心。
「それじゃあ、休憩もこのあたりにしておいて。解説しながら、もう少し進んで行こっか」
地下構造物型ダンジョンは、その名のとおり地下へ地下へと構造物が伸びているような形式のダンジョン。……と、このあたりまでは鈴音ちゃんや視聴者のみんなも元から知っているであろうこと。
「たしか、地下洞窟型は行ったことあるんだっけ?」
「はい! 広島マルロク」
鈴音ちゃんたちが事件を解決した、というその時の話のことだろう。
第一層が少し特殊な広島マルロクではあるが、地下洞窟型ダンジョンであることはたしかに間違いがない。
「地下構造物型も地下洞窟型も、どちらもどんどんと近く深くに伸びていくダンジョンである、ということには違いはない」
しかし、地下型ダンジョンなどとひとくくりにせず。外観などの差異こそあれど、わざわざこれらを区別して呼称していることには理由がある。
「もちろん、一概には言えないけども。一般には地下構造物型のダンジョンのほうが、地下洞窟型より難易度が高いとされてる。その際たる理由こそ――」
私はバッと腕を横に出してふたりを制止する。
「罠の存在、だね」
曰く、前回来たときは私の救助のために急いでいたこともあって、月村さんが罠の判別と回避、あるいはあえて起動させて強引に突破をしていたとのことらしい。
助けてもらった私が言える立場ではないということは百も承知の上で。攻略法としてはあまりにも力押しすぎる。
少なくとも、初見の相手に見せるべき解決策ではない。……まあ、それをおしてでも実行しなければならないほど、状態が切羽詰まっていたのだけれども。
「ちょうど、ここから数歩進んだ先に罠があるんだけど。……わかる?」
さて。ひとまずは罠の説明に戻ろう。
今、口にしたとおり。少し先に罠がある。私がふたりを制止したのはそれが理由。
鈴音ちゃんは、私のその言葉に目をクワッと見開いて探そうとする。その姿は、ちょっとばかし微笑ましく見える。
その隣で。陽鞠ちゃんは前方をちらりと一瞥してから。
「鈴音の七個先の石畳」
「せ、正解。よくわかったね」
ばっちり正解を言い当てた陽鞠ちゃん。
まさか正解されるとは、と。私がちょっとびっくりしていると。
「だって、そこだけ少し魔力の流れが違うでしょう? ……とは言っても、言われてから注視しないと気づけなかったけど」
「ぐぬぬ、大正解。でも、解説は私の役目なんだけど!」
〔【悲報】魔法少女スノーホワイト、後輩冒険者にドヤろうとしたら見事に看破される〕
〔草〕
この、視聴者めぇ……調子を取り戻してきたなぁ……。
〔でも、そんなパッと見てわかるものなの?〕
〔俺この前、罠に引っかかったけど。あれは探知不足だったってこと?〕
しかしその一方で、こんなコメントも飛び交う。
「まあ、正直なところ陽鞠ちゃんが言ってる見分け方も大正解、ではあるんだけど。正直かなり難易度は高いね」
実際に彼女がやってみせたように探知だけで罠を看破することは可能。
しかし、その一方で難易度は容易ではない。
特に、陽鞠ちゃんも「言われてから注視しないと気づけなかった」と言っていたように、彼女も看破自体が容易だったとは言っていない。
「実は、他のダンジョンでも罠が見られることはあるんだけど。わざわざ地下構造物型のダンジョンに挑む上で、改めて罠の重要性を語っているのは、その成り立ちの違いと、それによる看破しやすさの差、だね」
「そんなに違うのですか?」
首を傾げる鈴音ちゃん。うんうん、素晴らしい質問。視聴者のみんなも疑問に思ったであろうことを聞いてくれる、理想的な生徒。
「例外はもちろんあるけど、基本的に多くのダンジョンで見られる罠っていうのは、魔物が仕掛けたものであることがほとんどなの。だから、探知で看破することは難しくない」
「なるほど。罠を仕掛ける際に魔物が使った魔力を探せば良い、というわけですね」
「その一方で、地下構造物型のダンジョンや。あるいは同じく構造物を、逆に登っていく形式である塔型のダンジョンに見られるような罠は、ダンジョンそのものが罠を生み出しているの」
例えば、今私たちの前方にある石畳の罠は、これを踏んで押してしまうと、下にある機構が作動し、どこからか矢が射られてくる、というような仕掛けになっている。
仕掛けの大掛かりさにしては結果がそこまで派手ではないものも多いけど――もちろん、致命的なものもあるけれど――その代わりに、罠の大部分がダンジョンそのものの仕組みとして作用している都合、私たち冒険者からの探知が難しい。
「正直、陽鞠ちゃんが普通の探知で見つけたっていうほうがすごいくらいだね」
おらくは、矢を生成したりそれを射出したり、というような。機構に組み込まれている魔力への干渉要因が、全体の流れに及ぼしている僅かな際を読み取ったのだろうけれども。
まあ、誰でもやってられることじゃないし、陽鞠ちゃんみたいに探知が得意な子でも、それのために常時気を張るのは魔力消費の面でも得策じゃない。
「普通の探知で、ということは。専用のものがあるのですか?」
「うん。《罠感知》っていう、あんまりかわいくない名前の汎用スキルがあるよ」
内容としては探知の少しばかり応用。先述のとおり、ダンジョンの罠はダンジョン自身の魔力を元に作動するため、魔力の流れに少々の乱れを生み出す。だからこそ、魔力の流れが発生している場所を検知することで、罠を看破するというスキル。
より慣れてくると、看破したところを詳細に探知することにより、罠の種別の判断もできたりする。
今ここで教えることもそれほど難しくはないし、わざわざ私に教えを乞わなくとも、普通に冒険者協会で使い方を教えてもらえるスキルだ。まあ、冒険者の生存率に直結するスキルだから、ある意味当然といえば当然なんだけれども。
「というか、そういうのって事前に教わったりしなかったの?」
「はい! 教えてもらっていません、」
私の質問に、とてつもなくいい返事で答えてくる鈴音ちゃん。
いや、たぶん堂々と言うことではないと思う。うん。
「……まあ、安全が確保されている、という前提がある上にはなりますけど。まずはその状態に直面してから、どう対処すべきか、ということを身を持って教えられてきましたから」
補足するように、陽鞠ちゃん。
その視線はやや遠くを、おぼろげに眺めていた。
「ど、どうしようもないときは、ちゃんとアドバイスをしてくださいますよ!」
補足するように、鈴音ちゃんが言う。
でも、彼女の表情にも、どこか苦いものが浮かんでいて。
「苦労して、来たんだね」
「ええっと、その。……あはは」
苦笑いで、そうごまかす鈴音ちゃん。
しかし、彼女が肚に抱えた言葉はについては、ごまかしたところで今までのやり取りから私や視聴者も十分に察することができた。
* * *
「あっちは、順調に進んでるみたいですね」
隣にいる千癒さんに向けて俺はそう言う。
探知での状況把握と配信の確認。二重で鈴音たちの様子を伺う。少しばかり過保護な気もするけれど、しかし、これくらいでちょうどいい事情もある。
「本来ならば、鈴音お嬢様たちには今の高輪ダンジョンにあまり来てほしくはありませんが」
「俺としてもその点は否定できませんが。とはいえ、彼女たちにしかできないことが必要になる可能性があるので」
俺だって、元々予定していたから、とか。そういう理由だけで彼女たちを今の高輪ダンジョンに連れてきているわけではない。
それだけを理由にしているのなら、環境の不安定さが予見されている高輪ダンジョンではなく別のダンジョンに行くか。あるいは、しばらくの間、挑戦を中止するかのどちらかの判断をとった。
しかし、有事の際の彼女たちの身の安全を保証してまで、弓弦さんたちを説得して高輪ダンジョンに連れてきていたのは全く別の理由があったから。
そして。現在、俺と千癒さんが三人とは別行動でダンジョン内を探索しているのも、その理由があるから。
もちろん、配信に映らないようにするため、という理由がないとは言わないけれども。
「月村さん。……以前の広島でも伺ったことではありますが、水瀬 影千代という方について、改めて教えていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、大丈夫ですよ」
先日のクオーツゴーレムとは無関係、という結論に至った水瀬 影千代。
復習がてらにざっくりと彼女についてを説明するならば、ダンジョンや魔物、魔力についての研究者と称することになる。
ただし、どちらかというとマッドサイエンティストという方が彼女の性格には見合っていて。自身の興味のない事柄については良くも悪くも平等な考え方をするし。人間の感覚からずれた損得勘定は、人の命に対してであったとしても容赦のない判断を下す。
「……以前も思いましたが。人の命を持て余す、ではなく。容赦のない判断を下す、なのですね」
「そう、ですね。ええ」
千癒さんの指摘に、俺はそう頷く。
その答えに、彼女は「なるほど」と。
「そして。そんな影千代の持っている固有スキルが《悪戯妖精》」
「《悪戯妖精》……直接に見ていないこともあって。まだ、あまりその詳細を私は掴めていないのですが」
「まあ、固有スキルなだけはあって、相当にふざけた能力ですよ。性質そのものも、そして、性能自体も」
俺自身性格に把握しているわけではないが。曰く、自分自身の存在そのものを歪ませる、という能力。
これにより、姿形から声といった人物を構成する要素はもちろんのこと。本人の存在自体の境界を歪ませることによって、周囲と存在を同一化させて、擬似的にワープのようなことまで実現させることができる。
もちろん、真っ当なワープなどとは違うため、距離などはそこまで伸びないらしい、が。それでも先述の姿形や声などの変性と組み合わせることによって、逃走というその一点においては屈指の性能を誇っている。
俺や海未でも追跡はほぼ不可能なほどに。
「逆に、万に一つの可能性とはいえ、可能なのですね」
「……まあ、絶対、というわけではないですね。失敗する可能性のほうが大きいですが」
俺と海未がふたりがかりで全力を賭して、かつ、影千代側のミスがあって初めてワンチャン、というレベルだ。
俺たちが揃って対峙しているという時点で影千代も十分に警戒するだろうし。ほぼ無いに等しい可能性と言っていい。
「つまるところが、俺たちでは現状手立てなしに等しいってわけです」
「……中々に、悩ましいものですね」
むむむ、と。少し考え込む千癒さん。
それはさておき、探知や配信の様子を伺いながらに、警戒を――、
「ッ!」
俺が顔を上げたと、ほぼ同時。
繋いでいたスノーホワイトの配信がクルクルとローディング画面になって停止――いや、違う。
端末の回線が、断絶した。
Tips:水瀬 影千代
ダンジョンや魔物、魔力について研究している研究者であり。阿蘇ダンジョン、渋谷マルハチ、広島マルロクで大侵攻(未遂含む)を引き起こしたり、陽鞠にフェンリル化する魔石を与えたりした張本人。
《悪戯妖精》という固有スキルを持っている。
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