#91
「《氷世界》」
発動させた魔法により。周囲に冷気が拡散していく。
大気中の水蒸気が凍結して、夕日を受けてキラキラと輝く。
そして――、
「ぐっ!」
陽鞠ちゃんが、苦悶の表情を浮かべる。
私が発動した氷世界は、先述のとおり冷気を周囲に拡散することにより、一帯の気温を大きく下げる、というもの。
氷系統の具象が氷の生成であるならば、現象は冷気そのものであろう、と。
そして、強烈な冷気によって下げられたのは気温だけではない。
温度に依存した攻撃である炎もまた、その温度を下げられることにより勢いを削がれてしまう。
一方の凍ての大槍は、むしろ冷気によって勢いを増す。
ギリギリのところで拮抗していたパワーバランスが、一気にこちら側へと傾く。
ルールで回避はできない。ならば防御するしかないが、火扇でも受け止めきれていない現状。
凍ての大槍の対処で精一杯になっている陽鞠ちゃん。
そんな彼女を、真っ直ぐに見据えて。
「《凍ての時間》――《停止した世界》」
氷世界と凍ての時間の、組み合わせ技、停止した世界。
より強靭になった氷が、陽鞠ちゃんへと襲いかかる。
抵抗の意志を見せた陽鞠ちゃんではあるが、凍ての大槍への対処で精一杯だった彼女の反応は間に合わない。
直撃。あとに残されたのは、美しくも残酷な、氷の世界。
「これで……ッ!?」
勝ちを確信しかけた私だったけれども。
瞬間、氷の世界を割って、こちらへと突き進んでくる熱線が頬を掠める。
発生源など、ただのひとつしか思いつかない。しかし。
「そんな、わけが」
実際、目を向けてみるが。陽鞠ちゃんは未だに厚い氷に覆われている。凍ての時間よりも強化された停止した世界の分厚い氷だ。いくら炎系統であっても、そう簡単に破れるものじゃない。
でも、たしかに熱線はこちらから飛んできていて。
「……まさか、この穴」
「抵抗は、してみたんだけどね。でも、さっきのが限界」
本来ならば、厚い氷に阻まれて声すらも届かないはず。しかし。
陽鞠ちゃんを覆う氷にこじ開けられた、わずかな穴。そこから、彼女の声が漏れ出て。
降参、と。
「ふたりとも、お疲れ様」
陽鞠ちゃんを救助してから、千癒さんにそれぞれ負傷の治療をしてもらう。鈴音ちゃんは千癒さんの後ろについていきながら、私たちにタオルや水を渡してくれる。
そして、優梨さんからの講評。
「陽鞠ちゃんは、よく操作ができるようになってきたね。正直ここまでやれるようになるだなんて、お姉さんびっくりだよ。さすがは支樹が直接に教えてるだけはあるね」
「なんで俺の名前が出てくるんだよ」
「自己の評価がバグってる阿呆のことは一旦置いておくとして、びっくりするくらいにできるようになったってのは本当だよ。特に、停止した世界を破ったのは拍手でしかないよ」
「……ありがとうございます」
すっ、と。頭を下げる陽鞠ちゃん。でも、その表情からは悔しさも見える。
負けてしまった、あるいは、称賛の対象であった停止した時間を破ったというものが、貫通して反撃を通しただけであり、停止した世界による拘束の解除には至らなかったことを悔やんでいるのか。
こちらとしては、勝負を決する一撃だと思っていたところに反撃されただけでも驚きなんだけども。
「そして、景ちゃん。よく、現象型への変質をさせることができたね。そこについては、課題のクリアと言っていいと思うよ」
でも、と。
「どうして、停止した世界が破られたのか。一撃を通されただけとはいえ、貫かれたのか。それは、わかる?」
「はい。形質コントロールのその先。集約、ですよね」
「うんうん。それがわかってるのなら、今回の特訓は成功と言っていいかな」
陽鞠ちゃんの攻撃を受けたからこそ、やっと理解できたこと。
優梨さんが言っていた、形質のコントロールをすることが、適性以外の形質が使えるようになり、戦術の幅が広がる、だけじゃない、ということのその意味。
形質のコントロールは、極端な話をすると具象として形を与えるか、あるいは現象として概念を取り出すか、という技術ではない。
正確には魔力を撚り集めたり、あるいは抑えつける魔力の膜を剥がすことにより、その形質を自在にする、というもの。
すなわち、その本質は形質のコントロールではなく、魔力の操作。
氷が分厚くて炎で太刀打ちできないのなら。より集約させて、より、密度を上げて。高温の熱線で貫けばいい。
陽鞠ちゃんかやってのけたのは、そういうことだった。
「一般的には高位のスキルのほうが威力が高い。それは自然の摂理ではある。なんせ、魔力の注ぎ込みやすさが変わってくるからね」
イメージとしては、そもそもの容器の容積が違う、とでも言えばいいだろうか。
コップサイズと鍋サイズの容器がそれぞれあったとき、大量の魔力をつぎ込みやすいのは当然に後者だ。そうなると、容易に魔法の威力を上げやすいのは後者――高位のスキルということになる。
「でも、工夫次第では。集約以外にも、その正反対。魔力の拡散をさせることによって、戦い方の幅は大きく変わるし。低位のスキルであっても高位のスキルに抗うことが可能になる」
それこそ、陽鞠ちゃんが私の停止した世界を破って攻撃を通してきたように。
「もちろん、それを高位のスキルでできるようになったらより強くはあるんだけど。そのためにはもっと練習が必要だろうね」
今はコップサイズの量を操作するだけなのでなんとかなっているが、これを鍋サイズでやるとなると、要求される操作の規模が段違いになる。
難しいのは、必然。でも。
「頑張ります!」
「うん、いい返事。素直なのはいいことだよ。どこかの支樹と違ってね」
「おい優姉。名前隠れてないぞ」
月村さんのその指摘に、優梨さんは「ふふふ」と適当に笑って流す。
「まあ、さておき。それじゃあ、今日の最終仕上げ」
パチン、と。手をひとつ打ちながらに優梨さんがそう言う。
正直なところ、さっきの戦いで魔力をかなり消費していて、ほぼカラッ欠。最初に彼女が言っていたとおり、魔力の尽きる限界まで特訓をやっているような状態だった。
「ふたりがかりでいいよ。私が今から、全力で叩き潰すから」
「いやいやいやいや!」
素晴らしくいい笑顔でさらっと言ってきた優梨さんに、私は全力で首を横に振る。
陽鞠ちゃんも同じく反応していた。
いくらなんでもさすがに無理がある。平時の、万全の状態であっても、ふたりがかりで勝てる見込みがない。正直、実力だけで語るならばそれくらいの開きはある。
それに加えて、現状の私も陽鞠ちゃんも、ほぼ消耗しきってきいる状態。多少ならば魔力が残っているが、本当に微々たる量と言って差し支えない。
「冗談でしょう?」
「うん、冗談。半分くらい」
「……半分は本気だったんですか」
私がそう漏らすと「まだ動ける余力があるのなら、相手するわよ?」と。丁重にお断りしておきたいところである。
「でも。大切なところはそこでもある。支樹に習ってるのなら、口酸っぱく聞かされてると思うけど。ダンジョンの中ではなにが起こるかわからない。万全の状態で、魔物と相対できるとは限らない」
耳が、痛い話だ。
致命的な、強力な魔物に。不意に遭遇することだってありうる。
そのときに、偶然たまたま万全な状態……なんてことは、まあまずありえないだろう。
それこそ、今みたいに。魔力がほぼ尽きかけているなんて言う状態も考えられるわけで。
「そんなとき、特に術師はただの木偶になりやすい。ソロだったら簡単に蹂躙されて終わり。パーティだと仲間に助けてもらえるかもしれないけど、それはすなわち仲間を危険な目に合わせている、足を引っ張っているのと同義」
最悪の場合でも自前の武器で最低限の抵抗をすることができる他の冒険者とは違い、魔力に依存しがちな術師は、抵抗の手段をほぼ取り上げられる。
もちろん、パーティというもの自体が助け合いが前提とはいえ。自衛の手段は必須であろう。
「術師……景ちゃんは魔法少女だっけ? 術師は総じてスキルにかまけておろそかにしている人が多いけど。基礎トレーニングは欠かしちゃだめよ? 他の冒険者にも言えることではあるけども、最後に頼れるのは素の身体能力だから」
最悪の場合、走って逃げることができるだけでも、大きく違う。
逃げているだけじゃないか、と言われそうなものだけれども。なによりも命は優先だ。ソロはもちろんのこと、パーティでだって、助力にならず、むしろ存在することによって守る必要性が発生するくらいならば、さっさと逃げてしまって仲間への負担を軽減したほうがマシだ。
「まあ、そういうのは私の役割じゃなくて支樹の領分だろうから。あとは任せるけどね」
……つまるところが。あの地獄のトレーニングが、なによりも近道という話で。
「雪城については、別件の訓練もあるか。基礎トレーニングで引き続き体力面を伸ばしていくから」
傍からみれば、これが魔法少女のトレーニングなのかと疑いそうになるけど。
でも、頑張ろう。
だって。私は、夢を見せるために、魔法少女になったんだから。
* * *
「お疲れ様、優姉と蒼汰」
星宮邸のリビングルームにて、ふたりを迎える
雪城は帰宅、鈴音と小夜はそれぞれよ私室。
訓練の疲れもあって夜の十時頃には既にふたりともぐっすりと床についていた。
卓を囲んでいるのは、俺と優姉、蒼汰。それから千癒さん。千癒さんは俺たちにお茶の準備をしてくれてから、席に座る。
「随分とまあ、いい子ばっかり捕まえたじゃない。で? どの子が本命なの?」
「そういう関係じゃないって言ってるだろ? 全員ただの弟子だって」
「まあ、そういうことにしておいてあげる。今回の本題じゃないしね」
でも、本当にいい子だと思うわよ? 性格だけじゃなくて、実力の面でもね、と。優姉がそう言う。
優姉がそういうのであれば、やはり実力に関してはこのまま伸ばしていけばしっかりと伴ってくるだろう。
……と、先刻に彼女が言っていたように、本旨はそこではない。もちろん、彼女らの素養についての振り返りをすること自体も目的ではあるが。
「ひとまず、協会に預けていたクオーツゴーレムの魔石についての分析が終わった」
無論、このクオーツゴーレムの魔石は雪城を助けたときの、あのクオーツゴーレムだ。
発生位置を考慮するならば、あの一帯は平均的きは討伐指定C級が出現する帯域だ。
ダンジョンではなにが起こるかわからないことを念頭に置いて置かなければならない上に、高輪ダンジョンはまだ発生してから浅いダンジョン、不確定なことが多く、雪城自身にも油断があった、ということは否定しにくいが。
それはそれとして、遭遇自体は雪城を責められるものでもなく、とにもかくにも不運であった、というしかない。
これに、他者の意思が介在していない場合は。
そう。俺たちは知ってしまっている。
任意で魔物を――それも、高位の魔物を召喚する術を持っている人物、水瀬 影千代の存在を。
だからこそ、討伐をしたクオーツゴーレムの魔石を冒険者協会に預けつつ、しばらく経過を聞いたり当時の状況の認識のすり合わせをするための聴取を受けたり、としていたわけだが。
「結論から言うと、魔石への細工であるとか、そういったものは見受けられなかった。魔石自身も、高輪ダンジョンから出土するものでほぼ間違いない」
つまり、影千代が関与していた可能性は低い。本当に、雪城の運が悪かった、ということになる。
「つまり、あのクオーツゴーレムははぐれ、ってことね」
優姉が、そう言う。大まかな見解としては協会も俺も同様だ。
はぐれ――事実、本来の出現域よりも浅いところで強力な魔物が出現することは稀にある。
加えて、高輪ダンジョンがまだ不明瞭なことが多いダンジョンということもふまえて、雪城が不運であった、というのが現状の認識、としておいた上で。
「少しだけ、嫌な予感がする。あまり、考えたくない可能性もありうる、ということだけは。《海月の宿》にも伝えておきたくて」
「…………」
おそらく、ふたりのことだ。俺の言っていることの意味は理解してくれるだろう。
「万が一の場合は、連絡が回るはずだ。俺の、杞憂で済めばいいが」
「そういうことを支樹くんが言っちゃうと本当にそうなりそうだから、嫌だね」
ははは、と。蒼汰が苦笑いを浮かべる。
「ともかく、俺たちもしばらく高輪ダンジョンを中心に活動をする」
雪城にとっては少しトラウマがあるかもしれないが、いずれにせよ、乗り越えないといけない壁でもある。
「《海月の宿》も、少し、気をつけてみていてくれ」
Tips:はぐれ個体
ダンジョンに於いて本来出現するような階層よりも低階層にて出現した魔物の呼称。イレギュラーなどとも呼ばれる。
偶発的に出現したり、あるいはより強力な個体が奥地で出現して逃げてきた、などの可能性がある。
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