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#90

 私の魔法――放出系スキルの適性は氷。形質としては、具象型に傾いている属性だ。

 つまり、形質のコントロール訓練としては、現象型へと寄せていく、ということになる。


「……あれ、どうやるんだ?」


 構えをとってから、しばらく。早速というべくかなんというべきか。特訓開始早々にいきなり頓挫してしまった。


 現象型の特徴といえば、炎であるとか光であるとかがそうであるように、触れることのできる形を持たないということ。

 一方の私の適正である氷は、固体であることが明白で、触れることができる。これを現象化するって、どういうことだ……?


 試しに可能な限りのイメージを注ぎ込んでスキル――もとい魔法を発動させてみるが。結果としては、普通に具象として発現する。

 私の想像が足りないのかと、もう一度やってみる。また、氷がそのままに生成される。

 ありえはしないものを想像するようにしてもう一度。今度は、そもそも魔法として形をなさない。


「……これは、なかなか」


 難しい、とは思っていたけど。聞くは易し、なんて比じゃない。


「現象型の発動ってだけなら、できるんだけど」


 適性が氷系統というだけで、別に使えはする。試しに現象型である雷系統を使用してみる。

 バチバチッと。手のひらの上で球状に帯電したそれが、周囲に雷を走らせる。


「でも、これも形を持っている、んだよね」


 先程の優梨さんの説明を思い起こしながら、ゆっくりと流し込む魔力を変性させていく。

 表面に纏っている膜を剥がしていくようにして、内側の魔力をどんどんと外へと広げていく。

 流し込む魔力の量は増やしていない。しかし、球状の雷はだんだんと大きくなってきて。


「うわっ!」


 バリバリッ! と。空気を割る雷鳴とともに、雷の球はその電荷を周囲へと放出させる。


「……もしかして、この感覚?」


 優梨さんが炎系統でやってみせていたことを思い起こす。

 たしか、火球が爆ぜるようにして周囲へと熱波を拡散させていた。今の現象は、それに近いと言える。


「《氷塊ヘイル》」


 手のひらの上で拳台の氷を生み出す。

 流す魔力は一定のまま、その表層の魔力を緩めていくような、そんな感覚で――、


「…………」


 数分くらいだろうか。しばらくの間、魔力をあれこれ操作してみたり、イメージを募らせたりしてみたものの、氷の塊はうんともすんとも言わない。


「ぐぬぬぬぬぬ」


「あら、随分と苦戦してるみたいね?」


「ひゃあっ!?」


 目の前の氷に集中していたこともあって、いつの間にか優梨さんが来ていたことに気づかなかった。

 素っ頓狂な声を上げながら、乱れた魔力が氷を割ってしまう。

 いや、それよりも気張るようなかわいらしくない声を出しているところを見せてしまった、不覚。


「その。思ったよりも……いえ、難しいだろうな、とは思っていたんですけど」


 とはいえ、ここまで太刀打ちできないとは思いもしなかった。


「まあ、現象型の具象化より、具象型の現象化の方が難しいからねぇ」


「そうなんですか?」


「うん。だって、具象化は明確な形を与える、っていう想像しやすい事柄なのに対して、現象化はその逆、形を持たないようにするってことだからね。想像するのが難しいのよ」


 一度、現象型の具象化をやってみたら? と。優梨さんに言われるままに私は雷系統のスキルを発動させつつ、その形を一本の槍のように形成していく。

 イメージとしては、拡散していく魔力を撚り集めて撚り集めて、束ねていくような感じで。


「……できた」


「うんうん。まだ形としては不安定だけど、これが具象化。より正確には、スキルの形質コントロールだね」


 具象化と現象化は、正反対でありながら本質的には同じ行為。つまり、今やった感覚の真逆をやれば、氷系統の――具象型の現象化をすることができる。

 と、理屈では理解していても。


「……むぅ」


 実際にできるかは、また別として。

 先程は魔力を撚り集めて束ねて、一本の槍に変性させた。

 ならば、固まっている魔力を解いてやるように、と。氷塊ヘイルの魔力を操作してみたのだけれども。結果としては少しばかりの変化を見せたかと思うと、その瞬間に魔法が維持できなくなり、霧散。


 もう一度、やってみる。……が、結果は同じ。

 そこに氷があったという残滓としてほんのりの冷気が残るだけだった。


「うーん、ちょっとだけ、できてるね」


 事実か、あるいは慰めか。優梨さんがそう言う。

 とはいえ、ちょっとできたところでコントロールができた、とは言えないだろう。


「もしかすると、固定観念に囚われちゃってるかもしれないわねぇ」


 再挑戦、と。私が構えを取ろうとしたところで、優梨さんがそう言う。


「そうね。現象型の戦い方、というものを少し思い起こしてみるといいんじゃないかしら」


「現象型の戦い方?」


 パッと思いつくのは、やはり炎弾ファイアバレットなどのスキルによる遠距離攻撃。しかし、これに関しては具象型でも同様のことが可能。

 それ以外でいうと、例えば剣に炎を纏わせる、というようなやり方もある。でも、これを氷でやったところで、ただただ刃よりも分厚い塊が生成されるだけで――、


「ッ!」


 雷に打たれたような、そんな感覚が走る。

 そうだ。氷が邪魔なのならば、氷を纏わせなければいい。

 先程、優梨さんが言った「少しだけできている」は、本当に少しだけできていたんだ。


「どうやら、掴んできたようだね」


 なるほど。たしかに、氷系統という固定観念に囚われたままだと、いつまで経ってもたどり着けなかっただろう。


「それじゃあ――」


「優梨さん。後ろ」


「っと。ああ、陽鞠ちゃんか。どうしたの?」


 現象化に苦しんでいた私対応してくれていた優梨さんだが、少し前から陽鞠ちゃんがチラチラとこちらの様子をうかがっているのが見えていた。

 たぶん、優梨さんに質問があるのだろう。


「私の方は、優梨さんのおかげもあって糸口を掴むことができたので」


「まあ、私がやったのはちょっとした助言だけどね」


 そのちょっとした助言とやらがどれだけ大きな一歩を手助けしたか、については。語るべくもない。


「少し、自分でやってみます」


「そう。それじゃ、私はあっちに行ってくるから」


 頑張ってね、と。優梨さんはひらひらっと手を振りながらにそう言うと。そのままに陽鞠ちゃんの方へと行ってしまう。

 まだ聞きたいことがあるといえば、そのとおりなんだけれども。でも、一旦は掴みかけた感覚を、自分のものにするところからだ。






 夕方から始まったトレーニングは、いつの間にやら夜に差し掛かってきていた。


「それじゃ、今日の総括として。互いに全力の一撃をぶつけ合ってみようか」


 優梨さんが私と陽鞠ちゃんに向けてそう言った。

 ちなみに、蒼汰さんとずっとサシで試合をしていた鈴音ちゃんは限界を迎えて地面で横になっていた。視界の端に映っていたのでときたま見ていたが、あれをずっと続けていたのだからああなるのも仕方が無い。


 まあ、それはさておき。私たちの方だ。

 ルールとしては、移動禁止で純粋なスキル同士のぶつけ合い。

 それ以外ならなんだってやっていいから、とにかく相手に一撃を食らわせることを考えるように、と。


「ああ、安心していいよ。攻撃の余波については私が対処できるから」


 その点については、心配をしていたことではあるけど、重要ではない。……いやまあ、冒険者同士の全力のぶつかり合いとなると、移動禁止でもそれなりに影響が出るのが必至なのは事実だけども。


「なにか先に聞いておきたいことはある?」


「移動以外なら、基本的にはなんだっていいんですよね?」


「うん。大丈夫だよ」


 私の質問に、優梨さんがそう答える。

 他になにかある? と聞いてきた優梨さん。私も陽鞠ちゃんも首を横に振る。


「それじゃ、始めようか」


 互いに少しばかり距離を取りながら、向かい合う。

 少し離れたところには、攻撃の余波を相殺するために優梨さんが構えていて。そこよりさらに後ろ側には、いつの間にか姿勢を起こした鈴音ちゃんがこちらを見ていた。


「そういえば。鈴音ちゃんの持ち込み企画を考えてくれたのは、陽鞠ちゃんなんだっけ?」


「ええ。同接数すうじ、取れたでしょう? 正確には、私と友達で考えたものですけど」


「その説については、ホントにありがとね」


「それ、どっちの意味で言ってます?」


感謝も皮肉(どっち)もッ!」


 質問に答えると同時、私は白銀の氷牢(ホワイトプリズン)を発動。そのまま、陽鞠ちゃんを取り囲むようにして、大量の氷の槍が襲いかかる。

 ――が。もちろん、彼女も応じてこないわけがない。


 私と陽鞠ちゃんとでは、間違いなく放出系スキルの練度では大きな差がある。

 片やBランクの放出系スキルを中心に扱ってきた術師、対するはCランクのほとんど放出系スキルを使ってこなかった双剣使い。そもそもの放出系への習熟度からして違う。


 でも、油断はしない。この数時間での吸収量は通常の比ではないだろうし、そもそもの話、陽鞠ちゃんは月村さんの弟子。この時点で警戒に値する。

 そして、そんな相互の実力差が大前提に見受けられる上でさえ、互いに質問のひとつも出なかった、もうひとつの理由が。


「《炎獄》!」


 本来は相手を取り囲み、動きを制限するための炎の渦を生成するスキルを。陽鞠ちゃんは自分の周りに生成する。


 陽鞠ちゃんへと襲いかかろうとした白銀の氷牢(ホワイトプリズン)は、しかし炎に阻まれ、溶け落ちる。


 炎系統――陽鞠ちゃんの、適性スキル。


 氷系統と炎系統の相性の問題。

 氷系統も、決して炎系統に対して不利というわけではない。本質が熱である炎系統に対しては、その冷気によって温度を下げることができるため、勢いを弱めることができる。

 しかし、ぶつかり合い、競り合わせるとなると。絶えず高温を維持してくる炎を相手にしてしまう都合、どうしても次第に溶けていってしまう氷系統が不利を取る。


 だからこそ。


「無理矢理にでも押し通す! 《凍ての大槍(フローズンランス)》!」


 先程よりも、大きく――より、溶けにくい――氷の槍を。陽鞠ちゃんに向けて真っ直ぐに直進させる。


「《火扇ひおうぎ》ッ!」


 彼女がそう叫ぶと、生み出された扇状の炎が凍ての大槍(フローズンランス)とぶつかる。


「《閉じ》!」


 陽鞠ちゃんが言ったと同時、拡散していた炎が、まるで扇を閉じたかのように収束。凍ての大槍(フローズンランス)を包み込む。

 次第に凍ての大槍(フローズンランス)とが勢いを弱め、だんだんと溶けていく。

 現象型の具象化は比較的やりやすい、とはいえ。まだ始めたてだというのにやって見せてくるのは、さすがのひとこと。


 でも。


「そのくらいは、想定済み!」


 火扇という、コストの高いスキルで受けてきたところを見るに、やはり凍ての大槍(フローズンランス)のような巨大な氷を受け止めるには相応の火力が必要。

 なら――、


「――《五重クインテット》!」


 対処しなければなならない数を、増やしてやればいい。

 追いかけるようにして追加された四本の氷の槍。陽鞠ちゃんの表情に焦りが見える。

 一等魔力をつぎ込んだのだろう。より大きく開かれた炎の扇が、槍をすべて包み込む。


「これも、受け止めるのね」


 予想していなかったわけではないが、ちょっとびっくり。

 ただ、完全に止められているわけではない。先程までとは違い、じりじりと槍が前へ進んでいる。

 あと、ひと押し。それならば。


 氷系統が炎系統を弱点としているのは、その温度により勢いを削がれるから。

 逆に、炎系統も氷系統に対しては完全に有利とも言えないのは、その冷気によって威力が弱まってしまうから。


「――《氷世界》」


 私の、訓練の成果を見せてあげる。

Tips:放出系スキル

 魔力により事象を引き起こしたり物体生み出したりことにより攻撃を行ったりするタイプのスキル。

 それぞれ現象型と具象型というように区別されることがある。




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