#89
「それじゃ。改めてまして。私は優梨。《海月の宿》で術師をしてる冒険者」
私と、そして同じく優梨さんに習う陽鞠ちゃんの前に立ちながら、彼女がそう挨拶をする。
私たちは揃った口調で「よろしくお願いします!」と礼をする。
「そんなに気を張らなくていいわよ? そんな大した相手では……あるかもしれないけど。まあ、ここには支樹の知り合いとしてきてるから、そんな身構えなくても大丈夫」
楽しげに笑いながら、優梨さんがそう言う。
「陽鞠ちゃんが遊撃用、景ちゃんがメインアタッカーとしての火力用のスキルを習得していくっていう認識で合ってるわね?」
彼女の確認に、私たちは首肯で返す。
いちおう、元々の予定だと陽鞠ちゃんは琴風さんに探知スキルの特訓をつけてもらう予定ではあったらしいのだが。先程の会話にあったように、その琴風さんが諸般の事情で来れなくなったため、こちらで放出系スキルの訓練をすることになったらしい。
ちなみに、鈴音ちゃんは蒼汰さんと一緒に別の訓練をしている。それぞれの得意伸ばしという名目もあって、少し離れたところで剣と盾を使った立ち回り練習が繰り広げられている。
「陽鞠ちゃんは、まだそんなに放出系スキルには慣れてないって感じね?」
「はい。最近、適性を調べた、というくらいで。でも、遊撃の手段として持っておくに越したことはありませんし」
そう言いながら、彼女はその手のひらに炎を灯らせる。どうやら、火系統スキルが適性らしい。
「それじゃ、陽鞠ちゃんの方は基礎の方から叩き込んでいく形でいいとして。……ねえ、支樹。景ちゃん、本当に私担当で合ってる? たぶん、一番向いてるのって、私じゃなくて海未ちゃんとかだと思うんだけど」
「ああ、優姉で合ってる。本人の希望だ。それに、海未はなかなか動かせないだろう。あれで忙しいし。代わりに、そっち方面については俺が担当できるから問題ない」
「なるほどね。まあ、たしかに実力だけなら海未ちゃんのほうが向いてるだろうけど、教えるってなると支樹のほうがいいかもしれないしね」
コクコクと大きく頷きながらに言う優梨さん。私はなにがなんだか、会話の内容については掴めていないが。ともかく話はまとまったらしく、パチンと手を打ち鳴らして、彼女がこちらに向き直す。
「それじゃ、ひとまず今の実力を見せてもらいましょうか」
「放出系スキルとひとくちに言っても、その形態自体は多岐にわたるの」
ひとしきり私と陽鞠ちゃんの実力を確認した優梨さんがそう説明をする。
ちなみに、確認のやり方は優梨さんがスキルで生成した木偶に対して私たちがそれぞれ全力でスキルを叩き込む、というもの。
これまでの訓練の傾向から、優梨さん自身と戦って実力を確かめる、なんて可能性も考えたけど、そうじゃなくてよかった。まあ、現在の習熟度や理解度を測るだけなら、そこまでする必要もないんだろうけど。
いやだって、先日に鈴音ちゃんとやった武器練習が実践形式だったし。現に鈴音ちゃんが蒼汰さんとサシの試合形式で訓練してるから、そんな可能性を考えちゃうのは道理だと思うの。
なお、優梨さんには「そっちでもいいわよぉ?」と言われたので丁重にお断りはしておいた。ボコボコに蹂躙される未来しか見えないし。
ちなみに、陽鞠ちゃんは自分自身で言っていたとおり、放出系スキルについては発動はできるけど、というような状態ではあった。
まあ、今まで放出系スキルを主軸とした戦い方をしてきたわけでもないし、聞いたところによると月村さんと出会うまでは魔力保有量もそんなに多くなかったのだとか。
そういう兼ね合いと、それから、私自身の認識の再確認も兼ねて。優梨さんが放出系スキルについての解説をしてくれている、というのが今の現状。
「一般的には、大きく大別して現象型と具象型のふたつに分けられる、とされているわね。まあ、呼び方の派閥は色々あるけど」
正直、ものすごく豪華。
話してる内容としては基礎の基礎なんだけど、たぶんこれを一般で受けようとすると聴講料でとんでもない値段になりかねない。そもそも、基礎の基礎を大魔女の二つ名を持つ一流冒険者に教えてもらうことがそもそも無いだろうという話ではあるけど。
「このうちわかりやすいのは具象型ね。それこそ、景ちゃんの使う創造がその代表例」
具象型とは、その名のとおりスキルにより形を持つものを生成して、それにより攻撃をする、というもの。白銀の氷牢や凍ての大槍などがまさしくであろう。
「一方の現象型は具象型とは違って、明確な形を持たない――より正確には明確な形を与えていないスキルのこと。光線や炎弾などがよく例示として挙げられるわね」
よく言われたりするのは、火系統や風系統は現象型、土系統や氷系統は具象型、なんて言われたりすることもある。もちろん、例外もあるけれども。
なんて、私が初心者の頃に別の先輩冒険者から言われたことを思い起こしていると、隣で陽鞠ちゃんがコテンと首を傾げる。
「……あれ? 待ってください。明確な形を持たない、与えられていないっていう説明でしたけど。光線や炎弾も形自体はありません?」
陽鞠ちゃんの呈した疑問。言われてみれば、たしかにそうだ。
過去に私が同じように習ったとき。当時は、なるほどなあと言われたそのままに飲み込んでいたけれども。たしかに、よくよく考えてみると光線も炎弾も形自体はある。
「いい着眼点だね。そのとおり。一般に現象型と呼ばれるような放出系スキルでも、なんだかんだと形を持っていることは多い。なんならば、そもそもの話。現象型と具象型……なんていう区別は、より正確には、本来存在しない」
「……へ?」
現象型と具象型の区別が、ない?
大前提の常識を、まるきりひっくり返される。
「たとえば、炎系統スキルは一般に具象型だと言われる。それは、景ちゃんも知ってるよね?」
「ええ、はい」
「でも、例外もある。そう、教えられてると思う」
そのとおり。コクリ、と私は頷く。
炎弾なんかの具体な形を持たない――よくよく考えると、弾という形は持っているんだけども――ものや、あるいは剣や矢といったものに纏わせて、それにより攻撃を行う、という使われ方をすることが多いのが炎系統スキル、ひいては現象型の特徴。
しかし、ときおり付与先の剣などの媒介を使用せず、スキルにより生成した炎により、あたかも本物の剣であるかのような実態を与えることができる冒険者がいたりもする。
そういった事例のことを、例外、として捉えてきた。……というのが、今までの私の認知。
「たしかに、炎系統で具象型のスキルを行使するのはイレギュラー気味の使い方ではある。でも、これは全く別のスキルというわけではなく、同一のスキルの延長線でしかない」
「延長線……?」
「そう。やっていることとしてはほぼ同じ。まあ、技量は必要になるけどね」
そう言いながら、彼女は手のひらの上に火の玉をひとつ生み出す。炎系統の初歩的なスキル、火球だ。
「今、私の手のひらの上には火の玉がある。現象型という見方のとおり、手のひらの上で炎という現象が起こっているわけだけれども。それと同時に、球状という形を与えられている」
だからこそ、こんなこともできる、と。優梨さんがそう言うと、同時、火の玉だったものは自由自在に形を変え、彼女の手のひらの上で踊るようにして様々な形を取る。
「そもそも、炎系統のスキルを完全に現象型として扱うと、こんな感じになるしね」
瞬間、火の玉が爆ぜるようにして拡散して、幾ばくかの熱波がこちらに飛んてくる。
「なんとなく、わかってきたかな」
優梨さんが、私たちの方へと視線を差し向けながらにそう聞いてくる。
少しばかり考えてから、私はゆっくりと口を開く。
「……放出系スキルは、性質と形質のふたつの要素が絡み合っていて。性質によって属性が、形質によって現象型と具象型が決まる。でも、そもそも形質自体がそのふたつだけ、というわけではなくて、その程度によって柔軟に形質を変性させられる」
「大正解。さすがはBランクの術師なだけはあるね」
かなりの誘導の上ではあったので、素直に喜べるか少し微妙だけれども。しかし、知り得たそれは、あまりにも大きな知識だった。
「まあ、とはいえ景ちゃんが今まで常識だと思っていたそれも、あながち間違いというわけでもないのよ。なんせ、さっきも言ったとおり、技量が必要な技術だからね」
現象型と具象型の区別というものが本質的には存在しない、というのは先述のとおりではある一方で、実運用上では存在しているようなもの、というのが現状ほとんどの冒険者の実情。
たしかに、炎系統スキルを具象型のように扱うこと自体は可能だとはいえ。冒険者自身に適性スキルの系統があるように、炎系統スキル自体にも現象型への適性がある。
ときたま、性質と形質の適性組み合わせが逆転している稀有な人物も存在しているが。それ以外の人物が適性を踏み越えて行使するためには、やはり技量が必要になってくる。
そういう意味では、各属性ごとに現象型と具象型というように区分されているという見方自体も間違ってはいない、というわけだ。
「もちろん、一般的な冒険者として活動するだけなら、なんとなくでやっていても十二分にやっていける。それこそ、火球や炎弾のように、現象型でありながらも一定の形質を持っているようなものについても、ほとんどの冒険者は特に意識せず、なんとなくで行使してるからね」
でも――、と。
「その一方で、放出系スキルは、特にイメージが物を言う世界でもある。そんな中で、具体性を持つイメージが如何に精度に寄与するか」
わざわざ言うまでもないでしょう? とでも言いたげな表情で、優梨さんが言う。
想像できないものは、できると思わなかったものは。スキルでの再現ができない。スキルの、大前提だ。
逆に言うと、ここでできる、と。その認識することができれば。
「……適性以外の形質が使えるようになれば、戦術の幅が広がる」
手立ての多さ、その強みは。鈴音ちゃんと相対して重々理解した。自分の行動の選択肢が広がるというだけではなく、相手への思考の圧も増大させられる。
「うんうん。それも事実。まあ、それだけってわけじゃないけど」
優梨さんの言葉に、私は少しばかり首を傾げる。
てっきり、今の講義の主眼はこれだと思っていたのだけれども。これ以外にも、なにかある、ということ?
私が、そんな疑問符を浮かべている傍らで。優梨さんはパチンと手を打ち鳴らして、場を仕切り直す。
「それじゃあ、前置きが長くなっちゃったけど、私からの課題。陽鞠ちゃんは、現象型と具象型の違いを確かめながら、それぞれの感覚を掴んでいくこと」
陽鞠ちゃんにとっては、まだ慣れないところからということもあって、まずは感覚の慣らしから。まあ、初学者に対してということを考えると、そこそこに高度なことを要求しているのも事実だけど。
そして、私のやるべきことに関しても。話の流れから、大まかに理解はしている。
「景ちゃんは、形質のコントロール訓練。現象型と具象型を、自在に調整できるように練習していこうか」
想像したとおり、しかし、一筋縄ではいかなさそうなそのメニューに、私はぎゅっと手を握りこむ。
先程の優梨さんの、それだけじゃない、という反応が少し気になるところではあるけど。なにはともあれ、乗り越えられたときに間違いなく強くなれるというのは事実だろう。
だからこそ。
「ふたりとも準備はいい? なにかわからないことがあったらいつでも聞いてくれていいから」
「はい!」
私と陽鞠ちゃんの返事が重なる。
「元気いっぱい、いい感じだね。それじゃ、魔力が尽きる限界まで。よーい、はじめ!」
よし、頑張――、
……あれ、しれっと途轍もない言葉が挟まらなかった?
Tips:優梨
大魔女の二つ名を持つ術師。
支樹から優姉と呼ばれているが、これは優梨のほうが歳上だからという理由で支樹に呼ばせているだけで血縁関係はない。
なお、忘れてはいけないのは《海月の宿》の所属であるということ。つまり、彼女が課す練習メニューは……まあ、そういうことである。
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