#88
「と、いうわけで。これからよろしくね! 鈴音ちゃん、陽鞠ちゃん!」
「はい! こちらこそよろしくお願いいたします、スノーホワイトさん! いや、ええっと、雪城さん!」
ぴしっ、と。真っ直ぐに背筋を伸ばしながらに答えてくれるのは鈴音ちゃん。
景でいいよ? と私が答えると、すぐに「よろしくお願いします、景さん!」と言い直してくれる。真面目で良い子だ。
月村さんなんて、私が何回言おうとも雪城って言ってきたのに。
そんな素直な鈴音ちゃんの隣には、こちらをジイッと見つめてくる陽鞠ちゃん。
月村さんは大丈夫だった言っていたけど、やっぱり少しばかり緊張してしまう。
陽鞠ちゃんになんて声をかけようかと私が迷っていると。その隣でパチンと両の手を打ち合わせた鈴音ちゃんが「そういえば!」と。
「景さんは、どうして月村さんに師事を?」
彼女の質問については、強くなるため、というのが真っ正直な回答ではあるけれども、おそらく聞かれているのはそこではない。
なぜ、強くなろうと思ったのか、というお話だ。
正直、これについて答えることについてはなんら差し障りはない。のだけれども。
「なんていうか、そんな高尚な理由じゃないっていうか。ものすごーく俗っぽい理由なんだけどね」
あはは、と。苦笑いをしながら、誤魔化し気味に私がそう言っていると。
「別にいいんじゃない。俗で」
思わぬところ――陽鞠ちゃんから、そんな言葉が飛んできた。
「たしかに、そこみたいに鈴音とかは強くなりたい理由としてご立派な目的を持ってたりするようなやつもいるけど。それで言うなら、私が冒険者になったきっかけはお金を稼ぐためだし。強くなろうとしてるのも、結局そこに理由はある」
そこの誰かさんに負けたくないってのもあったけど、と。陽鞠ちゃんは隣にいた鈴音ちゃんを顎で示しながら言う。
それを聞いた鈴音ちゃんは、どこか嬉しそうな表情を浮かべながらに「一緒に頑張りましょうね!」と抱きつこうとして、しかし陽鞠ちゃんに抵抗をされていた。
「それで言うなら、私も志したきっかけはただの憧れではあります。それもとおーっても無謀な憧れです」
こくこく、と。鈴音ちゃんが頷きながらに言う。……陽鞠ちゃんから引き剥がされながらに。器用なものだなあ。
「まあたしかに、きっかけや理由には貴賤があるのかもしれない。でも、下劣で結構、不純で上等。必要なのは始めるための原動力と続けるための薪。他人に迷惑をかけないのなら、わざわざそこに嘘をつく必要はない」
陽鞠ちゃんの言葉を受け止めて。私は「そうだね」と小さく頷く。
「私は雪城 景。魔法少女スノーホワイト。強くなりたいと志した理由の半分くらいは、視聴者のみんなに夢を届けたいから。ありていに言うなら、視聴者と登録者が欲しいから!」
思い切って、そう宣言をする。同時に、肚の中でストンときれいになにかがハマったような、そんな感じがする。
ちなみに、理由の三割くらいは鈴音ちゃんたちに負けてられないって気持もある。これについては言わないけども。
「そ」
素っ気ない様子で反応を見せる陽鞠ちゃん。
でも、なんとなく月村さんが言っていたことがわかるような気がする。彼女が、今の会話を通してなにを確認したかったのかも。
「まあ、一緒にやっていくってことだし。これからよろしく、景さん」
「うん、こちらこそよろしくね。陽鞠ちゃん!」
「さすがに元々Bランクなだけはあって、基礎方面は仕上がりが早いな」
平日の夕方前。
月村さんに師事して、鈴音ちゃんたちと一緒にトレーニングをし始めてから早数日。彼の評価の言葉のとおり、ある程度は鈴音ちゃんたちに追いつけるようになってきていた。
とはいっても、これに関しては月村さんや千癒さんのサポートの影響もそれなりに大きい。
なんせ、例えば筋トレなどでは本来ならば回復期を設けなければならないところを身体と体力の両面の開腹と補強により、強引にショートカットすることができるわけで。鈴音ちゃんが半年で実力をつけた、という事実になるほどと納得させられた。
まあ、あくまでふたりのスキルでは身体と体力しかケアできないので、精神面はゴリゴリに削れていったわけなんだけど。
ちなみに、一緒にトレーニングをするようになって。ついでに、改めて互いに自己紹介をして、驚いたことがいくつかあった。
まず、鈴音ちゃん。言葉遣いや所作が丁寧だったり、なんとなくお嬢様っぽいなあって思うことが多かっけど。本当にお嬢様だった。それも、冒険者に関わりが深い会社の社長令嬢。
ちなみに、千癒さんは彼女付きの侍女。
私、メイドさんって初めて見たかもしれない。
もしかしたら陽鞠ちゃんも? って思ったんだけど。私が視線を送ったタイミングで、「私はただの高校生」と先回りして答えられてしまったのは記憶に新しい。
なお、現在はそんな鈴音ちゃんの家のお庭でトレーニングをさせてもらってる。これがまた広いんだなあ。
「これなら、予定通り伸ばしの訓練に参加してもらっていいかもな」
「伸ばしの訓練?」
月村さんの言葉に、私が首を傾げる。
曰く、鈴音ちゃんも陽鞠ちゃんもCランクとなっているだけはあって、基礎方面はかなり固まってきている。加えて、月村さんの指導方針や、ふたりとも元々ソロで――鈴音ちゃんは実質だけど――ダンジョンに挑んできていたこともあって、だいたいのことならば自前で対処できるようになってきていた。
ただ、ここから先に一歩踏み込むことを考えるならば。自身の得意、そして自身の役割をより伸ばして、チームとして互いに連携できるようになっていく必要がある。
「実は。そういう意味では雪城が来てくれたのはありがたかったりするんだよな」
月村さんがそう言う。
現在のチーム構成としては、盾役をしている鈴音ちゃんと斥候と遊撃を行う陽鞠ちゃんという形のチームになっているため、火力担当が不足していることになる。
もちろん、鈴音ちゃんも陽鞠ちゃんも、元々ソロで戦っていたこともあって、しっかり自分たちで戦うことが出来はするんだけれども。連携ということを加味するならば、やはり明確な火力担当を構成しながらにやっていくほうがいい。
そして、魔法少女――術師はわかりやすい、後衛アタッカーだ。
「元々は俺か千癒さんが入って練習する予定だったが」
「あー、うん。月村さんが入ると明確な過剰になるね。もちろん、実際にやるとなると出力は抑え気味には戦うんだろうけど」
問題は火力だけでなく、連携の程度。
月村さんはおそらく相当に戦闘に慣れている。無論、チームでの連携や戦況の判断には長けているだろう。
つまり、月村さんが入ってしまうと、連携が彼のリードに依存しやすくなってしまう。それでは、訓練の目的が果たせない。
「それから、私は回復役ですし。戦闘面でいうとどちらかというと隠密型なので、連携には向きませんから」
「うひゃあっ!」
いつの間にか背後にいた千癒さん。私は思わずそんな声を出してしまう。
うん、千癒さんが隠密型の戦闘スタイルなのは今の登場でよーくわかったよ。身に沁みてね。
「月村さん。お客様がお見えに」
「ああ、やっと来たか。千癒さん、お手数ですが連れてきてもらってもいいですか?」
「承知いたしました」
月村さんの言葉に、玄関の方へと向かう千癒さん。
「お客さん?」
「ああ。さっきも言ったように、訓練の段階を伸ばしに移行させる影響のひとつだな」
少し前までの予定では伸ばしに関しても月村さんが伸ばしの訓練も実施する予定だったらしいけど、なにやら伝手ができて――正確には復活? して――その人たちに手伝ってもらうことにしたらしい。
月村さん自身、適正スキルが支援系で。他のものも扱えなくはないけれども専門に比べればどうしても劣る、とのこと。
道理ではあるんだけれども、なんだろうね。自身の適正スキルでも普通に月村さんに負けそうなものだからちょっと複雑な思いがありはする。
そんなことを思いながらに少しばかり待っていると。
「支樹、待たせたね!」
「優姉。今日は来てくれてありが――って、いきなり抱きついてくるんじゃねえ!」
千癒さんに連れられて男女二人組がやってきたかと思うと、月村さんの姿を見つけた女性のほう――優姉と呼ばれた彼女――が、月村さんにいきなり抱擁をかます。
そのまま「よーしよしよし」と月村さんの頭を撫でて……私はいったいなにを見せられてるんだ。
と、そう思いかけた。そのとき。
「……えっ、優梨さんっ!?」
目の前で繰り広げられている奇行に気を取られていたけど。その奇行の主体に覚えがある。覚えがありすぎる。
高い体躯に負けじと伸びた腰ほどまである桃色の長髪。高い身長にもかすまないグラマラスな体型。《海月の宿》所属、大魔女の二つ名を持つ術師である優梨さんである。
そんな優梨さんと仲良く……いや、ただ絡まれてるだけかとしれない。まあ、仲良くしている月村さん。
優姉、ということは姉弟? にしてはあんまり似てないような気がするけど。
「それで、なんだい? まーた女の子増やしたんだって?」
「増やしてないし、そもそも特定の相手もいないのにその謂れはどうなんだ?」
「まあ、刺されないようにだけ気をつけなよ? 今のところ、そういうことをしそうな子はいないけど」
「そんな恨みを買うようなことをした覚えがないんだが」
どこかすれ違っているような会話をするふたりに呆気を取られていると。千癒さんに連れられてきたもうひとりの男性がやってくる。
「優梨さん。はじめましての人もいるんだからとりあえずそっち」
「もう、蒼汰ったら固いんだから。海未ちゃんや琴風ちゃんだっていつも自由にしてるでしょ?」
「どっちかというと僕のほうが標準だと思うんですけどね」
「まあ、そんな堅物は置いておいて。あなたが支樹の新しい女の子ね? 私は優梨。さっきの反応を見るに、詳しく自己紹介しなくても知ってくれているかしら?」
自由な物言いをする優梨さんに、男性が苦笑いを浮かべる。こちらも、知っている。
「同伴者を横に置かないでくださいよ、優梨さん。どうも、雪城さん、でよかったかな。蒼汰です、よろしくね」
優梨さんと同じく《海月の宿》所属の蒼汰さんだ。
「というか、その琴風はどうしたんだ?」
「あー、琴風ちゃんなら、支樹くん発見の報告を意図的に遅らせた件で、海未ちゃんからのお許しがまだ出てなくてね。謹慎ってわけじゃないけど、こと支樹くんに関してのみ謹慎中って感じかな」
「まだ怒られてたのか」
「まあ、そんな感じかな」
そうそうたる面子に飛び出してくる名前。
そして、そんなおふたりと平然と話している月村さんの姿。
いったいなにが起こってるのかわからなくって混乱していると。
「ただいま戻りました!」
玄関の方から、ちょうど高校から帰ってきた鈴音ちゃんの声。
しばらくすると、鈴音ちゃんと。それから、一緒に帰ってきた陽鞠ちゃん。
鈴音ちゃんは優梨さんと蒼汰さんの姿を見つけると、顔をパアアッと明るくさせながらにふたりの方へと駆け出していく。
残された陽鞠ちゃんと、ちょうど、目が合う。
「あの。もし、知ってればでいいんだけど。ひとつ聞きたいんだけど」
そういえば、まだ、聞いてなかったな、って。
「月村さんって、何者?」
クオーツゴーレムを二撃で打ち崩し、鈴音ちゃんや陽鞠ちゃんを育て。短期間の師事で、私自身かなりの成長をさせてもらって。
この時点で、普通ではないとは思っていたけど。加えて、優梨さんや蒼汰さんとの関係性。
もしかして――、
「たぶん察してると思うけど。《海月の宿》所属の……いや、正確には今の立場はちょっとややこしいんだけど。まあ、そういう感じの冒険者よ」
呆れた様子で言う陽鞠ちゃん。
驚きよりも、納得が先行して湧き上がってくる。
しかし、それにしても。
最強パーティのメンバーに、お嬢様に、メイドさん。とんでもないところに来てしまったような気がする。
「……やっぱり、陽鞠ちゃんもなにか隠してたりしない?」
「しない。私はただの女子高生。あそこらへんと比べられたら困る」
そう言い切る陽鞠ちゃん。
……でも。言葉を突くようにはなっちゃうけど、Cランク冒険者って普通の高校生ではない気がするなあ、とは。
Tips:小夜 陽鞠
別にダンジョン配信者を悪く思っているわけではないが、特にエンタメ系のダンジョン配信者にありがちなダンジョンへの軽視などから当人の安全や視聴者の誤った認識などに不安を覚えたりすることが多い。
要は、心配が根源の感情ではある。
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