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#83

「スノーホワイトさん。まずは、こちらをどうぞ!」


「わあ! 鈴音ちゃんありが――」


 笑顔で受け取ろうとした私は、思わずぴしゃりと動きを止めてしまう。

 カメラの前だということもあり、表情を歪めなかった自分のことを褒めてあげたい。


 彼女が手渡してきたのは、見た目だけならばブレスレットと言って差し支えがない。


「ねえ、鈴音ちゃん。この、かわいくないものがなにか聞いてもいいかな?」


〔これは、中々な見た目〕

〔かわいいis正義のスノーちゃんからするとそれなりに覚悟のいる代物だなあ〕

〔もしかして、鈴音ちゃん感性が結構アレ?〕


 コメント欄のみんなの言うとおり、まずもって見た目が全く持ってかわいらしくない。美しいとかもなく、とにかく、アクセサリー然としていない。

 いや、この際その点についてはいい。私がこの全くもってかわいくないブレスレットをつけるということは割と問題な気はするけど、それは一旦端に置いておく。

 今に関してはおしゃれをしたいわけじゃなく、トレーニングをするわけだし。そういう意味では機能美とも言えるだろう。……それを加味しても中々な見た目な気がするけど。

 あと、たぶんこれは鈴音ちゃんの完成じゃなくて、師匠の月村さんの完成だね。だって、このブレスレットが生半可な代物じゃないから。いい意味でも、悪い意味でも。


 画面の向こうのみんなにはわからないことだろうけど。このブレスレット、性能からして全くもってかわいらしくない。

 私の予想が正しければ――、


「こちら、魔力制限の腕輪です!」


 想像していたそのままの答え。ピク付きそうな頬を抑えながら、私は努めて表情を維持する。

 これを差し出してきた、ということは。つまり、装着しろということだろう。


 実際問題として、この手の装飾品を装着する冒険者はいる。冒険者の身体能力というものが魔力に依存している側面がある都合、階級差が激しい相手に対して指導をしたりする場合に、過剰な出力を抑制して相手に合わせることができるからだ。


 そういう意味では、Bランクの私とCランクの鈴音ちゃんで階級差があるし、という見方ができないわけでもない。事実、BランクとCランクの間には、実力に大きな溝があることが多い。もっとも、Cランク自体が玉石混淆を極めているので、一概には言えないが。


 ともかく、そういう関係で私が魔力制限をする、という状況は普通にありえるのだけれども。

 その一方で、目の前の鈴音ちゃんは。既に、魔力制限の腕輪をつけている。

 つまり、鈴音ちゃんも私も、両者ともに魔力制限をする、と。そう言っている。

 ついでにいうと、これが月村さんからの貸与品だろうと判断したその理由は。あまりにも制限の度合いが高いということ。

 おそらく、鈴音ちゃんも私も、この腕輪をつけるとほぼ全ての魔力が制限される。


 つまり、素の冒険者に近い状態での活動を余儀なくされる、ということだ。


「ねえ、ホントにつけなきゃだめ?」


「はい! 必要なことですので!」


 一切の濁りのない純粋な鈴音ちゃんの笑顔。これを見せられては、断れる物も断れない。

 まあ、これがなくても。今回の配信、もといトレーニング内容を鈴音ちゃんに任せている以上、拒否権はなかったりする。

 でも、この様子を見る限り。もしかしていつも魔力制限をしながらにトレーニングしてるってこと?


 そんなことを思いながらも、ひとまず魔力制限の腕輪を受け取り、装着する。

 ほぼ同時。ズン、と身体が重たくなる。魔力による身体強化のほとんどが消え去ったところを見るに。見込みのとおり、ほぼ全ての魔力が制限されているらしい。

 魔力切れのときにも似た感覚。随分と久しぶりなように思える。まあ、滅多にこんな状態にはならないし。当然といえば当然。


「この状態でトレーニングをしていくってわけね」


「はい! そのとおりです!」


 なるほど。発動できる力を制限することで、実質的に高負荷をかけながらにトレーニングをする、というわけだ。

 実際のところは魔力の制限が、イコール元々の身体能力というわけになるので。通常の設備なんかでも効果的にトレーニングすることができるっていうわけね。

 なるほど。冒険者としての動き自体には必然的に魔力による身体強化を加味した行動力の把握なんかも必要にはなるため、こればっかりしていてどうにかなる、というわけでないにせよ。基礎トレーニングという側面ではたしかにこちらのほうがやりやすいし効率もいいだろう。

 冒険者として魔力を手にして以来、階級調整以外でわざわざ魔力を制限する、なんてことはしたことがなかったけど。たしかにこれは合理的だ。


 とはいえ、画面の向こうのみんなにはなにがなんだかわからないだろうから、おおまかな概要だけを伝えてあげて。


「それじゃ、鈴音ちゃん。始めてもらってもいいかな?」


「はい! お任せください!」


 そして始まったトレーニング。

 結論から言うと。私の予想は半分正解だった。


 たしかに、魔力制限の腕輪は、身体能力を一般人並みにまで落とすことにより、負荷を高倍率にするためのものだった。

 だが、それだけだと思っていた私も、視聴者のみんなも。見込みが甘かった。


〔ヒエッ〕

〔もう、もう許してあげて!〕

〔あの、スノーちゃんの復帰配信って聞いてやってきたんだけど。なんで今にも吐きそうになってるスノーちゃんが映ってるの?〕

〔あ、吐いた〕

〔oh……〕


 以前とはまた別種の配信事故。血が映ってないのはいいけれど、別の映ってはいけないものがバッチリ映っちゃってる。

 The満身創痍の私と、かわいらしいお口から流れ出る、かわいらしくないキラキラ(自主規制)。


〔今思い返してみれば、当たり前といえば当たり前やったんや〕

〔そもそも、半年でCランクにまで駆け上がってること自体がイレギュラーなんやから〕

〔そいつのトレーニング自体、常識で図るべきでない、ってことは〕

〔これを真似すればみんなもCランクになれるよ!〕

〔やれるかァ!〕


 やっていることを端的に言うことは至極簡単。

 冒険者らしい、トレーニングだ。トレーニング強度も、トレーニング量も。

 ただし、それをこなしている今の私たちの身体能力は。一般人のそれと同じなわけで。


「ご安心ください、スノーホワイトさん! 回復は千癒がやってくれますから!」


 配信には映らないものの、実は協力者として画面会に控えていてくれていた千癒さん。

 なぜだろうとは思っていた――強いて言うなら鈴音ちゃんの送り迎えかな? と思っていた――けれど、その真の理由が判明した。


「本来ならば、月む……先生がいてくだされば、直接に体力補助で回復もしてくださるので、もっとやれるのですが」


「ねえ、鈴音ちゃん。しれっと残酷なことを言ってない?」


 つまるところが、体力があるならトレーニングできるでしょう? という暴論である。できるわけがない。……と言いたいところなんだけれども。

 体力面と身体面のケアは月村さんと千癒さんのふたりがかりで補助してくれるとなると、残る必要な事柄は精神面のみ。

 ゴリゴリに精神が削れるトレーニングに耐えきれる心があるのならば、たしかに理論上はトレーニングを続けられる……って。いやいや、さすがに机上論すぎるって。


 でも、おそらく推定それを乗り越えた子が目の前にいるんだよね。

 現に、全く同じメニューをこなしたというのにピンピンしているから、ほぼ間違いない。

 いや、なんで平然としてるの? 慣れ? 怖……。


「とはいえ、そろそろ休憩を挟みましょうか」


「ありがと。できればもっと前に挟んでくれたら嬉しかったかな」


 嫌味的な意味合いがないとはいわないが、本当に心の底からそう言う。


 画面に映らないようにして、千癒さんが給仕をしてくれる。

 こちらとしても映さないように気を配ってはいるけど、千癒さんも千癒さんてよくこれで映らずに動けているものだと感心してしまう。


「鈴音ちゃんはずっとこんな感じで基礎トレーニングしてるの?」


「そうですね。魔力制限の腕輪をつけるようになったのは魔力を取り込むようになってからですけれど」


「……つまり、魔力を取り込む前からこういうことをしてたってこと?」


「はい! だって私、元々小学生並の体力でしたから!」


〔自慢げに言うことじゃねえ〕

〔小学生並って〕

〔それが半年でこうなるのか?〕

〔いや、魔力吸収前ってことは冒険者になる前の話をっぽいし〕

〔とはいえ、たしかにこれをさせられてたら強くはなるわな。続けられるかは別として〕


「ふふっ、ですので。実はスノーホワイトさんの辛さもとーってもよくわかるのです!」


「……その上でさっきのやつをさせてたってわけね」


「でも。先生のお言葉をお借りするならば、私はこのやり方しか、強くなる方法を知りませんから、と」


〔うーん、鬼畜。でも正論〕

〔強くなる方法(最強に至る方法)なんだよなあ……〕

〔ホントにこの子の師匠って何者なんだよ〕


「ええ、本当にあのときは辛かったですわ。トレーニングをしては先生と千癒に体力を回復していただき、もとい強制的に体力を回復され。弱音を吐こうものならば、軽口を叩く余裕があるのならもっとやれるなと追加のトレーニングが降りかかり。休憩時間には冒険者法や魔物、武器特性のお勉強などなど」


「うん、待って? それ休憩時間じゃなくない?」


 どこか遠い目で虚空を眺める鈴音ちゃん。相当にキツかった、というのはその態度だけで伺えるんだけれども。


〔休憩ってのは、身体と精神を休める必要があってだね〕

〔使ってるのは頭だから、休憩できてますね(白目)〕

〔頭は身体の範疇やろがい〕


「いえ、たしかにめちゃくちゃな詰め込みだったのはそうですが。元々、ダンジョン内での訓練を夏休みに間に合わせるためにもかなり急ぎ気味のスケジューリングだったのも事実ですし」


 カメラに向かって、鈴音ちゃんが先生……もとい月村さんについての弁明をする。


〔ああ、鈴音ちゃん学生だもんね。ダンジョンに潜っての本格的な訓練とかになると長期休暇とかじゃないと難しいか〕


「そうなんです! だから、一ヶ月でなんとか最低限仕上げていただいて。……いえ、正確にはちょっとだけ間に合わなかったんですけれど」


〔一ヶ月?〕

〔小学生並が一ヶ月で冒険者になれる世界があるらしい〕

〔はえー、すっごい(小並感)〕

〔お前もお前んとこの師匠もおかしいよ(褒め言葉)〕


 本当に、聞けば聞くほどに。言葉だけなら眉唾ものに聞こえてくる。

 しかし、実際にこうして体験させられてみれば。それは不思議な力でも奇跡でも、なんでもないことがわかる。

 強いて言うならば、先達の――月村さんと千癒さんの――補助があったというのは事実だろう。これにより、本来の限界から大きく引き上げた上で、それを少し超えるところまでトレーニングを積み重ねて。そして、スキルで強引に回復。

 要は、これを繰り返してきていた、という話である。今でこそ、補助や回復のパートは挟んでいないみたいだけれども。返していえば、彼女がそれほどまでに成長したという証左でもある。


 そんな無理やりも無理やりなパワーレベリング。それを実現させられる月村さんや千癒さんも、もちろん驚異ではあるんだけれども。


「たぶん、一番すごいのは鈴音ちゃん、よね」


 誰にも聞き取れないくらいの小さな声で、つぶやく。


 当然だけど、理論上できると実現できるは全くの別物。

 理屈では強くなれると理解していても、でははたしてそれに身体が。いや、一番は精神メンタルがついていくかというと、話は別。


 しかし、彼女は。鈴音ちゃんや陽鞠ちゃんは、それを成し遂げている。


「……私も、負けてられないな」


 いちおう、Bランク(せんぱい)だもんね。

Tips:魔力制限の腕輪

 一般的には、先輩冒険者が後輩に指導をするときなどに過剰出力にならないようにして使われることがある装飾品。

 上位陣の冒険者が、魔力ほぼ封印するレベルの代物を使用して魔力による身体機能の補助を封じることでトレーニングの負荷向上に使ったりすることもある。




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