#81
高輪ダンジョン。車から先に降ろしてもらった俺たちはダンジョンへと続くゲートの前に立っていた。千癒さんは駐車次第、追いかけてきてくれる予定。
配信画面を横目にしながら、俺は状況を大まかに把握する。
「クリスタゴーレム……いや、クオーツゴーレムか」
かなり、まずい。
「第五層まで、三分以内で突破するぞ」
「三分ッ、……いえ、承知いたしました」
ゴクリと唾を飲み込む鈴音。これまで、なんだかんだと第三層程度までを中心に活動してきたところを、突如として更に二層深層まで潜るとなれば緊張するのも当然だろう。それも、初めて挑むダンジョンを、ハイスピードの強行軍で。
とはいえ。正直、戦況を見るに三分でも持ちこたえられるか怪しい。だが、それ以上の短縮も、正直厳しい。
「途中までは小夜の探知を中心に。鈴音が把握できている範囲まで進めれば、案内の交代を頼む」
「了解」
「お、おまかせください!」
ふたりの返事を受け取りながら、高輪ダンジョンの中へと踏み入れる。
早速といった様子で、小夜は《獣化》により全身を狼の姿へと変貌させる。
「乗りなさい、鈴音」
「いえ、でも。それは――」
「グダグダ言う暇ないでしょ。この状態なら鈴音を背負ってても普通に走るより速く移動できる。ついでに、背中に乗っている間に、少しでも広い範囲の道を把握してなさい」
小夜のその言葉に。互いに小さく頷くと「失礼します」と言いながら鈴音が彼女の背に乗る。
「それじゃあ行くわよ。しっかり掴まってなさい」
「はい!」
先行は俺。出現した魔物をなぎ倒し、ダンジョン内に仕掛けられた罠を判別し。場合によってはあえて発動させながらに後続する小夜と鈴音の安全をある程度確保する。
小夜は、後ろから探知の結果を逐次共有しながら追いかけてきてくれる。俺が集められた情報と組み合わせながら、適宜修正をかけつつダンジョンを駆け抜けていく。
――琴風曰く、小夜自身の探知系の適正がかなり高いとのこと。それが《獣化》で更に伸ばされているらしい。
そこに琴風からの指導と、俺の支援も合わさって、現状の彼女の探知精度はかなり高い。
横を通り過ぎる冒険者から目を丸められながら、難なく第一層、第二層と突破をして第三層に到着。
ここまで、おおよそ一分。
ペース的には妥当か、後半階層のほうが複雑になることを鑑みるとやや遅いペース。
「鈴音、どう? そろそろ、道案内できそう?」
「すみません、陽鞠さん。見覚えはあるのですが。確信を得られるところまでは、あと、少し」
少し苦しそうになってきた小夜の声音に、鈴音がそう返す。
ある程度二人に気を配ってやりたいところだが、俺自身も道を切り拓くことに集中をせざるを得ない。
遂に、第四層へと続く階段を発見。どうやら再出現していたらしいフロアボスが行く手を阻もうとするが。
「悪いが、構ってる暇はないんでな」
一刀に、切り捨てる。
小夜が少し驚いたように目を見張るが。すぐさま切り替えて走り出す。
そして、階段を駆け下りた、その先で。
「――いけますッ!」
鈴音が、そう叫んだ。
彼女の言葉の意味するところは、俺も小夜も理解できる。そして。
「それじゃ、あとは任せたわよ」
小夜は鈴音の身体を軽く空中に打ち上げると、そのまま彼女を降ろして、人間の姿に戻る。
「陽鞠さん!?」
「私は大丈夫だから、走りなさい! 案内役は引き継いだわよ!」
着地と同時に振り返ろうとした鈴音に向けて、小夜が叫ぶ。
そんな彼女の声に、鈴音は「はい!」とそう答えると、気を引き締めながらに前を向く。
「安心しろ。小夜は魔力切れと魔力酔いだ」
無理やりな探知はもちろんのこと、移動力の強化と探知精度向上のために使用している《獣化》の維持にもかなりの魔力を消費していた。
訓練でそれなりに伸ばしているものの、まだ保有魔力量はそこまで多くない小夜。むしろ、よく第四層まで持ってくれたものだ。
小夜自身、自分の魔力量と。それから深層へと踏み込んだ際の魔力酔いの可能性を鑑み、途中離脱をせざるを得ないと判断して。鈴音を背に乗せ、彼女に温存させるという選択肢を取ったのだろう。
「鈴音。託された意味を、理解しているな」
「――、はいっ!」
鈴音が、全力を以てダンジョン内を走り抜ける。
「そこを、右! その次は、左です!」
「了解」
いちおうの先行は俺ではあるが。支援の強化もあるし、俺の方は罠の識別や魔物の討伐をしながらではあるけれども。鈴音も、ほぼ並走する勢いで、駆ける。
そのまま、鈴音の案内の元、第四層を突破。ここまで、およそ二分と少し。
「鈴音、覚悟はいいな」
「もちろん、ですの!」
第五層。彼女にとっては初めての領域。
しかし、その立ち居振る舞いからは弱気な様子はまるで見えない。成すべきことを、託された信頼を理解しているからだろう。
本当に頼もしい限りだ。まだ、高々十七歳の少女だというのに。まるで海未を見ているようで、色々と錯覚しそうになる。
だからこそ、信頼できるのだろう。
「鈴音、もうすぐだ。いけるな?」
鈴音の案内もあるが、ここまで来れば探知を回すまでもなく、わかる。
「ええ。もちろんです」
――なにも、案内役だけで。鈴音にここまで来てもらったわけじゃない。
「絶対に。守り通せ」
「はいっ!」
* * *
意識が、朦朧とする。
視界も赤く滲んでいて、ダラリと力なく垂れ下がった左腕の感覚もはっきりしない。
けれど、立たなきゃ。
〔もうやめてくれよ!〕
〔なんでもいい、誰でもいいからどうにかしてくれ!〕
〔これ以上は、これ以上は見てらんねえよ!〕
ごめんね。みんなのコメントも、朧げにしか拾えない。
あれから、どれくらいの時間が経ったんだろうか。まだ一分くらいしか経っていないようにも思えるし、一時間以上立ち続けているようにも感ぜられる。圧縮と引き伸ばしを繰り返したかのような体感時間。
〔さっきのコメントのやつはまだかよ!〕
〔希望を持たせるだけ持たせて嘘でした、だったら許さねえからな!〕
〔落ち着いてられないのはわかるが、まだ二分半しか経ってねえ〕
〔くっそ、なにもできてない俺たちが言えたタチじゃねえがよ〕
ううん、君たちは、なにもしてくれなかったわけじゃない。可能性を繋いでくれた。
こんな、見るに耐えないような惨状を前に。見たくない気持ちを押さえつけてまで、無事を祈ってなんとか情報を繋ごうとしてくれている。
だから。私も、倒れるわけにはいかない。
「でも、あと三十秒、か……」
思っていたよりかは、短かったかもしれない。
でも、絶望的な時間。
だけれども。みんなが、無事の生還を祈ってくれているから。
「がああああっ!」
かわいらしくない気を振り絞りながらに、私は駆け出す。
私を目掛けて振り下ろされてくるクオーツゴーレムの拳。比喩抜きに、結晶の塊が私の頭上へと落ちてこようとして。
もつれた足で転びながらも、なんとか潰されずに回避をする。
「ぐっ。……立た、なきゃ」
今の一撃はなんとか避けられたけれども、あくまで、一撃だけ。
こちらが転んだからと、魔物が攻撃の手を緩めてくれるわけもなく。振り下ろされた腕が、そのまま地面を薙ぐようにしてこちらへと迫ってくる。
立ち上がらなきゃ、立ち上がらなきゃ。
でも。足が、動かない。
動けない。立ち上がれない。逃げれない。
まずい。
眼前まで、恐怖が差し迫ってきて――、
「――《流星撃》ッ!」
瞬間。思わず伏せかけたその視界に。一筋の光が走って。
同時、クオーツゴーレムの身体が砕ける。
〔うおおお! マジか!〕
〔割れた! 砕けた!〕
〔やったか!?〕
間に合った、のか。と。一瞬気が緩みかけて。
――しかし。
〔ダメだ! クオーツゴーレムは――〕
コメントが、視界の端に入る。
そう。上位のゴーレム種が厄介とされている原因の一端。根性。
致命の攻撃を受けても、一度だけ。体内に溜め込んだ魔力を解き放つことにより、強引に再生をする。
必ず、一度は耐え切ってくる。つまり。
攻撃は、中断されない。
依然として差し迫ってこようとするクオーツゴーレムの腕。
せっかく、間に合ってくれたというのに。私が、あと一回避けるだけの余力がなかったばっかりに。
「鈴音ッ! 三秒持ち堪えろ!」
男性の声が駆け抜ける。一瞬前、クオーツゴーレムを割り砕いた彼の声。
そして。それに呼応するようにして。
「はい! 必ずや!」
暖かい、声が聞こえた。
〔えっ、女の子!?〕
〔ちっちゃ!?〕
〔でも、盾持ってるぞ!〕
〔もうこの際、なんだっていい! スノーちゃんを守ってくれ!〕
私とクオーツゴーレムの間に割り込んできたのは、中学生くらいの体躯をした女の子。
鈴音と呼ばれた彼女は、円盾をしっかりと構えると。
もはや、目の前で起きていることが現実なのか、私の願いが生み出したのか幻想なのか。私ひとりでは判別できそうになかった。けれど。
〔うおおおお!〕
〔受け止めた!? マジかっ!〕
〔なにがなんだかよくわからんが! とにかく、頑張ってくれ!〕
もし、みんなが集団幻覚を引き起こしているだなんて、そんな突飛なことが起こりでもしていないならば。
きっと、これは。
「安心してくださいませ。スノーホワイトさん。私が。そして、なによりも――」
クオーツゴーレムの薙ぎ払いを弾き返し。もう一方の腕の振り下ろしを、盾で受け止めた彼女が、そう言う。
「最強の御方が、ここにいますから」
彼女の背中のその向こう側。
腕を振り下ろしていたクオーツゴーレムが、その身体を崩れ落ちさせてゆく。
瓦礫と化したゴーレムのその先で立つ、ひとりの男性の姿。
「ね? 大丈夫だったでしょう?」
少女は、小さくそう笑った。
「ほんっとうに。ありがとうございましたっ!」
私は、そう言いながらに頭を下げる。都合、身体が動く範囲にはなってしまうので、十分には下げられていないけれども。気持ちだけならば地面に額を擦り付ける勢いのつもりだ。
ちなみに、配信はクオーツゴーレムの討伐後に停止している。安全だけは、確保したことをみんなに伝えた上で。
できれば脱出して、生還できたことを伝えたかったけど。さすがにこれ以上配信に無関係な人を無許可で映すわけにもいかないし。
助けてくださった月村さんと鈴音ちゃんのお仲間の方が、追ってふたり駆けつけてくれて。そのうち、背が高い銀髪の女性が治癒スキルを施してくれる。
正直、身体の状態を鑑みるに。左腕が使い物にならなくなることは覚悟していたんだけれども。彼女の治癒スキルの腕がいいのか、既に最低限動くくらいには回復していた。数日はかかるけど、ちゃんと元のように動くようになるらしい。
本当に、頭が上がらない。
「礼なら、配信を見てくれていたやつらに言ってやってくれ。とは言っても、今日は肉体的にも精神的に厳しいところもあるだろうから。日を改めたほうがいいかもしれないが」
月村さんがそう言ってくれる。
もちろん、そのつもり。実際に駆けつけてくれた月村さんや鈴音ちゃんたちに感謝が尽きないのはもちろんだけれども。たとえ、来ることができずとも。絶望的な配信だっていうのに、最後まで付き合ってくれて。祈り、声を投げかけ続けてくれていたみんなにも感謝しかない。
「無事を伝えるためにも。できるだけ早く、やろうと思います」
「ああ、それがいいだろう。とはいえ、無理のない範囲でにはしておくべきだろうが」
気を使ってくれているのはわかる。
でも、そのときには。それ以上にきっと、感情が押さえつけられなくなっている気がする。
「その。それで。もし、よければなんですけど」
さっきは、救助という事故的な場面だったから。不測の状況となってしまったけれども。
「みなさんのことを、配信で紹介してもいいですか?」
きちんと、仕切り直して。共演のお誘い。
こんな状況で? と言われてしまいそうではあるけれども。助けてもらった相手に? ってツッコまれてしまいそうだけれども。私は言いたい。
むしろ、だからこそ。だと。
だって私。ダンジョン配信者、だもん。
Tips:食いしばり/根性
ゴーレム種に共通する能力。身体へのダメージが限界を超えた際に、溜め込んだ魔力を使用して身体を修復するゴーレム種の最終手段。
下位のゴーレムも使用することはできるものの、保有している魔力量がそれほど多くないこともあり、都合有効なレベルまで持ち直せるのは高位のゴーレムのみではある。
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