#80
「随分とお疲れの様子だな。今日の探索はやめておくか?」
「い、いえ! 大丈夫ですの!」
週末。ついに、高輪ダンジョンへと初挑戦の日。
しかし、その道すがら。千癒の運転する車の後部座席にて、隣に座る月村さんにそう声をかけられてしまいます。
疲れの要因は、大方察しがついております。学校での押しかけの圧が未だ緩みを見せず、さすがの自体に先生なども配慮をしてくれたりはしているものの、それでも押さえきれない側面があり。
とはいえ、これに関しては私自身にも問題はあります。ひとえに、皆様に対して納得の行くだけの説明をてきて、御すことができていれば。少なくともここまでひどくはなっていなかったでしょうに。
「まあ、無理はしないようにな。地下構造物型に挑戦するのは初めてだしな」
――地下構造物型。ダンジョンの形式のひとつであり、その名のとおり地下深くへと続いていく建造物の形を取っているものになります。遺構型とも呼ばれたりはします。
ダンジョンとしては最も歴史が長い形式であり、始祖ダンジョンたる高天原ダンジョンなどがその例であります。
ダンジョンといえば、というような形式である一方で。難易度としてはひとつ頭を抜けていたりもするそうです。
「……そういえば」
ふと、思い立って私は手持ちのスマートフォンを取り出します。
動画配信サイトを開いて、記憶を頼りに検索ボックスに文字を打ち込みます。
……どうやら、ちょうどライブ配信をされているご様子。サムネイルをタップすると、現在進行形で配信されている映像が画面に映し出されます。
「なにかと思えば、ダンジョン配信者か?」
「ええ。少し前に、偶然この方が高輪ダンジョンに潜られているとおっしゃっていたところを聞きまして」
配信タイトルなどから、主たる目的がお散歩であることは伺えはしますが。それでも、なにかしらの情報なんかがあるかもしれないと、そう思って、調べてみていました。
「そうか。てっきり鈴音がダンジョン配信に興味を持ったのかと思ったが」
「いえいえまさか! 私がそんなことできるだなんて思っておりませんし」
首と両腕をブンブンと振りながらに私がそう否定をします。
助手席に座る陽鞠さんが、ボソリと「ある意味、やれそうではあるけど。まあ、得意ではなさそうよね」とこぼされます。ちゃんと聞こえておりますからね。あと、ある意味、とはなんなんですか。ある意味とは。
「というか。月村さんってダンジョン配信は肯定派の人なんだね。ちょっと意外」
陽鞠さんがそうおっしゃられます。
たしかに《海月の宿》はダンジョン配信などはほとんどされておりませんし。そういったことを抜きにしても、魅せ方を重視するというダンジョン配信のコンセプトと、泥臭くともなにがなんでも生き残るという月村さんの戦い方が真逆だということがあります。
「まあ、俺自身がダンジョン配信をやったことがあるわけじゃないから、純然たる肯定派ってわけでもないんだが。そういう小夜は」
「否定まではしないけど。好きそうに見える?」
「まあ、ああいったのは好まなさそうではあるな」
クラスですら級友の方々が盛り上がっているのを見ると遠くに距離を置こうとされる陽鞠さん。そんな彼女がダンジョン配信の類を好むかどうかといえば、まあ、明白でしょう。
とはいえ、せめてクラスメイトとの交流はもう少ししていただけると、私も陽鞠さんも学校が楽しくなると思うのですけれども。
「しかし、エンタメ系のダンジョン配信者で高輪ダンジョンか。少し珍しいな」
「やっぱり、そうなのです?」
実際、ちょうど高輪ダンジョンに挑戦する予定があるということもあり。高輪ダンジョンに関するダンジョン配信を調べていたりはしたのですが。しかし、その結果は思った以上に不調。
想像以上に件数が少なく。あるとしても、高輪ダンジョンについて報告や情報共有などを主としたものが中心でした。
「この間に説明したとおり、高輪ダンジョンはまだ攻略段階の浅いダンジョンだ。そのため、挑戦にあたって冒険者ランクがCランク以上という制限がかけられているくらい。俺たちも、今回についてはあまり深追いする予定はない」
そして、この「攻略段階が浅い」というのが、中々に厄介。冒険者ランクの制限がかけられている原因でもあるそれは、ただでさえ「なにがあるかわからない」というダンジョンのその性質を殊更強調します。
その一方で、ダンジョン配信者――特にエンタメ系の配信を行う者にとっては――いかに映える絵を撮ることができるか、ということが評価の中心。
「そういった都合、高輪ダンジョンはエンタメ系のダンジョン配信者にとっては好ましくない条件が揃っているってわけだ」
だからこそ競合が少ない、と考えることもできはしますが。それにしては、高難易度に加えて不確定要素、と。支払うリスクが高くなりやすい。
「そもそも、エンタメ系のダンジョン配信者はその性質上、あんまり冒険者ランクが高くないことも多いからな」
Cランクというと、冒険者ランクとしてはひとつの区切りであり、ひとつ目の目標地点ともいえるランク。
たしかに、Cランクの冒険者は全体からしてみても数が多い一方で。それはBランクへの昇格難易度の高さの他に、そもそもCランクで止めているという冒険者か多いなどの背景もあります。
総数の多さとは対象的に。その実情としては、高輪ダンジョンの入場制限にもなっているとおり、生半可な実力ではなることができないのがCランク冒険者。
エンタメ系のダンジョン配信というと、それこそスノーホワイトさんがされているようなダンジョン内での散歩であったり、生態の紹介をしたり、あるいはスキルを使用した活動を行ったり、と。あまり、高ランクである必要性もなく。その実情に伴い、Cランク未満の冒険者の方が多い傾向にはあります。
……改めてそう考えてみますと、私がCランク冒険者だということがまだピンときていないのですが。
とはいえ、そういう意味では、たしかにスノーホワイトさんが高輪ダンジョンにいらっしゃる、ということが。たしかに珍しく思えてきます。
配信の内容を見る限り、散歩という体裁でありながら、途中で出会った魔物もしっかりと倒してらっしゃいますし。
立ち回りも綺麗で。Cランク冒険者という時点で、そうだということはある程度わかっていることではありましたが。しかし、かなりの実力者なのだろうということが察されます。
ちなみに。先述のとおり、高輪ダンジョンは現在Cランク未満の冒険者は立ち入りができない――つまり、Fランクである月村さんは本来入ることができないのですが。私たちに同伴するということで真庭様が特例的に入れるように手続きをしていただいております。
まあ、実際にはこの場にいる誰よりもランクが高いわけではあるのですが。
「そういえば。さっき元々協会が配信を導入しようとしていたみたいな話をしていたけど。あれってどういうことなの?」
陽鞠さんが座席から振り返りながらにそう尋ねられます。
「形式としては今みたいなダンジョン配信っていうわけじゃなくて、自動追尾式のドローンみたいなもので冒険者の動向を確認できるようにしよう、みたいな意見が出たことがあるんだ」
ダンジョン内には連絡用の回線が敷設されているということもあり。それを活用する形でのモニタリングの実施、というわけです。
「ダンジョン内での不正摘発とか、いざこざ発生時の解決の糸口。あと、緊急事態が発生した場合の即時対応への発端としての機能を期待されてたんだが」
「まあ、難しいわね。主に、プライバシーとかそういう側面で」
そういった反対意見が出た他にも、そもそもの機材導入のコストであるとか。全員分のデータの処理をするには回線強度の都合で輻輳などの問題もあり、結果としては断念。
ただ、冒険者側が任意で――回線は協会が敷設したものを利用する形にはなりますが――機材等を自身で準備しつつ実施する分には協会としても特段止める理由もないどころか、回線に負担のかからない範囲であれば、有事の際の情報供給元にもなるため。ダンジョン配信が認可されるようになり今に至る、という経緯だといいます。
「まあ、それ以外にも攻略の最前線なんかは回線が引かれていないから連絡が途絶する、なんかの問題もありはしたんだけどな」
「……ああ、なるほど」
《海月の宿》のような攻略最前線になればなるほど、配信活動とは縁遠くなるわけです。海未様や月村さんのそういった活動がほとんどなかった理由に合点いたします。
「実情や実態を勘案するに、元々の目的からは乖離する形にはなってしまっているが。とはいえ、ダンジョン配信自体が有事の際に活用されるって事例がないわけでないからな。もちろん、その人の性格的に合う合わないってのはあるが」
陽鞠さんが、コクコクと力強く頷いてらっしゃいます。
たしかに、陽鞠さんの性格的にやらなさそうではあります。とても。
収益性が見込めるかどうかも、本人の適正と運とに左右されるものなことも考えると。機材が自前になることも含め、メリットよりもデメリットが勝ってしまうという実情もあるでしょうし。
「とはいえ、安全を見込むなら。割と無しな選択肢ではなかったりするんだよな。もちろん、さっきも言ったように攻略最前線には回線がないから、俺たち《海月の宿》からしてみるとあんまり縁のない話ではあったんだが」
「安全を見込むなら?」
私と陽鞠さんが揃って首を傾げます。
「ああ。公開されている動画には録画したものを編集したやつもあるが。多くの場合はリアルタイムの配信だ」
元々、冒険者協会が導入を考えていたのも、同様に現在進行形でのモニタリング。
これにより、不正を行えないようにしたり。あるいは、突発的な災害の発災時にすぐさま対応できるようにしようとした、というわけで。
「と、いうことは――」
月村さんがそう言葉を紡ごうとして。しかし、そこで止まる。
それと同時に、配信のコメントが一気に加速します。
「――鈴音。今すぐにその配信を遡れ。おそらく、ダンジョンの途中から配信されているとは思うが、可能な限りのルートを把握しろ」
「は、はい!」
「小夜は探知準備。途中までは、それを頼りにするしかない」
「ん、了解」
言われたとおりに、私はシークバーを移動させます。
それが、必要なことは。言われずとも理解いたします。
「千癒さん、高輪ダンジョンまでは」
「もうまもなく到着します」
「緊急用の駐車位置は」
「把握しています」
私が配信を追いかける形で道筋を確認しているその下で。現在進行形のコメントが走ります。
〔誰か、誰か!〕
〔まずいって!
〔誰か通報! 救急!〕
もはや、画面を見るまでもなく。なにが起きているのかは、明白で。
* * *
ああ、ほんと。油断、してたわけじゃないんだけどな。
ふらふらと覚束ない足取り。不確かになりゆく意識の中で、私は歯を噛む。
配信用の画面に表示されるコメント。それらを見ると、申し訳なさが浮かび上がってくる。
〔嫌だ、死なないで!〕
〔ごめん、これ以上は見たくない〕
〔誰か! お願いだから!〕
こっちこそ、ごめんね。みんなは、楽しい配信を見に来たはずなのに。
こんなことに、なっちゃって。
こんな画面見せたくないのなら、今すぐにでも配信を畳むべきではあるんだけれども。もし、万がひとつに希望があるとしたら。
希望を繋ぐ可能性があるとしたら、君たちだけだから。
でも。
〔なんでこんなところに、クオーツゴーレムなんていう、A級が湧いてるんだよ!〕
届いたとしても、だめかもしれない。A級が相手となってしまっている現状。下手をすると、助けに来てくれた人が逆に巻き込まれかねない。
そもそも、私自身の限界が近い。正直なところ、立っているだけで精一杯。
魔法少女は、負けない。って、言いたいところなんだけれども。
もう身体に力が――――、
〔¥500:階層でもなんでもいい。こっちでも確認してるが、わかるだけの情報を書いてくれ〕
コメントが、流れた。
コメント自体は、押し流されるようにして一瞬で流れていってしまうけれども。
投げ銭付きのそれは、短時間とはいえ、ピンが付く。
みんな、それどころではない人がほとんどだけれども。
皮肉なことに、こんなタイミングで最大同接数を更新した配信には。たくさんの目がある。
だれかが、気づく。ひとり、ふたり。
〔第5層!〕
〔たしか、東ブロックの方だった気が〕
〔あんまり覚えてないけど右に行って、左に行って〕
ポツリ、ポツリと。少しずつ情報が出る。
それらも、やはり一瞬で流れていってしまうが。また、別の誰かが気づいて、書き込んでくれる。
〔誰だかわかんねえけど。頼む、スノーちゃんのこと助けてくれ!〕
願いが、書き込まれる。
そして、それに応えるようにして。
〔¥500:3分耐えてくれ〕
おそらくは、同じ人であろうコメントが、書き込まれる。
三分。……短いようで、随分と長い。
正直、目の前の現状。自身の状況を鑑みるに。ほぼ、無理。
でも、みんなが繋いでくれた可能性だから。
なけなしの力を込めて。なんとか、踏ん張る。
だって。
「魔法少女は、負けないんだから」
Tips:ダンジョン配信
元々、不正防止やダンジョン災害の発災検知、非常事態への対応速度の向上などの観点から、冒険者に対して義務化することも検討されていた。
しかし、プライバシーの問題や、ダンジョン内の回線強度、機材の費用などの観点もあり頓挫した。
特に機材の費用の負担面が大きく、冒険者の数が多いことやダンジョン内という特殊環境の都合、破損等が起きやすいこと。また、転売などの可能性も考えられ、計画の断念に繋がった。
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