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#79

「へぇ。そんなことがあったのね……って。そんな簡単な言葉で片をつけていい話じゃないとは思うんだけどさ」


 津々見さんが苦笑いをしながらにそうおっしゃいます。隣では首が取れてしまわないか心配になりそうな勢いで首を縦に振っていらっしゃる笹良さん。


 あのあと、教室まで移動をして――教室でも、いろいろと私たちに寄ってこようとされる方もいらっしゃいましたが、以前に津々見さんと笹良さんが啖呵を切ってくださったこともあり――彼女たちがひとこと牽制をするとともに、すぐにある程度落ち着きを取り戻してきただけます。

 まあ、それでもやはり聞きたい気持ちなどはたっぷりとあるのでしょう。こちらをチラチラと伺っている様子などもあって。私たちとしても興味を持っていただけること自体は悪いことではないでしょうし。追って、彼らにも対応をしていくべきではあるでしょう。


 ただ、今はやっぱりお友達である津々見さんと笹良さんが先でもあります。そこは、やっぱり順番でしょう。


 渋谷マルハチでの一件から、広島マルロクでの事件。そして、なによりも。


「海未様たちにお会いできて。そして、お祝いもしていただけたのです!」


「おー、よしよし。よかったねぇ。うんうん!」


 ぱああ! と。私が両の手をいっぱいに拡げながらにそう喜んでいると、津々見さんがまるで喜んでいる子供をあやすかのように頭を撫でながらにそうおっしゃいます。

 ……あれ? まるでもなにも、まさしく喜んでいる子供のような態度だったのでは?


「しかしまあ。月村さんも只者ではないとは思っていたけどさ」


「うん。……まさか、そんなすごい人だってまでは、思ってなかった」


 津々見さん。そして、笹良さんが噛みしめるようにそうおっしゃいます。


「……それで。私はいつまでこんなお友達ごっこに付き合えばいいのよ」


 そんな私たちの会話の傍ら。一緒にいた――一緒に居ざるを得なかった、とも言いますが――陽鞠さんがそう言葉を投げかけます。


「あら、私たちとしてはあなたにも聞きたいことがあるから、ぜひともここにいてほしいし。あなたにとっても、ここにいるのは都合がいいでしょう? ……ね、小夜ちゃん。いえ、陽鞠ちゃん、と呼んだほうがいいかしら?」


「チッ、勝手にしなさい」


 少々の不機嫌を顕にする陽鞠さん。でも、私は知っております。この不機嫌は別に拒絶ではない、ということを。

 どちらかというと、ペースを自分が掌握できていないことにやきもきしているだけだと。


 教室までたどり着いたタイミングでは、いつものごとく自身の席にひとりで向かわれようとした陽鞠さんだったのですが。

 陽鞠さんも、私と同じく時の人となってしまっている都合、彼女に押しかけてくる人物もいるわけで。

 今までの彼女のイメージなどもあって、私の方へと来ようとする人たちよりかは勢いは弱かったものの、それでもひとりに押しかけてくる人の圧としては十二分。結果として、私たちの元へとやって来ている、という現状があります。


 今は始業前ですからまだマシではありますが。おそらくは休み時間ごとに他のクラスからも見に来る人がいるでしょうし、昼休みや放課後などはあまり考えたくもありません。

 陽鞠さんがボソリと「……脱出経路考えておかないと」とおっしゃいますが。本当に、そうしておいたほうがいいかもしれません。


「まあ、それくらいすごいことをあなたたちがした、ということでもあるのよ」


「私たちも、ものすっごくびっくりしたけど。それ以上に、こう、とってもすごいって思ったんです! ……あはは、うまく言い表せなくて、小学生みたいな語彙になってしまいましたが」


 津々見さん、そして笹良さんがそうおっしゃってくださいます。

 笹良さんは「これ、見てください!」と言いながら、動画配信サイト上で公開されているニュースの画面を見せてくださいます。無論、ニュースの内容は、広島マルロクでのお話。


 ……なるほど。たしかに、こんな人物が同じ学校、ひいては同じクラスにいるともなれば。思わず押しかけたくなる気持ちも理解できます。

 私自身、おそらくそうしたでしょうし。


 ただ、その立場がひっくり返って、自分自身になってる、というのが。どうにもむず痒く感じてしまいますが。


「ともかく。落ち着くまでは大変になるだろうけど、頑張りなさいよ。私たちもできる範囲では手伝ってあげるけど」


 津々見さんのお言葉に、その隣でコクコクと頷いてくださる笹良さん。本当によいお友達を持ったものです。

 とはいえ、おふたりがおっしゃるように、彼女らのカバーできる範囲にも限界はありますし。そうでなくとも、おふたりに頼りきりになるわけにもいきません。


「特に、身近にすごい冒険者がいる、って思って。憧れ目指そうとするやつらが出てくるかもしれない」


 津々見さんが、そうおっしゃいます。

 もちろん、それ自体は、悪いことだとは言いません。私自身、憧れから冒険者を目指した立場ではあります。

 ですが、大きな違いは目標とする存在との距離感。今でこそ私は憧れてある海未様とお会いしたりすることができていますが、目指した当時は遠く彼方に存在されている方だと思っていましたし。直接にお会いした今でも、実力の乖離は重々思い知らされています。

 しかし。クラスメイト、ないしご学友の皆様にとっては、私や陽鞠さんは身近な存在。同世代の人物であり、同じとまでは言わずとも似たような環境にある、と。そう感じる方も少なくはないでしょう。


 要は、自分たちも同じように在れる、と。


「私なんかだと、冒険者を舐めてるの? 死にたいなら勝手にしたらいいけど、こっちは巻き込まないでね。で済むけど」


 ため息混じりに、陽鞠さんがそうおっしゃいます。

 言葉だけを受け取ると冷たくも感じるものではありますが、しかし、ある種の優しさも孕んだ言葉だということが私にはわかります。


「私や笹良は鈴音たちがやってるトレーニングを知ってるから。簡単に今が手に入っているわけじゃないってことはわかってる。でも」


 特に、今回の報道から興味を持った人たちにとっては、そうではない。

 憧れに対して、しっかりと実情を突きつけることも大切ではある。

 私自身が、憧れられる存在になってしまった以上は。


「その点、鈴音はあんまり得意そうじゃないからね」


「津々見さん!?」


 バッサリと切り捨てられたその言葉に、いったい私の評価がどうなっているのかと問いただしたくなりましたが。


「じゃあ、もし今迫られたらどうやって説明するの?」


「それは! えっと、その。…………ぐぅ」


 しかし、私がその言葉を紡ぐよりも先に。津々見さんに正論で打ち倒されてしまいます。


 ちなみに、少し考えてから。津々見さんや笹良さんに体感していただいたように、実際にトレーニングを体験していただく、という案をあげたのですが。却下されてしまいました。

 まあ、たしかに月村さんや千癒への負担が多いものになってしまいますし、致し方ないこと……かと思っていました。


 しかし、津々見さんから「死人を出すつもり?」と言われてしまい。思わず首を傾げてしまいます。

 曰く、おふたりが体験したときは死ぬかと思ったから、とのことです。私も、はじめの頃はそう思っておりました。

 しかし、その点についてはご安心くださいませ。

 だって、死ぬ前には月村さんと千癒が助けてくださいますから――と、私はそう答えしたのですが。


 どうしてでしょうか、津々見さんも笹良さんと。はては同じくトレーニングをしているはずの陽鞠さんまでもが呆れたような表情でため息をつくではありませんか。


 えっ。私、なにか変なことを言いましたの……?






「あのぅ、笹良さん。そろそろ、その動画は大丈夫かなあ、と思うといいますか……」


 休み時間、そして昼休み。まだまだ押しかけの熱は冷めやらず。ある程度落ち着くまでは、対処も大変でしょうということで。私も陽鞠も、ひとまず今のところは津々見さんと笹良さんのおふたかたと御一緒させていただいていたのですが。


「まあ、今日くらいはいいじゃない?」


「はい! 私も津々見さんも。積もる想いがあったんですから。少しくらい、語らせてください!」


 津々見さんはからかい半分、笹良さんは心の底から、と言った様子でそうおっしゃいます。

 そう言うおふたりがスマートフォンから流していらっしゃる動画は。今朝も見せていただいた広島マルロクに関する報道。

 私や陽鞠さんのインタビューなどもあったり。それに対して――特に笹良さんが熱く――コメントをしてくださるので。こう、なんというか。嬉しさと恥ずかしさとで絶妙にやりにくさを覚えてしまいます。


 もうすこしシークバーをずらしていただければ、蒼汰様や琴風様のインタビューシーンになったりして。そちらならば私も熱く語ることができるのですけれども。

 ……ええ、わかってはいるのです。そういう意図でおふたりがやっているわけではない、ということは。


 津々見さんについては先述のとおり、いくらかはからかいの側面もありはしていますが。笹良さんは言葉のとおりに想いを伝えてくださっていて。

 そしてなによりも。おふたりとも、私や陽鞠さんことを、しっかりと見てくださっています。

 それが、心地よくて。でもやっぱり、改めて言葉で表されてしまうと、慣れないものはあって。


「全く。……巻き込まれるこっちの身にもなってよね」


 そんな私たちのやり取りを、ため息をつきながらにそう評す陽鞠さん。

 しかし、その表情は、ほんのりと笑みが見え隠れしていた。


「ああ、そういえば! こっちの動画もとっても好きなんです!」


「笹良さん!? あの、ありがたいですし、嬉しいんですけど。そろそろ別の動画にいたしませんか!? たとえばそう、海未様のものとか!」


 我が道を爆走中の笹良さんに。私がそう止めようとします。

 たしかに嬉しくはあるんですけれども。それはそれとして程度というものも当然にあるわけでして。いい加減恥ずかしさのほうが圧倒的に上回ってきていますというかなんというか。


「あ、間違えちゃった」


 そんな私の思いが通じたのか、それともただの偶然か。手元が少しばかり狂った笹良さんが別の動画を再生してしまいます。


『みんなー、こんしろ! 魔法少女スノーホワイトのまじかるダンジョン散歩の時間だよ!』


 スマートフォンから放たれる女性の声。画面の中では、フリルがふんだんにあしらわれており、白色ながらに華美な印象を受けるドレス身を包んだ少女……女性? がくるっと一回転をしながらにポーズを決めていました。


「ああ、ダンジョン配信者か。最近また増えてきたよね」


 画面を見た津々見さんがそう言います。


 ――ダンジョン配信者。各地のダンジョンには連絡用の回線が引かれていることを活用し、ダンジョン内での活動を動画配信サイトを介して公開している冒険者のことです。

 有名な方がダンジョンの啓発のために行われているほか、エンタメに振り切ったような配信を行われている方もいらっしゃいます。

 この方は、おそらくは後者のようです。


『それじゃあ、以前に告知していたように。しばらくの期間は高輪たかなわダンジョンに潜る予定だから。今日はその第一日目ってことで、張り切っていこー!』


 きゅるーん! と。そんな擬音が聞こえてきそうなほどにバッチリとポーズを決めたスノーホワイトさん。

 配信のコメントでは〔かわいいー!〕といったものが飛び交っていますが。全力のその姿は、私にはちょっぴり格好良く見えてきます。


 それにしても、高輪ダンジョンですか。

 地下構造物型のダンジョンで。比較的最近に発現したばかりのダンジョン。それゆえに、まだ攻略の完了している階層も浅く、挑戦にはそれなりの実力が必要――具体的には、Cランク冒険者以上の条件付き。

 つまり、彼女スノーホワイトさんもCランク以上、ということになります。つまり、私たちと同じか、それ以上ということになります。


 ――なぜ、そんなことを知ってるのか、といいますと。月村さんから、事前に教えていただいているから。


「陽鞠さん。もしかしたら、お会いするかもしれませんよ」


「うるさいのは鈴音だけで十分なんだけど」


 私たちが次に挑戦するのが、高輪ダンジョンだから、です。

Tips:ダンジョン配信者

 ダンジョン内での活動を動画配信サイトを介して公開している冒険者。

 特定の条件を満たせば広告や投げ銭での収益を見込めるため、こちらを主な収入源にしている冒険者もいる。

 ……が、実際にはこれだけで食べていける冒険者はごくわずか。とはいえ、冒険者には冒険者としての活動で得られる収益もあるため、こちらと二足の草鞋で活動している人はかなり多い。




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