#78
夜。やっと、というべくかなんというべきか。私たちは二十一時になって、《海月の宿》のギルドハウスから解放されます。
なにがあったのかというと、月村さんとの再会を。そして、私と陽鞠さんのCランク昇格を称してのお祝いパーティを開いていただいたのです。
まさかまさかの、海未様からの直接のお祝い。奇妙な巡り合わせから――思い返してみると、月村さんに関連したお話だったのかもしれないと、今となっては思いますが――Dランクへの昇格時にも海未様からの口添えと手紙でのお祝いがありましたが。今回は憧れの方からの、面と向かっての祝福でした。
こんなに嬉しいことはそうそうありません。匹敵するものといえば、月村さんから武器を贈っていただいたときでしょうか。
ちなみに、先日の広島での事件により、私と陽鞠さんがCランクに昇格での処理になった一方で、月村さんのランクは今のところFのまま留め置かれております。
今回については《海月の宿》のおふたりが証人として立てるので、海未様ほどではないにせよ、月村さんの実績証明としては十二分であろうとそう思っていたのですが。
そもそもの話、《海月の宿》――元仲間、いえ、厳密には元ではないのですが、チームメイトのおふたりが同席しているという都合、元々の冒険者証を発行し直すというほうがいいだろう、という判断になったそうです。
本来ならば抹消された冒険者登録を復活させるということは不可能なのですが。かなりの無理筋を通したそうです。
冒険者協会としても超高ランクの。それも、《海月の宿》所属の冒険者の登録が抹消された、なんて話はあんまり表ざたにしたい話でもないそうで。少々汚い話にはなってしまいますが、諸々を裏で処理してしまうそうです。
その都合、専属の協会職員である真庭様が死んだ目で作業に追われることになったそうです。
なにはともあれ。そういった都合もあり、作り直した今の冒険者登録を下手に触る――それも、特例ランクアップ処理で――というのはややこしいだろうということもあり、ひとまずはFランクのままになっております。
「それにしても、夢のような時間でしたわ……!」
先程までの時間を思い出しながら、余韻に浸ります。
あちらをみても、こちらをみても。ニュースや雑誌で見かけたことがある冒険者の方々。
私自身が《海月の宿》に入ったわけではないのですが。ちょっぴりそんな妄想をしてしまいそうになる。そんな、時間でした。
まあ、そもそも。まだまだ駆け出しの私では《海月の宿》に所属するなど夢のまた夢。月村さんも、おっしゃっていましたしね。まだ、任務について行けるだけの実力はない、と。
もちろん、そういったことを夢見ることがないわけではありませんが。そこにあるのは遥か遠くの背中で。追いつけるだなんて、そんなことは軽々しく口にはできませんが。
いつか、私が一人前になって。月村さんが《海月の宿》に戻って。
海未様と並び立つ、そのときに。……隣に、私がいることができないと、そう思ったとき。
「……それでも、頑張りましょう」
小さく。私にしか聞こえない声で、決意を口にします。
おこがましくも、不相応にも。願いを抱いてしまったのですから。
たとえ、遥か向こうにある景色でも。いつかは追いつけるように。少しでも、前に。
* * *
「ありがとね、蒼汰くん。わざわざ」
「いえいえ、これくらいなんてことはないですよ」
助手席に座った穂香さんが、そうお礼を言ってくる。
先程まではお祝いパーティに参加してきた彼女だったが、これから協会に戻って諸々の仕事をこなさないといけないらしい。
つまるところが、僕たちに関する業務だ。……むしろ、僕らが謝らなければいけない立場のような気がする。
「それにしても。本ッ当に、よかった。支樹さんが、帰ってきてくれて……」
沁み入るような声で、穂香さんが言う。
僕らとしても同じ思いだ。まあ、厳密には《海月の宿》に復帰したわけではないのだけれども。それでも、棄てられたわけではなかったことや、必要に応じて協力してくれるということがわかっただけでも大きい。実力的な面でも。……特に、海未ちゃんなんかは、精神的な面でも。
穂香さんとしては、今までは数多ある膨大なデータから存在するかどうかもわからない彼を探し出そうとしてくれていたのだから、その作業から開放されると思うと荷が軽くなる思いがあるのだろう。
……まあ、その代わりに支樹くんの冒険者登録の復活作業なんかが発生しちゃったりはしてるんだけど。
とはいえ、ひとり森の中に放り出されて闇雲に出口を探すような作業から、道筋がはっきりしていて終わりの見える仕事に変わっただけでもかなりの違いなのだろう。
穂香さんは疲れから覇気がほとんど見られないけど、それでもやっぱり、ちょっとばかりは元気になっているように見える。……これだけ疲れてるのなら、一回休んだほうがいい気もするけど。
「それにしても、鈴音ちゃんと陽鞠ちゃんだっけ? すごいねえ、あのふたり。特に鈴音ちゃんなんて冒険者になって半年以内でCランクでしょ?」
改めて穂香さんが言葉にしながら、その事実に「ぴゃあ」と声を漏らす。
実際、成長率を見るとかなりの異例だ。
たしかにCランクというと、もっとも人数が多いランク帯ではある。
しかし、返して言うならば数の多さはひとつの区切り。冒険者としてのひとつの及第点に踏み入れた、ということも意味している。
そこに至るまで半年。駆け上がるスピードとしては相当なものだ。
「ただまあ。支樹くんが教えたっていうことを考えると、納得が先行してしまうんですけどね」
「あー……たしかにそれは、そうかも」
「ついでに言っておくと、あのふたりの実力をCランク相当なんていうのは、さすがに無理があると思いますよ」
「……そうなの?」
首を傾げた穂香さん。まあ、穂香さんはあのふたりの実力を直に見たわけでもないし、そもそも彼女自身冒険者でもないので、わからないのも仕方がない。
そんな彼女に、僕は首肯で答える。
曲がりなりにも僕も琴風もSランクの冒険者。冒険者制度上でいう、枠外措置の認定をされている階級だ。
そんなふたりが、一対一で試合をして――興が乗ったからということ自体は否定しないけれども――本気を乗せさせられた実力。
それが、Cランク相当なわけがない。
いったい支樹くんはあのふたりにどんな訓練を仕込んだというのか。
まあ、おそらくは。僕らにやったのと同じように「必ず生きて帰れるように」ということを教えたんだろうけれども。
「もしかしてなんだけどさ。月村さんに冒険者の指導依頼をしたら、めちゃくちゃレベルアップする?」
「んー……まあ、死傷者は減ると思いますね。二重の意味で」
「二重の意味で?」
こてん、と。含みのある僕の言葉に、首を斜めにする穂香さん。
「支樹くん指導のトレーニングによって強くなれるのは、まあ、間違いないと思います。実際の事例が鈴音ちゃんや陽鞠ちゃん。それから、僕たち《海月の宿》です」
「うん。そうだよね」
「ただし。トレーニングについてくることができれば、という前提が付きます」
「……あっ」
鈴音ちゃんと陽鞠ちゃんは、支樹くんからの地獄のような訓練を経て、異常な速度での階級の駆け上がりと、それ以上の実力を手にしている。
僕ら《海月の宿》の面々も、同じくの訓練を支樹くんや海未ちゃんから課されて、今の僕らがある。返していうと、これについて来れずに離脱していった人間も、いた。
冒険者に、支樹くんたちのやり方での訓練を課して。それをやり切るだけの気合と根性と精神力があれば、ほぼ間違いなく大成する。そうすれば、ダンジョンでの生存率が大きく上がる。
ただ、その前にほとんどが脱落する。こちらにしても、冒険者をやめるから、そもそも死地に向かわなくなる。
いずれにせよ、死傷者は減る結果になるだろう。
「……そっちのほうが、本来の姿としては正しそうな感じはするんだけれども」
「まあ、冒険者協会としては難しい判断だと思いますよ」
ダンジョン黎明期と違って協会からのバックアップも増えてそもそもの生存率が上がり。
一方であらゆるインフラがダンジョン産の物質に依存している現代に於いては。協会側の意見としては、死傷者の割合の低下よりも冒険者総数の減少による損失のほうが大きくなるのだろう。
まあ、それ以外にも、大侵攻を始めとしたダンジョン災害の発災時に動かすことができる人材を多く確保したい、なんて意図もあるのだろう。
いい考えだと思ったんだけどなあ、なんて。そんなことをつぶやきながら、穂香さんはつぶやく。
穂香さんのように考えてくれる協会職員がいる、というのは僕らとしてもありがたい話だ。……まあ、それでも全体のことを考えると、やっぱり難しいのだろうということは理解できてしまうんだけれども。
「……あ、着いちゃいましたね」
そんなことを話していると、いつの間にやら協会まで到着してしまったようだった。
彼女は車から降りると、にへらっと笑いながらに「ありがとうございました」と。
「あんまり無理しちゃだめですよ?」
「えへへ、程々に頑張りますぅ」
うん、これは無理するやつだな、と。直感で理解する。身近にそういうことをする人間がいるのでなおのこと。支樹くんとか支樹くんとか海未ちゃんとか支樹くんとか。
今度ギルドハウスに来たとき無理やり寝かせようかな、なんて。そんなことを考えながらに車を反転させた。
* * *
「ちょっとあんたたち!? 見世物じゃないのよ!」
廊下に、津々見さんの声が響きます。
広島から帰ってきたということは、すなわち登校が再開されるということであって。
お久しぶりの級友の皆様と会うことができる。そしてなにより、陽鞠さんと一緒に登校できる、と。ワクワクしながら登校した……のですが。
そこに待ち受けていたのは、歩くのも困難なほどに廊下に詰まった人たち。
彼らは私たちの姿を認めると、まるで芸能人でも見つけたかのように、わあっとこちらに寄ってきて。
思わずびっくりして動けなくなっていると、そんな私の手を陽鞠さんがとってくれて、駆け出します。
そして逃げた先で、「こっち!」と声をかけてくださった津々見さんと笹良さんに助けてもらい、今に至ります。
津々見さんは私たちの一歩前に立ちながら、集団に対して腕を組んで向かい。笹良さんは両腕を大きく広げて私たちの姿を隠そうとしてくれます。
……まあ、体格の都合もあってか、私はともかくとして陽鞠さんの姿は全然隠れていませんが。
曰く、彼らは広島での事件をニュースなどで見て。そして、そこで報道されていた私たちを見て。
私たちが今日から復学するという話をどこからか聞きつけて待ち構えていたのだとか。
そういえば、広島での事件について、たくさん聴取されたのと一緒に記者の方々からもお話を聞かれましたが。
……とはいえ、まさかそれがこんなことになるとは。
「二人に話したいってのなら、まずは友達である私たちを通してもらおうか」
強気に言ってみせる津々見さん。その隣では笹良さんがコックコックと大きく頷いています。
「無理に押しかけようとするのなら、先生に言いつけるから。ほら、散った散った」
シッシッと津々見さんが手で払う素振りを見せると、彼らは渋々といった様子で帰ってくださいます。
「ありがとうございます、津々見さん、笹良さん」
「まあ、これくらいはなんてことはないけど。……そんなことよりも、私たちにもちゃんのなにがあったのか教えてよ? 急に休学したかと思ったら広島なんて遠いところでめちゃくちゃなことしでかしてるし。あと、それから」
津々見さんは視線を私の手へと落とします。
その視線の意図を察した陽鞠さんが、慌てて握っていた手を離します。
「そっちも、なにがあったのか。しっかり聞かせてもらうから」
Tips:星宮 鈴音
冒険者といえば彼女自身が追いかける存在だと思っていたのに、いつの間にか自分自身が追いかけられる存在になっていて思わずびっくりしてしまった。
でも、たぶん一生慣れない気がする。
Tips:小夜 陽鞠
鈴音が戸惑っている姿を見て思わず手をとった。
その行為自体に後悔はないが、あとで津々見と笹良のふたりから聞かれる話と、それによりテンションが上がるであろう鈴音のことを思うと少し気が滅入った。
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