#77
広島での諸々をひとしきり片付けて。
帰ってきた、東京。
俺たちは、荷物だけ整理して。とある場所へと向かう。
――約半年、されど半年。懐かしくも感ぜられるギルドハウスの扉の前で。そのノブを握りながら、少し考えてしまう。
本当に、自分が力不足だった、というわけではないのだろうか。鈴音と陽鞠の前ということもあって、蒼汰や琴風が気を利かせてくれただけなんじゃ、なんて。
……わかってる、そんなことはないだろう、なんてことは。
だから、こんな考えが浮かんでくるのは、あくまで俺が弱いから。
勘違いがあったにせよ、勝手に出ていった手前、なんと言いながらにこの扉に入ったらいいのかがわからない、と。そういう感じ。
要は、逃げの理由を見つけ出したいだけなのだ。
でも。だからこそ。逃げるわけにはいかない。
チラと後ろを見ると、一緒に帰ってきた蒼汰と琴風のふたりの他に、期待の眼差しをたたえた鈴音と優しい視線の小夜。さらにその後ろに控えている千癒さん。
経緯は様々ではあれども、曲がりなりにも鈴音と小夜のふたりは弟子だ。格好の悪い真似は見せられない。
ドアノブをしっかりと握りこみ、回す。
きっと、この先に待ち受けている光景は――、
「支いいい樹いいいぃぃぃっ!!!」
想定の範囲内。飛び出してきた幼馴染に対してその身体を受け止め――おっも!?
いや、体重が、という話ではない。そんな話をしようものならば大人としての尊厳を投げ捨てた彼女から三日に亘る交渉という名の泣き喚きの末にダイエットプランの考案に付き合わされる――って、それは今はどうでも良くて。
重量ではなく、威力の話である。
下手な魔物の攻撃なんかよりも重たいのではないかという勢いのタックル。勢いがあるということは考慮の内ではあったので全身に身体強化の上から支援を掛けて構えていたのだけれども。しかし、彼女のその勢い、もとい威力はそれを上回ってきて。
とはいえ、ここで俺が倒れるわけにはいかない。俺の格好つけが云々もなくはないが、それ以前に後ろには鈴音と小夜がいる。下手にこれに巻き込まれたら普通に怪我をしかねない。
……いや、改めて考えてみるが。そんな飛びつきを日常挨拶的に使ってくるんじゃないよ。
しっかりと受け止めて、勢いを殺してから。回した手でポンポンと彼女の背中を軽く叩いてやる。
「ああ、俺だ。支樹だ。……悪かったな、心配をかけたみたいで」
「ううん、私たちこそ。私たちこそ……」
感情が昂ぶって今にも決壊寸前な彼女――俺の幼馴染にして《海月の宿》のリーダー、夏色 海未。
懐かしい顔が、その目尻に涙を蓄えながらも。しかし、満面の笑みで迎えてくれる。
「ただいま」
「うん、うん! おかえり、支樹!」
随分とまあ、俺の思い過ごしだったんだな、と。つくづく思い知らされる。
そのくらいには《海月の宿》の面々の対応は優しくて暖かくて。
海未のように滂沱の涙を流しているものもいれば、力強くもたしかな握手をしたり、など。方向性こそ、多種多様ではあったけれども。
ただ、その全てに共通したことは。みんな、俺のことを受け入れてくれていた、ということで。
改めて、なんてこんなところから出ていってしまったのだろうと過去の自分を恥じる。
これだけの好意を受けながらに、自身があたかも不要な存在であるかのように認識して。……考えれば考えるほどに過去の自分がバカであったという結論しか出てこない。
……もっとも、そんな《海月の宿》の面々からの好意に対して自覚できたのが、彼らから離れたから、という。なんとも皮肉な話もあったりはするのだけれども。
ちなみに、海未に次いで印象的だった再会を見せてくれたのは、正確には《海月の宿》のメンバーではない、冒険者協会からの専属職員である真庭 穂香である。
彼女はその顔いっぱいに疲労を浮かべながら、海未と匹敵するほどの涙を流したかと思うと。「うわあああ、本物の支樹さんだぁ。まぼろしじゃなああい、生きてるぅ……」と、幽霊でも見たのかと思わさせられるような声を上げながら、すがりつくようにして脚に抱きついてきた。
さすがにちょっとびっくりした。
曰く、《海月の宿》から俺が脱退したことが世間にバレないように協会の側から様々な工作をしてくれたり、俺の不足を補えるように依頼の調整を行ったり、と。専属らしい本来の業務を行った上で。日本にある全ダンジョンのログを辿りながら俺の存在を探していた、とのこと。
なお、こっちは正式な業務ではないので完全な私事扱いであり、業外で行わなければならなかった、と言えば、それ以上語る必要はないだろう。
そして、そんな俺はというと。冒険者証をギルドハウスに置きっぱなしにした上で、鈴音に同伴する際に冒険者証を――時間がかかるから、という理由で――再発行ではなく、登録の抹消と新規登録という意味不明な裏技でやってしまったため。IDなどの捜索手立てがない中で俺を探すハメになったのだとか。その結果、捜索が難航し、この状態に。
なんというか、お疲れ様、としか言えない。……いや、俺のせいなんだけどね。
「とにもかくにも、これで支樹が戻ってきてくれて万々歳! ぜーんぶ解決ってことだね!」
ぎゅううっ、と。俺の両の手に被せて包み込むようにして握りこんできた海未の手。絶対に離すまいという強い意志を感じる。
ただ――、
「あー、それなんだがな?」
ここまで強く切望されてしまっては少々申し訳ないというか、やりにくい気持ちがあるというのは事実なのだが。とはいえ、それはそれとして切り分けて考えないといけないこともある。
「とりあえず、しばらくは《海月の宿》には戻らないかな」
「……へ?」
虚を突かれたかのような声を漏らして、海未がそう言う。
そして、握りしめていたその両の手がプルプルと震えだしたかと思うと、込められた力が段々と強まってきて。って、痛い痛い痛い。
「やっぱり、私たちが迷惑かけてたから……一緒にはいられないってこと、だよね。うん、わかったの。……ごめんね、支樹。これからはもっと頑張るから――」
「だああ! 違う違う違う! いや、今のは俺も言葉が足りてなかったのが悪いが、とりあえず話を聞いてくれ!」
あと、手を離してくれ、痛い。
別に逃げたりいなくなったりするわけじゃないから!
海未が渋々――かーなーり、渋々といった様子で手を離して、改めて話を聞く体制をとってくれる。さっきの一瞬で感情が昂ぶったこともあってか、若干瞳が潤んで鼻をズビッとすすりながらではあるが。
「とりあえず、改めて紹介するが。こっちが鈴音で、そっちが小夜。あと、後ろにいるのが鈴音の従者をしてる千癒さん」
「よ、よろしくお願いいたします!」
「よろしく、お願いします」
俺が紹介を促すと、鈴音はもちろんのこと、意外にも小夜も緊張した面持ちで挨拶をする。
鈴音については、特にこと海未に於いては初対面ではないが。一方の小夜はほぼはじめまして。
海未以外のメンツについては、全員がふたりとも初対面だ。
ちなみに、千癒さんは鈴音に続く形で綺麗にお辞儀をしてみせていた。表情の変化がほぼ見られないあたり、相変わらずだなと思わさせられる。
「それで。今、俺は鈴音と小夜の指導を引き受けている形だ。言ってしまえば師匠の立ち位置になる。柄でもないけどな」
苦笑いを浮かべながらにそう言うと、《海月の宿》の仲間たちが、いやいや、と。なぜか怪訝そうな表情で返してくる。
今の発言になにか変なところがあったか? ……まあ、本旨じゃないから、ひとまず横に置いておいて。
「正式に引き受けている以上、それを半端にするわけにはいかない。それは、海未たちもわかってくれるよな?」
「うん。それは、そう。……でも、それなら別に《海月の宿》に戻ってからでも」
「できなくはない。ただ、俺が《海月の宿》に戻るということは、重きを置く場所がふたりから《海月の宿》に変わる、ということだ」
当然だが今の鈴音や小夜の実力は《海月の宿》のそれと比べると間違いなく劣る。実際、鈴音と小夜は蒼汰や琴風に簡単に揉まれている。
たしかに、ふたりの実力を冒険者全体で勘案すると、初心者などとは間違いなく呼べはしないが。それと同時に、まだまだなところが多いのも事実。《海月の宿》の任務に同行することは不可能。
もちろん、これについてはただの按分の問題だといえばそのとおり。
名目上は《海月の宿》に戻っておいて、実働上は鈴音と小夜に付く、ということもできはする。
「だからこそ、あくまでこれは儀礼的な話でしかない。とはいえ、線引きは重要だ」
「……そっか。そう、だね」
「まあ。安心、といっていいのかはわからないが。別に縁がなくなるというわけじゃない」
聞いた話だと、俺の籍は未だに《海月の宿》に残ってはいるらしいし。そうでなくとも、みんなは仲間。海未は幼馴染だ。
一瞬、道を違えかけはしたものの。同じ道ではなくとも、隣り合う道には戻ってこれた。
「必要なら、呼んてくれれば駆けつけるし、協力だってする。ただ、ひとまず今の優先は、このふたりにさせてほしい。そういう話だ」
「うん、わかった。本音を言うなら、どこにも行かないでって言いたいところではあるんだけど」
「別に、いなくなるわけではないさ。前とは違ってな」
今度は、ちゃんと面と向かって話し合えているから。
「支樹が、そうしたいって言うなら。うん、わかった」
彼女は、一度離した手を。再びそっと俺の手に重ねて。
そして。優しく握り込みながら、言う。
「……待ってる」
* * *
もちろん、月村さんのおっしゃることを疑っていたわけではありませんが。《海月の宿》のギルドハウスにやってきて。実際に、月村さんと海未様がお会いになられているところを見て。
事実が、やっと実感を伴って感ぜられるようになってきました。
それにしても。海未様。以前お会いしたときよりもずっとずっとエネルギッシュで。それでいて、思っていたよりも、どちらかというとかわいらしい方で。
正直なところ、今までの印象とはがらっと変わってしまった、ということについては一切否定はできませんが。それ以上に、月村さんと仲良くしながら楽しそうにしている姿を見ると、嬉しく思えて。
けれど、なぜでしょうか。
「…………?」
ちり、と。胸の奥が小さくささくれるような。そんな、感覚。
最初は、陽鞠さんがおっしゃっていたように。月村さんが《海月の宿》に戻られてしまうことで私たちに割く時間が減ってしまう、ないし、なくなってしまうということに。心の裡では納得しつつも、整理ができていない側面があるのだと、そう理解していました。
けれども。
――月村さんが、しっかりとした理由とともに《海月の宿》への復帰を否定してくださったときは。私が彼の枷になってしまっているのではないかという不安とともに。それ以上に、嬉しさで胸が暖かくなりました。
やはり、月村さんは月村さんなのだと。
そして、海未様が月村さんの手を握り。彼の言葉を受け止めてくれて。私たちの関係性が、あこがれの方からも認めていただいたというのに。
――だというのに。そんな月村さんと海未様を見ていると。心の奥底のささくれは、むしろ大きくなっていくばかりで。
(ああ、なんでしょうか)
うまく、言葉にはできないのですが。
いいこと、のはずですし。それが正しい形のはずなのに。
目の前のそれを受け入れることが。そして、それを受け入れられない私自身も。
どうしようもなく、嫌に思えてしまうのです。
Tips:夏色 海未
久しく(半年ぶり)出会った幼馴染に、感極まって大泣きしながら抱きつきまくった、日本最強の冒険者。
身内からはもちろん、その場に居合わせていた鈴音や陽鞠からも「これが最強の冒険者の姿かぁ」と思われてしまったが、当人としてはそれどころではなかったので仕方がない……らしい。
Tips:星宮 鈴音
よくわからない感情が萌芽し始めた。
まだ、しっかりとは理解できていないけれども。ただひとつわかることは、なんとなく、嫌だということ。受け入れることも、それを受け入れられない自分も。たとえ、目の前のそれが正しいことだとしても。
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