#76
こんにちは。私、星宮 鈴音。
まだまだ駆け出し冒険者なのですけれども。なにやら、最近いろいろ、びっくりすることが多くて。
なによりも、そう! 私の先生である月村さんが、なんとなんと! 日本一と名高い《海月の宿》のメンバーとのことで!
ただ、正確には元メンバー? で。でも、別にメンバーからは外れていなくて?
あんまりにもびっくりすることが多くて、まだ飲み込めていないこともたくさんありますが。ただひとつ間違いなく言えることは、やっぱり月村さんはすごい人だった! ということで。
……そんなすごい人に指示している、ということを認知して。実はちょっぴりプレッシャーを感じていたり、なんてこともあったり。
ちなみに、どうやら千癒は気づいていたらしく。
それなら、教えてくれてもよかったのに、なんて。
――広島マルロクでの同時発生暴動事件から数日。
私たちも聖銀会への対処を行っていたこともあり、事後処理でいろいろ聞かれたりして、ちょっぴり疲れた、なんてこともあったりして。
ちなみに、事件への尽力が評価されたこともあり、私と陽鞠さんのランク処理については審議中らしいです。
ただひとつ気になることがあるとすると。私、まだ正式な昇格試験を受けたことがないのですけれども。本当にこれでいいのでしょうか。
月村さんは「まあいいんじゃないか?」とおっしゃってくださいましたが。
ひとまず、そういう関係で今しばらくは広島マルロク周辺にいることになっております。
なんなら、冒険者協会も襲撃を受けた際にかなりの被害を受けていたとのことで、そちらの諸々もあって、以前より時間が掛かりそう、とのこと。
では、今はなにをしているのか、といいますと。
「ッ! はあっ!」
「うんうん、いい感じだよ鈴音ちゃん。その調子。しっかりと僕の視線を意識しながらに、可能な限り映り込みに行き続けるんだ」
身体の方も回復してきたこともあり。ひとまずは、冒険者協会の決定を待ちつつ、リハビリも兼ねてトレーニングに勤しんでおりました。
まだまだ冒険者としては駆け出しな私ですが、最近びっくりすることがたくさんあったりして。
それも、せっかくならば、ということで。私が蒼汰様にマンツーマンで教えていただきながら。
ちなみに、陽鞠さんは少し離れた場所で琴風様に教えを受けております。
蒼汰様は《海月の宿》の盾役です。そのため、私の役割と親しいところも多く、学べることは非常に多い。
特に、敵視誘導。月村さんからは盾持ちの役割としてしっかりと敵視を引きつけて置くこと、そのために位置取りや立ち回りが重要であることは教えていただいておりましたが。その理解がより深まった実感があります。
「それじゃあ、動きにもなれてきたことだろうし。一回僕とも剣を交えておこうか」
「はい! ……はい?」
いま、なんと?
「ああ、安心してくれていいよ。ちゃんと武器には刃無き剣を使うからさ」
「いえ、そういうわけでは――」
ハートレス? がなにかは存じ上げませんが、文脈的に武器をどうこうするものだということはなんとなくわかります。……ですが、それは今そんなに重要ではなくって。
問題にしておりますのは、私と蒼汰様が手合わせをする、ということ。
「そそそ、そんなこと畏れ多いですし! それに、私なんかでは全く相手にならないといいますか…」
「支樹くんに習ってるのなら、こういう無茶振りは茶飯事でしょ? 大丈夫大丈夫」
しかし、私の困惑はどこ吹く風。蒼汰様は笑顔でそうおっしゃいます。
蒼汰様はお優しい方だとは思っていたのですが。なんというか、こういうところは月村さんのお仲間の方だったということがひしひしと伝わってきます。嫌な方の意味で。
ええ、事実無茶振りは茶飯事ですよ! ええ!
「せっかくなら、今回教えたことが活用できるような形がいいよね。それなら普通に戦っても仕方がないだろうし」
ああ、私の意見をものともせずにあれよあれよと決まっていくこと感覚。いつもの月村さんのやつと同じです。
「よし。それなら、僕が今から支樹くんのことを殺しに行くから」
「……はへ?」
「だから、鈴音ちゃんは。僕が彼のもとにたどり着かないように。しっかりと引きつけて、守ってみようか」
「ちょっと、待――ッ!」
瞬間。柔和だった蒼汰様の表情、纏う空気感。それらが、一気に冷え込みます。
明確な敵意を示しつつも直接は私に向いていないそれらは、絶対に通してはいけない、ということを直感で訴えかけてきます。
盾をしっかりと構えて。蒼汰様の視線を確かめます。私を視界に捉えてはいるものの、見てはいない。宣言どおり、月村さんのことを狙っている。
私は、盾持ち――前衛です。盾役専門ではない偽の、その役割は敵の攻撃を防ぎ、仲間を守ること。
握る力が自然とこもる。
私だって、まだまだ駆け出しとはいえ、月村さんに教えていただいているのですから。
「守りとおして、見せます……っ!」
……まあ、結果は火を見るよりも明らかで。
見事に惨敗、だったのですが。
* * *
「蒼汰に琴風に。ふたりとも鈴音と小夜の面倒を見てたはずなのに俺に襲いかかってきて……いったいなにがあったっていうんだよ」
もちろん、ふたりとも本気で襲いかかってきていたわけではないのは俺もわかっている。
ただ、勢いと気迫だけならば本当に殺しにかかってきているかのようで。
「ぐっ……」
「いだい……」
思わず、反射的に反撃をしてしまった。結果がこれである。
聞いたところによると、偶然同じタイミングでそれぞれと手合わせをすることになって。これまた偶然それぞれにやる気を出させるために、俺を殺しに行くからそれを防ぐ目的で動くように、という設定を付したとのこと。
……いや、これ俺は悪くねえよな? せめてこっちに事前相談とかしてくれたらこうなしなかったわけだし。
まあ、盾役の蒼汰はもちろん、琴風だってそんなヤワな鍛え方はしてないし、これくらいなら大丈夫だろう。
……それに、どちらかというと。
「むきゅう……」
「ぐっ……追いつけ、なかった……」
少し離れた位置で――今回のトレーニングの設定を聞く限りでは俺を守ろうとしてくれたらしい――鈴音と小夜が力尽きて転がっていた。まあ、これはなかなかに揉まれたらしい。
まあ、あちらには千癒さんが向かってくれているので大丈夫だろう。
楽しくなっちゃってやりすぎた蒼汰と琴風は勝手に自力で回復してもらうとして。……まあ、ボコったのは俺なんだけども。
「ちなみに、ふたりはなにをさせられてたんだ?」
「僕の方は、いかにして敵視を集めつつ前線を抜かさせないか、っていう練習だね」
「……私は、全力で気配を隠しながら支樹のところに行くから、それを探知とかで見つけて探すっていう、かくれんぼ」
冒険者の全力隠密をかくれんぼなどというかわいらしいもので称していいのかはさておき。まあ、大体は察した。
結果これっていうのは少々やりすぎではあったが、ふたりのためになることであったというのも事実ではあろう。
「……そもそも支樹くんが昔に僕らへ課した訓練に比べればまだマシな気が」
「なにか言ったか?」
「あはは、なんでもないよ」
蒼汰が苦笑いを浮かべながらにごまかしてくる。
そもそもの冒険者としての習熟度の違いなんかもあるんだが。まあ、聞かなかったふりをしておこう。聞こえていたなら、せっかくなら久しぶりということもあってやってみるのも一興かと思ったんだけれども。
「でも、さすがは支樹くんが手解きしたふたりってだけはあるね」
「……それ、関係あるのか?」
蒼汰の言葉に俺が首を傾げていると。コクコクと首が千切れるんじゃないかという勢いで肯定をしてくる琴風。
「陽鞠ちゃんは歴はそれなりに長いとは聞いてるけど、本格的な訓練は最近になってからだって言ってたし。鈴音ちゃんに至ってはまだ半年も経ってない。それでこれは異常と言わざるを得ない」
琴風が「私も追いつかれないように頑張らないと」と添えながらに言う。
琴風は《海月の宿》の中でも比較的新参組――とはいってもそれなりに所属歴はあるが――なので、単純な実力で語るならチームの中では下寄りになるのだけれども。とはいえ、あくまで《海月の宿》の中で下の方、というお話であり。冒険者全体で見れば上澄みも上澄みである。
たしかに、そんな彼女に比肩できるようになったのならば、たしかに相当なものではあるが。
「そもそも、仮に追いつくにしても。大前提ここまで成長したことについても、鈴音や小夜が頑張ってきたからだろ? 俺がどうこうではないと思うんだが」
「……自覚がないのはある意味罪だね。先生がこれだから、生徒たちも全体水準で見た自力を見誤っているのだろうけれど」
呆れたような声音で蒼汰がそう言ってくる。バカにされているわけではないんだろうけど。
そもそも、鈴音たち云々の話をしているが、蒼汰や琴風も同じように訓練してきただろうに。
「うん。そうだよ。僕らも彼女と同じようにやってきた。……支樹くんと海未ちゃんに指導してもらってね」
「なんか、含みのある言い方だな。事実だけど」
「まあ、支樹くんの鈍感は今に始まった話じゃないしいいか。……いやまあ、できれば直してほしいものではあるけど、これは性格みたいなものだし」
「……この間みたいなすれ違いは、ヤダ」
「うっ……悪かったって……」
結局のところ相互にちゃんと話し合わなかったのが悪い、という結論ではあったものの。完全に先走ったのは俺なので、詰められてしまうと立場が悪い。
海未にも、相当に心配をかけてしまったみたいだし。
「……あれ。そういえば、その海未はどこにいるんだ?」
てっきり海未のことだから、諸々の誤解が解けた今、真っ先にこっちに駆けつけてくるものだと思っていたのだけれども。数日が経った今でも影すら見えない。
「そういえば、遅いね。海未ちゃんのことだからすぐに来ると思っていたんだけど」
どうやら蒼汰も同じく思っていたらしい。
それこそ、他人に見せられない惨事になっていたというくらいらしいし。そんな海未が話を聞いたのに来ないわけがないと、そう思っていたのだけれども――、
「まさか」
蒼汰は事情を把握できていない様子。と、言うことは。考えうる犯人などひとりしかいない。
「蒼汰、今回のことについて海未に報告したか?」
「いや、琴風ちゃんがやるって言ったから僕は連絡してないけど――」
どうやら、彼も察したらしい。
「琴風」
「なあに、支樹」
「報告、したか?」
「してない。だって、報告したら海未が来ちゃう」
「…………」
まあ、間違いなく来るだろうけど。
「海未が来ると、間違いなく支樹が独占されちゃう。鈴音ちゃんたちのトレーニングどころじゃなくなるし。なにより、私たちのぶんがなくなる」
「私たちの分ってなんだよ。俺は俺のもののはずなんだけど」
「今くらいは私たちで支樹のこと独り占めしてもいいと思う。見つけた私たちへのご褒美」
「……僕は、知らないからね」
やや諦め気味で、蒼汰が遠い目をしていた。……いざとなったら弁護はしてやろう。蒼汰の分だけ。
* * *
「ふわあ、やっぱり月村さんもすごい方だったのだと、改めて感じます……!」
蒼汰さんにコテンパンにやられて地面に伸されている鈴音が、そんなことを言う。
彼女の視線の先は、月村さんが蒼汰さんと琴風さんのふたりと話している様子。
なお、ふたりとも月村さんに襲いかかった結果、見事に返り討ちにあって、こちらはこちらで伸されている。
「でも、海未様とのすれ違い? も誤解が解けた? ようですし。これで全部、まあるく解決、ですね!」
えへへ、と。かわいらしく笑ってみせる鈴音。解決してよかった、というのは事実だろう。
まあ、実際には影千代の件のように全部、というわけではないんだけれども。
……それに、ついでにいうと。
「鈴音は、これでいいの?」
「へ?」
まさか、そんな問いかけをされると思っていなかったかのように。彼女は頓狂な声をあげる。
「月村さんと海未さんの間の行き違いが解消した、ってことは。月村さんが《海月の宿》に復帰する理由ができたってわけで」
「……はっ! もしかして、私たちに指導をしていただく時間が!」
まあ、元より立場云々を考えれば、今の状況のほうが異常ではあったんだけど。……千癒さんが状況を察しながらもあえて言わなかったのはそういう兼ね合いだろうし。
「まあ、実情として考えると。月村さん自身、一度手を出したものに対して半端にしておくような人じゃないだろうから、たぶん大丈夫だとは思うけど」
鈴音が父親との約束で、ダンジョンに潜る条件で彼がついていくことになっていたり。そもそも私にとっては彼は指導役でありつつ監視役である、など。
実際のところは、まだまだ先生ではいてくれるだろうけど。
ただ、問題はもうひとつ。
「鈴音に、まだ自覚がないっぽいから。なんとも言い難いけどさ」
「……?」
私のつぶやきに、鈴音がこてんと首を傾げる。
推測でしかないけれど。ここまでの話を聞いている限りでは、ほぼ間違いなく。
(月村さんは、特になんとも思ってなくとも。逆は、そうじゃないんだよなあ)
さてはて、いろいろとややこしいことになってきたな、と。私は小さくため息をついた。
Tips:星宮 鈴音
冒険者になってからの期間だけを見れば駆け出し冒険者というのは間違いはないが。ここまでの経歴や実力を考えれば間違いなく駆け出しではない。
そもそもDランク冒険者の時点で駆け出しではないし、鈴音の実力自体もはやDランクでは収まっていない。本人は頑なに駆け出し冒険者だと自称しているが。
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