#74
自分で歩けると主張したのだが、無理を押すのもよくないから、と。蒼汰が俺のことを背負いながらに洞窟から脱出する。
その間、琴風が「私がやる」と、あたかも子供のようなごね方を見せてきてきて、かわいらしくはあったが。パワーだけなら冒険者だということもあって可能だろうけど……俺と琴風の体格では厳しい面があるだろうし、あと絵面的にも他の人にあんまり見せられないものになるから控えてもらえると助かる。
琴風、いちおう成人はしてるんだけど。体格だけなら鈴音といい勝負ができるからな。
「月村さん! 蒼汰さんに、琴風さんも! よくぞご無事で!」
洞窟の外で出迎えてくれたのは鈴音たち。千癒さんもこちらに合流して、彼女たちの負傷に、治癒の追加を施している。
外からの人手が入ってくるようになったことで、順次での負傷者の搬送や聖銀会の連中の引き渡しが少しずつ進んでいた。
「……いや、鈴音たちのほうがよっぽど重症ではあるだろ。先に病院に行っておけばよかったのに」
「ふふっ。でも、月村さんにこの場を任されましたから」
「…………」
たしかに、言った。言ったが……それは誰かがここに来るまでを引き継げという意味であって。
いや、鈴音相手に解釈の余地がある物言いをした俺が悪いか。
「まあ、本音としましては。月村さんが帰ってくるのを待っていただけではあるのですけれども。……その。月村さんこそ、大丈夫なのですか?」
背負われているという俺の現状に、鈴音がそう尋ねてくる。
「大丈夫だ。ちょっと強引な技を使った反動みたいなもんだ」
「うん。あれはすごかった。間近で見れなかったのはもったいなかった、ね」
ふんすっ、と。胸を張りながらに鼻から息を漏らす琴風。
いったいなんのマウンティングなんだ、それ。
「そん、な。ぐぅ……羨ましいです……」
そして効くのか、そのマウンティング。
「でも、こうしてお三方が戻られた、ということは。これで、今回の一件は解決、ということで――あら?」
俺たちの方へと駆け寄ろうとしてきた鈴音は。その姿勢を斜めに崩して。
「こら、無理しないの。怪我はマシになってるとはいえ、骨折してることには変わりはないんだし。そうでなくとも体力も限界なんだから」
しかし、そんな彼女の身体を。小夜が引き寄せて、しっかりと立たせてあげる。
「えへへ、そうでしたね。ありがとうございます、陽鞠さん」
にへらっ、とした顔で。鈴音がそう言う。
そんな彼女に陽鞠は「別に、今倒れられても手間が増えるだけだし」といいながら、ふいっとそっぽを向く。
まだ少しぎこちなさはあるが、随分と仲良くなれたようだ。
「……ともかく、帰ろうか。怪我がひどいこともあるし、なによりも、疲れただろう」
アルカナ連合の制圧、冒険者協会の奪還。
聖銀会の捕縛、負傷者の防衛。
カルキノス・ベイルの討伐、大侵攻の阻止。
いちおう、これで全部が解決、というわけでもない。
魔力濃度の乱れにあてられた魔物の凶暴化や暴動の後処理など。
とはいえ、他の冒険者たちも対応に入りしたこともあって、そのうちに収束に向かっていくだろう。
――影千代の逃走、という。一本の尾を引きながら。
「……で。どこかの誰かさんが放って行っちゃったせいで、事後処理とか聴取とかぜーんぶ私がすることになったんですけどー」
「それは、本当に悪かった」
「別にいいけどさー? 聞いた話だと、あのままだとかなりまずかったらしいからさー」
事件の翌日。借り受けているホテルの部屋にて。
理解はしているが納得はしていない、という態度の空羽がわざとらしい口調でそう言う。
まあ、彼女からしてみれば、いきなり置いていかれて面倒ごとを押し付けられたようなものなので、その感情も致し方ないところではあるんだけれども。
「空羽。いちおう聞いておきたいんだが」
「うん? なあに?」
小言を延々と口から連ねていた空羽。
「なんで、俺の身体を揉んでるんだ?」
そんな彼女の手は。もみ、もみ、と。その感触をしっかりと確かめるようにして俺の身体を触りまくっている。
「決まってるでしょ? 誰かさんに仕事を押し付けられた。鬱憤へのやつあたり」
「普通、こういうのってゲシゲシと蹴るとかが相場だと思うんだが」
「……えっ、蹴られたいの?」
「断じてそういう意図じゃない」
まあ、空羽には武器の改修費用について、上乗せ料金として元々身体を触らせてくれと頼まれていたし。
今回の件での負債分が小言と身体を触ることで帳消しになるのなら安いだろう。
ただ。
「むう。空羽、そこは私の場所」
「だめでーす。今は私のものでーす」
時と状況をもう少し考えて貰えれば、ありがたかったかな、とは思う。
むう、と頬を膨らませる琴風、困った様子で苦笑いを浮かべる蒼汰、若干引いている小夜。
ちなみに、鈴音は現在別室にて寝込んでいる。昨日にホテルに戻ってくるまではまだ大丈夫だったのだが、安心が勝ったからか、緊張が解けると同時に、怪我の痛みや身体を駆使しまくった反動などで動けなくなったとのこと。まあ、俺が駆けつけたタイミングで既に満身創痍だったのでそうもなるだろう。
千癒さんはそんな彼女に付き添っている。
小夜も鈴音と同じく相当な怪我はしていているが。銀弾――影千代の発言を加味するならば破魔の銀弾――の被弾箇所を自身で削ぎ落としたことによる失血と、最後に鈴音を庇った際に受けていた暴行がほとんどとのことで。治癒スキルによる回復もあって、動き回れはしないものの話を聞くくらいならできる、とのこと。
主には自身で削ぎ落としたところが心配ではあるのだが、本人が頑として大丈夫だと主張している。
まあ、無理をしていないのならそれでいいんだが。……今回の話は、彼女にとっても関わりのある話なので、そういう意味では参加してくれたほうがありがたいし。
「さて。……空羽の文句を横に置くわけじゃないが、そろそろ本題に入ろうか」
パン、と。ひとつ手を打つと。さっきまで小言を垂れ流しながらくっついていた空羽も、そんな彼女に文句を言っていた琴風も、切り替えて集中してくれる。
集中は、してくれるんだけど。どうやら、空羽は離れるつもりはないらしい。……まあ、いいか。話の本体には関わらないし。
「今回の事件の黒幕――水瀬 影千代についての話だ」
「ん。あの人は嫌い。支樹のことを知ったふうな口を聞いてくるから」
琴風は相変わらずよくわからない怒りのポイントをしているが、ひとまず、それについては置いておく。
「支樹くんは彼女のことを知っているみたいだけど」
「ああ、知ってる。ついでにいうと、海未も知ってるはずだ」
ただ、蒼汰や琴風を始めとする《海月の宿》のメンバーは知らなくても不思議ではない。なにせ。
「影千代は、俺や海未の元仲間……より正確に言うならば、元協力者だ。《海月の宿》が結成されるより前の、な」
「……協力者?」
蒼汰が、俺の表現の変更に首を傾げる。
「立場でいうと、空羽に近い。実際、彼女自身が自称していたように戦う力を持っていない」
そもそも、冒険者ではない。そもそも登録もしていないし。
ただし、魔力は保有している。だから、スキルは使用できる。
そして、非常に厄介なことに。固有スキルまで持っている。ある意味では彼女に相応しく、誰よりも彼女が持っていてはいけないような《悪戯妖精》などという固有スキルが。
「影千代について端的に言うならば、研究者だ。魔力とはなにか、魔物とはなにか。そもそも、ダンジョンとはなにか。ただ、そのことについてを調べ尽くそうとしている」
「研究者……」
俺の言葉に、ぽつりとつぶやくようにして小夜がそうこぼす。
そんな彼女に、俺は小さく頷く。
「もしかしたら、察しているかもしれないが。小夜、お前に接触してきて依頼をしてきたのは、おそらく影千代だ」
以前は、接触用の別人を用意していた可能性も考えていたが。なんならば、影千代本人である可能性まである。
なんせ、影千代ならばそれが可能だ。他人どころか、全く存在しない人間にすら成れる彼女ならば。
……というか、あの性根からクソな影千代のことだから、たぶん自分から会いに行っている。アイツはそういう人間だ。
「影千代は、おそらくダンジョンについて、誰よりも詳しい。少なくとも、俺が把握している中では、アイツが一番であろうという確信があるくらいには」
彼女が俺たちの元協力者であったころから、ずっとそうだった。
彼女の知識に助けられたことも多い。……皮肉な話ではあるが。
「協力者、だったのはわかった。でも、なんで、元、なの?」
今度は、首をコテンと傾けながらに琴風が尋ねる。
「琴風、それから蒼汰は直接に会ったからなんとなく察してるところがあるかもしれないし。それから、小夜は被害に遭ったからわかると思うんだが。アイツは、自身の興味の対象にしか、一切の興味を持たない。最悪な意味でな」
おそらくは、俺や海未に対して協力をしてくれていたのも、俺たちに――より正確には海未に――興味があったから、なのだろう。
そして、彼女は。それ以外の一切合切を気にしない。本当に、気にしない。
なにが起ころうとも、どうなろうとも。
いや、彼女の発言を汲み取るのならば、気にはしているのだろうが。価値の基準が著しく低く、良くも悪くも、平等。
「影千代の目的はなんなんだろう。直接に会ってない私は、みんな以上になーんにもわかんないんだけどさ」
空羽がそうつぶやく。
「そこは、俺もまだわからない」
阿蘇ダンジョン、渋谷マルハチ。そして、広島マルロク。この三件での事例が――少なくとも彼女の自供として今回の広島での件が――影千代によるものとして。いったいなにがしたいのか。
「魔物の召喚も、大侵攻の誘発も。それから、魔物化や破魔の銀弾だっけ? それらに対抗するための力も。それ自体が武力や軍事力、あるいは交渉のカードとしての力を持つものだとは思うけど」
「蒼汰の言うことも事実ではある。実際、その可能性については、元々考えていた」
……が。今回、影千代が絡んでいるとわかって。いや、むしろ影千代が絡んでいるとわかったからこそ。それ自体が理由であるという可能性が消えた。
「もちろん、完全に排して考えていいわけじゃないけれど。少なくとも、俺の知る影千代は、そういうことに興味を持つようなやつじゃない」
彼女と袂を分かってから長いから、その間に考えが変わった、などの可能性もなくはないが。
ただ、昨日に出会った彼女は。直感としては、かつての彼女のそれと同じで。
根拠としては、あやふやにはなってしまうのだが。やはり、別な理由があるように思えてしまう。
「……とにもかくにも、《悪戯妖精》への対抗策がない以上、影千代の捕縛はほぼ不可能だ。それこそ、彼女が自分から自首でもしてこない限り」
まあ、ない話だろう、とは思う。
そもそも、大々的に捜索をする理由付けもない。俺たちは彼女の自供を聞いているが、返していえばそれだけでしかない。
冒険者という仕事の性質上、悲しい話だが行方不明や殉職は珍しい話ではないし。
影千代の被害者たちについてもそれらに埋もれてしまっていると見ていい。
要は、手詰まりだ。
「やれる対策とすれば、ダンジョンの封鎖、だろうけど。それも不可能だろうしな」
現代の社会は魔石を始めとするダンジョン産の物品を前提とした社会構造をしているし。それらの供給役を生業とする人たちも多い。
ダンジョンを封鎖すれば、それらの供給を止めた上で、大量の失業者を生み出すことになる。
「……不要な混乱を招かないためにも、公表も不可能。対応は後手にならざるを得ない」
現状を改めて確かめた、その事実に。俺たちは、ただ、小さく息を漏らすしかできなかった。
Tips:水瀬 影千代
支樹と海未の元協力者。
魔力や魔物、ダンジョンについてを研究している研究者であり、彼女の持つ技術や知識は世界で見ても随一。
ただし、価値基準が良くも悪くも平等であり。判断に容赦がない。
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