#72
陽鞠さんへと、刃が振り下ろされる。
眼前に迫ったその事実に、思わず目をつむりかけて。
しかし、その瞬間。ふわり、と。私の身体が抱きあげられる。
「鈴音、小夜。無事……ではないな。生きてるな?」
「は、はい。生きて、おります?」
「そこは疑問系にしないでくれ」
状況への、理解が追いつきません。
しかし、ひとつわかることは。私も陽鞠さんも、月村さんの腕の中にいる、ということで。
「とりあえず生きているみたいだが、怪我がひどいな。どれだけ無理したんだ」
「うぐ」
「……まあ、とりあえずは《治癒》」
月村さんが治癒スキルを私たちにかけようとしてくださいます。しかし、ありがたいことではありますが、被弾箇所を丸ごと削ぎ落とした陽鞠さんはともかく、件の銀弾を食らってしまっている今の私はあまり治癒スキルは効果的では――、
「治って、る?」
擦過や銃痕が治っていたのはもちろんのこと。折れていたはずの腕の骨までも、痛みを感じず動くようになっております。
魔力の調子はまだ乱れておりますが、それでも普通に動ける程度には回復をいたします。
「なんでかはわからないが、治癒スキルが効きにくかったが。効きにくいだけなら、なんとかできる」
十分の一であろうが百分の一であろうが、わずかでもあるならば、ゼロとは大きな違いである。
理屈の上では理解はできますが、千癒ですら苦戦していたそれをいとも容易く行ってみせているという事実に、思わず目を丸めてしまいます。
「というか、私よりも陽鞠さんを――」
「騒がなくても大丈夫よ鈴音。私も、あんたと一緒に拾われたでしょ」
同じく、月村さんの腕の中にいる陽鞠さん。削ぎ落としたはずの腕の肉は、完全とは言わないまでもある程度の回復を見せている。
「悪いな、小夜。千癒さんの《再生》じゃないから、俺だとここが限界だ」
「大丈夫。血が止まっただけでも、ありがたい」
あのまま続けば、聖銀会の方々に関係なく失血が見えていた彼女にとっては、それだけでも大きな差ではあるでしょう。
月村さんの救援、繋がった私と陽鞠さんの命。それらに喜んでいると。
「おい、貴様。急にやってきて、なんのつもりだ」
水を差すようにして、聖銀会の男性がそう声をかけてきます。
その手には、私の剣。
「聖銀会の連中か。鈴音。あれが敵、ということでいいのか?」
「いいえ、敵ではありませんわ」
「……うん?」
私の言葉に、月村さんが首を傾げて、陽鞠さんが額に手を当てます。
「あー。月村さん、えっとね? 経緯を話し始めるとややこしいんだけど。鈴音としては敵とは認識してない、というか。……いちおう、私もそれに賛同したからあんまり強くは言えないんだけど。ただ、この状況を作り出した原因であり。私たちに対して敵意を持ってきている相手ではある」
私の代わりに、陽鞠さんがそう言って。ついでに「あと、話が通じない」と。
……たしかに、全く通じませんでしたね。頑張りは、しましたが。
「なるほど」
陽鞠さんのお話を受けた月村さんはそうおっしゃると、刀を構えます。
「つまり、制圧対象か」
初めて見る、月村さんの威圧。
こちらに差向けられたものではない、と理解していても。全身を駆け巡る感覚に、思わず息を呑んでしまいます。
……そこからの顛末は、ものの一瞬、ではありました。
ある種わかりきっていた結果ではありますが、銀弾を失った聖銀会は特段冒険者に対する優位性を持つわけでもなく。私や陽鞠さんの剣を持ったところで些事。
もちろん、銀弾という憂いがなくなったため、という最大の状況の違いこそあれども。私と陽鞠さんがあれほど苦戦していた相手が、一分と経たないうちに無力化されてしまいました。
(……わかってはおりましたが、背中は、まだまだ遠いですわね)
動けるようになった私や陽鞠さんは、彼らの捕縛を手伝いながら、その実力の差をひしひしと痛感いたします。
「さっさとこいつらを引き渡したいところだが。……ちょっと諸事情で協会も警察も手一杯だろうし」
「それであれば、千癒のことを」
「たしかに。そういえば、千癒さんはどうしたんだ?」
現在進行形で負傷者たちの手当をしている彼女のことを説明しようとして。
「――いや、ちょっと待ってくれ」
しかし、そんな私の声を発するよりも先に。眉をひそめた月村さんがそう言う。
「魔力濃度が歪んでる……これは、もしかして」
「……あっ」
そういえば、ずっと、目の前のことに集中して頭から抜けておりましたが。
問題は、もうひとつ。
「悪い。この場は、ふたりに任せても大丈夫か? 随分と消耗してる現状、キツイかもしれないが」
「ふふっ、ご安心くださいませ。月村さんに治していただいたおかげでかなり回復いたしましたから」
これくらい、というと少しおかしなところはありますが。この場を引き継ぐ程度であれば、普段のトレーニングのほうがよっぽど大変ですから。
「だから、お願いいたします。月村さん。下層に、琴風様と蒼汰様が」
あれから、かなり時間が経ってしまっております。
おふたりが負ける、なんてことは考えてはおりませんが。しかし、発生の唐突性や出現場所などに、私自身、少し覚えがあります。
もし、この魔物が何者かによって呼び出された魔物だったとしたら。
広島マルロクにとって、異質な魔物が現れていたとしたら。
時間の経過が、すなわち、致命になりうる。
「ああ。なんでそのふたりがいるのかはわからないけど。任せてくれ」
* * *
鈴音たちを助けることに注力していて、探知が甘くなってしまっていた。
「……これは、かなりまずいな」
大侵攻が、いつ発生してもおかしくない。そのくらいには、周辺の魔力環境が乱れている。
幸いというべくか、鈴音曰く琴風と蒼汰が対処にあたっているらしく。おそらくふたりが魔物を抑え込んでいるがために、ギリギリのところで保っているのだろう。……ほんとうに、なんでこんなところにふたりがいるのかは甚だ疑問だが。
しかし、ふたりの尽力も、抑制には繋がっているものの討伐には至っていない。
異常な魔物は存在するだけで魔力を乱す。抑え込めていたとしても、このままでは時間の問題だ。
《全能力多重強化》を再発動しながら、ダンジョンの中を駆け抜けていく。これは、明日はまともに動けなくなりそうだ。
「千癒さん!」
「……! 月村さん!?」
途中、ダンジョンの大広間にて、大量の負傷者と、その対処に奔走する千癒さんの姿を見つける。
なるほど、前も後ろも動くことができず、ここで治療を回していたのか。
「時間がありません。支援だけ渡します」
すれ違いざまに彼女に支援スキルをかける。
軽症の冒険者も手伝ってはいたが、あの量の冒険者の対処は相当に骨が折れたことだろう。
「表の聖銀会の連中は無力化できてます。鈴音も小夜も、かなり負傷はしてますが、生きてます」
「――っ、ありがとうございます」
無事、とだけ言えなかったのは申し訳ない。
時間があれば、俺も治療に加わりたかったが、そういうわけにも行かない。
とはいえ、彼らの退路を塞いでいた聖銀会の連中については鈴音たちの尽力もあって解決済み。
人数が人数なだけに全員一気に、というわけにはいかないだろうが。少しずつ、ダンジョンから退避していけるだろう。
……そのためにも。一刻も早く、下層の魔物に対処しなければならない。
大侵攻を、引き起こしてはいけない。
千癒さんからの感謝を背中に受けながら、ダンジョンの中を駆け抜けていく。
下層に近づくにつれ、魔物の気配。そして、よく知っている魔力の気配が近づいてくる。
「――なるほど、カルキノス・ベイルか」
頑強かつ魔力による影響を反射する装甲を持った、非常に厄介な魔物。
討伐指定A級にしては攻撃力などは然程高くはないが、その一方で同帯の魔物の中でも頭ひとつ抜け出した防御力の高さは、討伐の困難さを物語る。
主な倒し方は、ふたつ。最もメジャーなやり方は、比較的脆弱な脚の関節部を破壊してから、そこを起点にして内部にも攻撃を加えていくというもの。
とはいえ、脆いとは言ってもこいつの装甲の中では、という話であって、ちょっとやそっとの攻撃では壊せないし。でかい図体のくせに動きはそこそこ機敏で、関節を狙うこと自体もそこそこの難易度を伴う。
ただ、その点については流石に琴風と蒼汰も実力者。キチンとセオリーどおり、脚の破壊を進めていて、三本の脚が既に転がっている。
……返して言えば、まだ、三本しか落とせていない。もちろん、破壊した脚を起点にして内部に攻撃を与えていくという都合、極端に言えば一本でも破壊すれば、討伐自体は可能。
しかし、当然といえば当然だが。そんな露骨な弱点を晒してくれるほど、カルキノス・ベイルも甘くはない。
カルキノス・ベイルの脚を破壊するのは、弱点の作成と同時に、コイツ自身の機動力を削ぐという目的もある。
そういう意味では、三本という数は――対処にあたれている冒険者が琴風と蒼汰のふたりしかいないということも相まって――討伐に至るには、不足する。
「まあ、ふたりにはちょっと荷が重い相手だよな」
討伐自体は可能。だが、早急な対処としては、琴風も蒼汰も相性としては最悪。
逆に、どこの誰がこんなことをしているのかはわからないが。大侵攻を発生させるという目的では、討伐自体に時間がかかるカルキノス・ベイルは相性として良好と言えるだろう。
誰だかは知らないが、本当に性格が悪い。
「……悠長に、してられないな」
本当ならば、ここまでふたりがやっていたように、先に脚を落とすべきだ。
だが、そんなことも言っていられないくらいに、歪みの程度が悪化している。
こういうのは、海未の役目だと思うんだが。とはいえ、彼女がここにいない以上、俺がやるしかない。
「琴風! 蒼汰! カルキノスから離れろッ!」
俺の声に、ふたりが驚いたように振り向く。
一瞬動揺を見せたふたりだったが、意図をすぐさま理解してくれたようで、即座にカルキノス・ベイルから距離を取る。
ふたりが離れたことで、カルキノス・ベイルが俺の姿を認めて、こちらに迫ってこようとする。
が、その全てが遅い。
「《風走り》《雲穿ち》《雷裂き》――」
支援の上から支援をかけ、幾重にも積み重ねていく。
――たしかに、カルキノス・ベイルの装甲は頑強と呼ぶほかにない。
並の攻撃は受け付けず、魔力による影響も反射する。
ただ、関節が破壊可能なように、硬いだけであって限界は当然にあるし。魔力の反射にも、上限はある。
なんならば、大前提。カルキノス・ベイルではなく、攻撃を行う俺自身に魔力の影響――支援がかかっていた場合には。そもそも反射ができない。
「《全能力多重強化》――」
一撃に、全てを。
「――《偽式:一刀両断》」
空間を、斬り裂く。制御を知らない刃は、床に、天井に、深い溝を刻み込み。
そして、カルキノス・ベイルの体躯を、真っ二つに両断する。
「……わーお」
マイペースな声音の、琴風の声が聞こえてくる。どうやら、ちゃんと巻き込まずには済んだらしい。
威力が指数関数的に増加していく一方で、コントロールの悪さも同じく跳ね上がる。その結果の、天井や床まで一気の断ち斬りだ。
「久しぶりに見た、支樹の、攻撃」
「うん。役割的に、支樹くん自体がそもそもあんまり前線に立ってなかったってのもあるけど。それ以上に久しぶりな感じはあるよね」
物陰からひょっこりと顔を出してくる、懐かしいふたり。
「あー、なんていうか。その」
どうすればいいかわからず、俺は所在のない声を漏らす。
「元気そうで安心したよ、支樹くん」
「ん。すっごい久しぶり」
成り行きとはいえば成り行きなんだけど。
めちゃくちゃ、気まずい。
Tips:カルキノス・ベイル
一般的な倒し方は、比較的脆い脚を破壊することで体内への攻撃を可能にしつつ、機動力を削いでいく。その都合、倒すのには時間を要する。
その装甲ごと一刀に断ち斬るという倒し方も可能ではあるが、それをできる人間がそもそもあまりにも限られている。
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