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#71

 もはや、凶弾からふたりともが逃れることはほぼ不可能。ならばせめて、陽鞠さんだけでも、と。残る力で、盾を彼女に押し付けて。私が前に出ようとして。


 しかし、その瞬間。鳴った音は、カチャリ、という音だけ。


「……は?」


 遅れて、男性の間の抜けた声が漏れます。

 なにかを確かめるように、彼は何度かトリガーを握りこみますが、結果はカチャカチャと音が鳴るばかり。

 焦った様子で懐に手を入れる男性ですが、そこにあったはずの目当てのものは。


「まさか、全部――」


「……やっと、このときが来ましたのね」


 正直なところ。ハナから援軍は期待していません。

 いえ、全く期待していないわけではありませんし、来てくれたのであればそれだけありがたいお話ではあったのですが。

 そんな、不確定な要素を計算に入れるほど。甘い考えは、月村さんから教えていただいておりません。


 だからこそ、狙ったのは。別の決着。


「お、おい! お前たち――」


 振り返る男性。しかし、そこにいた聖銀会の方々は十分な視界を伴わないままに銃を乱射していたこともあり。

 男性のそれと同じように、カチャカチャと空を弾く音ばかりが鳴っていて。


「ホント、めちゃくちゃな勝利条件を考えるものよね」


 呆れた様子で、陽鞠さんがそう言います。


 残念ながら、私たちには彼らのことを殺してでも止める、なんてことはできそうもありません。

 とはいえ、援軍が来ない、という前提で。この人数差を捕縛して回るのはほぼ不可能。


 ならば。勝利条件を差し替える。


 そもそも、大前提は後方の方々の憂いを取り払う、というもの。そしてその憂いとは、彼らの持つ銀弾。


 ならば、その全てを()()()()()()()()


 ――弾切れ。

 途中、私自身も魔物への対抗手段として落ちている銃と弾を使用していたということもあり、拾っての補充も不可能。

 つまり、彼らの手持ちには既に。私たちへの対抗手段たる銀弾は残っていない、


 これならば、聖銀会の方々は普通の人間と何らかの変わらない戦闘力。彼らが下層へと向かったところで千癒が片手間に制圧できるでしょう。


 つまり。


「私たちの、勝ち、で……」


 す――と。そう、言おうとして。しかし、不意に身体から、力が抜けて。

 瞬間、まずい、ということを理解いたします。


「鈴音ッ!」


 陽鞠さんの叫びが聞こえてきます。

 落ちていく視界。ここまでの積み重ねと、最後の無理が祟ってか。そのまま、前に倒れ込んでしまって。


 たしかに、銀弾という優位性を喪ってしまった聖銀会では、冒険者に襲いかかったところで返り討ちにあってしまうでしょう。

 しかし、それはあくまで、冒険者側からの抵抗が可能であった場合の話。

 身体に力が入らず、倒れ込んでしまった冒険者をリンチにする程度であれば、訳もない。


 ぞろぞろと集まってくる聖銀会の方々。こちらに余力がないと見ると、残弾がなかったことに狼狽えていた先刻から一転、余裕の表情で見下ろしてきます。

 そして、その拳が、蹴りが。私へと振り下ろされようとした。その瞬間。


「がっ、ぐうっ!」


 間に割り込んでくる、影。

 私の視界を埋め尽くすようにして。


「陽鞠さん!」


「無理してるんじゃないわよ……!」


「それは、陽鞠さんこそ!」


 私を庇うようにして覆い被さり、彼らの攻撃をその身に一手に引き受けた陽鞠さん。当然に、その表情は苦悶に歪んでいて。


「大丈夫よ。殴られるのとか、蹴られるのなら、慣れてるから」


「そういう問題ではありません!」


 なんとか彼女のことを守りたい。けれど、そんな力は今の私には残っていなくて。


「お前ら、退け」


 男性のひとりが、そんな声を出します。


「殴っても蹴っても効かねえってんなら、仕方ねえ。だってそいつらは化け物だから。だが、斬ったらどうだか」


「なっ――」


 ぼやける視界の中ではあるものの、彼の持つそれを、私はよく知っています。

 私の、剣。耐久力に秀でた逸品ではありますが、無論、その斬れ味も申し分はありません。

 たとえ、扱い方がなっておらずとも。振り下ろすだけで凶器となり得る。


 対抗するには、回避をするか、素手ではないなにかで剣を受けるしかありません。しかし、私が動けないのはもちろんのこと、私を庇うために飛びついてきた陽鞠さんも、盾と彼女の双剣は置いてきてしまっています。


 なんとか動けと身体に命令してみても、もう、ちっとも動きそうにない。

 そんな自分があまりにも情けなくて。自分のせいで、陽鞠さんを巻き込んでしまっているというその事実が。あまりにも、赦せなくて。


 せめて、彼女だけでも助かって欲しいと。ただ、ただ、その思いで。


 誰かに。千癒に。そして――月村さんに。


 届かないとは、知りながらも。助けて――と、そう、願って。


 仮に、その願いが届いたところで。間に合わないとは、知りつつも。


「全く、なんて表情してるのよ。もう、諦めたって言うの?」


 剣が振り下ろされるまでの、その刹那。

 しかし、陽鞠さんの表情は。ちっとも諦めていなくて。


「あなたの師匠は。最後まで生きるのを諦めるなって。そう教えてくれたんじゃなかった?」


 彼女はそう言って、振り返って。

 迫りくる刃に。立ち向かって――、






     * * *






 ああ、本当に痛い。こちとら右腕の肉を削いでるんだぞ。そこをお構いなしに殴る蹴るの暴力をかましてきやがって。こいつら、容赦ってものを知らないのか。

 うん、知らないんだろうね。そもそも、私たちのことを同じ人間だと認識していないわけだし。


「ぐっ」


 でも、耐えるしかない。大丈夫。昔から、殴られたり蹴られたりはしてたから。こういう暴力にはそれなりに慣れてる。

 なんて言ったら、鈴音からはそういう話じゃないって言われちゃったけど。


 とにかく、鈴音が動けるようになるまで、守らないと。

 千癒さんと、約束したから。鈴音のことを守るって。

 ううん、そんなことは関係ない。彼女との約束なんてなくたって。


 ここで、鈴音のことを守れなきゃ。自分のことを赦せなくなる。


「お前ら、退け」


 低く、冷たい声。

 チラと声の方向へと視線をやると、そこには鈴音の剣を手に持った男。


 その斬れ味については、私もよく知っている。

 扱いも知らないやつが使っても凶刃となりうる程度には、よく斬れる。よく斬れてしまう。


 そして、それを十二分に理解しているからこそ。鈴音はその顔から血の気が引く。

 諦めかかっている。いや、彼女の場合はおそらく。私が庇っている現状に、このままだと刃か私に届くというその事実に青褪めている。


「あなたの師匠は。最後まで生きるのを諦めるなって。そう教えてくれたんじゃなかった?」


 全く。

 勝手に、諦めないでほしいものだし。

 勝手に、他人を諦めさせないでもらいたい。


 振り下ろされてくる剣。瞬間ごとにと迫ってくる死の気配に。

 私は、その身を翻して。


 キンッ、と。金属同士のぶつかり合う音。


「その剣は、お前なんかが手にしていい代物じゃない」


 鈴音の剣を握っていたはずの男は、その手から離れてしまった柄に、動揺から瞑目する。


 たしかに、私の手元には双剣はない。鈴音を守るためにおいて来てしまったから。

 でも、誰が一度でも。私の武器が双剣だけなだんて、言ったか。


 いざというときのために懐に忍ばせておくくらいならわけがなく。それでいて、私自身、扱いが慣れている武器。


 ――別に、双剣を扱うようになったからといって。短剣を置かなければならないなんて道理は、存在しない。


 いくら、武器が上等のものであろうとも。使い手が粗末ならば、いくらでも巻き返しようはある。

 私自身、右手はまともに動かないけれど。元々短剣は必要があれば左右持ち替えていたし、双剣を扱う過程で更になれていることもあって。剣の扱いが不慣れな男の手から剣を巻き取る程度ならわけがない。


「この……ッ!」


 私の抵抗に。男が悪態をつく。


 とはいえ、あくまでできるのは一時しのぎ。

 鈴音はまだ動けそうにないし、私も十分には行動できない状態。

 一方で聖銀会の連中は、弾き飛ばされた剣を回収しに行くこともできるし、なんならば私の双剣でもいい。


 先の瞬間に剣を巻き取れたのは、やつらの油断もあった。一度、それを見せられた以上、しっかりと握りこむなどの対策はしてくるだろう。


(鈴音に対して偉そうに言っておきながら、私自身、ここからどうすればいいかなんてわかりっこないんだけど)


 諦めるつもりはない。

 しかし、状況は最悪で。


 再び剣を持ってきた聖銀会の連中に。なんとかその攻撃をしのぎ、殴る蹴るの攻撃を耐えて。

 しかし、苛烈な攻撃の波に。段々と追い込まれる。短剣でのいなしも、限界を迎えて、その切っ先が頬を掠めて。


「無駄な抵抗は早々にやめるといい。このまま救済を拒み続けても、ただただ苦しいだけであろう」


「お断、わり……ッ!」


「ふん、そんなわずかな時間を稼いだところで、いったいなにが変わるというのか」


 私の短剣が、ついに剣に弾き飛ばされて。

 今度こそ、と。男がその刃を振り下ろそうとして。


「――変わるさ。だって」


 風が、吹く。


「その一瞬があったからこそ。俺が間に合った」


 暖かな声とともに。







     * * *





「ざっと、こんなものか」


 アルカナ連合の現状に、俺はそうつぶやいた。


 本物の討伐指定A級がゴロゴロいるというわけではなく、その力だけを持った素人の寄せ集め。

 数が数であったがためにかなり時間はかかってしまったが。空羽がいたということもあり、無事に制圧は完了。現在は、捕縛作業に移っている。

 まだ動ける手合もいはするが、もはや反抗の意思も見えない


 ……たぶん、死んでいるやつもいないはずだ。少なくとも、俺が観測できている範囲では。


「こっちもなんとかなったよ、支樹」


「空羽、おつかれさま」


 大方の捕縛を終わらせて、空羽が合流してくる。

 これで一件落着。ここから離れたい……ところではあるが。とはいえ、そういうわけにもいかない。


「面倒だが、このまま警察が来るまで待つしかないんだよなあ」


 冒険者法には則っているものの、俺も空羽も制圧のために武器とスキルを行使している。これをすると、のちの処理が割と面倒ではあるのだが。まあ、仕方がない。


「まあ、このあとの予定も、元々武器の試し斬りしかなかったんだしさ」


「それはまあ、そうだが」


 なんの偶然か、試し斬りは既にやれてしまった。……いやまあ、のちのち仕切り直してちゃんと試し斬りはするけれども。

 急ぐ用事がない、というのも間違ってはいない。強いていうならば鈴音たちの訓練に合流するくらいではあるが。今のふたりならば千癒さんが同伴している状態であれば、第一層はおろか、第三、四層程度までなら特に問題なく活動できるだろう。

 もっとも、今日の予定は第一層での基礎トレーニングなので、そういう意味でも特に問題はないだろうが――、


「……鈴音?」


 ふと、彼女の声が聞こえた気がした。

 いや、こんなところにいるはずがない。今の時間は、ダンジョンにいるはず。

 なにかが起こって途中で切り上げた、という可能性もなくはないが。


『――』


「鈴音!? いるのか」


「ちょちょ! 支樹、いきなりどうしたの!?」


 聞こえた鈴音の声に、俺が反応すると。しかし、驚いた様子で空羽がそう尋ねてくる。


「いや、どうしたもなにも。今、鈴音の声が」


「私にはなにも聞こえなかったけど? せいぜいアルカナ連合(こいつら)のうめき声があるくらいで」


 空羽には、聞こえていないという。

 でも、たしかに聞こえてきて。……というか。


 そう、あえていうなら。


「頭の中に、直接響いてくるような」


『――――』


 鼓膜を通じることもなく届いた彼女の言葉に。俺は、静かに刀を構える。


「……空羽、悪い。この場を頼む」


「へ? ちょっ、支樹!?」


 突然のことにうろたえる空羽。しかし、今は逐一説明などしていられない。


 聞き間違いや空耳なだけであれば、それでいい。

 万が一、そうじゃなかったときが。まずい。


 可能性なら十二分にある。冒険者協会がこの惨状だ。

 なにが起こっていても、不思議じゃない。


「《全能力多重強化オーバードライブ》」


 本来ならば、繊細な調整が必要なそのスキルを、強引に発動する。

 筋肉が、骨が、悲鳴をあげる。

 でも。自分自身への反動など二の次でいい。


『誰か。――千癒、月村さん。誰でも、誰でもいいですから』


 鮮明になりゆく彼女の声に。俺は、地面を強く蹴り出す。


『助けて、ください! このままだと、陽鞠さんが――』


 なによりも今必要なのは、疾さだ。

Tips:宵待 空羽

 さっきまで共闘していた相方が、音さえも置き去りにしていきながらにどこかへ行った。

 直前の会話から、大方の事情は察しているが。それはそれとして、今の動きを見せられながらにアレで自身が強いという自覚がないのはいかがなものかと思う。まあ、周りの環境が悪かった、というところに尽きるのだが。

「というか。もしかしなくても実質後処理を押し付けられてない?」




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