#69
「……ぐっ、中々厄介ね」
空中で魔物の攻撃を受け流した空羽は、ズザァ、と滑りながら着地をし、そうつぶやく。
交戦開始からしばらく。着実に、俺たちはアルカナ連合軍たちの数を減らしていっていた。
とはいえ、元の数が膨大な上に、半ば暴走と言って差し支えない状態の彼らの力は生半可ではなく、形を維持できず溶け合っている下っ端たちであっても、むしろ複数が同一となり、かつその身を厭わないからこその攻撃の威力は決して無視できないものとなっていた。
幹部級のやつらはそれはそれで、象っているものが高位の魔物であり、単独での脅威は言うまでもない。
「……だが」
「まあ、支樹の言いたいことはわかる、かな」
にへら、と。辛くもあるこの状況の中でも笑顔を浮かべてみせる空羽。
たしかに、彼らは間違いようのない力を得た。放置を使用者ならば個々ですら街ひとつを滅ぼしかねない、そんな存在がわんさかいる。
しかし。
「気持ちはわかる。そういう助長のしかたをした冒険者の姿は、何人も見てきたからな」
そして、その結末も。
「一気に決めるぞ、空羽」
「りょーかい。任せて!」
そんな俺たちの示し合わせに、ひとつの溜息が聞こえてくる。
「なにを戯言を。数を見てみろ。普段の大侵攻でさえ、多くの冒険者が駆り出され、対処にあたることになるのだ。それよりもずっと多くの強力な存在がいるアルカナ連合に、たったふたりで勝てるとなど――」
クレイドラゴンへと姿を変貌させた彼。
その言葉に。
「そっちこそ。扱いきれてない力で粋がるのはやめたほうがいいぞ?」
「なっ――」
《風走り》、もとい諸々の支援で身体強化をした上で、急接近。
ここは戦いの場だ。お侍さんの戦いでもあるまいに、敵の口上など待ってやる道理はない。油断をしていた、お前が悪い。
もっとも、油断をしていなかったとしても。
「グッ!」
タンタンタン、と。クレイドラゴンは、三回、舌打ちをして。
「接近されてるってのに、それは悪手だな」
ブレスの、予備動作。通常のクレイドラゴンよりもサイズが小さいこともあり、これだけ接近していれば、その口を塞ぐのは容易。
これだけの高位の魔物を象ったやつらが揃っている現状。もし、こいつらが本物の魔物であったならば、本格的に災害然とした状態になっていただろう。
しかし、そうはならない。ならなかった。
そもそもの、男の戦闘経験が浅い。そんな状態で、強大な力のみを得て、それの扱い方を十分に知ろうともせず振りかざす。それが、いかに危険なことか。
これならば、下手に自律意思を持たずに、魔物としての行動本能で襲いかかってきていたかつての小夜のほうがよっぽど強いし。なんならば、
「《獣化》のコントロールができるようになった小夜のほうが、もっと強い」
彼女は、一度過ちを犯した。それは、紛うことのなき事実。
しかし、その過ちから学んだ。強い力との向き合い方を。
都合、自身で制御できる範囲でしか《獣化》の力は引き出していない。そういう意味では、今魔物化をしている彼らよりかは、魔石から得られている恩恵は少ないだろう。
だが、それ以上に。彼女は考える。努力する。見た目に似合わず、なんてことを言ったら怒られるかもしれないが。
しかし、彼女との個別の特訓から、重々に理解した。
あれは、一種の執着だ。おそらくは、鈴音に対する対抗からくる。
でも、それだっていい。その感情が、真っ直ぐ自分の道を示せるのであれば。
そして、小夜を照らす星の光が、鈴音のものであるならば。
きっと、小夜は真っ直ぐに進める。
「だからこそ、お前らの紛い物のその力に、今は酷く吐き気がする」
個人的な感情もある。師匠としての偏った意見もある。
ただ、これを彼女の力と同列として扱わせたくはない。
だからこそ、別物として。この力を、ここで否定をする。
俺に口を塞がれたことにより、口腔内で行き場を失ったクレイドラゴンのブレスが暴発。
「《縮地》!」
ほぼ同時、俺スキルで一気に距離を詰めてきた空羽が、口を塞ぐ俺の代わりにクレイドラゴンの背中へと強力な一撃を叩き込んでくれる。
かなり、重々しい音が聞こえる。多分、肋骨か背骨あたりがいったか。ドラゴンの装甲の上からこれだから、さすがの恐ろしさである。
まあ、これで行動不能にはできただろう。
「さて。支樹、次はどうする?」
「フェンリルだな。逃げられたときが厄介だ」
「ん、了解!」
クレイドラゴンと化していた男が倒れた。その事実に、アルカナ連合たちの戦列がやや崩れる。
彼らとしても、まさか竜種が高々冒険者ふたりに負けるとは思っていなかったのだろう。討伐指定A級というと、Aランク冒険者複数での討伐がギルドから推奨されている存在だ。
対して、ここにいるのは空羽と俺の二名。空羽はA級ではあるが、今は一線を退いて薄暮をメインに活動しており。俺はというと所属こそ《海月の宿》ではあるものの無名の冒険者。
そんなふたりごときに負けるものか、と――、
ただ。その考えにはふたつほど、見落としがある。実際、俺も空羽も冒険者の中としては飛び抜けた人材、というわけではないかもしれないが。それでも曲がりなりにもAランク以上の冒険者だ。
加えて、クレイドラゴンも人間大になっていることで完全に強さが再現されているわけでもなく。更に、前述のとおり戦闘経験に乏しい。
まあ、これはクレイドラゴンに限った話、というわけではない。今の戦いだって、俺の行動に対して空羽がアシストを加えていたように。もしオーガやフェンリルが俺や空羽の行動を阻害するために介入してきていたら――結果としては変わらなかったかもしれないが――もっと手間取ってはいたはずだ。
しかし、そういったことは起こらなかった。それが、互いの実力の程を顕著に表している。
たしかに、アルカナ連合が魔物化したことによって、互いの実力関係には変化が起きた。それは、間違いのない事実だ。
だが、その一方で。ただただ実力差で蹂躙される、というところから。厄介ではあるけど制圧は可能、というところまで、変化をしただけ。
形勢は、依然として逆転していない。
それでも、躍起になって士気を保ち、攻めこもうとしてくる。逃げないでいてくれるのであれば、こちらとしても取り逃しが減るのでありがたい。
まだまだ高位の魔物はいる。あちらのほうが状況は有利、だと。そう思っているのかもしれない。あるいは、そう思わざるを得ないのかも知らない。
まあ、いずれにせよ。
「力を過信して冷静さを失うのは。悪手だぞ」
* * *
横たえた鈴音の前に陣取るようにして、私はしっかりと立ち、構える。
さて、改めて。状況を、少し整理しよう。
後ろにいるのは、銀弾を二発喰らい、その影響で半身が動かなくなっている鈴音。
喰らった、とは言っても。高々掠った程度ではある。それでもなおこうなってしまっているところを見ると、魔力を有している存在に対しての特効性能があるという見立てはほぼ確実に正であろう。
そして、私の身体について。
先程のような上記を逸した動き、そして、現在聖銀会の連中を一手に惹きつけることができているその要因。
私の《獣化》。固有スキルと化した、その力は。しかし、その発端は魔石との癒着に起因している。
つまり、私の身体は。ある意味では、通常の冒険者よりも少しばかり魔物に近しいものになっている。魔力を有している存在への特効のある銀弾。それが、魔物に与える影響については。先刻、この目で見た。
鈴音が、私のことを戦線に出したくなった一端は、銀弾が私にとって致命になりうるから。
そして、彼ら聖銀会の主張が。私の存在を否定するものだったから。
鈴音がずっと憤っていたのは、こちらの話を聞かないから、ではない。
魔を有する者が人ではない。魔物同然である。……自身の不始末が原因とはいえ、実際に魔物になってしまったことがある、陽鞠を否定してきたから。
それを、私が気にすると思っていたから、であろう。だからこそ、以前街中で聖銀会の連中が言っていた言葉に、鈴音は心のしこりを抱いていた。
でもね、鈴音。
私のこと、舐めないでよ。
(それくらい、乗り越えてるんだよ。もう)
私ひとりでは難しかったかもしれないけれど。
どれだけ難しくても、失敗しても、文句言わずに付き合ってくれる月村さんがいたから。恐ろしいまでに察しが良くて、ただの主人の友人でしかない私にもサポートしてくれる千癒さんがいたから。
そして。どんな些細なことでっても、バカみたいに肯定してくれる鈴音がいたから。
「撃てッ!」
ひとりの号令と同時、私を狙った銃弾が雨のように襲いかかってくる。
鈴音は――ちゃんと、自分の盾で自分を守る手立ては用意できてる。なら、私は自分のことを考える。
先程までの私の回避を見ていたのだろう。弾幕は、幅を広くとっており、横から範囲外まで抜けるのは困難。
鈴音に対しても狙いが分散していたときとは違い、今回は私ひとりを狙ったもの。間をすり抜けるのには、少し数が多い。
前ふたつも、不可能ではないかもしれないが。……ここは、確実な方法を。
「跳んだッ! 化け物は上に逃げたぞッ!」
ひとりが、そう叫ぶ。
突っ切るのも、横に退避するのも難しいなら――逃げるべきは、上だ。
先程までの戦いでは、とかく地上戦を続けていた。おかげさまで、上側への警戒は薄れていた。
まあ、そもそもなんで空中戦をしていないのか、といえば。
「だが、チャンスだ! 空中ではまともに身じろぎもできまい!」
月村さん曰く、空中で姿勢制御をする方法はありはするらしい。が、今の私では諸々が実力不足。
《獣化》によって変貌するのは狼の姿。これが、翼のある生き物ならば話は変わったのかもしれないが、言っても仕方がない。
「でも、姿勢制御ができるかどうか、と。空中での移動手段があるかどうか、は。また、話が別なのよ」
銃口が、空を向く。私のいる方向へと。
今度は、確実に仕留めるために、より狭い範囲を、より厚い弾幕を作るようにして。
――そもそも、私がなぜ、月村さんに対して空中での姿勢制御の質問をしたのか。
それは、姿勢制御とまではいかないまでも。一度、私が空中での行動を、少しだけとはいえ叶えたことがあるから。
初めての鈴音との手合わせ。窮地に追い込まれた私は、ただ、負けたくないというその一心で。
なにもない空中を、蹴った。
聞けば、同じような現象を再現すること自体は可能なのだという。それこそ、障壁系のスキルを展開して、それを足場にするようにすれば、理論上は可能。
ただ、かなりの練度を要するものとも言われた。障壁系スキル自体が難易度の高いスキルである上に、ピンポイントに座標を指定しながら展開して、それを蹴り出す。言葉だけならともかく、空中というリアルタイムに位置が進行していく環境でそれを叶えるのは、まあ想像するだけでも難易度が伺えてしまう。
無論、私はそんな練習をしたこともないし、そもそも障壁系スキルも扱えない。
じゃあ、あのとき私がやったことは。
やれる、と叫ぶ直感に従って、実際に発動させたこれは、なんなのか、と。
「――《虚空蹴り》」
なにもない虚空を蹴り出した私は、その進路を大きく変えて、銃弾の壁から、逃れる。
曰く、月村さんでも再現が不可能な、スキル。
すなわち、固有スキル。任意のタイミングで、なにもない空中でさえも、足場にすることができる、という。
(使えるように、なればいいんでしょ……!)
かつて、不服だった鈴音への勝利を。たった一本だけの、その勝利を。
私自身でも、肯定するために。
Tips:《虚空蹴り》
空中や水中といった、明確な抗力を得られない場所であっても無理矢理に足場にして蹴り出すことができるという、物理法則を嘲笑うかのような小夜の固有スキル。
理論上は空中散歩も可能。ただし、消費がかなり重たいスキルのため、今の小夜の実力では困難ではある。
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