#68
肩口に、強い痛みが走ります。
同時。左半身が弛緩したかのように、言うことを聞かなくなって。
「――っ!」
言うことを聞かない左半身を、無理矢理に右半身で動かしながら、とにもかくにも盾を構えます。
力が入らないために、いなせなかった衝撃がもろに身体に響いてきます。
骨が折れたのか、鈍い痛み。反射的に目をつむりそうになるものの、ここで視界を塞ごうものならすなわち死んでしまう。意地でも、ここは食いしばります。
幸いというべくか、弛緩の範囲は左腕が中心。
左脚については若干の違和感がある程度。剣を握る右腕は健全ですし。まだ、動けはします。
「ぐっ」
しかし、弛緩している上に強烈な痛みのある左腕で攻撃を受け続けるというのは現実的ではありません。
とはいえ、魔物に対抗する手段としての剣を手放すわけにもいかない。
「……いつごろ、増援が来るのか。あるいは」
別の道もないわけではないですが。いずれにせよ、それまで私のスタミナが持つかどうか。
いえ、持たせるしか、ないでしょう。
意を決して、私は駆け出します。
まともな防御が成立しない以上、会費に専念するほかありません。
戦場を駆け抜けながら、弾幕の雨をかいくぐり。魔物を斬り飛ばす。
四方八方に思考が要求され、はちきれそうになる意識を継ぎ直して。
「銃なんて、使ったこともありませんけれど」
陽鞠さんが腕や脚を斬って動きを止めた聖銀会の人のそばに落ちている銃を蹴り上げて、剣と一緒に握り込む。
――生き残るために、使えるものは、なんでも使え。
それが、私が月村さんから教えていただいた、たったひとつの冒険者としての在り方。
サハギンにはこれでも十分効力を示しますし、シーワーム相手には彼らが地中から出てくるタイミングさえ見極められれば、むしろ狙うこと自体は然程難しくはない。
魔物との距離を考えながらに剣と銃とを使い分けつつ。弾が無くなれば銃を持ち替えて。
その間も襲い来る銀弾の脅威から逃げ続けて。
どのくらいの時間が経ったのでしょうか。数十分くらいかもしれませんし、もしかすると、数分かもしれません。
魔物も、その数をかなり減らして。ひとまずの脅威が過ぎさろうとして。
それでも絶えず飛来する銀弾。盾は使えない。とにもかくにも、回避を。
「しまっ――、ぐ……ぁ」
轢き潰したような声が、喉から漏れ出す。
左脚に、微妙な感覚のズレがあるのは認識していました。だからこそ、ここまでそれを補正しながらに立ち回っていました。
しかし、突発的に発生した脚のもつれ。感覚の違和が変化をして、補正がそれに追いつかなかった。
結果、遅れた左脚に、弾丸が命中する。幸い、肩口に食らったときと同様にクリーンヒットは避けています。しかし、たったそれだけ。
同じく、肩口に銀弾が掠ったときに思い知ったように。現状の私の左腕がまともに使えていないのと同様に。崩れ落ちるようにして左の膝が折れ、倒れ込みます。
まずい。かなり、まずいです。
魔物の方については、大方は斃せているので極めて問題があるというほどではない――とは言っても動けないのはかなりの問題ではありますが。
状況として最もまずいのは、動くことができない私に、ここぞとばかりに向いている銃口。
これだけの数が差し向いていれば、ただの銃弾であろうとも致命に至りかねませんが。そこに加えて、魔力に対する特効がある銀弾。
「でも。諦める、わけには!」
そもそも、諦め方などというものは月村さんから教えていただいておりません。
私が学んだのは、どんな状況からでも。どれだけ、泥臭く醜くても、生き延びて、帰る方法!
鈍い左半身は問題外に、なんとか右半身を駆使して状況を観測。
銃弾の発砲タイミングを見極めると、右脚だけで無理やりに身体を跳ね上げさせて、回避をします。
とはいえ、体勢もへったくれもない状態での行動。一撃の回避は成立するものの、そのまま地面に顔から突っ込んでしまいます。
そんな無様な私の姿に、聖銀会の人たちが嘲笑い、半ば面白がるような態度で、再び銃口をこちらに向けます。
次の銀弾が装填される前に、もう一度回避の準備をしないと。
でも、無茶な体勢で回避をしたせいで、さっきよりも姿勢が崩れていて。
(間に、合わな――)
「ほんと、カッコつけてるんじゃないわよ」
一陣の風が、私の身体を攫った。
吹き去った後に、銀弾は空を切って。
「でも、今の姿は。びっくりするくらいかっこ悪くて。それでいて、かっこよかったと思うわよ」
「陽鞠、さん? その、姿は――」
私は、目を疑った。
だって。だって。その、姿は。
――渋谷マルハチで見た。二足歩行のフェンリルと化した際の、陽鞠さんの姿で。
「キレイでしょう?」
「ええ、とても!」
しかし。荒れ狂う以前とは違い。気高く、お美しい姿で。
* * *
鈴音が、銃弾を脚に受けた。
直後、彼女は膝から崩れ落ちるようにして倒れた。
絶体絶命。一度の集中砲火は、なんとか全霊を振り絞って危機から脱したものの。再度彼女が体勢を整えるよりも、聖銀会のやつらが銃のリロードを終わらせるほうが早い。
それでも。諦めない彼女は、なんとかもがこうとして。
「あんたたち、邪魔」
付近にいた聖銀会の連中を突き飛ばしながら、鈴音の方を確かめる。
恐怖は、ある。でも、それ以上に怖いのは、鈴音がこれ以上傷つくこと。
彼女に並び立つと決めたのだ。
だからこそ、もう、迷わない。
たしかに、私が洞窟の前から動いてしまえば、洞窟内に聖銀会の連中が行ってしまうかもしれない。でも、それ以上に今は、鈴音のことが先決。
それに。たしかに私が入口から離れようとも。
聖銀会の奴らが、洞窟の中に入らなければ、いずれにせよ問題はないわけで。
心を落ち着かせる。自分を、律する。
力が欲しいかと問いかけてくる裡なる存在に。私は頷きながらに。
しかし、寄越すのは力のみだと、他の全てをねじ伏せる。
「――《獣化》」
かつて、私から私を奪った存在を。今度は、私が奪い取る。
金色の体毛、鋭い爪。
鋭くなった五感で、鈴音の存在を捉える。
「ほんと、カッコつけてるんじゃないわよ」
強く、地面を蹴り出す。銃弾などよりもずっと速く。
倒れながらもなんとか手を伸ばそうとする鈴音を脇に抱え込んで、そのまま離脱する。
「でも、今の姿は。びっくりするくらいかっこ悪くて。それでいて、かっこよかったと思うわよ」
ゆっくりと彼女を地面に降ろすと、鈴音は瞠目しながらに私の姿を見る。
かつて、彼女を傷つけた存在だ。鈴音が、果たして受け入れてくれるか。
ほんの少しの懸念はあった。けれど。
「キレイでしょう?」
「ええ、とても!」
私の問いかけに。彼女は、迷いなく、心からそう答えてくれる。
本当に。この子は。
「化け物め。やはり、魔物であったか」
私たちのやり取りをよそに、聖銀会の男がそんなことを言ってくる。
「あら。随分と目が悪いんじゃない? こんなところに来る前に眼科にでも行くことをおすすめするわよ」
まあ、見た目が人間のそれではない、とは自分でも思う。サハギンを魚人と称するならば、今の私は獣人といったところだろう。
けれど、鈴音は言った。
私たちは、少しのことに喜び、悲しむだけの、ただの人間。理想と残酷な現実の間に葛藤しながらも、倫理と秩序を重んじ、善く生きようとするだけの人間だ、と。
だらかこそ、私は。どんな姿であろうとも。
「よく見なさい。ただの、人間よ」
私が、私であらんとする限り。
* * *
「空羽。お前に限って、無いとは思うが。気をつけろ」
目の前に広がる、知っている光景に。俺はそう伝える。
「なにやら魔力が高まってるみたいだけど。これは?」
「どこぞの誰がなにを思ってそんなものを作ったのかは知らないし、詳細がなんなのか、と聞かれても知らないとしか言えないが。わかることを言うならば、人を魔物にすることができる魔石だ」
小夜が体内に取り込んでしまったそれと、おそらくは同質のもの。ともすれば、製作者も同じやもしれない。
ただ、それは今は二の次でいい。ともかく現在重要なのは、そんなものを体内に取り込んだアルカナ連合員たちが目の前に大量にいる、ということ。
身体の形を変化させながらに、それぞれの姿へと変化していくやつらに。空羽が隣で息を詰まらせる。
「……これは、かなり性格の悪い発明をした阿呆がいるみたいだね」
空羽が、唾棄するようにしてそう言った。
ひとまず、アルカナ連合という武闘派ではない魔力至上主義派閥が、これほどまでに威勢よく暴れていた理由も。数の差もあったろうに、冒険者協会が占領された理由も理解する。
「こうして見ると。氾濫が発生したかのようだね」
「まあ、あながち間違ってはないな」
小夜がフェンリルに腕を食い破られる原因となったあの装置については、わざわざ使いっぱしりにダンジョン内へ設置させに行っていたあたり、ダンジョンという環境が必要なのだろう。小夜も設置場所として第三層を指定されていたところを察して見るに、おそらくは周りの魔力濃度か。
一方、人を媒介にした魔物への変化。これは、そういった条件に縛られない。こちらについては、確証を持って言える。
なぜならば、小夜との検証――魔石との癒着により発言した彼女の固有スキル《獣化》で実証済みだからだ。
小夜自身が体内に取り込んでいる魔力を使用して変化を行うために、周辺の魔力環境に依存せず、変化することができる。
ただ――、
「魔石の質が悪いのか。それとも、こいつら自身が制御できていないのか」
あるいは、その両方か。多くのアルカナ連合員たちの姿形はかなり不安定で。場合によっては、形を保てなくなっ連合員が、近くにいる同様の連合員と溶け合いひとつになっている様子まで見られる。
ただ、先陣を切って俺たちに挑んできたやつを始めとする幹部級などは、しっかりと魔物の姿を取っていて。
「竜種、神狼種、鬼種……これまた、なかなかな存在たちが揃ってるもんだね。揃ってるメンツだけを見れば、下手な氾濫より酷いんじゃないか?」
苦笑いを浮かべる空羽。
サイズこそ人間大にはなっているが、多種多様な討伐指定A級やらB級やらがぞろぞろと。
「さあ。宵待 空羽、月村 支樹。降参するなら、今のうちだぞ」
先程まで俺たちに話しかけていた人間……だったものが、そう声をかけてくる。
魔物の力を身に宿したことにより、実力関係が変動。有利になったとみて、そう問いかけてきているのだろう。
ただ。
「するわけないだろ」
「やーだねっ!」
「……そうか」
クレイドラゴンへと変貌した男は、そう捨て置くようにつぶやくと。その頭を持ち上げる。タンタンタン、舌を打つ音が聞こえて。
「《氷絶》ッ!」
「《大地返し》ッ!」
俺と空羽はほぼ当時にスキルを発動。クレイドラゴンからのブレスを防ぐ。
「人間大になったことで多少威力は緩和されてるが。……とはいえ、こんなやつらを放置してられないな」
今の一撃で、俺達の後方を除く広範囲に、相当な被害が発生している。
そして、そんなことをできるのが、一体だけではない。
可及的速やかに、対処をする必要がある。
「やれるか? 空羽」
「誰に言ってるのよ。……って言いたいところだけど。こんなのを相手取るのはなかなか久しぶりだからね。でも大丈夫。なんせ、こっちには支樹がいるし」
「俺がいるからなんなんだよ」
「ふふふー。なにはともあれ、問題なないってことだよ」
そう言いながら、空羽は力強く拳を握りしめて、構える。
その隣で、俺は《刃無き剣》を解除する。
さすがに、この面子を前に使っていられない。
「力の持ち方、使い方を見誤ったことについて。灸を据えてやらないといけないな」
加減はできなくなるが、致し方ない。とはいえ、殺したいわけでもない。
できれば、死んでくれるなよ。
Tips:《獣化》
陽鞠の発現させた固有スキル。癒着してしまった魔石を逆用し、魔石に宿っているフェンリルの力を利用することができるようになるスキル。
強大な力に呑まれないよう、強靭な精神を以て己を律し、自らをしっかりと保つ必要がある。
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