#66
「……全然、効いておりませんわ」
少しの補助でもいいから、と。私と陽鞠さんとで負傷者の方へと治癒スキルをかけていたのですが。その効果はというと、今の言葉のとおり。
結構な時間、治癒スキルをかけ続けていましたが、効力がゼロとは言わないまでも、変化という変化が見られません。
治癒スキルが得意かどうかでいうと、私も陽鞠さんも特段そういうわけではないのですが。それでも最低限扱えはします。
しかし、千癒が最初に判断したとおり。酷く魔力のとおりが悪くなっているという彼らの現状に。私や陽鞠さんの治癒スキルでは対処が困難となってしまっています。
もっと、私に力があれば。
ギリ、と。歯を噛みます。
「……状態が、かなりよくないですね。万が一、ここに追撃なんて入ろうものなら」
千癒が冒険者の方々の治療を施しながらに、その現状を判断します。
その正体は不明ながらに、聖銀会の男性が銀弾と呼んだそれにより、ここに臥せている冒険者の方々は重篤を負っている現状。
これ以上は、命に関わる。
幸い、彼らは今のところ、洞窟の中へとは攻めてきていません。
こちらからの反撃を警戒しているのでしょう。特に、蒼汰さんと琴風さんという《海月の宿》の冒険者がいるということも大きい。
しかし、実際の現状は、おふたりともダンジョンの奥へと向かわれてしまいました。
発生した強力な魔物を抑えるために。
聖銀会の方々がずっと警戒していてくれるのならまだしも、そう私たちに都合良くは行かないでしょう。
十分に勝てると見込める人数が集まり次第、きっと、攻め込んでくるはず。
「……お嬢様?」
「鈴音?」
治療の手を止め。代わりに剣と盾を両手に持って立ち上がった私に。おふたりがそう声をかけてきます。
「私が、聖銀会を止めてきます」
「鈴音、正気!?」
私の言葉に、陽鞠さんからの言葉が飛んできます。罵倒ではなく、心配の声が。
しかし。だからこそ、心を落ち着けて。しっかりと、剣と盾を握りしめて。
「わかっております。これが、どれほど危険なことなのか、ということは」
銀弾の正体も性質も不明。唯一わかっているのは冒険者に対しての特効があるということ。
それが、銃弾の速度で飛来してくる。加えて、敵の数は両の手では到底数えられないほど。
そんなところに、たったひとり身を投げ込むという行為が、どれほどのことなのか、ということは。
「しかし。先手を打つ以外に方法がないのも事実です」
現に、私の探知スキルで確認できる範囲でも、相当数の聖銀会の人間が集まってきています。
彼らは、こちらが五人だと思っているからこそまだ攻めてきてはいませんが、実際のところは三人。
それも、飛び抜けて強いおふたりが抜けてしまっています。
これ以上の放置は、こちらの不利を生み出してしまいかねない。
「それであれば、私が」
「この場で、彼らに対して有効な治療を施せるのは千癒、あなただけです」
「ですが――」
「自身の役割を、全うしてください」
私がここにいても、治癒スキルが有効に働いていない現状、やれることは少ないでしょう。
清潔を保つようにしたら、毛布の準備をしたり、などの物理的な処置は可能ではありますが、そこが限界。
それよりも急務なのは、ここに攻め込まれないようにする、ということ。
先のタイミングに、蒼汰様がそうしようとしていたように。
洞窟の入口で構えて。彼らが攻め込んでこないように、防衛をする。
「信じてくださいませ。千癒、陽鞠さん」
千癒が、己が役目を全うするように。
私も、自分の役目を全うする。ただ、それだけのことです。
「……わあ」
洞窟の外の光景に、思わず乾いた笑いが漏れてしまいます。
わかってはいましたが、聖銀会によって見事に包囲されている現状。今から、ここに自分が突っ込むのか、とそう思えば。笑いたくもなります。
「無謀、と言われようとも。こればっかりは、譲れませんから」
冒険者の方々を見捨てられない、というのも事実です。
しかし、言い方はアレではありますが、とはいえ見ず知らずの方々のために命を張れるのか、というと。……今の私には、そこまでの覚悟はちょっと難しいです。
では、なぜ。ここに立っているのか。
大切なものが、後ろにあるから。
「さあ、私が相手をいたしま――」
「なーに、カッコつけてるのよ。鈴音」
「陽鞠さん!?」
後ろから聞こえてきた声に、思わず背筋がピンと伸びます。
「陽鞠さん、危険ですよ!?」
「それは鈴音だって同じでしょ? 冒険者たちがアイツらの銀弾でああなっている以上、食らったらまずいのは鈴音だって一緒のはず」
それはそうですが。とはいえ、盾の有無であるとか。それ以外にも。
とにかく、私はともかくとして陽鞠さんが前線に出てくるのは危険で――、
「いろいろと、私のことを思って心配してくれてるのはわかるんだけどさ。正直、迷惑」
「迷惑!?」
「うん。めちゃくちゃ迷惑」
あまりの衝撃に、思わず膝を折りかけて。とはいえ、聖銀会の前ということもあり、なんとか立ち姿勢は保ちます。
「ひとつ聞かせて。鈴音にとって、私ってなに」
「それはもちろん、大切なお友達で――」
「それは知ってる。聞きたいのはそういうことじゃない。冒険者の鈴音にとって、冒険者の私は、守るべき存在なの?」
「――ッ」
陽鞠さんのその言葉に。私は息を呑みます。
……なるほど、たしかに、それは私が間違っておりました。
「失礼いたしました。陽鞠さん」
「ううん。わかってくれたならいいよ」
陽鞠さんが、小さく笑ってみせます。
私も、それに応えるように。小さく笑います。
「私にとっての陽鞠さんは」
尊敬すべき先輩であり、信頼できる仲間であり。
「背中を預ける、パートナーです」
そういえば、私たち。パーティの名前とか、また考えていませんでしたね。今まではほぼひとりでの活動だったので不要でしたが。今の私には月村さんや千癒以外にも。陽鞠さんがいるのですから。
帰ったら、頑張って考えませんと。ふふっ、楽しみになってきました。
……そのためにも。必ずや、無事に帰ってみせますとも。
「協力、お願いいたします!」
私の言葉に。陽鞠さんは満足そうに頷きます。
「了解。……ここは守りとおすよ、必ず」
「ええ。絶対に通しません!」
* * *
「千癒さん。ここを、任せてもいいですか」
野戦病院と化したフロアを彼女ひとりにしてしまうことには少し気がかりになるところはあったが。しかし、私の申し出に対して「むしろ、よろしくお願いします。小夜様」と、そう返される。
まあ、鈴音がそうであったように。私も現状、この場でやれることがほとんどないというのも事実。
加えて、千癒さんからしてみれば、今すぐにでも鈴音のところに駆けつけたいところを。しかし、彼女自身にこの場を任せると言付けられてしまった以上、こちらに専念するほかなくなっている、というのが実情なのだろう。
もっとも、本当に鈴音の命が危なくなったときには、おそらく他の全てを擲ってでも助けに行きそうなものではあるが。
なにはともあれ、武器を手に取り。先に行った鈴音の背中を追いかける。
鈴音が、負傷者たちへできることがほとんどない。だから、防衛に徹する。その理屈は、いちおう正しい。
事実、彼らに対してこれ以上の負傷をさせるわけにはいかない。そういう意味では、先手を打ってこちらから動くというのは有効な手立てだ。
だが、しかし。あの言葉には、嘘はなくとも、真実もない。
実に、彼女らしい物言いの仕方だ。こういうところは頭が回るのが、本当に鈴音という感じがする。
「治療に於いて、ほとんど役に立たないのは私も同じなんだよ」
けれど、彼女はあたかも自分ひとりの責務であるかのように振る舞って、前線へと向かった。
もちろん、武器の都合などもある。相手の武器が銃であるということもあり、銃弾を防げる盾を持っているか否かは大きな差ではある。
けれど――、
「それだけじゃないんでしょ。鈴音」
魔を祓う。魔を否定する。やつらの言った、その言葉。
もしも、それが。比喩などではなく、事実だとして。
その可能性を、考えたからこそ。
だからこそ、彼女は。私のことを守ろうとして。
お優しいことだ。本当に。
ムカつくくらいに。
「さあ、私が相手をいたしま――」
「なーに、カッコつけてるのよ。鈴音」
追いついた彼女の背中に。私は、声を差し向ける。
陽鞠さん!? と、素っ頓狂な声で私の名前を呼ぶ鈴音。
本当に。なにを格好つけているんだろうか。私も、鈴音も。
震える手を、武器を握りこみながらに誤魔化しながら。
鈴音だって、怖い。当然だ。命に関わるということがわかっていてなお、戦地に身を投げるというのだ。怖くないはずがない。
それも、いつもと違って。頼りになる支樹さんも千癒さんもいない。
それでも、彼女は。それが必要だから、と。立ち上がった。震える手で、怯える足で。
ああ、腹立たしい。本当に、腹立たしい。
鈴音に守られている自分が。彼女に、そうしなければならないと、思わせてしまっているという事実が。
たとえ、それが私のせいで起こったことでなかったとしても。ムカつくものはムカつく。
隣に立つと決めたのだろう。
追いつき追い越すと決めたのだろう。
だからこそ、問うた。
「鈴音にとって、私ってなに」
彼女らしく、的を少しズレたような回答も飛び出してきたが。しかし、なんだかんだで聡い鈴音だ。少し言葉を足せば、理解をしてくれる。
「私にとっての陽鞠さんは。背中を預ける、パートナーです」
上出来。十点満点中の八点くらいはあげてもいい。
「協力、お願いいたします!」
彼女のその言葉を、私はしっかりと受け止める。深く、頷いて。
「了解。……ここは守りとおすよ。必ず」
「ええ。絶対に通しません!」
戦いの火蓋が、切って落とされる。
当たったらアウトの銀弾が、銃弾の速度で飛来する。
鈴音が左腕の盾で防いで。
私は弾幕を縫うようにして戦場を駆け抜ける。
撃ってくる方角、タイミングさえわかればある程度反応できるあたりは、冒険者としての身体能力様々である。
まあ、今までの私ではできなかっただろうから。そういう意味では月村さんの地獄のような特訓にも意味があったのだろう。
「そっちが先に仕掛けてきてるんだから、悪く思わないでよね」
死なないようには配慮するが、その一方で手加減などもしていられない。風よりも、銃弾よりも速く戦場を駆け抜けながらに。私は武器を抜く。
「練習試合以外での、まともな初めての使用が、まさか対人になるだなんて思ってもなかったわ」
刃渡り半メートルほどの直剣を右手で持つと、聖銀会の連中の足首を狙って振り抜く。
そして、そのままの勢いで。左手に持ったもう一本の直剣で、後方から近づいてきていた相手に向けて、その腕を斬りつける。
――私の新しい武器は、双剣。
攻撃が軽く、決めきれないことが課題であった短剣から。手数を増やすことによって解決をしにかかるという。
とはいえ、私のスタイルにあっている、というのも事実。重量武器なども候補には上がったのだが。月村さん曰く、培われた機動力を無駄にするのは勿体ない、と。
「さすが、陽鞠さんです! 相変わらず踊っているような、綺麗な所作で――」
「鈴音! 今は自分のことを気にしなさい!」
互いのことなど、気にしていられる状態ではないだろうに。全く、あの子は。
私にとっては、力無い頃に命からがら逃げ伸びるために養われた力ではあるんだけれども。月村さんなり鈴音なり、そんなものでも褒めてくるから、こっちの調子が狂う。
チラと、彼女の姿が視界に映る。
洞窟の入口に構えながら、銃弾の雨を最低限の動きと盾だけでいなして回る。アレはアレで見事なものだ。
鈴音は、最終防衛ライン。あそこを抜けられたら、やつらが千癒さんや負傷者のところへとたどり着いてしまう。
だから、鈴音はあそこから動けない。
その代わりに、機動力には自信のある私が、撹乱しつつ遊撃をする。
一撃を食らうことが即ち死に大きく近づく現状ではかなり危うい行為だが。とはいえ、そんなことも言ってられない。
というか。私が来なければ、鈴音はひとりで、この大挙として押し寄せてきていた聖銀会の連中の攻撃を、動かず、ただ一手に惹きつけるつもりだったのだろうか。……いや、そうだろう。無茶と理解していても、そうするしかないとわかっていれば、鈴音はする人間だ。
「人の言葉も解さないとは。やはり貴様らは魔物と同じだ!」
聖銀会の誰かが、そう叫ぶ。人の話を聞いていないのはどっちだ、と言いたくなるのを抑えながらに。
でも、言ったところで平行線しか辿らないだろうと、そう思って。
しかし。
「いいえ! 私たちは人間です。まごうことなく!」
鈴音が、声を荒らげてそう言う。
彼女のこんな声は、初めて聞いた気がする。
「そこだけは、譲れません。決して」
彼女は。力強く、そう言った。
Tips:小夜 陽鞠
ちなみに、ちゃんと重量武器も扱える。
というか、扱えるように仕込まれた。
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