#65
「なん、だ。貴様ら……」
「俺のことはともかくとして、空羽のことを知らない時点でいろいろと思うことはあるが」
恨み節のようにして、地に伏せる男が言葉をもらす。
曲がりなりにもAランクの冒険者と、現在はFランクとはいえ、経験だけはいちおうそれなりにあるという自覚は俺。
それでいてただの急造パーティというわけでもなく、かなり前にはなるものの共闘経験もある。最低限の連携が取れるというのも大きい。
まあ、そんな二人が揃っておいて。その結果は、疑うべくもなく。目の前の惨状。
累々と積み上がったアルカナ連合員の身体。あくまで建前は制圧なので、いちおうちゃんと死なないようには加減している。
他の連合員たちはというと、先陣を切った者たちの現状を見て、冒険者協会の中に立てこもるようにしてこちらの様子をうかがってきているようだった。
なるほど、脅威に対して警戒をする、という智慧は残っていたらしい。とはいえ、逃走ではなく防御を選択したのは、少々こちらのことを舐めすぎているような気がするが。
「おお、さっすが支樹。こっちはもう終わってたか」
「空羽。戻ってきたってことは」
「うん。こっちも大方片付いたよ。逃したのはいないはずだし、あとは中にいるやつらで全員かな」
コンコン、と。自身の両の拳を軽く突き合わせながらに言う空羽。
彼女の得物……と読んでいいのかはわからないが、得意とする戦い方は、自身の拳だ。
専用の装具はつけているらしいが。武器屋の代表がそれでいいのか、と思わなくもない。
曰く、これが一番相手の身体をよく知れる気がするから、だそう。どこまでも空羽らしい理由で感心はする。
「しかし、今ばっかりは俺も徒手空拳のほうが都合良かったかもなあ」
「ふふっ。その武器だと、たしかにやり過ぎちゃいかねないもんね」
《刃無き剣》という対人戦用の保護スキルを付与しているのだが、それでもなお相手に斬撃が通ってしまっている。
俺自身が望んだ斬れ味ではあるのだが。……少々じゃじゃ馬がすぎるところがなくはない。やっぱり、ちゃんと試し斬りは先にしておくべきだった。
まあ、今回に関してはおかげさまで《刃無き剣》込みで程々にいい感じに斬ることができている、なんていう奇妙な噛み合いはみせているが。
「しかし。……思ったよりも、弱いな」
「そう? アルカナ連合ってこんなものだったような気がするけど」
俺の言葉に、空羽が首を傾げる。
彼女の指摘は、正しい。悪い意味でそれなりの知名度があるアルカナ連合は、その実力についてもある程度知られている。
実際、俺もアルカナ連合といえばこれくらいの強さのイメージだった。いや、想像よりかは多少は強かったが、しかし、総じて見るならば、弱い。
強いて言うならば、まだ幹部級などが中に控えているだろうし、そういった人間は今のやつらよりいくらかは強いだろうが。しかし、高く見積もってもその程度。
魔力至上主義者の派閥ではあるが、武闘派、というわけではない。正直、俺ひとり、ないし空羽ひとりでも十分に制圧が可能なレベルではある。
そして、それは目の前の彼らについても同じで。……だからこそ。
「それならば。なぜ、このタイミングで暴動を起こしたのか。それが、理解できない」
「……ああ、なるほどね。たしかにそう言われると、不自然だ。なんでこんなところで、ってのも含めて」
理解の速い協力者で助かる。
アルカナ連合は、たしかに過激派ではある。だが、それと同時に、先述のように武闘派ではない。それこそ、Aランクの空羽ひとりにも制圧されかねない程度には。……まあ、空羽自身がAランクの中でも上澄みの方だ、という前提はあるが。
ともかく。今の日本で暴動を起こすということは、すなわち付近の冒険者による対象が成される、ということ。空羽のようなAランクが近隣にいたというのは彼らにとっては不運な事象であるかもしれないが。しかし、そうでなくともそれなりに戦える冒険者は数多くいる。特に、冒険者協会を占領しようものならばなおのこと。
なんなら、占領時にも冒険者がいたはずではある。だというのに――無論、数の有利などはありはしたにせよ――見事に主体を奪われてしまっている冒険者協会の姿がそこにはあって。
武闘を得意としないはずのアルカナ連合が武力による制圧という手段を取りに来ていて。
そして、少なくとも冒険者協会というひとつめの関門については、陥落をさせることができていて。
「それにしては。今のやつらは、支樹の言うとおり、たしかに弱すぎる」
地面に転がっているアルカナ連合員たちに視線を向けながら、空羽がそう言う。
「中にいる幹部級が異様に強い、という可能性もなくはないけど」
とはいえ、少なくとも今までの評判を鑑みる限りでは、そういう話は聞いたことがない。
だというのに、彼らはこうして無茶とも取れるような暴動を起こしている。
それは、はたしてなぜなのか。
そうまでして実行するほどに切羽詰まっていた、という可能性もなくはないが。そもそものそうなる原因に心当たりがなさすぎる。
思想自体が極端かつ過激なので多少注意をされていたりはしているアルカナ連合だが、今まではあからさまな行為がなかったために、逆に言うとそれに留まっていた。
そういう意味ではむしろ現状のほうが社会から危険視される原因になりかねないわけで。
だとすると、別の要因。
そもそも、アルカナ連合自体は活動内容などを見る限りでは相当な過激派の派閥ではある。
しかし、それがこうして今まで生き延びていた理由のひとつは、武闘派でなかったから。実力行使に出ることが、なかったから。
そうしていた理由として、理性的に「それはダメだ」と考えていた、という可能性もありはしたが、現状を見ると否定的に見ておいたほうがいい。
となると。今までそうしなかったのは、そうしたくても、できなかったから。
武闘派ではないがゆえに、行動を引き起こしたところで制圧されるのが目に見えていて。行動に移せなかった。
では、そんなやつらがなぜ、このタイミングで暴動などという行為を起こしたのか。
それは、ある意味では目の前の状況が――占領されている冒険者協会が――答えを示している。
そう。なぜ、そんな武闘派ではなかったはずのアルカナ連合が暴動を起こし、曲がりなりにも冒険者が集まっているはずの冒険者協会を占領できたのか。
「やあやあ。随分な真似をしてくれたようだね。《薄暮》の宵待 空羽と。それから《海月の宿》の月村 支樹」
建屋から、男性がひとり歩いてくる。
アルカナ連合の幹部級、と見ていいだろう。あからさまにさっきのやつらよりかは強い。
それでも、この状態を引き起こすには少々力不足なように見えるが。
「へぇ、俺たちのことを知ってるのか」
「もちろん。君たちは僕らにとって警戒すべき対象だったからね」
「ふぅん。別に俺たちだけが警戒対象ってわけでもないだろうが。なんせ、お前らの実力だと、そのへんの冒険者だって脅威になるだろうし」
事実、目の前の男の実力のみで考えると、Bランク程度の冒険者なら間違いなく制圧ができる。
実際のところは周りの有象無象も攻撃に参加してくることや、幹部級がひとりではない、ということなどもあるために一概には言えないだろうが。しかし、警戒する必要がある対象なのは間違いないだろう。
しかし。
「今までは、それも事実だったろう。でも、今は違う」
「……ほう?」
雰囲気の変わった男の様子に、俺と空羽が即座に構える。
なにか、変だ。
まるで、男の胸のうちに、異様な魔力の溜まりがあるような。
「それに。先程に言ったはずだ。お前らは、警戒すべき対象だった、と」
つまり、まるで今は違う、とでもいいたげな様子で。
「我々は寛大だ。既に過ちを犯してしまった貴様らに。しかし、それでも一度だけチャンスをやろう。我々に与するか。それとも――」
男の胸にあった、魔力の澱みが。解放されるようにして、その力を顕現させる。
……ああ、なるほど。理解した。理解させられた。この魔力の正体を、俺は知っている。感じたことが、ある。
酷く、気分が悪い。
「ここで死ぬか。好きな方を選ぶがいい」
アルカナ連合が得た力の正体。
その存在に。俺は表情を歪めた。
* * *
「琴風、探知!」
「全力で回してる!」
分かれ道を前にして、蒼汰と琴風が言う。
広島マルロクは地下洞窟型のダンジョン。それゆえに、厄介な性質がひとつ。
道が見えない。分かれ道があったとしても、先の様子が伺えない。
普段であればそれほど問題にもならないことはあるが、一刻を争う現状では致命的な事象である。
平原型や森林型のダンジョンなどであれば余程変な地形でもない限りは真っ敵の方へと直ぐ進むだけでいいが。地下洞窟型や遺構型などでは壁や地面が邪魔してくる。
無理矢理に破壊して進もうとして崩落などを引き起こしては本末転倒だし、ダンジョン自体が魔力の塊のような存在であるがゆえに、そもそも壁や地面を破壊すること自体が困難を極める。
しかし。やりようはある。それが、琴風の得意とする探知スキル。
魔力を拡散して、全力で探知すれば、ある程度の近隣の地形を把握できる。
ただし、半端な出力では出来ない芸当。すなわち負担はとてつもなく重たい。
でも、そんなことを言っている場合でもない。
「――こっち」
琴風は顔を持ち上げると、先導しながらにダンジョン内を駆け抜けていく。
次第に逃げ惑っていたり負傷している冒険者が増えてくる。
それは、この道の先に正解がある、ということを示していると同時に。既に事態が急を要する状態になっていることを示していた。
不可能であるということを理解していても、発生している被害に対して蒼汰は歯を噛む。
だが、今やるべきは後悔ではなく、対処。千癒たちにあの場を任せて最悪を防ぎに来ているのだ。
託されたのだから。迷わず、進むしかない。
「接敵五十前。三十、二十、十――」
ゼロ、のその言葉が琴風の口から出てくるのと同時。琴風の脇から飛び出すようにして蒼汰は前に出ると、人ひとりが余裕で収まる大きさの大盾を構えて、魔物が振り下ろしてきた鋏を受け止める。
「できれば、早期に解決して。早く千癒さんたちに加勢しに行きたいところなんだけど」
「……困った。難しそう」
よりにもよって、と。蒼汰は心の中で悪態をつく。
倒れる冒険者、流れる血。まさしく惨状と呼ぶべき戦場。
その中央を陣取るように、我が物顔で居座る魔物。
――カルキノス・ベイル。討伐指定A級の、蟹型の魔物。
そうは言っても、高々A級、ではある。
蒼汰も琴風も、曲がりなりにも《海月の宿》のメンバー。ふたりであれば正面の敵を倒すこと自体は可能。
だが、その一方で。蒼汰は盾役であり、琴風は探知役。十二分に戦えばするが、一歩、決定力には欠ける。
加えて、カルキノス・ベイルの特徴は、鉄をも凌ぐ硬さを誇る頑強な甲殻。
それでいて、この甲殻は魔力による攻撃を反射してくる。
とにかく、厄介さを極めたような特性を有しているのが、このカルキノス・ベイルである。
つまるところが。――倒せはするが、時間がかかる。
「全力で、急ぎはする。……でも」
海未や、あるいは支樹ならひとたちに斬り伏せられるが。残念ながら、ここにいるのは蒼汰と琴風。
全く以て相性が最悪すぎる。
「心配は残るけど。彼女たちを信じて、任せるしかなさそうだね」
Tips:カルキノス・ベイル
討伐指定A級の蟹型の魔物。頑強な甲殻と細かく動く脚、岩をも砕く鋏、と。シンプルながらに対処の難しい性質を併せ持った魔物。
特に甲殻は物理への耐性が高いだけに留まらず魔力を反射する性質を持っているため、倒すのは困難を極める。
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