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#64

 ――考えるよりも先に身体が動いていた、ということはこういうことなのでしょう。


 鼓膜を叩く、ガキンッという金属同士がぶつかり合う鈍い音。

 盾を通じて重たい衝撃が、私の身体に伝わってきます。


「ぐっ」


「なんだ、小娘」


 私の行動に、後方から「お嬢様!」という千癒の心配の声が飛んできます。


「問題、ありませんわ」


 いえ、問題大アリではあります。

 男性からしてみれば真下にいる人物へと実行しようとした射撃。

 盾を持っているとはいえ、それを防ぐとなると無茶苦茶な体勢を強いられることになります。

 おかげさまで、伝わってきた衝撃が十分にいなせず、左腕に重く、痛みとして伝わってきます。


 ――なにがなんだか、わからなかった。

 聖銀会だとか、救済とか、浄化とか。

 たくさんの言葉が飛び交っていて。


 たしかなことは。ここで巻き起こっているのが、悲しいことだということ。


「なるほど。貴様らも邪なる魔を宿した者だな。安心するといい。銀弾によりその魔は否定される」


 倒れている冒険者を庇った私の行動を敵対だと認識した男性は、そう言いながらに硝煙の立ち昇る銃口をこちらに差し向けます。

 いえ、彼だけではありません。周囲にいる彼の同胞と思しき人たちも同様に、私に向けてその銃口を持ち上げています。


 これは、もしかしなくてもピンチ、ですわね?


「鈴音、一旦退くよ!」


「了解です、わっ!」


 陽鞠さんの言葉を受け、私は盾で男性の身体を強く押す。

 体格差としては圧倒的に私の不利ではありますが――先程の会話を鑑みるに、魔力排斥主義者の方だということもあり――魔力による力量差もあって、その身体を押し飛ばすのは難くはなかった。

 そのまま、すぐ真下にいらっしゃった冒険者の男性を抱えると、蒼汰様の先導のもと、先程まで来てきた道を引き返します。


 発砲の音が鳴り響く。襲い来る弾丸を回避しながらに駆け抜ける。


「どうする、蒼汰」


「……かなりまずいね。とにかく、相手の数が多いってのがよくない」


 琴風さんの言葉に、蒼汰さんが首を横に振ります。


 彼らの身体能力は人並みではあるものの、あれだけの人数がいてしまえばすなわち脅威になります。

 加えて、広島マルロクの第一層はその多くが砂浜や海といった拓けた環境。

 銃という、長距離での攻撃を可能にする手段が彼らの手にあり、かつ、鈴音たちは負傷者を抱えているという現状。

 周囲の全方向から狙われる可能性があるという状況はできれば避けたい。


 しばらく、の逃走ののち。私たちは第二層へと続く洞窟へと身を寄せます。


 私が救助した方以外にも、蒼汰様たちが助けた怪我人たちを、ひとまず洞窟の地面に横たえさせます。

 千癒が順番に彼らに治癒スキルを施していきます。私や陽鞠さんも可能な範囲でお手伝いをしますが、人数が人数。これは、かなりの時間がかかるでしょう。


「……聖銀会のやつら。まあ、入口側にしっかり構えてくるよな。当然っちゃ当然だけど」


 外の気配を探りながら、蒼汰様がそうおっしゃられます。


 容態の危うい負傷者たちの看護のために逃げ込んだ場所ではありますが、入口がひとつしかない以上、追い込まれたという状況になってしまいます。

 いちおう、奥地へと進むことは不可能ではありませんが、結局のところ、それで外に出ることができるわけでもなく。


「外からの援軍を待つか。こっちから仕掛けて、どうにかゲート外まで逃げ込むしかないだろうね」


 蒼汰様が、そう判断をされます。


 外からの援軍が来てくれる、というのは理想ではありますが。不確定な要素を頼りにするのは賢明ではないでしょう。

 とすると、取れる手段は自ずと後者のみになります。


 しかし、今でこそこちらの出方を警戒して様子を見ている聖銀会ですが、時間が経つにつれ、彼らの仲間もここに集まってくるでしょう。

 そうなると、はたして彼らがいつ攻め込んでくるのか。


 彼らを振り切っての強引な突破は不可能ではないでしょうが、ゲート付近に詰めていた人数を見るに、ひとまず怪我をしている冒険者たちがある程度万全にならないとお話にすらなりません。


 それまでの間、彼らが待っていてくれるかどうか。


「そもそも、たしかに聖銀会は魔力排斥主義者としてはかなりの過激派閥だけど、ここまで強硬に出るような手合でもなかったとは思うんだけど」


 大前提、いくら彼らが魔力排斥主義を主張しようとも、それで魔物が弱くなるわけもなく。

 逆に言うと、魔力を体内に有していない彼らにとっては、ダンジョンは危険極まりない場所になります。

 銃は所持されていましたが、そもそも、魔物の討伐においては銃火器はあまり効果的ではありません。

 低階層の装甲が薄い魔物ならいざ知らず、高位の魔物にもなると銃弾くらい弾いてくるものも少なくない。

 冒険者の武器の中で、銃火器がほとんど見られないのはそういう都合があったりします。


「それなのに、わざわざダンジョンにまでやってきて、冒険者たちに牙を剥いて。……いや、彼らにしては牙を剥いているつもりじゃないのかもしれないけど」


「私としては、ここまで冒険者が一方的にやられてるのも、ちょっと不自然。不意打ちを食らったにせよ」


 蒼汰さんの投げかけた言葉に、続くようにして琴風さんがそう言います。


 もちろん、冒険者とて人間ですので、銃は有効に効きます。防具を着込んだり防御スキルを発動しているなら別として、魔物と違い、厚い鱗などは持ち合わせていませんから。


 しかし、琴風様のおっしゃるとおり、ここまで一方的に、というのは少し不自然。

 魔力による身体機能の向上が事実として存在する冒険者たちにとっては、銃弾は有効なダメージであるとともに、余程の急所に当たらなければ、まだ抵抗が可能な手傷までにしかならないことがあります。

 もちろん、その冒険者の実力などにもよりますが、ここにいる何人もの冒険者が、一律に蹂躙されていたところを見るに、全員が全員に銃弾が有効に働いたということになります。


「……彼ら自身の自己回復スピードはもちろん、治癒スキルの応答も、少し悪いように感じます」


 冒険者たちの治療にあたっていた千癒が、そう言います。

 私や陽鞠さんはそのあたりあまりよくわかりませんでしたが、治癒スキルに適正のある千癒がいうのであれば、おそらくはそうなのでしょう。


 ――銀弾によりその魔は否定される。


 彼らは、そう言っていました。

 銀に魔力のなにがしかを阻害する、なんていう話は聞いたことはありませんが。しかし、少なくとも彼らの持つ弾丸になにかしらの細工があり、冒険者たち魔力を持つ存在への特効を持っている、と考えるほうがいいでしょう。


「とりあえず、聖銀会は僕と琴風で撹乱するから――」


 そう言いながら、立ち上がった蒼汰様。しかし、言葉を詰まらせ、歯を噛まれます。


「最悪。タイミング、どうなってるの」


 同様に、琴風様も表情を曇らせながらにそう言って。


 その言葉の真意は。嫌でも、すぐに理解させられます。


「――グルルゥガホポガルァァッ」


 洞窟の奥から、地を揺らさんばかりの圧を以て反響してくる唸り声。


 鈴音か千癒か、はたまた支樹か。疫病神に取り憑かれているのか、それとも自分たちが疫病神か。なんて、そんな冗談を言っている場合ではない。


 前門は聖銀会。後門は魔物。

 完全に挟まれてしまった。


「千癒さんたちは、冒険者たちの治療の方を頼みます。魔物こっちはどうにか僕たちで対処をします。ただ……」


「……負傷者は、私がなんとか対処をします。蒼汰様と琴風様は、最悪の場合への対処を」


 言葉を濁らせた蒼汰様に、千癒がそう返します。


 下層にて強力な魔物が突発的に出現した現状、冒険者の方々がその被害に遭っていることが想定されます。

 それだけではありません。出現した魔物にあてられた周囲の魔物たちが凶暴化することも考えられます。

 すなわち、負傷者が増える。けれど、洞窟外への出口が塞がっている現状、治療の類はここでやるしかなくなる。


 ここが、野戦病院と化する。


 それも、聖銀会の襲撃と隣り合わせ。状況としては最悪、と言いたいところではあるけれども。しかし、これ以上の最悪がある。

 強力な魔物の出現。もちろん、これ自体も放置をすれば被害を拡げるばかりの要素ではある。けれど。

 これが、もし以前の渋谷マルハチのときのように、大侵攻を引き起こすものであれば。


「お願いします、蒼汰様、琴風様。こちらは、私たちでなんとかしてみせますから」






     * * *






「随分とまあ、穏やかじゃないな」


 冒険者協会前……とはいっても、もはや見る影もないが。

 そうなってしまっている原因たる、アルカナ連合の連中を前に、俺はそうつぶやく。


「なんの用だ、貴様ら。見たところ冒険者ではあるようだが」


 武装した男性が、声をかけてくる。


「まあ、なんか騒ぎが起きてるな、と思って見に来ただけではあるけど」


「そうか。しかし、このような日に偶然この場に居合わせるとは、運がいいことだ。さあ、我らとともにくるがいい!」


 ……なるほど、魔力を有している同士である、と。そう認識されているわけだ。


「いちおう、冒険者協会を占領してまでなにをしてるのか、ということは聞いておこうか」


「至極単純な話だ。これからは我ら新人類が世界を支配する。魔力を取り込むことができるにもかかわらず取り込むことをしないという浅い考えを持ち、それでいて魔力を有するものをさも危険であるかのように差別する旧人類どもに反旗を翻すのだ」


 これは、なかなかに思想が強い。

 魔力の有無云々については、スポーツなどの区分について話しているんだとは思うが、それは区別であって差別ではないだろうし。

 そもそもそれを言い始めるとこうして新人類だの旧人類だの言っていることも差別だというダブスタではある。

 とはいえ、当人にそれを言ったところで考えを突っぱねてくるだけだろうが。


「だからこそ、まずはここ、冒険者協会から始めるのだ。魔力を有するものたちを冒険者などという型に嵌め、旧体制の考えで縛ろうなどという、ある種の負の遺産である、ここから」


 まるで演説をするかのように、彼はそう滔々と語る。


「ちなみに、今からやめようとかそういうつもりはない?」


「あるわけがないだろう」


「……ふうん」


 なるほどね。


「さあ、お前たちも我らに賛同をし、共に――」


「ひとつ。社会や一般人への明確な敵対行為があること」


 その、言葉を遮るようにして。俺は指を立てながらに、ひとつひとつ確認をしていく。


「なんだ、貴様。突然に」


「ふたつ。スキルないし冒険者用品等の、ダンジョンでの使用を前提としたものが使用されていること」


「おい、話を聞いているのか」


 言われようとも、無視をする。

 確認するべきは、あとひとつ。


「みっつ。制止に対し応じる様子がなく、以降も敵対的な行動を継続していること」


 形だけの行為といえば、それまでだが。

 こういう場面では、こういった儀式が重要になる。


「やれるか、空羽」


「まっかせてよ。私のことをなんだと思ってるの?」


「……愚問だったな」


 なんせ、俺たちは秩序のもとに生きていると理解している。


「以上、三要件。冒険者法三十二条に則り、暴徒の制圧を目的としたダンジョン外でのスキル及び武器の使用許可が発生したものであると認識する」


 運がよかった、というのはたしかにそうだ。

 なんせ、早い段階で遭遇することができた。


「悪いが、制圧をさせてもらう」

Tips:冒険者法第三十二条

 冒険者による暴動が発生した場合、尋常ではない被害が想定されるため、付近の冒険者による早急な鎮圧を目的として制定されている法律。

 ダンジョン外での限定的な武器及びスキルの使用が解除される。

 本来制限されている行為を肯定する法律であるがために制約は多い。




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