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#62

「さあ、今日も今日とて、ダンジョンですよ。陽鞠さん!」


「わかってる。わかってるから腕を引っ張るんじゃない」


 広島マルロクまでの道のり。相変わらずテンションの高い鈴音が引っ張ってくる。


 武器と防具を整えてから、数日。慣らしの訓練から始まって、新しい武器もそれなりに扱えるようになってきていた。


「それに、ダンジョンって言っても今日は第一層だげからね?」


「もちろん、わかっております!」


 もはや私たちのトレーニング場と化している広島マルロクの砂浜。最初の頃こそ時折奇異の目が飛んでくることはあったが、最近だと「お、今日もやってんねえ」と様子を見に来るだけ見に来て第二層へと向かう冒険者なんかもいたりする。いや、誰だよお前。


 ともかく、今日の予定は広島マルロクの第一層で基礎トレーニングと武器練習。

 直近では第三層まで足を伸ばしたりしたこともあったが、それでいながらなぜ今更第一層だけなのか、というと。


「仕方ありません。月村さんにご用事、ということなので」


 なにやら空羽さんから呼び出されたかなにかで、日中はそちらにつきっきり。まあ、用件についてはおおかた察するところではある。


 ともかく、それならば急ではあるが休養日にしようか、と。月村さんがそう言おうとしたその一方で、私も鈴音も、自主練の申し出をした。


 とはいえ、これといって他にトレーニング場の候補がない――いや、ないわけではないが、あの常軌を逸したトレーニングを平然とやるには憚られる――ため、千癒さんの同伴のもと、第一層で訓練を行うことになった。


 第一層にいるだけならば、最悪なにか不測の事態が発生してもゲートからも近いから、避難も迅速にできる。

 そもそも、広島マルロクは第一層は比較的魔物が弱い。今の私や鈴音ならば問題なく対処できるだろう。加えて、千癒さんがいれば、余程のことがない限りは大丈夫だろう。

 舐めているとか過信しているとかではなく、事実として。


 なんならば、個人的な意見としては。相性などを無視した単純な実力だけで見れば、世辞抜きにして第三層くらいなら鈴音ひとりでも対処できるくらいには実力はあるとは思うのだが。曰く、鈴音が冒険者として活動を行うための条件、なのだとか。

 忘れていたわけではないが、鈴音もしっかりお嬢様なのである。まあ、大切にされて然るべきではあるだろう。


「しかし、思ってた以上ね。自分にあっている武器、ってのは」


 いい意味でも、悪い意味でも。その両方で想像を超えてきた。

 まず、いい意味。それこそ、あたかも自分の身体そのものであるかのように、不思議と、当然のごとくに扱えている。

 曰く、鈴音も今の武器のときに同じように感じていたらしいので、これに関しては空羽さんの見立てがとてつもない、ということがよくわかる。

 ……これで、あの触診がなければ、手放しで喜べたんだけど。

 ついでに、新しく練習している武器。コレも、意外なことに、すんなりと手に馴染んだ。

 ずっと使ってきていた短剣なんかとは方向性が全然違う武器だから、最初の頃はびっくりしたし、正直ちょっと疑っていたというとそのとおりなんだけど。今となっては自信を持って握ることができている。

 鈴音と手合わせしても、たぶん、いい勝負ができる。……っていっても、まだコレと短剣くらいしか、彼女の習熟度に抗えていないという意味でもあるんだけれども。


 と、まあ。ここまでがいい意味での話。

 悪い意味については、武器が合いすぎる、という側面。


 月村さんからも事前にちょっと言われていたことではあるが、身体にピッタリと合う武器であるという都合上、武器を介して私の力が十分に。いや、十二分に引き出される。

 それは、先述にもあるようにいいことでもある一方、ちゃんと制御をしなければ、武器に振り回される、ということでもある。

 今のところはちゃんと扱えてはいるけれど、気を抜くと武器に振り回されるというのは、なかなかに難しいところではある。


「鈴音はよく、これを乗り越えたわけだね」


「ふふっ。そういう観点では、陽鞠さんのほうがしっかりと扱えていますよ? だって私、最初の頃はかーなーり武器に振り回されていましたから!」


「それは。自慢げに言うことではないような気が」


 相変わらず、自虐気味な謎の胸張りをする鈴音。


「私は、たくさん練習して、頑張ってこの武器に慣れていきましたの!」


 うん、まあ。それはもっともな意見なんだけれども。そういうことを聞きたかったわけじゃなくて。……いや、それが一番の近道か。


「きっと、陽鞠さんにもできますよ!」


 屈託のない笑顔で、鈴音がそう応援をしてくれる。

 言われなくても、そのつもりではある。

 もっと、この感覚に慣れていかないのといけない。


 そんなことを話していると、あっという間にゲートにたどり着く。


 ここしばらくの間、毎日のように訪れていれば、受付のギルド職員の人にもソレなりに見知った顔が増えてくる。向こうからしたら、雑多のうちのひとりかもしれないけれど。


「あ、いつもトレーニングしてる子たちだ。今日も頑張ってね!」


 訂正。珍しい行動をしているせいで、認知されているっぽい。嘘でしょ。

 一方の鈴音はというと、声をかけてきた女性職員に「はい! 頑張ってきます!」と。素直だなあ、この子は。


 ちょっぴり恥ずかしい思いを感じながらに、もう、とっとと入ってしまおうと足早にゲートの中に行こうとしたその瞬間。


「おー、いたいた。ほら、蒼汰。あそこ」


 今度は後方から、なにやら間延びするような、そんな声が聞こえてくる。

 ……きっと、人違い人違い。受付の人の影響でちょっと注目を浴びてしまってるので、早くにここを過ぎ去ってしまいたい。

 鈴音はいちおう星宮家の御令嬢ではあるけど、露出があるわけではないので顔は知れてない。当然ながらに、私も顔がしれているわけではないし、そもそも冒険者の知り合いなんてほとんどいない。

 鈴音にも、冒険者の知り合いはいないわけではないけれど、そんな人が偶然に広島にいるわけが――、


「ええっと。たしか、星宮さん、だったかな?」


 どうしてもって、こうもまあ。面倒な方向にコトは転がっていくのだろうか、と。そんなため息を付きそうになっていると。


「きゃあああ!」


「おい、なんでこんなところに!?」


「嘘でしょ! 初めて見た!」


 なにやら、突如として湧き上がってきた黄色い歓声。やだ。私振り返りたくない。平日の昼間だから、比較的人が少ないはずなのに、これである。

 絶対に面倒くさい予感しかしないし。よりにもよってなんで、そんな人たちが私たちに声をかけてきてるんだよ。

 わかってるよ、鈴音がいるからだよねチクショウ。


 呼ばれたので素直に振り返る鈴音、観念しながらに顔を向ける私。正反対の対応を見せながらに後ろを向くと。そこにいたのは、男女のふたりぐみ。


「鈴音、ちなみに聞いておきたいんだけどさ。あの人たちは、知り合い?」


「えっと、その。知り合い……ではないのですが」


 彼女の言わんとすることは、わかる。


 黒髪にのショートヘアの女性。内側には、黄緑のインナーカラーか伺える。

 一方は濃い紺色した短髪の男性。背は高くて、落ち着いた雰囲気がある。


 周辺の冒険者たちがそうであるように、私や鈴音も、あのふたりのことは認知している。ただ、一方的な認知のはず、なんだけれども。

 鈴音の困惑は、向こうからも認知をされている、ということ。


「あ、忘れてた。今、お忍びで来てるんだった」


「……思い出してくれてよかったよ。もう手遅れだけど」


 はっとした様子の女性に、男性のほうが息を付きながらそう言う。


「鈴音ちゃんを見つけて、嬉しくなって、つい」


「まあ、気持ちはわかるけどさ」


 女性のほうが、周りの人たちに「秘密にしてね」と、しーっと口元に人差し指を当てながらにそう言う。


「さて。いきなりの挨拶で悪いけど、付き合ってもらってもいいかな。鈴音ちゃんと……ええっと、それから」


「後ろにいる人が千癒さんで、私が小夜 陽鞠。よろしくお願いします、蒼汰さん」


「おや、知ってくれていたか。嬉しいね」


「むぅ、蒼汰だけ知られてるのは不服」


「いや、知ってますよ。琴風さん」


 私と言葉に、蒼汰さんが柔らかに笑う。

 一方の琴風さんはというと、わかりやすく頬を膨らませたかと思うと、私が名前を呼んだことに一転して機嫌をよくする。


「星宮さんと、小夜さん。それから千癒さん。ありがたいことにすでに知ってくれてはいるみたいだけど、改めて。僕は蒼汰。それからこっちはパーティメンバーの琴風」


「ぶい、よろしく」


 わかりやすく外交的な蒼汰さんと、対照的にテンションのよくわからない琴風さん。

 考えていることのわかりにくさという意味だけなら、鈴音以上かもしれない。


「突然かつ、ちょっと強引で悪いんだけど。少し、付き合ってもらってもいいかな」


 つとめて、笑顔のままでそう言ってくる蒼汰さん。

 その言葉に反射で返事をしようとした鈴音を制しながら、チラリと千癒さんの方を確認してみる。

 千癒さんは目を伏せたままで、小さく頷く。


 蒼汰さん、そして、琴風さん。このふたりのことを知らないわけがない、――月村さんの所属していた《海月の宿》のメンバーだ。

 そんな人たちが、なんで私たちに。というか、そもそもどうして広島なんかに。気になるところはありはするが。ここでこの申し出を断る、ということも難しいだろう。


「わかりました。……が、私たちは第一層までしか潜りませんが」


「うん。大丈夫。というか、基本的には君たちの都合に合わせてくれて構わないよ。少し、聞きたいことがあるだけだからね」


 都合が悪くあってくれたらよかったんだけど、まあ、そんなわけもないか。


「それじゃあ、行こうか」


 せめて、月村さんがいてくれたら会話も繋がったのかもしれないけど。……いや、それはそれで空気が微妙になるのか?

 真偽の程は定かではないにせよ、追放された、らしいし。

 まあ、これに関しては。たぶん、なにかとんでもない行き違いがあるだけな気はしてるんだけども。






「どうしましょう、どうしましょう!」


 隣を歩く鈴音が、ずっとそわそわしている。


 前を歩くのは蒼汰さんと琴風さん。行き先が浜辺であることを伝ると、先を歩いてくれていた。


「鈴音がしゃんとしないでどうするのよ。あのふたり、あなたのことを訪ねてきたんでしょ?」


「そもそもどうして私なんかに!?」


「知らないわよ。でも、たしかこの間……あの渋谷マルハチのとき、海未さんとチームアップ組んでたんでしょ? その関係じゃないの?」


 《海月の宿》のメンバーがわざわざ訪ねてくるとすると、そのつながりか、あるいは月村さんの関わりかのどちらかだろう。

 ただ、月村さんも広島にいるというのに、直接尋ねずに鈴音のほうに来た、ということは、前者であるとは思うんだけど。


「というか、海未さんとは面識あって、他のメンバーとは面識ないのね」


「はい! ……というが、海未様とだけ面識があること自体、奇跡のようなものですから」


 曰く、大侵攻スタンピードでグラウンドベアの群れに対峙していたときに助けてもらったとかなんとか。それも、当時はFランク冒険者だったらしい。

 もう、これに関してはツッコむ気もしない。月村さんが噛んでる時点で、まあ、うん、としか思えなくなってきている自分がいる。


「そういえば、後になってから聞くのもどうかとは思うんだけど。星宮さんと小夜さんは今日はダンジョンになにをしにきたの?」


 先を歩いてくれていた蒼汰さんが振り返りながらにそう聞いてくる。


「まあ、その。トレーニング……ですね」


「最近はずっとそこの浜辺でしているんです!」


 私のその説明に、鈴音がそう言葉を添える。


「へえ。勤勉なのはいいことだね。せっかくだし、僕らも一緒にさせてもらおうかな。ね? 琴風」


「ん。負けない」


「別に勝負ってわけじゃないと思うよ?」


 なぜか息を巻いている琴風さんに、蒼汰さんが苦笑いをする。

 鈴音はというと……うん、言うまでもなく、とても嬉しそうにしていた。


 ……まあ、トレーニングだけなら、なにも起きないだろうし。大丈夫、だよね?

Tips:受付の職員さん

 最近よく来ている高校生くらいの女の子の冒険者ふたりが密かな推し。懐っこい女の子と、それに対して面倒くさそうにみせながらもなんだかんだと付き合ってあげているもうひとりの女の子という、とてもいい関係性。

 そんなふたりが、今日《海月の宿》のメンバーに話しかけられているのを見て、思わず仰天した。

 そういえば、今日はいつも一緒にいる保護者役らしき男の人がいなかったな。女の人の方はいたけど。

 びっくりしすぎて聞くのを忘れちゃってた。




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