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#61

「ありがとうございました」


 ぺこり、と。私は頭を下げながらに、そう言う。

 対する空羽さんはというと、ニシシと笑いながらに「いいのいいの」と。


「こっちとしても、どこの誰ともしれないような人に、新規ブランドの使用感を試してもらうわけにもいかないしね。でも、私の知り合いとなるとどうしても高ランク帯の人たちが多くなりやすいから。そういう意味では、支樹の紹介である陽鞠ちゃんは適任ってわけだよ」


 ついでに。「そもそも、ちゃんと代金はそこの支樹から貰ってるしね」と、彼女はそう言う。それは、たしかにそうだろう。

 私は月村さんに向き直ると、先刻空羽さんにしたのと同じように、ぺこりと頭を下げた。

 払暁の武器は決して安くはないが、とはいえ、薄暮のものと違って極端に高いというわけでもない。ありていに言えば、頑張れば届く金額、ではある。

 だから私としては、いつか返すと、そう言ったのだけれども。彼からは「これくらいしておかないと嫌われるらしいからな」と、そんな冗談混じりに言われつつ、空羽さんからも促されるようにして、結局月村さん持ちの会計となってしまった。

 ちなみに、鈴音曰く、このあとスターマイン(彼女の家の店)に向かう予定だが、そこで買うのも同様に廉価モデルとのこと。

 偶然のタイミングではあるが、どうやら薄暮でもスターマインでも、同様の課題を認識していたようで。ちょうど、彼女が薄暮で武器を購入したことをきっかけにして情報の共有をし、互いの知識を組み合わせながらに今回の払暁の武器などの開発に至ったらしい。

 まあ、払暁の方もそうではあったが、こちらも言ってしまえばテスターのようなものではある。


「防具に関しては、スターマインのもので揃えておいてもいいとは思うんだが」


 そう言ってくる月村さんに、私は全力で首を振りつつ、鈴音からの提案を喜んで呑んだ。

 そうやすやすと高い武具を渡されようものなら、今までの感覚からの乖離もあって、いろいろと物怖じしてしまいそうである。

 ……いやまあ、いずれにせよ、元の比較対象が薄暮やスターマインという規格外なだけであって、決して安くはないんだけれども。


「まあ、値段にしてみれば安いけど。ものはちゃんといいものだから、安心してね! 私が保証する!」


 グッ、と。グーサインを差し向けてくる空羽さん。

 ……繰り返しにはなるけれども、この武器の名誉のために再度言っておくと。決して安くはない。

 この、金銭感覚の狂ってる人間どもめ。 






「ああ、そうだ。もののついでになってしまうんだが、武器の調整を頼んでもいいか?」


 私の武器も買えたので、今度は防具を、と。

 自分の領分だと認識した鈴音が、ふんすふんすと息を巻きながらに私の手を引きながら連れて行こうとしていたそのとき。

 月村さんが、そんなことを空羽さんに頼んでいた。


「支樹の武器をどうこうするのは久しぶりだね。もちろんいいよ。久しぶりついでに、支樹の身体も見せてくれていいんだよ?」


「使用感については基本的には今までと変わりなくだから、今回については不要だ。頼みたいのは斬れ味の向上」


「むぅ、ケチ。……しかし、支樹から斬れ味の向上のお願いをされるとは。中々に珍しいじゃないか」


「いつもなら火力役が別にいるから耐久重視で調整してもらっていたが。今は、有事の際に一番対処ができるのが俺だからな」


「なるほどね。たしかにそれはそうだ」


 そんな会話のやり取りをしながらに、月村さんは保管庫ストレージから一振りの刀を取り出すと、そのまま空羽さんに渡す。


 そういえば、月村さんの得物をちゃんと見るのは初めてな気がする。


 対魔物の戦闘では、月村さんが後ろで見ていてくれてはいるものの、基本的には私や鈴音が戦っている。

 基礎トレーニング中にちょっかいをかけてきた魔物などは彼が始末してくれることもあるが、だいたいは訓練用の武器か徒手のどちらかでひねり潰している。


 まさしく、使う理由がないという背景もあってか。腰に佩いているのは知っているけど、実際に使っているところはほとんど見たことがない。


 状態を確認するように、空羽さんが鞘から刀身を抜き出す。


「わぁ……すごく、綺麗です」


 息を呑むようにして鈴音がそう言う。

 私も、言葉には出してはいないが、大方鈴音と同じような感想を持つ。


 やや暗く。しかしそれでいて美しく、鈍色に輝く刀身。

 日本刀のような見た目ではあるが、一般的なそれよりも厚く、長い。

 しかし、それゆえに頑強さと重厚さを備えていることがその見た目から伝わってくる。


「ちなみに、どれくらい斬れるようにすればいいの?」


「そうだな。クリムゾンドラゴンの首を落とせるくらい、……いや、鱗を貫けるくらいでいい」


「嫌に具体的だね。実体験かな?」


「まあ、そんなところだ。今のままでもやれないわけではないが、武器への負担が大きすぎるからな」


「支樹のスキルなら、まあ、そうなるだろうね」


 会話のそばで、刀身をゆっくりと撫でながら、空羽さんはじっくりと状態を見ていく。


「しかし、クリムゾンドラゴンの鱗、ねえ。首を落とすよりかはマシとはいえ、譲歩してるようでしてないよね。……うん、耐久を落とさないままに斬れ味を上げる必要がありそうかな」


「できるだろ?」


「とんでもないことを、簡単に言ってくれるじゃん。……ま、やったげるけどね。任せといてよ」


 ニシシ、と。差し向けられている課題の割には楽しげに笑ってみせる空羽さん。いや、きっと、皮肉でもなんでもなく、本当に楽しくて笑っているのだ。


「その代わり、ちゃんと報酬は貰うからね」


「ああ。小夜の分と一緒に請求しておいてくれ」


「そっちはどうでもいいんだけど」


 いや、よくはないと思う。

 絶対に、よくはないと思う。


「今度こそは、久しぶりに身体を見せてもらうからね。武器の調整だって、そっちをやってからのほうが確実なんだから」


「……今度な」


「言質! 言質取ったからね! 鈴音ちゃんも陽鞠ちゃんも聞いたよね!?」


 意気揚々とそう言う空羽さん。

 言葉だけを受け取ると、あまりにも酷い会話の内容に見える。いちおう、私や鈴音は実体験としてどういうことが起こってるのか、ということを理解しているから――いや、それでもやっぱり異常だとは思う。目的と手段が逆転してるし。


「あ。そうそう。お店に来たときは鈴音ちゃんも陽鞠ちゃんも、ぜひ、また見せてね!」


 さっきまで月村さんの方を向いていたはずなのに、思い出したかのように、興味の矛先がぐいっと曲がってこっちに向いた。

 鈴音なんかは、少し諦めたような声音で「……よろしく、お願いいたしますわ」と。


 実益と欲望とが合致していると、ここまで厄介になるのか、と。

 私は目を伏せながらに、少し思考を逡巡させえから。

 ……鈴音と同じように、首を小さく縦に振るのだった。






「そういえば、月村さんの武器って、薄暮の武器だったんだね」


 スターマインへと向かう道中。私はそんなことを尋ねる。

 あの場で空羽さんに直接武器の調整の依頼をしていたということは、そういうことだろう。と、そう思っていたのだけれども。


「あー……まあ、そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるかな」


 しかし、月村さんから返ってきたのは、どうにもどちらともつかない回答。

 とはいえ、今となってみれば、ある程度、どういうことかの察しはつく。


 私の新しい武器、払暁がそうであるように。薄暮製の武器が、薄暮の武器だけ、とは限らない。

 払暁が廉価であるとするならば、その逆も然り。


「まあ、俺のやつについては、半分くらい空羽の趣味、もう半分が空羽の個人的な研究の産物だから。正式なブランド、ってわけではないんだがな」


「……へー、そうなんだ」


「なんだその目は」


「いや? 特に、なにかを思ってるわけではないよ? ただ、さすがは《海月の宿》の人だなって思ったくらいで」


「元、な。それに、他のメンバーは基本的にはちゃんと薄暮のやつを使ってるからな?」


 曰く、広告としての役割もあるのだとか。なるほど。

 まあ、たしかに最上位の冒険者が使っている、なんていうのは、一種のブランディングだろう。


「俺はあんまり前に出張らないからな。知名度もないし。実力もあいつらと比べればそこそこってところだから、試作も兼ねたやつを渡されてたんだよ」


「……ふーん」


「なんだよその目は。って、さっきもこのやり取りしたな」


 ちなみに、今回についてはちゃんと思うところはある。絶対、月村さんが実力不足、なんてことはないと思う、という感じに。

 まあ、言わないけどね。言ってもまともに取り合わないだろうしこの人は。


「というか、俺の武器を気にするのは勝手だが。自分の武器のこともちゃんと考えろよ?」


「……う」


「空羽がぴったりの武器を見繕ってくれているが。それは、今まで以上に自分の力が武器に伝わる、ということだ。武器に振り回される、なんてことにならないようにな」


「うん、わかってる」


 自分の力を過信する怖さは、身に沁みて理解している。

 だからこそ、少しずつ。焦らずに。






     * * *






「……ん、間違いない」


 広島駅に降り立ちながら、琴風はそう言う。

 支樹は、ほぼ間違いなく、この付近にいる。


「まさか、本当に絞り込めるとはね」


「けしかけてきたのは蒼汰。……それよりも、思ったよりも時間がかかっちゃった」


 新幹線の巡航速度がとてつもなく速いということもあって、一度目の探知サーチでは十分には絞り込めなかった。

 だが、それでもある程度の範囲の目星をつけることができて。もう一度、絞り込むために乗車。


 再度の絞り込みである程度のあたりをつけてからは、在来線に乗り換えつつ、詳細に絞り込み。


 人々が多くて、探知サーチの精度を高めるのにはかなりの労力を要したが。ついに、ほぼ確信を持って確定させることができた。


 ついに、支樹の足取りを掴むことができた。

 琴風たちにとっては、今までで一番大きな一歩と言えるだろう。


 とはいえ、ここから先が一番難しい。


「……下手に探知サーチを回せば、支樹に気取られる。逃げられたら、元も子もない」


 探知サーチスキルは、理屈上では逆探が可能である。理屈上では、というだけはあり難易度はかなり高いが。それでも、支樹ならば平然とこなしてくる。

 先程までは新幹線や電車などの高速で移動しながらに探知サーチを回していたので支樹からすると一瞬の反応でしかなかったが、ここから先、詳細な彼の居場所を探るとなると、そうはいかない。

 一方の琴風たちは、広島が都市部だということもあり、雑多な人たちの反応の中から支樹を探す必要がある。

 見つけ出すよりも先に、支樹に気づかれてしまう可能性が高い。


 だから、ここから先は探知サーチに頼らずに、支樹の存在を探さなければならない、のだが。

 それがどれだけ大変なことなのか、ということに対は。考えるまでもないだろう。


「広島……ってことは、マルロクに行ってるのかな」


「たぶん、そうだと思う」


 支樹も鈴音も冒険者だ。その一方で、鈴音は学生でもある。

 専業で冒険者稼業をしていた支樹と違って、鈴音はやすやすと学業をおろそかにするわけには行かない。だとすると、冒険者活動をすることで代替をしていると考えられる。

 広島に滞在していて、となればマルロクにいると見積もるのが真っ当だ。


「どうする? 俺たちも、マルロクに行くか?」


「……いい考えではあると思う。でも」


「でも?」


 なにか見落としていることでもあっただろうか、と。蒼汰がそんなことを考えながらに首を傾げていると。

 くきゅるるるる、と。そんな、かわいらしい音が聞こえてくる。


「広島……牡蠣……穴子……」


「はいはい。腹ごしらえは、たしかに大切だな」


 少し拍子抜けをしたが、とはいえ、道理ではある。

 なんせ、ここまで全力で探知サーチを回し続けていた琴風である。いくら、専門とはいえ、その労力は計り知れない。

 ついでにいうと、その功績についても。単純な計算で導ける程度ではないだろう。


「僕のおごりだ。好きなだけ食べるといい」


 明白に言葉にしたわけではないけど、事実として彼女に無理やりな探知を頼んだのは蒼汰だ。

 ならば、彼女の労働に対して報いるべきではあるだろう。


「やった。ゴネ得」


「はいはい」

Tips:探知サーチスキル

 魔力によって周辺の探索を行い、対象のものを探したり、あるいは近くの状況を判断したりすることができるスキル。

 周辺一帯に魔力を放出し、応答を見る、というような仕組みで行われる。

 都合、探知サーチを受ける側が、探知サーチされている、ということに気づくことが理屈上では可能。

 ただし、元々逆探をするつもりで構えている場合はともかくとして、平時でそれに気づくのは至難の業ではある。




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