#60
広島マルロクも、渋谷マルハチほどではないにせよ、都市部に発生したダンジョンということもあり、周辺に冒険者街が形成される余地はあまりなかった。
が、それは冒険者産業が介入してこなかった、というわけではなく。むしろ、交通の便が成立していることや、防衛にかかる要求地が高いだけはあって、大手の参入は多い。
ついでに、マルロクに関しては第二階層まで行かないと魔物が出てこないくせにしっかり第二階層並の強さということもあって初心者が少ない、という事情もあるけれども。
ともかく、店舗が固まって存在していないだこで、店ならば十二分にある。
ある、のだけれども。
「なんで薄暮!?」
「なんでって、武器を見繕いに来たからだろ」
大手の参入が多い、ということは。よりハイクラスの店も相対的には多いわけで。
ここ、広島にも、冒険者用の武器を取り扱っているブランド、薄暮の支店がある。
「ふふっ、そういう反応になりますよね、ええ」
なにかを思い出しているのか、鈴音が遠い視線で笑顔を浮かべつつそう言う。
そういえば、彼女が佩いている剣も薄暮のものだ。月村さんから贈られたと言っていたし。……ああ、なるほど。
「あ、そういえば安心してくださいませ! このあとはスターマインにも向かいますから!」
「……頭が痛くなってきた」
そういえば、鈴音もそっち側だった。
武器は贈られたと言っていたが、防具についてはそう言っていない。ということは、まあ、冒険者になるにあたって用意したのだろう。一流ブランドの防具を。
まあ、鈴音にとっては実家なわけだから、そっちのほうが納得なんだけども。
「あの、薄暮も、スターマインも。私、買えないっていうか」
「安心しろ、薄暮の会計は俺持ちだ」
「防具の方については、お父様にお話は通しております!」
本当に、頭が痛くなってきた。
たしかに武器をねだったのは私だけれども、だからといって薄暮はやりすぎである。
そりゃあ月村さんからしてみればぽんと渡せるくらいなのかもしれないけれど、受け取る側の心情が如何ほどなものかということは、先程の鈴音を見れば明らか。
「そもそも、鈴音のときは冒険者ランクの昇格祝い、それも、二段階なんていう異例の自体があったわけで」
いちおう、私も鈴音と同じくDランクの冒険者ではあるが。鈴音は彼と出会ってから冒険者になったのに対して、私は元々出会った時点でDランク。祝われる道理はない。
「だから、そんな高い武器を渡されても――」
「ああ、値段のことなら気にしなくていい」
私の抗議を遮るようにして言ってくる月村さん。
いやだから、月村さんにとっては大したことのない値段なのかもしれないけどさ。
「ここの支払いが俺持ちだ、ってのももちろんあるが。そもそも、今回買うのはそんなに高い武器じゃないぞ。武器についてもある程度目処はついているが、まだ変更の可能性もあるし」
実際、練習を経てそれなりに扱えるようにはなってきているが。全体的な習熟度でいうと、長い間使ってきているということもあり、まだ短剣の方が扱いがいい。
つまるところが、戦闘スタイルの変遷期。そんなタイミングで高い武器を買うのは割に合わない。
「だとしたら、薄暮に来てるのは間違いなわけで」
「間違いじゃないぞ」
「いやいや、だって――」
「ふっふっふっ。それが間違いじゃないんだなー」
店先でそんな会話を話していたからか、店内からひとりの女性が楽しげな声とともにやってくる。
うるさくしていたことになにか言われるかと思いきや、会話に混じってきた彼女にびっくりしていると。しかしそんなこちらの様子は知らないと言わんばかりに女性は私の顔を覗き込んでくる。
「ねえ支樹。この子ってことでいいんだよね?」
「ああ、言っていた小夜だ」
「なるほどなるほど。また、随分とかわいい子を連れてきたものだね。まあ、私としてはそっちのほうが楽しくていいけど」
ふふん、と。女性は鼻を小さく鳴らしながらそう言う。
「それじゃ、改めまして。小夜ちゃん、でいいかな?」
「は、はい!」
呼ばれて、反射的にそう返答をする。
いい返事だね、と。女性からそう返されて。
「私は空羽。薄暮の代表よ。よろしくね、薄暮の新規派生ブランド――払暁の第一号ユーザーちゃん!」
空羽と名乗る女性に案内されるままに、なぜか店舗の奥に通されて。
なぜか「どうか、気を強く持ってください」と遠い目をした鈴音に見送られる。
訳知りらしい鈴音に、いったいなにが起こるのかを聞いたが、教えてくれなかった。曰く「受ければ、わかります」と。
……その後のことについては、とりあえず、うん。
たしかに、受ければわかった、ということは事実ではあった。
あと、事前に伝えられなかった理由も。……先んじて内容を教えられていたら(逃げられるかはともかくとして)逃げようとしてたかもしれない。
「いやあ、やっぱり支樹はいい感じの身体をした子を連れてきてくれるね。ありがたいよ、うんうん」
ひとしきり確認作業とやらを終えて。満足そうな表情空羽さんにポンポンと背中を軽く叩かれがらに店舗エリアに戻ってくる。
待っていたらしい鈴音が、心配そうな表情を浮かべながらに駆け寄ってきてくれる。
「……もう、お嫁に行けない」
「大丈夫です、私も同じですから。……いえ、よく考えたら全く大丈夫ではありませんが」
ここに、空羽さん被害者同盟が結成されてしまった。……実質的には月村さん被害者同盟だけど。
「それじゃ、次は鈴音ちゃんの方を――」
「私もですか!? えっと、その。今日は陽鞠さんの武器の見繕いですし……」
「それはわかってるけど。ほら、前からどれくらい成長したかとかも見ておきたいしぃ」
「前と言いましても一ヶ月も経っておりませんし、ええ。そんないきなりなにかが変わったとか――」
なにやら必死で抵抗をしている鈴音。そんな彼女の背中を、私はポンと押してあげる。
振り返る鈴音。まさか、信じられないとでも言いたげな表情でこちらを見てくる彼女。
「へ? 陽鞠、さん?」
腑抜けている鈴音のその一瞬をつくようにして、空羽さんは彼女の腕を掴む。
鈴音は抵抗を試みるが、その願いも虚しく、見事に連れ去られていく。
うん、まあ。たしかに同盟は組んだけど。それはそれとして、事前になにをされるのかを教えておいてくれなかったことには、まだちょっと根に持ってる。
……まあ、益はあるんだから、受け入れよう。
私は、それでもやっぱりちょっと嫌だけど。
その後に、実際の動きを見せて、ということで。練習用の武器を持たされながらに空羽さんとの試合。
ついでに、鈴音の以前からの進捗を見たいとのことで、ふたりがかりで空羽さんに襲いかかったものの、結果としてはボコボコにされて終わった。
「空羽さんって、薄暮の代表なんですよね?」
「ああ。間違いないぞ」
月村さんがそう答える。もちろん、事前に彼からは空羽さんがAランクであることは伝えられていたが。それでも、彼女の強さには思わず目を疑った。
「まあ、そこにいる支樹なんかよりはずーっと弱いけどね」
「俺なんか大したことないだろ?」
「えー。でも私、全力の支樹に勝てる見込みないんだけど」
ケラケラと笑いながらに言葉を投げかける空羽さんと、首を傾げる月村さん。
私からしてみれば、ふたりとも規格外過ぎて天辺を見上げるだけで精一杯。なんなら、その頂上すら見えていない。
「まあ、小夜ちゃん……いや、陽鞠ちゃんって呼ぶほうがいい? てっきり、小夜ちゃんが名前だと思ってたからさ」
「……どっちでも、大丈夫です」
正直、そこを混同されるのは比較的慣れている。
「なら、陽鞠ちゃんで。それで、陽鞠ちゃんも筋は悪くないよ。まだ支樹に習い始めて半月くらいだっけ?」
「まあ、俺が教えるまでもなく、元々ある程度の体裁きはできていたからな。俺に師事するまでも冒険者をやってたわけだし。主に教えたのは基礎トレーニング系統だ」
「……ふーん、つまり、かなり頑張ったんだね」
うんうん、と。首を縦に振りながら空羽さんは優しい視線をこちらに向けてくれる。
大方、彼女も月村さんが言う、基礎トレーニングの内容を察してくれたのだろう。ここまでのやり取りを見るに、ふたりはかなり交流がありそうだし。
「とにもかくにも、武器の方だね。せっかくなら薄暮のやつを、と、代表としてはいいたいところではあるんだけど。どうせ、支払いは支樹だし」
「おい。まあ、それはそうだが。……そもそも、払暁の紹介をしてきたのはお前だろ。それならちょうど、都合のいいものがあるって」
「あの。その、フツギョウ? というのはいったい」
なにやら当然の語句とばかりに、空羽さんも月村さんも使っているが、私には全く知見のない言葉だ。
ちなみに、ちらりと鈴音の方を確認してみると、胸を張りながらに「私もわかりませんわ!」と。
うん、そっか。まあ、そうだろうとは思っていたけど、少なくとも堂々と言う内容ではないと思う。
「陽鞠ちゃんは、薄暮のことは知ってくれてるんだよね?」
「え、ええ。それは、もちろん」
当の代表から言われてしまうと、いろいろと緊張することがありはするが。知っているというのは間違いない。……というか、冒険者で知らないほうが難しい。
それくらいには冒険者用品、こと、武器に於いては有名なブランドであり。そして、それだけ――、
「薄暮の武器が高いのも。もちろん知ってるわけだよね」
「……ええ、もちろん」
だからこそ、店先での私と月村さんの会話があったわけで。
そうはいっても、ではボッタクリかというとそういうわけではなくって。加工の精度と質はもちろん、使用している素材についても、どれをとっても一級品。
価格が高価であることは間違いようのない事実だが、それが正しく高い価格である、というのが薄暮という武器ブランドの特徴。
それは、鈴音の実家の家業であるスターマインについても、同じく言うことができる。
「もちろん、本人の実力が最大の要因ではある一方で。武器にせよ、防具にせよ。それ自身が冒険者の命を繋ぐ要素であるっていうのは間違いようのない事実なわけで。でも、薄暮の武器はその価格ゆえに、どうしてもより強い冒険者に対して安全を供与することになりやすい」
もちろん、強い冒険者にだって強い武具は必要だし。鈴音のような例外もいるけど、それはあくまでも、例外。
過剰すぎるものはともかくとして、冒険者に対しての安全を提供するのが、薄暮やスターマインといった冒険者用具メーカーの役割だとするならば。
「できるだけ、多くの人に手に取ってもらえるような。そんな武器を。――言い方を選ばないのであれば、廉価版の薄暮武器、とでも言えばいいのかな? もちろん、そうは言っても、それなりに値段は張るけど」
加工に関する技術料については、可能な限り抑え込んでいるが、それでも限界はある。
一方。抑え込める場所がないわけでもない。例えば、そう。素材。
粗悪なものを使う、というわけではない。とはいえ、薄暮を利用している層が必要とする素材のレベルを、全ての冒険者が要求しているわけでなない。
冒険者入門としては苦しいところがなくはないが、それなりに続けていれば、背伸びをすれば届かなくはないくらいの価格で、安心と安全という品質を売る。
「それが、薄暮の新規ブランド、払暁だよ」
Tips:宵待 空羽
冒険者用の武器ブランドである薄暮の代表。
支樹のことはいい身体の子を紹介してくれるし、支樹自身もいい身体をしているのでとても好き。ただし、最近は支樹の身体をあんまり見せてくれないのはいただけないと思っている。
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