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#59

「おで、かけ、ですの!」


「うるさい鈴音。ほら、行くよ」


 土曜日。ついにやってきたお出かけの日。

 勉強の進行度についても、千癒からの許可――とはいっても、かなりオマケをされている気はしますが――を手に入れ。こうして、陽鞠さんとのお出かけにやって来ることができました。

 それも、ふたりきりで、です! ……まあ、たぶん千癒がどこかから見守っている気はするのですが。

 あの子にも休養は必要でしょうし、本日は暇を出しているのですが。……むむむ、難しいものでね。


「それで、陽鞠さんはなにか買いたいものがあるんでしたっけ?」


 午後には、月村さんが合流して武器を購入する予定ではありますが、それ以外に買っておきたいものがあるとのこと。


「服や化粧品とかも、最初に来たときに買ったから無いわけじゃないけど、少し買い足しておきたいし」


 組み合わせを駆使しながらに色々と工夫をこらしていますが、組み合わせには相性があるためにどんなセットでも通用するわけではないほか、陽鞠さんの現在の手持ちは最低限しかないため、すぐに頭打ちが来てしまっている現状。

 旅行先であり私的な荷物を過剰にはしたくないという感情がある一方で、それはそれとして見た目が気になってしまう気持ちがあるのは、私にも重々理解できます。


「それに」


「それに?」


「……下着とかも見ておきたいから」


「ああ、それは」


 月村さんの合流後では、難しいお話になります。

 月村さんが、ではなく。私たちが。


 恋愛小説などでは、男性の方がたじろいだりする場面なのでしょうが。今回に限っては全くの逆。

 月村さんであれば、ランジェリーショップであろうとも、まずほとんど気にすることなく付いてきてくださるでしょう。

 良くも悪くも物怖じをなさらないというかなんというか。いえ、要請をすれば応えてくださるという意味合いでは良い点なのだとは思うのですが。


 それはそれとして、ひとりの乙女としては少し気になってしまうところではあるのです。


「コホン。なにはともあれ。目的もはっきりしたところで、出発をいたしましょう!」


 私が喜色を声音に混ぜ込みながらにそう言うと、どこか呆れたような様子で陽鞠さんがため息をつかれます。

 ですが、まだ付き合いが浅いとはいえ。だんだんと、彼女のこともわかってきました。

 私には、わかります。たしかに、面倒くさいな、とは思っている一方で。あの表情は、それほど嫌とは思っていない、ということが。


 ふふっ、陽鞠さんも。素直じゃないんですから。






 時間はそれなりにあるということで、ひとまずいろいろと店を見て回りましょう、ということで。

 駅前で何店舗か見ている最中。ふと、陽鞠さんが足を止められます。


「なにかありましたか?」


「……いや、別に」


 その絶妙な間は、むしろなにかあったということを物語っていますを

 ふと彼女が視線を向けていた方向を確認してみると、キラキラと光を反射している展示台。どうやら、アクセサリーが置かれている様子。


「見ていきませんの?」


「いいよ。今回の目的じゃないしね」


 たしかに、最初に取りまとめたのは、衣服と下着の購入なので、装飾品がその中に入るかといえば……見方によっては入るとは思いますが、どうやら陽鞠さんの視点としては否である模様。


「いえ、見ていきましょう。たしかに、陽鞠さんの買い物の目的ではないかもしれませんが、私が見ていきたいので」


 しかし、せっかく気になったのであれば、見ていくくらいは問題ないでしょう。もとより、そんな急いでいるわけでもありませんし。


「そんな。私なんかに気を遣わなくても――」


「それとも、私のお買い物には付き合ってくださらないのですか?」


「ほんと、いい性格してるわね。……褒め言葉よ」


「ありがとうございます」


 軽く息を漏らしながらに笑みを向けてくる陽鞠さんに、私は全力の笑顔で答えます。


 改めてアクセサリーコーナーに向き直し、並べられている商品たちを見ていきます。

 主として真鍮やチタン、ステンレスなどで作られているようで、値段としてはそれほど高くはないものの。一方、造りとしてもしっかりとしており、細やかな装飾なども施されていて、決して安いというほどではない。いい意味で、程々のお値段のものたちです。

 とはいえ、普通の学生からしてみれば少々手を出すかを迷いそうな価格帯である、というのもあながち間違いではなく。陽鞠さんは物と値札たとを行き来しながらに、悩みながらに小さく唸ります。


「陽鞠さん。もしよろしければ、本日お付き合いいただいたお礼に、これは私が――」


「いや、いい。……買うなら、自分で買う」


 どうやら、差し出がましい申し出だったご様子。


「すみません、出過ぎた真似を」


「いや、鈴音が謝ることじゃないよ。好意で言ってくれたことってのはわかってるから。でも」


 彼女は、どうやら気に入ったのか。ひとつのイヤリングを手に取る。

 キラキラと輝くジルコニックがあしらわれた銀色の星と月。


「生きるために必要なものじゃないからこそ。これは、自分で買いたいから」


 その感触を確かめるように、彼女はそれを優しく撫でていた。


「……まあ、そのためのお金を稼ぐのには、結局鈴音に協力してもらうけどね」


「ふふっ、お任せくださいませ!」


 なんせ、私と小夜さんは、パートナー、ですから!

 なんて。私が堂々と宣言をすると。そんなんじゃないからと、ため息混じりに距離を取ろうとしてくる陽鞠さん。


 もう、恥ずかしがりやさんなんですから。






「それで。なんで鈴音も買ってるのよ」


「ふふふ、全くのお揃い……というわけではないですが。せっかくなら一緒に買えば、思い出になるかな、と!」


 陽鞠さんがレジに並んでいる最中、私もしれっとその後ろに並びながらに、同じく、会計を済ませました。

 意匠としては陽鞠さんのものと同系統で、色は金色、象っているのは太陽と月。そんな、ネックレスを購入いたしました。

 せっかくならイヤリングで合わせたかったのですが。無くすのが怖くて、ちょっと日和ってしまったところはあります。これは、秘密ですが。


「ともかく、気を取り直して。月村さんとの合流までに元々の目的である陽鞠さんと服を――」


 探しに行きましょう、と。そう言おうとした瞬間。

 しかし、私たちの意識は一瞬にして別の方面へと引っ張られてしまいます。


「なんか、騒がしいわね?」


 陽鞠さんのおっしゃるとおり、なにやら通りの方から人の言い争う声が聞こえてきます。

 目を向けてみると、十数人単位の男女グループが、口汚く言葉をぶつけ合っております。

 当然ながらに穏やかではないご様子。


 いったいなにごとかと、耳に意識を向けようとして。


「……鈴音、行こう」


「へ? あ、はい。わかりました」


 パシッ、と。陽鞠さんが私の手を乱雑に取ると、強くに腕を引きます。

 険しい表情で、普段しないような行動を取る彼女に困惑しつつも、手を引かれるままに足を進めます。


 楽しかったお買い物に、水を差されて。空気が重く、動かなくなります。


「陽鞠さん、あの方々たちは――」


「鈴音は、気にしなくていい」


 まるで、触れるべきでないなにかから私を遠ざけるようにして。陽鞠さんはそうおっしゃいます。

 口振りからみるに、陽鞠さんは彼らがどういう存在なのかを知っているのでしょうが。しかし、この様子では、聞いたところで答えてはくれないでしょう。


 きっと、それは陽鞠さんの配慮からくるもので。


 しかし。


「…………」


 耳に、意識を向けていたために。

 冒険者として、多少ではあるものの、感覚が鋭敏になっていることもあり。


 言葉は、拾ってしまった。


 ――そういう存在がいる、ということは。私も、知識としては知ってはおりました。


 片や、冒険者がいかに崇高なものであるかを強く、そして、押し付けるがまでに主張をし。

 片や、冒険者は危険な存在であり。人間に害を為す魔物と大差がない存在だと主張をし。

 過激なまでに発展したそれらの言葉は、鋭く尖り――到底、他を受け入れることなどせず――異を唱えるものを排する。


 魔力至上主義者と、魔力排斥主義者。その、過激派たちによる、論争だった。






     * * *






 お昼ごはんを迎えても、鈴音はどこか、悩んでいるような様子だった。

 私に向けて接してくる態度自体は、依然として明るいものではある一方で、どこか空元気のような、そんな気配を感じる。


 せっかく楽しいお出かけであったというのに。それもこれも、あの騒ぎのせいだ。


 騒ぎを察知した時点で、彼女を遠くへと離れさせるべきだった。

 私が騒ぎの趣旨を理解した時点で鈴音の手を取りはしたものの。ということは、彼女の耳にも話の内容が断片的にとはいえ入ってきているわけで。


 もちろん、そういう存在がいる、ということは。冒険者である上で認識しておくべき、ということについてはそうなのだけれども。

 だからといって、冒険者という存在に対する憧れが強い鈴音にとっては、あれらの言葉は――その両立場のものどちらをとっても――ショックの強いものではあるだろう。


 ……いや、鈴音のことだ。もちろん、それも彼女の肚の中にはある一方で。

 別のことについても、思い悩んでいることだろう。本当に、この子というものは。


「鈴音。さっきの話なんだけど――」


「悪い、待たせたな」


 私が声をかけようとした、ちょうどそのとき。タイミングがいいのか悪いのか、月村さんがやって来る。その隣には、千癒さん。

 そういえば、今日は千癒さんがいなかったな。鈴音や千癒さんとは、まだそんなに付き合いが長いわけではないけど、学校以外ではだいたい一緒にいるようなイメージがあったんだけど。

 まあ、当然ではあるけど、千癒さんにも休みは必要か。


 月村さんの顔を見つけた鈴音は、顔をパアアッと明るくさせながらに、彼に駆け寄っていく。

 さっきまでの空元気のこともあるので、少しばかり不安を抱えながらに、私もその後ろを歩きながらについていく。


 今日の午後は、月村さんと合流しての、わたしも武器の見繕いだ。……というか、厳密には午前の予定が、それに付随する形でつけられているんだけども。

 とはいえ、この状態の鈴音を連れ回す、というのもよろしくはないような気がする。やっぱり――、


「小夜様」


「……別に、私は様付けされるような立場じゃないと思うけど」


 ふと、ふたりに声をかけようとしたとき。横から千癒さんが私のことを呼んだ。

 いたのは知っていたんだけども、隣に回り込まれた気配が全くなかったために、ちょっとびっくりする。

 月村さんが異常なのは今更ではあるが、なんだかんだで千癒さんも千癒さんである。


「昼前、騒ぎからお嬢様を引き離していただき、ありがとうございます。それから、今もお嬢様のことを気にかけていただき」


「え、あ。いや、まあ、その……いちおう、友達、らしいので」


 というか、騒ぎのことを知っている、ってことは、近くにいたのか、千癒さん。全然気づかなかった……と、いうか。いやほんと、だとするといつ休んでるんだこの人。


「私としても、日を改めることができるのであればそのほうが良いとは思うのですが。都合、先方にもアポイントをとって動いていただいているために、日延べがなかなか難しく」


「なら、鈴音だけ帰ってもらう……っていうのは、無理だね」


「はい。間違いなく、お嬢様が不機嫌になります」


 ふくれっ面になった鈴音の顔が目に浮かぶ。


「幸い、少しばかり思い悩んでいるだけではありますので。……小夜様には、気を使っていただくことにはなってしまいますが」


「まあ、私の方は問題ないよ」


 そもそも。ある意味では、私が理由でもあるし。


「ご配慮いただき、ありがとうございます。小夜様」


「う、うん。えっと、その」


 それについては、いいとして。


 広島に来てから、千癒さんとの関わりが生まれたわけだけども。

 その、小夜様っていうのは、デフォルトなのかな。月村さんも同じみたいだし。

 なら、受け入れるべきなのかもしれないけど。


 うん。やっぱ、慣れないなあ。

Tips:千癒

 きちんとお休みは頂いておりますよ。




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