#58
「ぐっ……」
なんとか力を振り絞ろうと腕に体力をかき集めようとしてみるも、ついぞ足りず。バタリとうつ伏せに砂地に倒れ込む。
「きっ……つい」
「それは、最初に言ってたことだろう」
月の光が差し込む砂浜――とはいっても、ダンジョンの中なので、ロマンチックだとか、そんな悠長に景色を眺めている暇もないのだけれども。
夜の広島マルロク。私がひとりで渋谷マルハチに挑んでいたときはだいたい昼下がりから夕方、遅くとも日が落ちきるころには脱出するようにしていたから、こうして夜中のダンジョンに訪れるのは初めてである。
高校生とはいえ、未成年がひとりで夜中に出歩いていると警察のご厄介になりかねないなどの面倒を回避するため、という事情もあるが。それ以上に、致命的な理由があって。
「さすがの広島マルロクとはいえ、夜はそれなりに魔物の活性が高いな」
昼間に私や鈴音が訓練していてもほとんど襲いに来ることがない――まあ、来たところで即座に月村さんか千癒さんのどちらかに始末されているけど――魔物たちが、この時間帯になると比べようがないくらいの頻度で襲いかかってきている。
ダンジョン内の時間帯はダンジョン外の時間と連動しているらしく。こちらにも、昼夜の概念がある。だが、夜は眠るのが人間の常である一方で、魔物たちにとってはそうではない。
むしろ我々の時間であると言わんばかりに出現頻度が高くなり、なおかつ、凶暴化しやすい。なんなら、夜にしか見ない魔物もいる。
もちろん、あくまで傾向なだけで、夜になると逆におとなしくなる魔物もいはするが、大抵の魔物の場合は夜のほうが活発に活動をする。
その都合、夜の活動を敬遠する冒険者も少なくなく。結果、強い魔物が多いのに活動している冒険者が少ない、という。とにかく危険な時間帯になっている。
……が。
「本当に、規格外ね。あなた」
たしかに、第一層の魔物ではあるので、相対的に弱い魔物ではある。……が、それでも夜間ということもあり、凶暴化している魔物だ。
それを、片手間に倒して見せているあたり。本当に差が歴然とあるのだろうということを突きつけられる。まあ、今更ではあるんだけれども。
「ちょうどいい。休憩がてら、魔力の吸収をやろうか」
魔力の吸収でも相当に体力を消費するので、果たしてそれを休憩と呼ぶのだろうかという疑問は生じるが。とはいえ、強くなりたいと願ったのは私自身。
「解体はこっちでやっておくから。小夜はその魔石を吸収しておくといい」
「……これは、月村さんが狩った魔物だと思うのだけれども」
ちょうど先刻、ちょっかいをかけてきて、またたく間に月村さんに斃されていった魔物たちの死体を前に私はそうつぶやく。
魔力吸収については、いちおう冒険者協会からは初心者で独力の魔物の討伐が困難であるなどの例外を除いて、自力で討伐した魔物の魔石からを推奨している。まあ、ほとんど守られていないから、実質的には形式上の推奨項目ではあるけども。
ちなみにここでいう自力での討伐は、パーティ単位での話。
「気にしなくていい。いちおうパーティを組んだ上でダンジョンに入場しているから、小夜にも権利がある」
だから、いちおうこの道理も筋は通る、けど。
私がトレーニングをしているときの魔物たちなので、討伐に一切協力をしていないから、はたして本当に自力の討伐と見なしていいのかどうか。
「まあ、小夜の考えているそれ自体も、間違ってはいない。冒険者協会が言っている自力討伐の範疇からは外れている」
「なら――」
「が。そもそも、なぜそれが推奨されているのか。ということを考えれば、そんなに難しい話ではない」
「……へ?」
とりあえず時間も勿体ないから、吸収をしながら話そうか、と。ひとまず、座ることを促される。
「大前提、なんで他人が討伐した魔石の吸収が推奨されていないのかはわかるか?」
「そういえば、考えたことはなかったかも。……トラブル回避とか?」
「まあ、そういう側面もないわけではないが。一番は過剰な魔力の吸収を防ぐ、という理由がある」
たとえば、と。彼はそう言いながら、ちょうど取り出した魔石を自身の手のひらの上に置いてみせる。
「俺がこの魔石を吸収したところで、正直なところ微々たる量しか保有魔力量が増えはしない。なんなら、増えすらしない可能性もある。……が、小夜によってはどうだ?」
「まあ、劇的に増えるってわけじゃないけど。微量っていうほどではないわね」
曲がりなりにも凶暴化個体の魔石だ。保有魔力量は同階層帯の魔物よりふたまわりほど多い。
今の私からしてみれば、吸収に伴って決して多くはないにせよ、それなりに保有魔力量が増える。
「じゃあ逆に。俺の保有魔力量に影響を及ぼすくらいの魔石を小夜が吸収するとどうなると思う?」
「そう、言われると。……ちょっと想像もつかないわね」
でも、私の百倍はくだらないであろう魔力保有量を持っている月村さんの保有魔力量が有意に変わるだけの魔力が増えたとすると。二倍や三倍になってもおかしくはない。
理屈上でいえば、とてつもなく、強くなれるだろう。けれども。
「魔力吸収という行為自体が体力を消費するのは。本人の魔力の許容量を無理やりに押し広げる形で魔力吸収をしているからだ」
吸収が排出の速度を超えるスピードで魔力を取り込むことにより、魔力保有量は増える。
では、そこに自身の保有している量と同じレベルの魔力を過剰に注ぎこめば、どうなるか。
「まあ早い話が、身体への負担が大きすぎるんだ。倒れて気絶する、なんてところで済めばいいところだが」
最悪の場合は、魔力腺がイカれる、なんてこともあり得る。
「まあ、そこまで行くのはさすがに過剰すぎる魔石の場合だが。……とはいえ、それ以外にも強くなりすぎる、という問題がある」
「強くなれるんなら、いいんじゃないの?」
「まあ、そういう見方もできなくはないし。それ自体は事実だ」
冒険者のとしての強さは、全てがそうとは言わないものの、ある程度は保有魔力量に依存する。
つまり、大量の魔力を一気に吸収するという行為は、手っ取り早く強くなれる手段である。
だからこそ、推奨を無視して実行している冒険者が多く存在しているわけだけれども。
「だが、突如として強力になった反面。制御が効かなくなる、ということがある」
今までと同じ要領でスキルを発動して、想像以上の威力で自分自身に反動が来てしまう。
怪我をするだけならまだいいが、魔物の正面でそんなことが起こって、さらなる手傷を負う可能性まである。
「あと、できることが広がりすぎるってのもあるな」
……それだけを聞くと、いいことに聞こえるけども。さすがに、ここまでの話の流れでだいたい察せる。
と、いうか。
「小夜自身も、少し自覚……というか、経験があるだろ?」
「耳の痛い話をしてくれるわね」
先の渋谷マルハチでの事件。あのときの私は、突如として手に入った力に浮かれていた。
それによって感じられた全能感。それは、自信を与える一方で自制を奪う。
「自身の実力を見誤り、不適切な判断を招きかねない。実力不相応な挑戦や、撤退の判断の遅れなんかだな」
わかってる。言われなくても。
自分自身が犯した過ちだからこそ。身に沁みて。
「……まあ、話を少し戻そうか」
冒険者協会は、他人が討伐した魔石の吸収を推奨していない。
それは身体への負担の軽減と、当人にとっての過剰な魔力増大の回避という目的で。
「このあたりの魔物の魔石であれば、凶暴化込みでもそれほど保有魔力量が伸びない、ということ」
実際、こうして話しながら吸収をしているが。疲れはするけど、それだけではある。
「それから、さっきも言ったように魔力の急激な増大に対するリスクを理解している。ということもあるけれども。なによりも大きい理由としては、既に基本的な技術が備わっていて、むしろ小夜にとっては現状の保有魔力量が追いついていない、ということがある。小夜自身、決して少ないとまでは言わないが、魔力保有量が多いほうではないだろう?」
「……うっ、それは」
その指摘については、自分自身でも自覚はある。
糊口を凌ぐための冒険者活動をしてきたということもあり、基本的には素材のほとんどは売却してきた。
そのため、魔力吸収についても最低限しか行っていない。
魔力保有量はたしかに少なすぎるというわけではないが、Dランク冒険者としては平均より大きく下、Eランク並かその中の下程度だろう。
「責めているわけじゃないさ。そういう人も多いし、小夜自身がそうするしかなかった、というのもあるだろう。むしろ、魔力保有量が多くない状態であれだけ動けていたのであれば、十分に実力があるといえる。それだけ、伸びしろがあるということでもあるしね」
月村さんはそう前置いた上で「でも」と、人差し指を立てる。
「これから、強くなりたいというのであれば。収入に充てる分と自己研鑽に充てる分との振り分けについてはよく考えたほうがいい。……少し残酷な話をしておくと、このあたりについては、やはり後ろ盾の存在の有無が大きく差となるだろう」
鈴音が急速に強くなれた背後には、彼女の努力、そして、月村さんとの出会いはもちろんおる。
だが、その一方で。家庭が裕福であった、という側面も間違いなくある。
稼いだ素材を生活費に充てる必要がない、ということはすなわち、それだけ自己の強化に充てられるということである。
実際、彼女の討伐してきた魔物の魔石は、基本的には全て吸収してきているとのこと。
武器や防具の拡充についても当然、素の土台があるかどうかで変わってくるだろう。……彼女の場合は実家の家業が関連してきているので、更に少し特殊ではあるが。
「まあ、これから先については、ある程度そのあたりについても余裕ができると思うぞ」
「…………鈴音と、チームを組んだから?」
「よくわかってるじゃないか」
頭を撫でてくる月村さん。乙女の髪に簡単に触るものではないし、もっと丁重に扱うものだと言ってやりたい気持ちはあるが。
……まあ、乱雑な割には悪い気はしないけど。
* * *
「…………むぅ」
陽鞠さんとのお買い物の約束をしてから三日。ついに、明日がその当日になります。
そんな日に、お勉強不足で私だけ休養日なのに部屋にこもって勉強をしなければならない、なんてことにならないように頑張って机に向かっていたのですが。
「どうかされましたか、鈴音お嬢様」
私の漏らした言葉に、千癒がそう反応します。
テキストとノートに落としていた視線を持ち上げて。
「最近、陽鞠さんと月村さんが、夜にどこかへ向かわれているような気がするのですが」
「……それは」
千癒が反応に困ります。……と、いうことは、おそらく真実ではあるのでしょう。
別に、私的な時間ではあるので。陽鞠さんも、月村さんも。その間になにをしていようとも自由、ではあるのですが。
なんだか、もやもやします。
「まだ、陽鞠さんとのお出かけは、私もしていませんのに!」
まあ、月村さんにしてみれば。そもそも広島に来たときに陽鞠さんと一緒に来ていたので、特になんてことはないように思っているのかもしれませんが。私からしてみれば、まだ、友達になってから一緒にふたりきりでお出かけをしていないのです!
むむむむむ、一度そう考えてしまうと。なにをしているのか気になってきてしまいます。
「私も。私も、ご一緒したいのですが……!」
「そのためにも。まずは、勉強をいたしましょう」
「うぐ」
私がおふたりの行動を咎めることができないのは、たしかにプライベートだから、ということもあります。
しかし、おふたりがプライベートであるならば私自身もプライベート。ついていく、という行為自体は可能になります。……まあ、おふたりがなにをしているのかわからないので、断られる可能性はありますが。
しかし、現状の私はその域にまで達していません。その原因は、千癒が言ったように、目の前にある課題たち。
私、のみに課された、追加の課題。
そう。私のみ。
「人は見た目には依らないとは言いますし、私自身、そこで判断していたわけではありませんが」
「……そうですわ。陽鞠さんは、学年でも成績が優秀な成績の方なのです」
素行の方はとやかく言われることが多い陽鞠さんですが、その素行の多くが不問になるくらいには、ないし、孤立する立場である一方で周りからつけ込まれる隙がないくらいに、彼女の成績が優秀でありました。
私も、悪いとまでは……たぶん、言わないんですが。とはいえ、平々凡々。個人的な願望を込身で考えるなら、中の上あたりです。
そんな人間が、本来の勉強時間である昼間の六時間を別の活動に充て、その代わりに二、三時間程度で代替することの難易度が如何ほどかと考えれば。話は至極単純でしょう。
「うむむむむ、羨ましいのですわ。月村さんも、陽鞠さんも……!」
「そのためにも、まずは勉強をいたしましょうね」
「ひぃん」
私も付き合いますので、と。教師役の千癒が隣に立ちます。
うう、面倒では、ありますが。
……やるしか、ありませんものね。
しぶしぶペンを手に取り直して、もう一度、テキストに向きます。
なんにせよ、明日。明日が、土曜日ですから。そう、半ば自分に言い聞かせながらに勉強を再開します。
……難しいです。
Tips:凶暴化
主に夜間、ダンジョン内の魔物の活性が上がり、危険度が上昇する。
魔物自身の保有魔力量も高くなるため、同階層帯の魔物よりも素材としての質は高くなる。
よろしければ、感想やリアクション、ブックマークや評価などで応援していただけますと嬉しいです!




