#57
それから数日。訓練の大半が武器練習と、鈴音相手での実践の対戦。それ以外の時間? 基礎トレーニングに決まっているでしょう。
いちおう、対戦はその武器をちゃんと扱えるようになってからやってはいるものの、やはり基本の経験値での差が大きく、ことごとく敗戦を喫している。
一番最後には、周辺に散らばされた武器から自由に選んで手に取りつつ戦う、という形式でさせられたが。それはもう、無残な結果だったとだけ伝えておこう。
まあ、道理といえば道理ではある。私は考えるまでもなく短剣をまずは取りに行った。鈴音も同じく片手剣と盾は確保していたが。互いに得意武器は持ちつつも、私は短剣に依存しながら。一方の鈴音は得意武器に固執することなく、柔軟に場面場面で武器を変えながら戦っていた。
それも、周りに十分な数の武器がある、ということや既に得意武器を確保できている前提があるからか、投擲や強引な一撃に持ち込むなどの、武器を消費するような手段も容赦なく選んできていた。
挙げ句、月村さんが準備された武器以外に落ちていた流木などを活用し始めたときは瞠目したものだ。
「……負けた、なあ」
砂浜に腰を下ろしながら、そう小さくつぶやく。少し向こうでは最終戦での勝ち星を飾った彼女が千癒さんに喜びを共有していた。
一勝、超連敗。途中から、数えるのもやめた。
わかっていたことではあるけれども、鈴音との現状の差をありありと突きつけられる。
それだけじゃない。勝ちに対する――いや、生き残ることに対する執着が、違う。
冒険者の大前提といえば、そのとおりではある。私だって、同じくその精神は持っているつもりだ。
だが、その程度の違いが。ここまでの差を突きつけてきている。
「俺は、海未みたいな派手な戦いは得意じゃない。そういった戦い方は、教えられない」
いつの間にか隣にやってきていた月村さんが、そう、声をかけてくる。
「俺が教えられるのは、大衆に賛辞されるような見栄えのいい戦い方じゃなく。ただ泥臭く、生き残り、帰るための戦い方だ」
「……ええ、わかってる」
メジャー武器の使い方を仕込まれたのも、その上で、得意武器を伸ばすように言付けられたのも、そのため。
どんな状況からでも。最悪の場合――それこそ、先程の鈴音がやってみせたように――木や岩などを使ってでも、生き残る。
「もし、小夜の冒険者像と違っているというのならば。師匠を変えることをオススメするが」
「ふふっ、それができないのをわかった上で言うのは、なかなかに性格が悪いわね」
月村さんが私に指導をしているのには、私の暴走――先日の渋谷マルハチでの魔物化に対する抑止力としての役割もある。
選択肢など、他にありはしない。かつての私が短剣を手に取ったように。
でも、そんな短剣でも。手に馴染み、鈴音から勝ちをひとつもぎ取れたように。
「そもそも、生きるために冒険者をしてたのよ。格好良さとか気にしてると思う?」
「まあ、それはそうか。悪い、変なことを聞いたな」
そういう出会い方も、悪いものではないのかもしれない。
「へ? それじゃあ小夜さん。短剣をメインに据えるのをやめるのです?」
当然のことと言わんばかりに、ホテルの部屋に上がりこんできた鈴音が、キョトンとした顔つきでそう告げる。
「まあね。ずっと使ってきた武器だし……まあ、ちょっと思うところがなくはないけど」
主には、鈴音から唯一勝ちを奪うことができた武器なので、自信があるという意味ではメインに据えておきたい気持ちはある。彼女に対しては、それは告げないけど。
ただ、その一方で。どうしても短剣では決め手に欠けるということが多い。先日のシーワーム戦でも大きな痛手を負わせるには十分だったし、あのまま放置をしていても失血からの討伐には紛れもなかったが。しかし、鈴音が首を落とさなければそれまでに大きく暴れられる可能性も十二分にあった。
もちろん、シーワーム自体が討伐指定D級の魔物なので決して弱い相手とは言わないが、同レベル帯の魔物の中では比較的装甲が柔らかい魔物でコレである。
短剣で戦っている冒険者も他にいるように、短剣だから戦えない、というわけではない一方で。私がこれ以上を目指す上で、短剣を得物にするには膂力などが不足する、というのが結論だった。
「まあ、短剣自体は握るけどね。メインで使うわけじゃないけど」
先の鈴音との試合、彼女の戦い方などを通して。持てる手札の多さが生存に直結するということは十分に理解している。
短剣から別の武器に持ち替えたからといって、ここまでの経験値がゼロになるわけではない。
もちろん、複数の武器を持てば邪魔にもなりやすいけど、短剣くらいならそれ程邪魔にもならない。サブとして携帯している冒険者も多いだろうし。
「それでそれで、陽鞠さんはどの武器をお使いになられるのですか!?」
「……まだ秘密」
別に言っても構わなかったのだが、ちょっとだけもったいぶってみた。
すると、予想に難くない様子で鈴音が興味津々に探ろうとしてくる。グイグイと来られるのはちょっと面倒くさいけど、意図したように動いてくるのはやってて少し楽しい。
「いちおう、週末にちゃんとしたものを買いに行く予定。だから、ダンジョンの探索はその後になる」
厳密には現在の修練場所もダンジョン内だけれども、私の武器練習の都合もあり、第二層以降は今週末までおあずけ、ということになる。
「ふっふっふっ! それくらいの我慢、なんてことはありませんの! 私、冒険者になるまで、ダンジョンに入るまで、一ヶ月以上訓練の日々でしたから!」
今さら数日遅れたところでなんてことはありません! と、彼女は胸を張ってそう言ってくる。
聞けば、これまでやってきていたような基礎トレーニングや基本的な武器練習をひたすらに繰り返していたらしい。それも、魔力吸収なしで。
聞けば聞くほどに恐ろしい話だが、その一方で納得があるから、なお末恐ろしい。
「まあ、なにはともあれ。陽鞠さんの新しい武器、楽しみですわね。たしか、週末でしたつけ?」
「うん。なんでも、月村さんが土曜の午後に誰かの都合をつけてくれたらしくてね」
「ええっと、ましか空羽、さん、だったかな?」
「……ああ、なるほど」
どうしてか、鈴音が遠い視線を浮かべながらに「頑張ってくださいませ」と、そう言ってくる。
なにがあったっていうの。
しかし、聞いても「ふふ、当日になればわかりますわ」というだけで詳細を教えない。そこは教えなさいよ。ねえ!
「とはいえ、午後から、ですか。それならば、午前は特にご予定は?」
「まあ、ないわね」
午後からの買い物の予定の都合もあってか、当日は私も鈴音も休養日に指定されている。
だからなにもない、といえばなにもない。
「であれば、よろしければ是非にお買い物を一緒にしませんか!」
「……買い物か」
どのみち午後からもするじゃないか、と思わなくはない一方で。広島に来るにあたり、十二分に購入できていない衣類や日用品などもありはする。
もちろん、午後からの買い物の際に買えばいいじゃないかといえばそうなのだが。そうなると月村さんが同行するのがほぼ確定で。初日の買い出しのときのことを思い出すと、少し敬遠したい気持ちがある。
それならば、多少本人が面倒くさくても鈴音のほうがマシだろう、と。
「うん、いいよ。行こうか。私も服とか見たいし」
「やったあ! 陽鞠さんと一緒にお買い物です!」
鈴音が嬉しそうな様子で、かわいらしく胸の前で両の手を小さく打ち鳴らす。
「ふふっ、それでは私、週末を楽しみにしておりますね!」
「楽しみにするのは勝手だけど。ちゃんと勉強もしなきゃだからね」
「……うっ」
私の指摘に、鈴音が顔をしかめる。
もちろん、ここでいう勉強は、冒険者になるためのものなどではない。
私も鈴音も、冒険者である以前に高校生。本分たる勉学がそこにはある。
現在、冒険者法による休暇制度によって、私も鈴音も休学という扱いにはなっている。
ただ、これは出席日数などで不都合を得ないようにする、という目的の制度であって、その間の学習内容の遅れについて目を瞑るというものではない。
すなわち、高校から離れて冒険者活動をしている間に進んでしまった授業範囲については自己責任になる。
「ほら。私の部屋で油を売ってる暇はあるの?」
「うううう、その、一緒にお勉強とかをしたほうが効率も良い気が――」
「鈴音には、千癒さんっていう、私よりもずっとずっといい専属の先生がいるじゃない。ねえ?」
なぜか、高校範囲の全教科の授業を平然とこなす鈴音の侍従。
私も鈴音同様、彼女に教えて貰ってはいるが。大前提が鈴音の侍女。つきっきりでも教えてもらえるのだから、私と教えて合うよりもなによりも、一番手っ取り早いだろう。
どうにか勉強から逃げようとしてすがりついてくる鈴音を部屋の外に押し出すと、ちょうどそろそろだと思っていましたと言わんばかりに廊下に待ち構えていた千癒さんに鈴音を押し付ける。
半泣きのままに連行されていく鈴音の姿を見送る。やや抵抗をしていた鈴音だが、流石に千癒さんの方が強い。そのまま廊下を引きずられるように鈴音の部屋連れて行かれ、無情にも扉が閉じられる。
廊下に誰もいなくなったのを再確認してから、私は足音を殺しながらに移動する。
別に、こんな隠れながらに移動する必要性もないといえばないんだけども。
鈴音とは、逆サイドの部屋の前に立つと、コンコンコン、とノックをする。
それからしばらく待ってみると、鍵が開けられて。
「……夜這いなら間に合ってるぞ」
「そういう目的じゃないってわかってて言ってるでしょあなた」
私がそう言うと、月村さんはいたずらっぽくニヤリと笑ってみせる。
こういう冗談も言えるのか、この人。いや、そういえば元所属は《海月の宿》だったか。
男女混成のチーム……ふーん、なるほどね。まあいいか。
「とりあえず、入れてよ」
「まあ、小夜が構わないのなら別にいいが」
異性との同室に動揺は無し、私と意思のみで融通を効かせる。……というか、抵抗を半ば諦めているような要望まで見せる。
いろいろと察するところはあるけど、まあ、プライベートの話だろうし、今は本旨じゃない。
「それで。わざわざ足音を忍ばせながらまでやってきたってことは――」
「そういうことは、わかってても言わないものよ。……ええ、そのとおり。相談よ」
部屋の中に通されて、用意されたイスに腰をかける。
お茶が必要かと聞かれたけど、そこまでしてもらうのも忍びないので断っておく。
「それで、相談って?」
正面に腰を下ろした月村さんが、そう声をかけてくる。
私は、ひとつ息を呑みこんでから。ゆっくりと口を開く。
「トレーニングに、付き合って欲しいの」
「……トレーニングなら、既に今日もやったと思うが」
「ええ。わかってる。でも――」
今の量じゃ、ダメなのだということは。誰に言われずとも、私自身が一番理解している。
鈴音に、大きく出遅れてしまっている現状。彼女と同じだけトレーニングをしていても、同じ距離のまま。
いつまで経っても、追いつけない。
「もちろん、ただやればいいってものじゃないことはわかってる。オーバーワークだってあるだようし。でも――」
負けて、いられない。
「……まあ、勝手に練習を追加されるよりかは。こうやって自分から言ってくるほうがマシか」
「へ?」
月村さんが、小さく息をつきながらにそう言う。
頓狂な声を漏らす私をよそに、彼は「わかった」と、そう言って。
「ただし、条件がある。千癒さんから受けてる勉強。そっちをおろそかにしないこと」
「ええ、もちろん」
ちょうど先刻、半泣きで引きずられていく鈴音を見ていたところを思い出す。うん、ああはなりたくない。
「なら、いい。……ただ、死ぬほどキツくても文句を言うなよ」
「ええ、望むところ」
だって。そうでもなければ、追いつけないでしょう?
Tips:月村 支樹
《海月の宿》に所属していた頃、ギルドハウスで寝泊まりしていると「夜這いに来たよ!」と堂々宣言しながらいたずらしに来る輩が数人いた。
なお、基本的には冗談で言っている。……全員が冗談で言っているとは限らないが。
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