#114
「警戒を厳に! 狐火には絶対の回避を!」
タマモノビメとの戦闘。月村さんがそう強く叫びます。
《海月の宿》の皆さんが取り囲むようにして陣形を形成。私たちはその後方で、警戒態勢。
タマモノビメ。討伐指定A級のキツネの魔物。
先刻から私たちが同じところを惑い、彷徨わせてきた空間の牢獄の元凶であり、札幌ダンジョン第十層のフロアボス。つまり、タマモノビメを斃さなければ、二重の意味でここから先に進むことはできません。
本体の身体能力などでいえば、討伐指定A級にしては比較的抑えめである一方で、危険度だけでいえば下手なA級などよりウンと厄介な存在になります。
そうさせている理由こそ、先刻月村さんが叫んだ、狐火。
七つの尾の穂先に炎が灯ると、タマモノビメはそれらをシャッフルするように混ぜ込んでから、こちらへと差し向けてきます。
そのひとつは私の元へ。速度は決して遅くはありませんが、回避にのみ専念していれば躱せる程度。
むしろ、速度だけを見るならばこちらからスキルを使って迎撃なども可能ではあるのでしょうが。
確実に回避をしながら、狐火の着弾地点から離れます。
同時、花が開くようにして放射状に展開される氷。別の地点では、炎が、雷が。多種多様な効果が、それぞれの狐火から発せられます。
これが、タマモノビメの厄介な性質。かの魔物が放つ狐火には、様々な効果が内包されています。
先刻私が回避をしたような攻撃のための効果もあれば、麻痺や睡眠、毒といった状態異常の効果を内包させたものもあり。そして、着弾するまでタマモノビメ以外に判別するのが困難。
下手にスキルで相殺しようとすると、むしろ被害を拡大させる可能性まであります。
奇っ怪な攻撃を主軸としてくるタマモノビメ。
そんな狐火の中でも、特筆して厄介な性質を持っているのが――、
「琴風ッ! 上!」
「蒼汰に言われずとも、わかってる。《風撃》ッ!」
突き上げる風が琴風さんの上空へと吹き上がって。同時、彼女の真上に出現した丸太を粉砕します。
そう、出現。元からそこにあったわけでも、タマモノビメが琴風さんに向かって投げつけたわけでも。突如としてそこに現れた――より正確には、転移させられた。
タマモノビメの狐火の中で、最も喰らうわけには行かない効果――転送。
着弾したものが転送されるだけであれば、先刻に琴風さんがやってみせたように、転送物について対処をするだけでことが済みます。
しかし、もしあの狐火を直に食らってしまっていたとしたら。転送されるのは被弾した冒険者自身。
転送させられた先で無理矢理に攻撃を被弾させられるだけなら、まだマシ。
一番最悪なのは、隔離です。
ただでさえ、討伐指定A級の厄介な魔物。それが現在、札幌ダンジョンの崩壊都市化により凶暴化していて、強さだけで言えばS級に匹敵する現状。討伐のために、十分な連携が必要な中で。
不意の被弾。からの転移は、連携を断ち切ってきます。
加えて、現在は崩壊都市化の真っ最中。転移先にも、強力な魔物の存在が予想され、また通信網はズタズタの現状。
転送された人間はそんな状況に対して、単独での対応が余儀なくされます。
転送を受けた本人も、残された仲間たちにとっても、甚大な被害を引き起こしかねない転送だけは、絶対に食らうわけにはいきません。
戦闘の基軸を握るメンバーであれば殊更に。
――いい? タマモノビメの狐火には、注意するように。絶対、だからね。
転送の狐火には、特に。なんせ、凶暴化で出力が異常になってる。
攻略の直前、黒瀬様からも念を押すようにして伝えられてもいました。
「次、来るよ!」
海未さんが叫ぶと同時。再び複数の狐火を構えてきたタマモノビメ。
シャッフルののち、狐火がこちらへと飛んでくるのは先程までと同じ。
違うのは――タマモノビメも同時に突っ込んできたということ。
向かってきたのは、私の方。明確に、私たちの弱いところを理解した動きです。
《海月の宿》の皆さまもカバーに入ろうとはしてくださいますが、それもわかってのことか狐火がうまく配置されていてそれも困難。
身体能力自体は討伐指定A級にしては控えめではあるものの、あくまで討伐指定A級の中では、という話。魔物全体としては相当に上澄みである上に、それが凶暴化している現状。
無論、下手には受けられません。
振り下ろされる爪を左腕の円盾で受け止めます。
しかし、小さな体躯からは想像できないほどの膂力から繰出されている引っかきをまともに受けるのはまずいと判断して、そのまま受け流して。流れのままに、反対の手に握った剣でカウンターを狙います。
しかし、それで攻撃がとおるようであれば《海月の宿》の皆さまがここまで苦戦しているわけもなく。身軽な動きで宙を翻りながら、距離を取って回避をしてきます。
反撃の警戒と狐火の警戒。その両方に気を遣っていると。
私たちの間を抜けていった狐火のひとつが、タマモノビメの方へと向かっていって。
瞬間、その姿を消します。
「鈴音ッ!」
同時。私の名前を呼んだ陽鞠さんが、背中を突き飛ばす勢いで割り込んできたかと思うと。背後に瞬間移動してきたタマモノビメの斬り裂きを構えた双剣で受け止めます。
「《あいしくる☆ぱにっしゃー》ッ!」
同時、勢い十分な氷槌の横薙ぎがタマモノビメに襲い掛かりますが。さすがのすばしっこさ。陽鞠さんとの鍔迫り合いを放棄して早々に退避をします。
起こった事象を受け止めてから、理解いたします。それはそうだといわれればそれまでなのですが。私たちには理解できていない狐火の内訳も、タマモノビメには理解できているわけで。
であれば、転送の狐火を用いて、こういった奇襲もできるわけです。
「大丈夫、鈴音」
「問題ありません。おかげさまで怪我はしておりません」
ありがとうございます、と。助けてくれたことに感謝を伝えつつ、陽鞠さんと景さんとともに並び立ちます。
「あの狐火を使われてる限りは、こっちが攻められないね」
海未さんが剣と盾を構えながらにそう仰っしゃります。
実際、タマモノビメの強さの過半はあの狐火にあると言っていいでしょう。
「じゃあ、使ってる暇がないくらいに攻め続けるしかないかな」
そう言いながらに、海未さんが突進。
直後、それを読んていたかのように。流れるような所作で月村さんが海未さんのカバーに入ります。
素早い連撃。雨嵐のごとく攻め立てる海未さんの斬撃に。しかし、タマモノビメも食らいついていく。
「まさか、これに対応されるとはね。思ってたよりも、強い」
やはり、凶暴化の影響は伊達ではない様子。しかし。
「でも、私ひとりじゃ苦戦しただろうね。でも――」
攻撃になんとか食らいつくことはできている一方で。それ以下でないものの、それ以上でもない。
海未さんの攻撃を凌ぐことに、タマモノビメのリソースのほとんどを割いています。
今ならば、狐火による妨害は困難。そして。
「仲間がいるからね」
優梨さんをはじめとして《海月の宿》の面々が戦いの渦中のふたりに照準を合わせる。
でも、攻防が高速で繰り広げられている戦闘の中では、海未さんを外して、タマモノビメだけを狙うだなんてそんな所業は――、
「《獄炎》!」
「優梨さんッ!?」
容赦なくぶっ放される灼熱の炎。
位置関係が目まぐるしく入れ替わっている状態の海未さんとタマモノビメの位置を正確に予測して狙うなんてことが、優梨さんほどの人ならば可能なのでしょうか、なんて。そんなことを思いましたが。
「止めちゃだめだよ、優姉!」
「ええ。言われずとも、海未ちゃんごと焼くから安心してねぇ」
全ッ然、そんなことありませんでした。
というか、他のメンバーの方々も。同じく、海未さんごと、攻撃を繰り出しています。
離れた位置にいるはずの私でさえ、余波の熱気に身構えてしまうというのに。その炎の中でさえ、絶えず攻防を繰り返す海未さん。
たしかに危険ではありますが。しかし、これならばダメージは通せていて。このまま攻め立て続ければ、きっと。
実際、攻撃によって動きが鈍ったのか、今まではしっかりと受け止めていた攻撃が、ついにタマモノビメにとおって――、
「海未、交代ッ!」
しかし、その瞬間。なにかに気づいたような表情で月村さんがそう叫び、海未さんの元へと駆け出します。
「うんッ! ……って待って、ダメダメダメ!」
きっと、慣れなのでしょう。月村さんの交代発言に反射的に反応した海未さんが、そのまま立ち位置を月村さんに引き継いで。しかし、その直後に彼を止めるような素振りを見せます。
しかし、月村さんはそれでも退かずに、刀を手にタマモノビメと相対して。
「《多重抵抗》」
月村さんがそう言ったとほぼ同時。
戦いが起こっていたその中心で、爆ぜるような衝撃が発生します。
「今のは」
なにが、起こったのか。
ほんの一瞬だけですが、見えました。
月村さんとタマモノビメの間で、狐火が生まれて。
そして、即座にそれらが一斉に爆ぜました。
このまま攻め立てられ続けるのが不利と判断したタマモノビメが、ダメージを覚悟で強引に狐火を発動したのです。
炎、雷、氷、麻痺、毒、睡眠。その他たくさんの属性が極小規模の場所で一気に解放されたことで、それらの影響が撒き散らされました。
その結果が、現状。
「海未、交代!」
「言われなくてもッ!」
タマモノビメの決死の狐火を防ぎ切った月村さんが、即座に海未さんと交代します。
「支樹! 身体大切に! 無茶しちゃダメ!」
海未さんが、そんな心配の声を飛ばしながら――タマモノビメに向けて剣を振り抜いて。
「《紫電一閃》!」
「《全能力多重強化》」
私たちがいるところよりも更に後方へと飛び退きながらに、月村さんは攻撃のその一瞬に合わせて、支援。
強力な一撃が、タマモノビメに叩き込まれます。
そのまま高くに斬り飛ばされるタマモノビメ。あれだけの攻撃を受ければ――、
「まだ、来る!」
叫んだのは、海未さん。攻撃の感触で、斃せていないことを確信した彼女は、全員に警戒を促します。
案の定、空中で体勢を立て直してきたタマモノビメ。私たちとの距離が空いた――準備の時間が生まれたこともあって、その尻尾には、狐火が灯っています。
――来る。
放たれた狐火が私たちへと襲いかかってきます。更には、連続でもう一陣が追加。先刻までと比べて倍の量の狐火が飛来します。
まずは第一陣目。そのうちのひとつは、また私の方へ。
防御不可なのは理解しております。だからこそ、躱して、と。
そう、思いかけた。その瞬間。
こちらに向かっていたと思われた狐火は。しかし、躱すまでもなく、私の少し後ろ側。誰もいない地面へと向かいます。
運がよかった、と。そう思いかけた、その瞬間。
同時、言い表しようのない違和感が、肚の底から湧き上がってきます。
当たらなくて幸運だった。それは、事実です。
それに比べれば、ただふと感じただけの違和感など、些末な問題――なわけがないでしょう。
考えなさい、星宮 鈴音。普通に戦っても戦力になれないあなたは、考えることで尽力するほかないのですから。
確たる根拠がなくとも、そこにたしかな違和感があるのであれば。思考停止は罪と心得なさい。
なぜ? コントロールがぶれた?
ダメージを受けたから、コントロールがぶれた。なんていう希望的観測はしないほうが吉でしょう。実際、先刻は自損してまでの反撃を通してきたような相手。それくらいで下手を打つとは思えません。
では、なぜ命中しなかったのか。
先程までは二重に狐火を発動してこなかった。それは、コントロール性が落ちるから、などの可能性を見れば今の現象にも合点がいきます。
しかし、だとすると。この盤面で多重に狐火を発動してきたその理由が不明瞭。
弾幕は増えこそしても、コントロールが効かないのならば弱体化も甚だしい。
それを、攻略隊の弱点たる私を見極めて、ピンポイントで狙ってくるようなタマモノビメがしてくるでしょうか。たとえ、自棄になっていたとしても。
私の答えは、否。
ならば、今の着弾には意味があるはず。
先刻までのタマモノビメにとって、障害はなんだった? なにが、自分の命を追い詰めた?
「――ッ!」
第二陣の狐火たちが、数瞬遅れて到着します。やはり、私の方に向かってきた狐火は、まるで私を避けるようにして後方へ。
確証はありません。でも。
タマモノビメが厄介と言われるその要因。
万が一が、あり得た場合。
問題は、どちらか。月村さんは私より後方、先の狐火を視界の中に捉えられる位置にいます。
だから、きっと――、
駆け出す足に、迷いはありませんでした。
タマモノビメにとって、最大の脅威は。先刻、自身を追い立ててきた海未さんと月村さんの連携でしょう。
それこそ、身を切る覚悟で反転攻勢に出ていたように。このままでは、斃されると、そう確信せざるを得ないほどに。
だからこそ。タマモノビメが狙ったのは。
「――海未、さんッ!」
タマモノビメにとっての最善であり、私たちにとっての最悪。
転送の狐火による、海未さんと月村さんの、分断。
手を、伸ばします。憧れの人の、その背中へと。
そして――、
後方、第一陣の狐火によって準備された転送に、狐火が狙いすましたかのように飛び込んで。
「――――」
海未さんの、言葉にならない驚きの声。
私の手が。海未さんを突き飛ばします。
同時、私の視界に捉えたのは。転移してきた狐火。海未さんを狙ったであろうその狐火の効果は。
「鈴音ッ!」
月村さんの声がします。こちらに向かって走って、手を伸ばす彼の姿が見えます。助けようとしてくれている、その姿。
けれど、来てはいけません。
月村さん。あなたが来てしまっては、本末転倒です。
タマモノビメを斃すには、月村さんと海未さん。おふたりの連携が必要なのですから。
……力不足な私でも。最悪だけは、防げたでしょうか。
歪んでいく平衡感覚。音も光も、なにもかもがねじれていくそんなさなか。
私のことは、大丈夫です、と。そう伝えようと、精一杯に笑って。
月村さんの手が、声が。届かないことに安堵した、その瞬間。
「なにやってるの、バカッ!」
後ろから。優しい声と、暖かな手が私を包んで。
――そして。世界が一転します。
Tips:タマモノビメ
複数の尾を持つキツネの魔物。討伐指定A級の強力な魔物であり、札幌ダンジョン第十層のフロアボス。
狐火を介して様々な属性や状態異常を扱うトリッキーな戦術を軸としており、その中でも最大の脅威が転送の狐火。
物体を、自分自身を。そして相手を瞬間移動させることにより攻撃から戦線崩しまで様々な用途に使用する。
よろしければ、感想やリアクション、ブックマークや評価などで応援していただけますと嬉しいです!




