#112
車が走ること一時間程度。
崩壊都市と化した札幌からしばらく離れた駐屯地のひとつ、瀬尾様の所属する第三駐屯地に到着いたします。
第三、というように北海道氾濫鎮圧部隊には駐屯地がいくつかあって。それぞれ札幌ダンジョンを中心に各方向に駐屯地を構えて展開し、侵食を食い止めてくださっています。
ところどころ戦いの跡も見える建物の中に入り、瀬尾様の案内のもとしばらく歩いて。応接室と書かれた部屋の前に来て。
「隊長! 《海月の宿》の人たち……じゃなかった、ええっと、月村さんたちをお連れしました!」
「ああ、入ってくれ」
扉の内側から女性の声が聞こえてきます。
瀬尾様が開けてくださった扉に、私たちは一歩足を踏み入れて。
「協力に感謝するとともに来訪を歓迎しよう。私は北海道氾濫鎮圧部隊のここ第三駐屯地、第三部隊の隊長をしている黒崎 瑠璃だ」
スラリとした背の高い女性。凛々しさと威圧感とが伴った彼女はそう言って――、
「……と、堅苦しい挨拶はこれくらいにしておこうか。互いに性に合わないだろう、支樹」
「よくわかってるじゃないか、黒崎」
「……あれ? 隊長と月村さんって知り合いなんすか?」
きょろきょろとおふたりの顔をながらに首を傾げる瀬尾様。
私たちにも確認をするように視線を投げかけられますが、残念ながら私たちも存じ上げません。
ただひとつ言えることとしては、そうであっても今更驚かない、というか。
「お前こそ、支樹のことを知らないのか? ……いや、あの連中のなかではたしかに一般には知名度はないが」
「あの連中?」
「お前がさっき名前を出した《海月の宿》だ」
「……はい? だってさっき、月村さんが俺たちは《海月の宿》じゃないって」
「なにを言っている。そこにいる月村 支樹は正真正銘《海月の宿》の人間だ」
混乱する瀬尾様。まあ、アレに関しては月村さんの言い方が悪いです。
実際、隊長と呼ばれた女性――黒崎様がおっしゃるように、月村さんは《海月の宿》に籍を置いている正式なメンバーです。
ですが、実働上では現在《海月の宿》から離れており。ここ最近こそ、影千代さんの一件もあって行動をともにすることも多かったりはしましたが、体裁上の認識としてはまだ戻ってはいない、という取り扱いです。
今回の奪還戦についても、協力者である私に帯同するという形で月村さんも《海月の宿》に協力をしている、という立て付けです。自所属に協力をする、ということ自体が意味不明なので、書類上の扱いがどうなっているのかは知りませんが。
とまあ、そういう説明がややこしい関係性である上に、月村さん以外の全員が《海月の宿》の所属じゃないということもあり。説明を簡便にするためにもああ答えたのでしょう。おそらく他に《海月の宿》の方々が一緒にいらっしゃれば、言葉も変わったでしょうし。
「つまり、月村さんは《海月の宿》の人で、他の皆さんは違う、と」
「まあ、そうとも言える。説明が足りてなくて悪かった」
「会ったときから強そうだなあ、とは思ってましたが。やっぱりそうだったんっすねぇ」
実際はまだ説明が足りてないのですが。……まあ、もっとややこしくなるだけですし、間違ってもいないのでいいのでしょう。
「というか、隊長は月村さんのこと知ってたんすね」
「……事前の資料に目を通しておけば、お前でも知っていたことではあると思うんだが」
「はっはっはっ。まあ、そのなんていうか」
「ただまあ、個人的に知っていたというのは事実だし。それに、長く深く冒険者界隈にいればいるほどに、コイツの存在を知らないやつはいないだろう。特に、トップクラスとして数えられる連中ならなおのこと」
最強パーティの裏の立役者、事実上の二大巨頭、などなど。黒崎様が月村さんの呼び名をいくつか列挙されます。
それに対して月村さんが「えっ、そんな呼ばれ方をしてるの俺」と信じられないものを見るような様子でドン引きをいたしますが。……でも、実際それくらいの強さや実績はあると思いますよ?
「むしろなんでそんな人が名前知れてないんですか」
「さあ、それこそ私の知るところじゃない。単純に目立たんのだろう」
それは、私たちも一番不思議に思っていることではあります。
まあ、たしかに本人の戦い方も月村さん自身の性分も表に出てくるものではありませんので、目立たないというのも事実でしょうけど。
* * *
「ねえ、支樹。あの人ってやっぱり強いの」
海未たち《海月の宿》が合流するまではひとまず休憩ということになって。
黒崎と瀬尾は業務に戻り、鈴音たちは外の様子を見に行って。
残された影千代が俺にそう尋ねてきた。
「黒崎か? 曲がりなりにも北鎮の隊長だからな。強いが……俺や海未じゃないんだから変な気は持つなよ」
「私のことをなんだと思ってるの?」
「マッドサイエンティスト」
「んもう、褒めてもなんにも出てこないよ?」
身体をくねくねとよじりながらに言う影千代。褒めてないんだが。
「まあ、安心していいよ。別にあの人には興味ないから。ただ、強そうだなあ、とは思ったけどね。支樹や海未ほどじゃないけど」
「俺はともかく、海未とは比べてやるなよ」
「君も大概だけどね?」
呆れた口調で言う影千代。言っても俺は支援術師なんだが。
「でもまあ、えっと、誰だっけ。ああ、そうだ、瀬野って人」
「瀬尾な」
「そうそう。その人は会ったとき、まだ私でもなんとかやれるかなって思ったけど。あの隊長さんは無理そうだと思ったし」
「おい」
こうやって聞くと瀬尾がそんなにすごくないように聞こえるが、アレでも最低でもBランク相当の実力はある。……というか、北鎮の所属最低限がBランクだ。
どちらかというと、戦うのが本領じゃない影千代が、Bランクの相手でさえ戦局をびっくり返せてしまうくらいに彼女の固有スキルである《悪戯妖精》が異常な性能をしている。
「でも、たぶん実際そんなに強くはないでしょ」
「……まあ、Bランクではあるが。Bランクの中でどのあたりか、と言われると。それはそうかもしれない」
「自称もちょっと卑下気味だったけど、実際他の人たちに比べたらちょっと下気味ではあるよね」
それこそ、隊長である黒崎などと比べるのはかわいそうではあるが、それ以外のメンバーと比較してもいくらか実力では劣る。
実力があるから北鎮に来たというよりかは、北鎮になるために実力を間に合わせた、という感じではある。
もちろん、それでも入隊できるくらいには実力はあるので、決して弱くはないんだが。
「ま、瀬尾って人の実力が平均だったらどうしようかと思ってたけど、あそこが底だって考えるとなんとかやれそうかな」
「……おい。なにか変なことを企んでるんじゃないだろうな」
今回、影千代がこうして帯同しているのは、瀬尾に話したように崩壊都市奪還戦への協力者としての理由が半分、監視の目的が三割ほど。残りは、影千代自身の希望だ。
影千代にとっても、崩壊都市の奪還は目標のひとつ――というか、彼女の研究の最大目標であったりする。
そういう意味では、目指すべき先は同じくではあるのだが。その一方で、なにをしでかすかわからないという怖さもあるのも事実。
今でこそ影千代の監視は途切れさせていないが。本格的に札幌ダンジョンの攻略が始まった場合、コイツに割けるリソースはなくなる。そんなことを気にしていられる場合じゃなくなる。
「ふふっ。安心してくれていいよ。支樹たちにとって悪い話にはならないはずだし」
あまりにも軽い口調。思わず、ため息が漏れ出す。
「はぁ、頼むぞ。本当に」
「ふふっ、任せてよ」
ニヤリと笑う影千代。不都合が発生することもありうるが、これで有能、有益だから本当に困る。
不安しかない。が、これを信じるしかない。
* * *
数時間後、海未さんたち《海月の宿》が到着して。ついに、作戦会議が始まりました。
主には、札幌ダンジョンまでの経路、ダンジョン内外の編成と役割分担、連絡、連携の体制。攻略の方針。黒崎様の主導のもと、会議が進んでいきます。
飛び交う難しい話に、なんとか食らいつきます。特に、連絡と連携については私――もとい私の固有スキルである《天声》が根幹を握ります。
自分自身の、そして皆様の命に関わることですから、なおとのこと。
基本的には、地理的な理解の深い北鎮第三部隊が主体となって札幌ダンジョンまでの道を切り拓き、門付近しばらくのところに作戦司令部を仮設。
第三部隊の方々が周辺警戒と有事の際の退路確保を担当し、《海月の宿》とサポートの私たちがダンジョン内へ侵入、札幌ダンジョンの突破を目指します。
とはいえ、内情もわからない札幌ダンジョン。崩壊以前の情報ならば手に入るものの、はたしてそれからどれほどの変化が起こっているかについては、目星もつきません。
そのため、仮設の司令部とダンジョンとを何度も往復しながら、何回にも分けて少しずつ攻略を進めていく、という段取り。
長期の期間を要するのは、そういう作戦の都合があります。
地道な攻略。しかし、そうしなければならないほどの環境が札幌ダンジョン――崩壊都市。
そして、これから私たちが挑む場所。
「ここまでの内容で、なにか質問や反対意見はあるだろうか」
作戦会議を取り仕切っていた黒崎様がそう尋ねます。
私は、なんとかついていけたので、大丈夫……だと思います。
くるりと周りを見回してみると、同じくな方がほとんどのようで。
「じゃあ、私からいいかな」
そんな中で手を上げたのは、影千代さん。
指名されるともに立ち上がって、口を開きます。
「聞きたいのはただひとつ。君たちがどれくらい強いのか、ということ」
遠慮もなにもなく、彼女は真っ直ぐにそう切り込みます。
「たしかに、後ろを任せるという都合上、私たちの実力を気にするというのは道理か――」
「いや、それについてはあんまり気にしてないんだよ」
「……はい?」
目的の所在がわかりにくい影千代さんの会話に、黒崎様が首を傾げます。
「単純に、どれくらいやれるのかを知りたい。実力があるってのは知ってるし、決して弱くはないってのは承知の上で――どれくらいの魔物を相手に、どんな状況下で時間を稼げるのか」
「……倒せるか、ではなく。時間を稼げるのか、か。随分と舐められたものだな。いや、《海月の宿》と比べれば大したことがないのは事実だが」
黒崎様の反応に、海未さんたち《海月の宿》の方々が少しばかり気まずそうな顔をします。
場をひっかき見出してるのが影千代さんという、どちらにも属さない人物だというのが、ことさらにやりにくそう。
「具体的な状況を示そうか。――大侵攻が発生したとして、抑えられる?」
「大侵攻、か。札幌では大侵攻は常に起こり続けているようなものだが。……そうだな、状況や魔物の強さにも依るが、第三部隊だけで数時間は抑え込めるだろう。他の部隊と合流すれば交代制で数日は保つが」
「合流は考えなくていい。第三部隊で数時間抑え込めるってことだけど、他の部隊も同じくらいの実力があるって認識でいい?」
「ああ。もちろん得意不得意や力量に多少の差はあるだろうが、基本的にはそれぞれの部隊がAランクパーティ相当の戦力を持っていると思ってくれて構わない」
「なるほどね。了解、ありがと」
満足そうにそう言って、着席する影千代さん。
「他にはないだろうか」
再度、黒崎様が確認をいたしますが。今度こそ、誰からも手が上がりません。
「それでは、作戦開始は明朝の午前八時。各自、準備は十全に」
黒崎様は。そう、前置いてから。
全員の顔を一瞥して――、
「――我々の手で、魔物共から札幌を取り返すぞ」
Tips:黒崎 瑠璃
北海道氾濫鎮圧部隊第三部隊隊長の女性。Aランク冒険者であり、その中でも実力は上澄み。
支樹たちとも面識があり、今回の《海月の宿》が崩壊都市奪還戦を行うということで彼女の率いる第三部隊がメインのサポート役として抜擢された。
Tips:瀬尾 健二
北海道氾濫鎮圧部隊第三部隊隊員の男性。Bランク冒険者。
実力としては北鎮の中では下の方ではあり、基本的には雑務が中心になる。
ただ、あくまで北鎮という特殊な環境下の中で下の方というだけで、実力はある。
なんとなんと、ついに執筆開始から一周年ということで。
まだしばらくは連載を続ける予定ではありますので、お暇があればお付き合いいただけますと幸いです!
よろしければ、感想やリアクション、ブックマークや評価などで応援していただけますと嬉しいです!




