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109/118

#109

「陽鞠さん!」


「あら、鈴音。どうしてここに?」


 月村さんと海未さんのトレーニングが始まってからしばらく。

 陽鞠さんは私とは別のところで――琴風さんに、指導を受けておりました。


「月村さんたちに教わってるんじゃなかったの?」


「はい! ですがそちらは総合的な方面で。個々の項目については、こうしていろいろな方に教わっているんです!」


 既に月村さんと海未さんに教わっていることで感覚が多少麻痺をしているような気はしますが、冷静に考えるととんでもないことです。月村さんは「どうせついでだしいいだろ」と軽くおっしゃられますが。


「先日は景さんと一緒に優梨さんに教わっていたんですよ!」


「へえ、どうだった?」


「その、なんていうか。月村さんたちとは少し違うような疲労感がありますわね……」


 陽鞠さんも、優梨さんには以前教わっていたため、受けたトレーニングの内容は把握されていることでしょう。

 特に魔力欠乏の程度が大きい優梨さんの指導方針は、通常の身体的疲労とはまた違った疲れがあります。


「陽鞠さんの調子のほどはいかがですか?」


「私は。まあ、探知《サーチ》の方はそこそこって感じかな」


「私のおかげ、ぶい」


 琴風さんがピースを作りながら、自慢げに……と言うには表情があまり動いてはいませんが、そうおっしゃいます。


「固有スキルについては……まだここからって感じかな。《虚空蹴り》については特に」


 いろいろ影千代から聞いてはいるんだけどね、と。ため息をつきながらつぶやく陽鞠さん。

 私もいろいろと影千代さんからは教えてもらってはいますが。やはり固有スキルが他者に解釈、使用ができるものではないという特性上、分析はやはり難航している様子です。


「鈴音ちゃんの現状については、支樹から聞いてる。任せてくれればいい」


 私たちが近況について話していると、パンパンと軽く両の手を打ち鳴らし、まとめあげるようにして話し始めます。


「あと、容赦なく教えるように言われてるけど、大丈夫?」


「はい! お願いいたします!」


「……ちょっと変わったわね、鈴音。いえ、前からそんな感じではあったけど」


 小さく息をつく陽鞠さん。どういうことでしょう? と私が首を傾げていると「わからなくていいわ」と言って。


「私も、負けてられないってことよ。よろしくお願いします、琴風さん!」


「うんうん。若いっていいね。私、ふたりとはほとんど年齢変わらないけどね」


 私たちの頭をわしゃわしゃと撫でながらにおっしゃる琴風さん。陽鞠さんは言動では少し鬱陶しそうな素振りを見せながらも、表情はどこかまんざらでもなさそうにしています。


「それじゃ、さっそく探知《サーチ》の訓練をしていく……といいたいところなんだけど。今日は鈴音ちゃんもいることだしね。いつもと同じような出力伸ばしの訓練をしてもいいっちゃいいんだけど。せっかくだし少し違った――応用的な技術についての解説をしてこうと思うよ!」


 にっこりと、そう言う琴風さん。

 景さんのところに行ったときに、優梨さんにも言われましたが。……こう、なんていうか。みなさん、せっかく、という言葉がお好きな様子で。

 おかげさまで、今回もこれから行われることの難易度が、察せるというか。


「ちなみに、できるようになるまでは終わらないつもりだから。頑張ろうね!」


「……っ、はい!」


 こうなれば、半分くらいはヤケクソですの。ええ。






「むきゅう」


 今日も今日とてトレーニングを終え、倒れ込むようにベッドに臥せります。


「お嬢様。お疲れ様です」


「いえ、千癒こそわざわざありがとう」


 そんな私を甲斐甲斐しくお世話してくれる千癒。

 本来であれば、身支度などを諌める立場にあるはずの千癒でさえ、こうして労いをしてくれているように。正直、疲労困憊もいいところではあります。

 訓練は苛烈を極めておりますし、その上、勉学をおろそかにするわけには行きません。

 ダンジョン内での活動こそ、最近は抑え気味……というか、そもそも余力もありませんが。


「お嬢様は、本当にお強くなられましたね」


「そう、でしょうか。千癒がそう言うのであれば、そうなのかもしれませんね」


「はい。今となっては、私でも敵うかどうか」


「ふふっ。お世辞でも嬉しいですよ」


 私が小さく笑いながらそう言うと。しかし、千癒は「お世辞ではないのですが……」と言ってからに。


「正直なところ。こうまでなれるとは、思っておりませんでした」


 どこか、申し訳なさそうに主人《わたし》への不信を謝罪する千癒。


「いえ、千癒の考えも仕方のないものでしょう。そもそも小学生並みだった私がここまでなれるだなんて想像するほうが無理な話でしょうし。それもこれも、月村さんが教えてくださったということが全ての始まりですし」


 特に、元々冒険者の才能がなかったはずの私にここまでの実力がついた理由の一端は。月村さんや影千代さんの生み出したトレーニングに依るものですし。


「……たしかに、月村様の指導があってのもの、というのは事実でしょう」


 私の言葉に肯定を示しながら。しかし、と。


「他の方も仰っていたことではありますが。優秀な指導者がいたところで、それを受け取り、実践しなければ身につくことはありません」


「まあ、それは」


「そして、曲がりなりにも。月村さんの指導は生半可な気持ちでついていけるものではありません」


 ……たしかに、それはそうかもしれませんが。


「それでもひたむきに実践をし、自らの力としたのは。間違いなくお嬢様の努力の結果でしょう」


「そう、でしょうか」


「ええ。ただの憧れであればそれなりのところで満足をするだろうなと思っておりましたし。なんならば正直なことを言ってしまえば、最初の頃に諦めてしまうものだと思っておりました」


 完全に、千癒の言葉を否定できていた自信はありません。

 月村さんの訓練を受けながら、やめてしまいたいとどれほど思ったことか。

 けれど。


「意外と、強欲なものなのです。なんせ私は、星宮ですから」


「……ええ。旦那様と、よく似ていらっしゃいます」


 小さく頷きながら、千癒がそう言います。


「しかし、本当にお強くなられましたね」


「しかし、まだまだ周りは遥か高みですわ。先程は千癒が私に敵うかどうかと言いましたが、私からしてみれば千癒もとーっても凄い冒険者なのですから」


 そもそも、冒険者の役割自体がそれぞれ多岐にわたる都合、単純に比較すること自体ができないのですが。


「しかし、Bランクと胸を張れるほとの実力は間違いなく備わっております。いえ、なんならばそれ以上に――」


「ええ。だって私は、Cランク冒険者であって……」


 ……あれ? おかしいですわね。今なにか少し、会話が食い違っていたような。

 ぱちくりと目をしばたかせつつ、千癒と顔を見合わせます。彼女の方も状況を把握できていない様子で、小さく首を傾げながら。


「ですので、Bランク冒険者として十分な実力が」


「私、胸を張ってCランクと言えるようになったと」


 再び、コテンと首を傾げます。


「えっと、月村さんから聞いておられないのですか?」


「なん、の話でしょうか」


「いえ、その。……私から話してもいいのでしょうか」


「千癒、話しなさい」


 月村さんが意図して伏せているのであればともかく、千癒に対して口封じをしているわけでもなく。加えて、ここまで半端に言われてしまっては気になってしまうというもの。

 どう考えても、私に関するお話ですし。


「その……どうやら、お嬢様たちに――私含め、ではありますが――高輪ダンジョンの大侵攻《スタンピード》制圧に関して、Bランクへの昇格のお話が来ているそうで」


「はへ?」


 ……いえ、言葉自体は理解できます。しかし。


「ありなのですか!? それ」


 というか、私ここまで全部、こういうやり方でしか昇格していないのですが!? いいのですか!? これ!


「今回に関しては、メディアという実力保証の明確な証拠がありますし」


「そんなものが……ああ、そういえばありましたわね」


 私がお願いして始めていただいた配信がありました。

 あのときは、より広範に安心をしていただくため、という思い一心でやっていたことではあるのですが。


「むしろ、あの配信があったことで。世論からしてもその流れが強いらしく」


 曰く、これでCランクなのはおかしいだとか、これで昇格なしは意味不明だとか。そういう意見が内外ともたくさん出てきているのだとか。……内外?


「ええ。冒険者協会内でも、意見があるそうです」


「……冗談では?」


 なお、これ自体は《海月の宿》の案件ではないものの、親しい立場の人間に係る特殊事例ということで、《海月の宿》専属の真庭さんが対応にかられているとのこと。

 なんというか、申し訳ないことをしてしまったような気が。いえ、私たちはやれることを、やるべきことをやっただけなんですけれども。


「しかし、てっきり月村さんからお聞きしているものかと」


「いえ、それが初めて聞きましたわ」


 でも、そういえば月村さん。最近なにやら考え込んている様子がしばしばありましたし。もしかしたら、私が昇格に足りうるかどうかを考えていたのでしょうか。


「いえ、お嬢様の実力がBランクに足りない、ということはないと思いますが」


 ボソリ、と千癒がそんなことをおっしゃいます。身内の贔屓目ではありませんでしょうか。


「しかし、月村様がなにか思い悩んでいらっしゃったのですか?」


「え? はい。私にはそう見えましたが。千癒はそう感じなかったのですか?」


「ええ、私には」


「なら、きっと私の勘違い――」


「しかし、お嬢様が言うならば、そうなのかもしれませんね」


 食い気味に、千癒がそう言います。いえ、その。私のことを信頼してくださるのは嬉しいのですが、なんというか、そんな気がしただけですし。


「しかし、あの月村様が悩んでいるとは。いったいなにについてなのか」


 千癒がそうつぶやきます。


 最大の候補としては、やはり影千代さんに関することだとは思っていましたし。そう思っていたからこそ気に留めずにいたのですが。

 しかし、私の昇格云々の話が伝わっていないことなどを加味すると、そんな単純な話でもないような気がいたします。

 それこそ、私にその話が伝わっていなかったというのも疑問点ではあります。いつもの月村さんならば、ひとまず話を共有した上で、メリットデメリット、そして月村さんの意見を併せて伝えていただいていたように覚えているのですが。


「っと、すみませんお嬢様。思ったよりも話込んでしまいました」


 気づけば、夜も遅くになっていて。特になにもなければこれくらいの夜ふかしならば多少したところでなんということはないのですが。

 しかし、現在極端に疲労をしている上に。明日も当然に学校はあるわけで。

 学生という身分上、学業を無視するわけにはいきません。特に私は、それほど得意というわけではありませんので、なおのこと。

 授業を受けてれば、大体解けるでしょ? と言ってくる陽鞠さんが今はちょっぴりだけ恨め……いや、羨ましく思えます。


 まあ、なにはともあれ、頑張るしかないわけで。

 頑張れるのは、私のいいところ、ですから。


「ひとまず、お風呂を浴びて、歯を磨いて。今日のところはお休みすることにします」


「承知いたしました」


 いざとなれば、月村さんに聞けばいいこと。


 ずっとお世話になっている立場ですから。もし、なにか月村さんたちのお力になれることがあれば。

 是非に。

Tips:ランクアップの特例措置

 本来ならば十分な実績を積み上げた上で試験に合格することで昇格するはずの冒険者ランクが、特殊な事由によってそれらの手続きをすっ飛ばして昇格する、という特例の措置。

 ちなみに、FランクからCランクまで全て特例措置のみで昇格した事例自体が鈴音が初。




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