#108
影千代さんからの指導が始まってから、しばらく。
最初の頃は毎度のごとく吐き戻していたものですが、それにもだんだんと慣れてきて。
というよりかは、正確には周囲の魔力環境に慣れてきた、というべきでしょうか。
引き起こされていた現象が魔力酔いなのですから、その環境に適応――私自身の魔力量が周囲からの吸収量に釣り合うことができれば――魔力酔いは引き起こされない、吐き気も収まってくることになります。
「ダンジョンにも依るけど、これでだいたい第二十層くらいの濃度。この装置で再現できる上限だよ」
影千代さん曰く、理屈上は再現できるそうなのですが、そのために必要な材料があまりにも多量になってしまい、非効率が過ぎるとのこと。
そして、同時に。環境に適応してしまったということは、これ以上この装置では成長が見込めないということ。
とは言っても、今までの私が適応できていた階層がせいぜい一桁階層であったことを鑑みると、相当に伸びたといえるでしょう。
「ま、そういうわけだから。ここから先については個別で指導を受けながら、定期的に私が検査をしながらアドバイザスをしていくって感じだね」
汎用スキルであればともかくとして、固有スキルになると他の人では扱えない以上伸ばしに苦心をするらしいのですが。その点については、影千代さんがカバーしてくれるとのこと。
影千代さんが「その点も含めて、ちゃんと解析するから安心してね!」とおっしゃっていましたが。その、なんというか。……不安しかありません。
いえ、影千代さんの指導や知識を疑っているとかそういうわけではないのですが。どちらかというと影千代さん自身というか、彼女の検査を警戒しているというか。……また、いろいろと弄られるのでしょうか。
……不安です。
そんなこんなで、各自それぞれ個別指導、という形に別れます。
陽鞠さんは琴風さんのところへ。景さんは優梨さんのもとへ。
そして、私が誰のもとに行くことになったのかというと――、
「なんというか、今までも教えてきたこともあって、俺が教えることについては正直あまりない気もするんだが」
「そんなことないよ! というか、私のほうがちゃんと教えられるかな」
「よよよ、よろし、くお願いいた、たたします! えと、その! 月村さん、海未さん!」
「うん、よろしくね鈴音ちゃん!」
なんということでしょう。目の前にいるのは月村さんと海未さん。
いえ、最近となってはこのおふたりが前にいること自体はそれほど珍しくもなくなってきてはいますが。――まあ、《海月の宿》に入り浸り過ぎなだけもしますが。
「しかし、海未さん。私なんかのために、本当によろしいのでしょうか?」
こんなところに……というのは、場所的には本来のホームであるので、間違ってはいないものの。しかし、曲がりなりにも日本一。本来ならば私のために時間を割いているようなお方ではないというのも事実のはず。
海未さんは、それほどに雲の上の人なのです。……そのはず、なのですが。
そのお方から直接に指導をいただけるだけにとどまらず、まさかの個別指導。
更には月村さんも一緒になって教えていただけるとのことで。
「それじゃあ、やっていこうか!」
「は、はひっ!」
か、噛んじゃいました。うう。
盛大に開始をずっこけてしまったことに顔を真っ赤に染めながら。しかし、こんな貴重な時間を無駄にするわけにもいかず。頑張って前を向きます。
「鈴音ちゃんの成長方針としては、私や支樹と同じようなオールラウンダー。とは言っても、得意不得意ってのはそれぞれあるけどね」
「俺は鈴音も知ってのとおり、支援術師。どちらかというと後衛側の役割を得意としてるし。逆に海未は盾持ち……ではあるものの、どちらかというと鉄砲玉のほうが近い。まあ、その鉄砲玉が敵を殲滅してくるとかいう意味不明な威力を持っているんだが」
「えへへ……」
「またの名を、言うことを聞かずに突撃するけど、それでなんとかできる実力を持っている、とも言う」
「あれ、もしかしてあんまり褒められてなかった!?」
たぶん、おそらく。いえ、ほぼ確実に褒められてはいなかったかと。
「ただ、そんな立ち回りをしているくせに海未がなんとかできているのも。コイツ自身がだいたいのことをこなせるオールラウンダーだから。俺についても、支援術師ではある一方で、ある程度のことはできるようにはなってる」
最近理解してきたのは、月村さんの自己評価については数割増し……いえ、数倍に膨らませて解釈をしておいたほうがいいということです。
つまりは、月村さんも支援術師ではある一方で、オールラウンダーとして行動できるようにはなっている、ということ。
「ある意味、それだからこそのSSランクともいえるね」
にっこりと笑いながらに、海未さんがそうおっしゃられます。
「まあ、高位の冒険者になるにつれ。大なり小なり多くのことはできるようになっていくことがほとんどだ。《海月の宿》の面々に置き換えてもそうなのはわかるだろう?」
月村さんの言葉に、コクリと首肯で返します。
ダンジョンという場所の危険性、不安定さなどの都合もあり。より深層に、より奥地にと進むためには。最低限自分の身の安全を自分で確保する必要があり。そのためには、自身の得意だけではどうにもならないことが多くなります。
だからこそ、月村さんは私たちに生き残るための手立てをたくさん教えてくださっていたわけで。
「ただし。これから鈴音に教えていくことになるのは、最低限以上――」
今までよりも、一歩踏み込んだ領域。
広く浅くではなく。広く、そして深く。
「ここから先はダンジョンの危険性も大きく上がる。正直、冒険者としてやっていくだけだとしても、今のままでも十二分だ」
私の冒険者ランクであるCは、ちょうど専業でやっていけるかどうかの境目であるライン。
冒険者全体で見ればまだまだ真ん中の方に位置するランクではありますが。まだ学生であり、かつ、将来的に冒険者専業でやっていくかどうかも未定の人物としてはかなり高めのランクとも言えます。
「今までについてもそうではあったが。ここから先はなおのこと、俺が見ていたとしても助けに入ることができるかがわからなくなってくる」
つい先日の高輪ダンジョンでのスタンピード。あのときのように、自分の身は自分で守る、ということができなければ命に関わる世界に、既に片足を踏み込んでいて。
そして、ここから先は。完全にそちらに入り込んでしまう。
脅しでもなんでもなく。忠告として、月村さんはそうおっしゃいます。
「それでも、やるんだな」
「はい。だって私は、そんな冒険者に憧れたのですから」
「……だ、そうだ。しっかり責任を取れよ、海未」
呆れたようにしてため息を漏らす月村さん。
でも、海未さんだけじゃ、ないんですよ?
たしかに最初に憧れたのは海未さんです。
けれど、そんな私を導いてくれて。冒険者としてのあり方を教えてくれたのは。紛れもなく、月村さんなのですから。
そして、そんな憧れのおふたりが。私に指導をしてくださる。こんな嬉しいことが、あっていいのでしょうか。
「まあ、鈴音は知ってると思うが。教えるからには全力で教える。覚悟をしろよ?」
「はい!」
「今まで以上に――比にならないくらいに、やるべきことも覚えることも出てくる。手加減はしない」
少しばかり、怯みはしました。かつての私ならば、少しくらい手心をいただけると、なんて思ったことでしょう。
しかし、それでは死んでしまうのが、ここから先の世界。だからこそ、気を引き締めて。
「はいっ!」
覚悟を持って、そう、答えます。
「……あれ?」
「鈴音、どうかしたか?」
個別指導の特訓を初めてしばらく。ふと違和感を覚えます。
「いえ、その。前よりスキルの出力が上がっているような」
試しに発動した《光線》のその威力が、以前よりも大幅に大きくなっています。
もちろん、魔力保有量が増加したことで、魔力総量の増加に伴う押し出す力の強化があるため威力が上昇するのはわかるのですが。それだけでは説明がつかないほどに威力が上がっています。
ついでに、少しばかり制御が乱れているような、そんな感覚も。
「ああ、それは影千代の特訓で魔力量が増加したからな」
「いえ、それはわかっているのです。ただ、魔力保有量の増加だけでは――」
「いや、魔力保有量じゃなくて、魔力量の増加だ」
どう、違うのでしょうか?
月村さんのそのお言葉に、コテンと首を傾げてしまいます。
「まあ、鈴音ちゃんのその意見もわかる。実際、一般に取り扱われるとき魔力量は魔力保有量とイコールとして扱われることが多いし。その認識も間違ってはいない」
「ただ、魔力量には保有量以外にも、魔力放出量という概念もあって。そのふたつを統合した認識のほうがより正確だ」
「魔力、放出量?」
「ああ。その名前のとおり、どれだけ魔力を放出できるか、というものだ」
曰く、水道で考えたとき。貯留用タンクの大きさにあたるものが魔力保有量、そして蛇口の大きさになるのが魔力放出量とのこと。
魔力酔いはこの貯留用のタンクに供給される水の量が過剰になり、溢れ出してしまうことによって発生します。
だからこそ、第二十層相当の魔力環境に適応できた今は、それ相応にこのタンクが拡張されているわけですが。
「貯め込める量が増えたところで、蛇口から抜くことができる魔力量が少ないままだといずれは貯まりきってしまい、溢れてしまう」
「……あっ」
「だからこそ、影千代はあの装置での訓練中にも魔力操作や放出の練習をさせていたわけだ」
ただただ苦しい中でも行動できるようになるための訓練、というわけではなかったのですね。なるほど。
「つまり、今の鈴音は相応に蛇口の大きさも――魔力放出量も大きくなっている状態というわけだ。それが、今の鈴音のスキルが強化されている理由」
「なる、ほど」
「まあ、影千代の装置は半ば強引に強化したようなものと言っても差し支えがない。だからこそ、まずはそれを扱えるようになること。そして、しっかりと蛇口の栓を締めることができるようになることがひとまずの目標だ」
なお、補足するようにして。扱うのは無論全属性系統のスキル。放出系や身体強化などの垣根も全てなく、あらゆるスキルを扱えるようにしていく、とのこと。それも、無理やりな強化によって若干馬鹿になっている制御を取り戻して、現状にしっかりと適応させながら。
早速、途方もない話になりながらも。しっかりと、気を持ち直します。
「扱えるように、というのはわかったのですが。蛇口を締める、というのは?」
威力の制御というだけならば、それこそさっきのスキルを扱えるようになる、というほうでもやっていくことにはなります。特に、加減弁がイカれてしまっている現状では、そこをしっかりと制御できないとすぐに魔力欠乏に至ってしまうでしょうし。
しかし、わざわざ分けておっしゃられたということは、別な目的もあるはず。
そんな私も疑問に。月村さんは「そうだな」と切り出して。
「鈴音、探知をするときは、なにを頼りに探す?」
「ええっと、自身の魔力を周囲に放出して。その跳ね返り、です?」
最初の頃はなにがなんだかあまりわからない、なんてこともありましたが。今ではちゃんと地形の把握もできるようになってきました。……経験と慣れってすごいですね。
「そのとおり。じゃあ、ただの地形と魔物はどうやって区別をつける?」
「それはもちろん、跳ね返ってきた魔力に、別の魔力が混じっていないかどうかを――」
そこまで言って、察します。
その表情の変化は、どうやら月村さんにも伝わっていたようで。
「ああ、そうだ。これから教えるのは、言ってしまえば気配の消し方。特に、今の鈴音の状態は魔力制御ができていないこともあって、かなり放出してしまっているからな」
そして、それを教えられる、ということは。つまり。
ここから先。敵もこちらのことを探知してくる、高い知性を有した魔物である、ということでもあります。
Tips:魔力量
一般には魔力保有量と同義として捉えられることが多いが、正確には魔力放出量も合わせた概念である。
なお、大抵の場合は保有量が増大するに伴って放出量も増えていくので、そもそも放出量という概念を認識している人も少なかったりする。
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