#107
「さて」
鈴音たちは影千代指導の訓練の影響もあって、疲労から早々に就寝。
影千代の研究室には、部屋の主の他に俺と海未のふたりだけが訪問をしていた。
他のメンバーには、近づかないように言付けている。
「いろいろと聞かせてもらいたいことがある」
「構わない……と言いたいところだけど。その前に、報酬の方をもらっておかないとね」
「別に渋るつもりはないが、後からじゃだめなのか?」
「うん。支樹が逃げるとは微塵も思ってないけど。これに関しては、支樹の状態を把握しないと、私の立場と意見が少し変わってくるから」
「……そうか」
影千代の言葉に、俺はおとなしく彼女の検査を受け入れる。
あちこちまで弄られるのは空羽と同じだが、影千代の検査はそれに加えて魔力による検査もあって少しばかりくすぐったさが大きくなる。
しばらくの時間我慢していると「反応が小さくて面白くない」と口をとんがらせながらに影千代が離れていく。
「それで、どうだった?」
「以前見たのが随分と前だったから、その時から比べて全体的にかなり成長はしてるね」
「……お前が気にしているのは、そこじゃないだろ」
「まあね。ついでに支樹や海未が気にしてるのもそこじゃない」
影千代はそう言うと、そっと目を伏せる。
その反応で、大方の事情は察する。
「発現はなしか」
「うん。そのとおり」
「まあ、これに関しては鈴音のそれとはまた事情が違うからな。元からないわけじゃなくて、代償――」
「支樹、その、ごめんな、さ」
「海未が謝ることじゃない。ただの事故だ。誰も予期できなかったスキル事故だし。それをいうなら自身の固有スキルを制御できなかった俺にも責任がある」
やはり海未を同席させたのは彼女にとって負担だったか、とは思いつつ。とはいえ、ここからの話を――影千代がこれまでなにをしていたのかということを――聞く上では海未も同席せざるを得ない。
だから、できればこの検査は海未が離席してから受けたかったのだが。しかし、ここからの話に絡んでくるとなるとそうもできない。
「それで。本題に入ろう。聞きたいことは無論、なぜあんなことをしていたのか、だ」
大侵攻の誘発、魔物化技術の確立、破魔の銀弾の開発。
それら影千代がなし得た、どれひとつをとっても社会に混乱を引き起こしかねない事象たち。
影千代が犯人でなかったなら、保有軍事力の向上や、あるいは金銭的な目的だってあり得ただろう。だが。
「影千代が、金や権力なんかを目的としてそんなことをするとは思えない」
「それは、信頼と見ていいのかな?」
「いや、ただそういう無駄なことをするやつじゃないと思っているだけだ」
それを信頼と言うんじゃないかな? と、影千代はケラケラと笑いながら俺と海未のことを見てから。
そして、その表情をスッと落ち着かせながらに。「まあ、そのとおりだよ」と。
「支樹や海未なら知ってのことだと思うけど。――私は、ダンジョンや魔物といった存在が心の底から嫌いだ」
ダンジョン研究の最先端を言っている人間とは思えない発言。しかし、彼女のその言葉は、事実だ。
「もちろん、研究対象としては非常に興味深いとは思っているよ。でも、それはそれとして、あんな不躾な存在は見過ごせない。ある日、突如として私たち人間の領域に土足で踏み込んできて、あまつさえその領域を奪おうとしてくる傲慢な存在など認めるわけにはいかない」
どちらが傲慢だ、という意見もありそうだが。とはいえ、見方によっては影千代の意見も大きく間違ってはいない。
事実、ダンジョンの発言は人間社会にとってプラスの働きをした側面もある一方で、北海道をはじめとする崩壊都市のように、人間の生活圏を奪うという侵略的な側面も併せ持っている。
そしてその点に於いて、以前より影千代は強い嫌悪感を抱いていた。
「そういう意味では、影千代の発明した破魔の銀弾はある程度理解は及ぶ。魔物化技術についても、人間側の戦力増強手段として見れば、納得できなくはない」
「まあ、魔物化については私にとっても予期せず得られた技術というか。副次的に発生したものではあるんだけどね」
その事例が小夜だった、というわけである。
曰く、俺や鈴音の介在もあって偶発的に魔物化を引き起こしながらも自らの力になし得た小夜から発想を得て、再現可能な技術として構築したのだとか。
「ただまあ、アルカナ連合の結果を見てわかるように。どうにも魔物の力を引き出すこと自体は簡単じゃないみたいなんだけどね」
「あれはあいつらが力を過信しすぎていただけな側面はあるが」
とはいえ、少しでも気を緩めると魔物に意識を呑まれかねない魔物化、もとい《獣化》に於いては、その点は極めて致命的であったと言えるだろうが。
「ただ、銀弾や魔物化はダンジョンや魔物に対する対抗策として生み出されているのに対して。大侵攻の誘発は明確に毛色が――目的が違う」
対処が遅れれば、それこそ影千代が嫌っているような、ダンジョンの氾濫や都市崩壊を引き起こす原因となるだろう。
しかし、彼女はそれを行った。
先の発言から、未だに影千代がダンジョンや魔物を憎んでおり、反対派閥に傾倒したなどというわけではないことはわかった。
無論、金や権力を得るために行ったことでないこともわかる。
そして、こいつが無意味にそんなことをするやつじゃないことは、重々承知をしている。
だからこそ、その行動には理由があるはずで。
「まあ、早い話が。ダンジョンのガス抜きのようなものだね」
「……ガス抜き?」
影千代の発言に、俺と海未が揃って首を傾げる。
「ダンジョン災害が発生する要因はかなり複雑で、未だに解明できていないところもありはするが。少なくとも現状の私が把握できている要素のひとつとして、ダンジョン内に滞留している魔力が過剰になるということがある」
そもそも魔物がどうやって生まれるのか、というような話にも近くなってくることにはなるが。
その身に魔力を有しており、より強い個体になればなるほどにさらに多くの魔力を宿している。そういった魔物が大量に発生する大侵攻などのダンジョン災害では、当然それに見合うだけの魔力が必要になる、という理屈だ。
「原因は様々ではあろうが、例えば攻略が不十分であったり、冒険者の立ち入りが浅い階層ばかりであったり。とにかく、魔物を討伐という形でダンジョンから発生している魔力が解消されないままに蓄積し。それらを解放する形で大侵攻が発生する」
当然、このときに蓄積されていた魔力が多ければ多いほどに大侵攻はその勢いを増し、被害もより甚大なものになる。
「結局発生前に支樹に止められちゃいはしていたけど、阿蘇や広島の大侵攻と、この間の高輪のそれとじゃ規模や敵の強さが雲泥の差だったでしょ?」
前者は、影千代が誘発した――つまり、魔力の蓄積が過剰になる前に意図的に引き起こした大侵攻。後者は、自然に引き起こった大侵攻。
実際、規模感もそうだし、高輪には災害級の貪るものが発生していたこともあって、脅威度だけで測れば天地の差ではあっただろう。
正直、あのタイミングで支樹や海未がいなければ、高輪で――東京で氾濫が起こっている可能性まであった。
そして、そういった深刻な被害が発生する前に大侵攻を意図的に引き起こす、ということが――、
「ガス抜き、ってことか」
「そういうこと」
「……いちおう、理屈としては通っている。が、だとするとお前はどうやってそれを引き起こしたんだ?」
「それを話すには、そもそも魔物ってなんなんだ、という話をする必要があるんだよね」
私がが思うに、と。影千代はそう言うと、ピッ、と。ふたつ、指を立てて。
「ひとつは、先にも出てきたように。ダンジョン災害などを起因としてこちらへと侵攻してくるというもの。攻撃的な役割だね」
先刻、影千代が語っていた仮説としての大侵攻にも、合致する側面がある。
貯め込んだ魔力を、開放してダンジョン災害を引き起こしているその理由としては、辻褄が合う。
「そしてもうひとつは、ダンジョン内部という、いわば体内に入り込んできた外的に対する防御、免疫的な役割だね」
もちろん、ダンジョンが生きているかどうかとか、意志があるのか否かなんてことはわかりはしないが。
しかし、侵入者が入り込んできたからそれを排するために対処をする、ということ自体は自然な摂理ではある。
そして、普段であればその侵入者というのは俺たち人間――冒険者なわけであるが。
「ここに、そのダンジョンの環境に適していない、別のダンジョンの魔物が出現したらどうなるだろうか」
ダンジョンからみた場合の危険度だけで測れば、それこそ海未のような強力な冒険者がやってきた場合のほうが高くはなるのだが。それとは別に、別のダンジョンからやってきた魔物はその場に適応できないが故に、周囲の環境を破壊しながらに暴れ回る。
わかりやすいのが、阿蘇ダンジョンに出現したらクリムゾンドラゴンだ。
火山地帯や地底の溶岩洞などを本来の棲家とするクリムゾンドラゴンは、森林や平原が広がる阿蘇ダンジョンに召喚されたことにより、ただただ不快から暴れだした。あるいは、周囲を燃やし尽くし少しでも自分にとって都合のいい環境へと変化させようとした。
そして、その結果。
「――阿蘇ダンジョンから危険と判断されたクリムゾンドラゴンに対処をするために、ダンジョンは魔力の蓄積が不十分ながらに大侵攻を発生させた……と」
そう考えると、少しばかり合点する。
阿蘇ダンジョンでの大侵攻発生時、阿蘇ダンジョン本来の魔物たちとクリムゾンドラゴンの間には同じ魔物同士ではありながら協力関係は見られず、むしろ潰し合いが発生していた。
「つまり、本来その環境にそぐわない魔物を召喚することにより、不完全な状態での大侵攻を誘発可能であり、比較的容易な状態での解決をすることができる。……それこそ、根本への対処だけであれば、私ひとりでも破魔の銀弾を用いればね」
もちろん、全体への対処については影千代ひとりでは足りないだろうが。その点については多少対処が遅れようとも他の冒険者が抑え込むだろう、と。
正直、相当に危なっかしいやり方ではある。実際に被害が出ている時点で褒められた行為ではない。
そもそも、魔力のガス抜きをせず、そのまま放置を続けた場合に、より規模が大きい大侵攻が起こっていたかどうかということ自体が確かめようがない。
だが、事実だけを捉えるならば。たしかに、影千代が誘発した大侵攻は比較的規模が小さく。支樹たちがその場にいたという偶然ももちろんあったとは思うが、被害は小規模で済んでいる。
しかし。やはり、これだけでの評価はできない。
「――そして、大侵攻の誘発のための手段。魔物化が副次的に確立された、その本命の技術こそが、魔物の召喚であり。人間を生贄にした手段、というわけか」
渋谷マルハチで、小夜の身に起きたことを思い起こす。
彼女は突如として現れたフェンリルに、その身を喰われかけた。至近にいた、ということもあっただろうが。きっと、あれは、偶然でもなんでもないだろう。
彼女の体内にある、フェンリルの魔石が、その証左。
「そのとおりだ。魔石を媒介とした魔物の召喚技術自体は、以前よりなかったわけじゃない」
曰く、召喚自体は不可能ではない一方、不完全にしか召喚できず、かつ、すぐに死んでしまっていたのが従来の手段とのこと。
理由としては単純。既に死んでしまった魔物の魔石には、周辺環境から魔力を取り込む能力が停止してしまっているから。
だから、魔石を媒介に魔物を召喚――より正確には、蘇生に近いものだが――したところで、追加の魔力を補充できず、その身体が維持できなくなる。
「だから、人を――魔力吸収が可能な存在にもう一方の魔石を取り込ませて。人間ごと魔石を取り込ませることで、器官を無理矢理に移植させたのか」
「大正解。さすが支樹だね」
「他に、人を犠牲にしないやり方はなかったのか」
「低級の魔物ならまだなんとかなったけど。それだと大侵攻を引き起こすまでには至らなかったからね。高位の魔物を召喚するにはそれくらいの犠牲は必要だったってだけの話」
それに、と。彼女は人差し指をこちらに差し向けながら。
「放置した結果引き起こされる大侵攻で発生する被害との差で比べれば、たったひとりの犠牲で済むなら安いものでしょう?」
真面目な顔で、真剣な声音で。
本気で、そう言い放っていた。
……ああ、これだから。やはりコイツとは相容れない。
「まあ、とは言っても。大侵攻の誘発はあくまで対処療法でしかない」
「……なにを、目論んでる」
「ふふふっ。わざわざ聞かなくともわかってるでしょう? 私の最大の目標であり、夢」
ああ、知っている。
かつて、聞かされた。その、目標なら。
大多数に不可能だと否定されてきたであろう、その夢ならば。
「才能の発現でも対処できなかったのは予定外だったけど。その代わりになる手足は随分と期待できそうだし。なによりも、支樹が一番わかってるんでしょう? 今まで足りなかったピースが、足りているってことに」
「……これに関しては、当人の許可が最優先だ」
「もちろん。安全性なんかを軸に考えるなら、協力することはどう考えても不合理だからね。まだまだ幼いし、発展途上だということも考えると、慎重に考えるべき事項だし、本人の意志は最優先事項」
でも。と、影千代はそう言って。
「きっと、彼女は。首を縦に振るよ。付き合いはまだまだだけど、そういう子だってことは、よくわかってる」
勝ち誇ったような表情を浮かべた。
Tips:水瀬 影千代
実は、目的自体は支樹たちとは大きく違わない(むしろ、似通っていたからこそかつては協力していたわけではあるが)。
ただ、そこに至るまでの手段や掲げる正義が大きく乖離していたために道を異にした。
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