#106
「もう、もうお嫁に行けませんわ……」
「安心なさい、鈴音。私もよ」
全く安心のできない慰めの声を陽鞠さんからかけられます。
吐き戻すことしばらくの訓練。それだけならば、まだ……いえ、相当ではありますが……みっともない姿を見せるだけで済みました。
……が、問題はその先にありました。
「それじゃ、次は個別診断ね」
「個別診断?」
影千代さんのその言葉に私が首をかしげます。
曰く、魔力については許容量などに個人差こそあれども、基本的には全員が同じものを保有し、活用している。そういう意味では全員が同じトレーニングをしても問題はない。
その一方で、その魔力を保有したその先。スキルとしてするその過程や瞬間については、個人の適性や素質が大きく関わってくる箇所。
「まあ、言ってしまえばより精密な適性診断みたいなものだと思えばいい。見るのは適性だけじゃないが」
月村さんが、そうおっしゃられます。その隣で「むふー」と鼻から息を出しながらに胸を張る影千代さん。
……まじまじと見ることはあまりありませんでしたが、よく見ると大きいですね。千癒と同じか少し小さいくらい? 少なくとも、笹良さんより大きいでしょうか。
って、なにをはしたないことを考えているのでしょうか。うう、間違いなく疲れています。
「ふっふっふっ。このときを私がどれだけ心待ちにしていたか!」
「……別に断ってもいい。鈴音たちのためになるというのは事実な一方で、半分くらいは影千代の私利私欲だ」
「ええー、ここまでやっておいてお預けはひどくない?」
わかりやすく怒りを露わに……しているのでしょうか、あれは。
怒っているような、からかっているような。いずれにせよ、当の月村さんには全く通じてはいなさそうですが。
「ねえねえ鈴音ちゃん、陽鞠ちゃん! あなたたちのこと調べさせてくれるよね! ついでにいろいろ調べたこと教えてあげるからさ!」
ずいすいっ、と一気に距離を詰めながらに言ってくる影千代さん。
そういえば、そんなことを言っておりましたね、と。傍らの月村さんは「せめて本音と建前を逆にしておけよ」と呆れたような言葉でため息をつかれます。
「私は、いちおう問題は――」
そもそも、そういう取引で影千代さんの特訓を受けさせていただいているわけですし。
意図的に魔力酔いを引き起こす装置なんていう稀有なものを貸していただけたわけで――魔石は《海月の宿》保管のものらしいですが――かかった準備は相当なものではあったでしょう。
そういう意味でも、受けた恩義に報いるためにも、彼女に協力をするのは筋で、と。そう思っていたのですが。
「待ちなさい、鈴音。いちおう先に私が受ける」
割り込むようにして、陽鞠さんがそうおっしゃられます。
「まあ、私としてはどっちからでもいいんだけど。それじゃ、陽鞠ちゃん、行こっか」
レッツゴー、という軽いテンションで陽鞠さんの手を引きながら別室へ向かおうとする影千代さん。そんな彼女に「おい」と制止をかけたのは月村さん。
「さすがに個別診断で監視をつけないわけには行かない。俺も行く」
「ふふふっ、私が個別診断中になにかすると思ってるんだ」
「思ってる」
「うーん、さすがの支樹の信頼。まあ、我慢できてた保証はないけど」
そこは、できれば我慢できていてほしかったところではあるのですが。
まあ、そんな会話を交わしている影千代さんが「ちぇっ」なんていう舌打ちを、ニヤニヤとした表情のままにしていたところを見るに。おそらくそのあたりまで織り込み済みではあったのでしょうが。
「それじゃあ、支樹も同席するってことで。それでいいね」
「ああ、問題な――」
「ちょーっと待った!」
やっとまとまりかけた話に。しかし、さらなる待ったがかけられる。
声をかけたのは、景さんだった。
「曲がりなりにも乙女の秘密を探るんだから、男子禁制だよ? 代わりに海未さんが行ってくれません?」
「あー……たしかにそれもそうか」
「私? うん、大丈夫だよ!」
そんなやり取りとともに、海未さんが監視役として同席をしていただけることになって。
「……いちおう、この言葉だけは贈っておくけど。頑張ってね、ふたりとも」
景さんが、なにやら不穏なお言葉を投げかけます。先んじて影千代さんの特訓を受けていた――個別診断については、それより前に先んじて受けていた――景さんが。
なんとなく、どこか覚えのあるような空気感。いつだったでしょうか。なんというか、この。
益は確実にあるけれど、それはそれとして足が動きたくなくなるような、この感覚。覚えは、あるのですけれども。
「それじゃ、早速陽鞠ちゃんのこと見せてもらうから。鈴音ちゃんも、ちょっと待っててね!」
そう言いながら、影千代さんは陽鞠ちゃんの手を引きながら別室へと向かいます。同伴するは海未さん。
別室、診断。益と、それから――あっ。
「まさ、か」
わざわざ、景さんが月村さんではなく海未さんを指定した、その理由。
影千代さんの目的が、私たちについてを調べる、ということ。
嫌な予感が、記憶が脳裡を走って。
そして、直後。
「きゃああああっ!?」
予想の、そのとおりに。別室から聞こえてきた、陽鞠さんの悲鳴。
「もしか、しなくとも」
影千代さんって。
……たぶん、系統的には空羽さんと、同じです。
「いやあ、満足満足」
ホクホク顔の影千代さんと。対象的に満身創痍の私たち。
たしかに月村さんに醜態を見られるという最悪の事態こそ避けられましたが、それはそれとしてはしたないお声をたくさん聞かれてしまったわけで。
…………よく考えてみれば、ちょっと今更な気もしなくはないですが。
「まあ、ちゃんとやるべきことはやったから、その点については安心してくれていいよ」
偉いでしょ? と言わんばかりにドヤ顔をする影千代さん。これで自分の趣味を優先していて調査不十分だったからもう一回、なんて言われたら脱兎のごとく逃げ出していた自信があります。
「陽鞠ちゃんについては、私が渡した魔石が完全に定着、同化してるね。どう? 神狼の力」
「それ、実質被害者の私に直接聞くんだね」
遠慮もなにもない影千代さんの物言いに、苦い顔をする陽鞠さん。
「まあ、最初こそ慣れないことは多かったし、どう付き合っていくべきかわかんなかったけど。今となっては自分の力だって認識できるようになってきて。それに伴って操作性も上がってきたかな」
「うんうん、いい傾向だね。なるほどなるほど、魔物化の調伏に関しては当人がそういう構え方をする必要性があるんだね」
カリカリとメモを走らせる影千代さん。
「魔物化ではなく、私のは《獣化》です」
「そうだったね。すまない。たしかに名前は重要だ」
「そうだよ! だから私の《お助け☆アイちゃん》って名前も間違えないでね!」
会話に割り込んできたのは景さん。
スノーホワイトとして活動している彼女にとっては、たしかに一層のこと名前は重要だろう。
「ああ、以降《鷹の目》と言わないように注意しよう」
「また言ってる!」
「まあ、そんな冗談はさておき。名前が重要だというのは別に聞き手だけの問題じゃない。スキルがイメージの世界だというのは、支樹に習っている君たちならば周知のことだと思うが。名前もそのひとつの要素となりうる」
それこそ《魔物化》と《獣化》では、イメージに大きな差があるだろう。もし、陽鞠さんの固有スキルの名前が前者だったとしたならば。発現している現象自体は同様でも、彼女自身のイメージ自体に差が生まれてしまう。
今のようにうまく制御できていたかもわからないし。それこそ、最初に暴走してしまっていたときのように、魔物に意識を奪われていた、なんてこともありえたかもしれない。
「そういう意味では《獣化》はかなり扱えるようになってきているが。その一方で《虚空蹴り》への習熟度が追いついていないように見受けられる」
「……それ、は」
「まあ、理由は大雑把にだが把握できている。そもそも発現するには身体の魔力への適応が低かったというのか一番の原因だろう。《獣化》による補強がないと自在にコントロールできる域に達していないという感じだな」
影千代さんの言葉に、陽鞠さんが口をつぐむ。……図星、だったのでしょう。
とはいえ、それをズバズバと言うあたりが、こう、なんというか。遠慮というものがやっぱりないのだなあ、と。
「《獣化》の習熟度が上がってきている現在ならば、相対的に扱いやすくはなっているだろうが。《虚空蹴り》単体で使えるようにもなっておくことをオススメする。なんならば、必要であれば私が手伝ってあげよう。私としても、外部要因こそあれども固有スキルの二重持ちなんていう稀有な例については知りたいことが多いからね」
「…………考慮には、入れておくわ」
てっきり、最初から断る可能性まで考えていたのですが。思ったよりも素直に受け入れておられました。
「そして、鈴音ちゃん。いやあ、ホントなんていうか。支樹の弟子って感じね」
「月村さんの、弟子?」
「そう。あっ、安心してくれていいよ。褒め言葉だから」
「褒め言葉なのは、わかるのですが」
私たちのそのやり取りに、隣で聞いていた月村さんが「褒め言葉なのか?」と首を傾げます。褒め言葉でしょう。ええ。
とーっても名誉なことです!
「それで。具体的には私は、どのような感じなのでしょうか」
「そうだね。現状の素養だけで語るなら、大抵の役割についてを中品質以上でなんでもこなせる、って感じかな。もちろん、それぞれについて開花させるかどうかは、鈴音ちゃんのこれから次第って感じにはなるんだけど」
曰く、陽鞠さんにも同様の傾向は見られるそうで。師事してる時期が短い景さんにも少しながら兆候はあるとのこと。
他にも《海月の宿》の皆さんも、得意不得意はあれども大体のことは自分でできる……という、水準ではあって。
しかし、その中でも。トレーニングの最初からずっと月村さんの指導でやってきていた私は、頭ひとつ抜け出ている、とのこと。
それこそ、今までそちら方面での修練はあまり積んできてはいないですが。陽鞠さんの斥候や景さんの術師といった役割についても、現状でも最低限以上、練習ひとつで十二分となれる素地は既に出来上がっているらしいです。
実感は、あまりありませんが。
「捉え方によっては器用貧乏ってことになるんだけど。そんなもの、全部を高水準でこなせばなんの問題もない。そしてそれを鈴音ちゃんは、地で行ってる」
「で、でも。私は冒険者ですし。普通の人よりはできることが多いはずで」
「うん。それはそうだけど、たったそれだけでなんでもできるようになってたら誰も苦労してないんだよ?」
それは……そうかもしれませんが!
……あれ、もしかして私、一般的な視点から見るとおかしい側の分類に入るのですか?
いえ、しかし。影千代さんがおっしゃられたように、これは月村さんの弟子らしい傾向、ということは。つまり月村さんこそがとてつもないという話であって。
ちらり、と。彼の方へと視線を遣ると。それに気づいたらしい月村さんは小さく息をつきながらに口を開きます。
「そうなれるような手法は……あのトレーニング方針は、お前が生み出したものだろう」
「私が考えたのは理論上可能なだけの原案。それを実用レベルまで昇華させて、他人に指導できるようになったのは支樹だよ」
「むぅ」
そう言われると否定しづらい、という様子の月村さん。
ところでなぜこのお二方は功績の押し付け合いをしているのでしょうか。
「なによりも、鈴音ちゃんについて特筆すべきは。今のあなたが有しているそれらの素養が、元々有していたものではない、ということ。なんなら、鈴音ちゃん自身、本来なら冒険者自体に向いていなかったはずだしね」
とてつもなく自覚があることですし。本当に、初めたての頃の私は小学生並みと言われても致し方がなかったというのは否定のしようのない事実なので、なんとも言い返せないのですが。それはそれとして、割と酷いことを言われているような気がいたします。
「でも、そんな彼女がいまやここまでの急成長を果たしていて。たくさんの可能性をその身に宿している。その事実が、私はとても嬉しい。なんせ、私が提唱して、支樹が実現させたコレが正しかった、ということにほかならないわけだからね」
ふふん、と。満足げに鼻を鳴らす影千代さん。
「ダンジョンの中では、なにが起こるかわからない。その時々に、なにが必要になるかなんて、そのときにならないとわからない」
もちろん、そのためにチームを組んでいるわけで。仲間と得意不得意を補い合うわけで。
でも、じゃあ仲間がいなかったから死にました、なんて。そんなことになってしまってはなにも残らない。
だから――、
「じゃあ、全部できるようになればいい」
あまりに力技な、しかし、たったひとつとも言える解決法。
誰もが思いつきはしても、諦めてしまいそうになる、そんな方法。
けれど。完全ではないにせよ。その実例は《海月の宿》にあって。
「もちろん、人に依って得意不得意はある」
でも、苦手だからできないと、苦手だからあまりできない、は大きく違う。
だからこそ。
「――努力による適性の発現と開花。私たちが目指したもの。人間の、魔力の可能性の極致は、そこなんだよ」
ゴクリ、と。影千代さんのその言葉に思わず息を呑んでしまう。
そして、私はいままで。そんな指導を受けていた、というわけで。
「ただまあ、私や支樹にできるのは、あくまで導くだけ。才能や適性の種を撒くことはできても、その世話をして芽を出させるのは当人の努力によるところでしかない」
そもそも、大抵の場合は途中で脱落しちゃうんだけどね、と。ケラケラ笑いながらに言う影千代さん。
「だからこそ。今の鈴音ちゃんの身についているその適性は、間違いなくあなた自身が努力で勝ち取ったもの」
誇っていいよ、と。優しい笑みを浮かべる影千代さん。
「ついでに、もーっと頑張ってくれると嬉しいかな! 私としても、とーっても期待してるからね。なんせ、最高の成功例なわけだから――っあだぁっ!?」
「変なものを鈴音に背負わさせるな」
月村さんには頭をはたかれたことを影千代さんが抗議をする。
「んもう、支樹ってば。教え導いたのは支樹自身だってのにさー」
ふんふん、と。鼻を鳴らしながらに言う影千代さんと、呆れた様子の月村さん。
「俺はただ、どんな状況からでも生きて帰るための方法を教えていただけだ。どれだけ泥臭くとも、どれだけ見苦しくとも」
それが、冒険者として最も大切なことだから、と。
Tips:星宮 鈴音
「もしかして、私ってとんでもない側の冒険者だったんですか!?」
そうだよ。
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