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104/117

#104

 結局、陽鞠さんのファンクラブについては「公式に認めるわけじゃないけど、勝手にやるぶんには私が口出しをすることでもない」ということで、実質的に存在が認められた上で「コソコソするな。変な気配を辿っちゃうからそっちのほうが厄介」というところに落ち着きました。

 その結果、翌日からというもの、陽鞠さんのところに訪れる方が増えて――私や彼女が想定していた数倍くらいの規模で――もしかしなくとも、ファンクラブの規模を完全に見誤っておりました。

 より正確には、自制では抑えきれなくて行動に移していた人はそこまで多くはなかったものの。ファンクラブに所属するくらいには陽鞠さんのことが好きだったり憧れたりしていた人はかなり多かったらしく。


「……どうして」


 こう、なったと。

 落ち込む陽鞠さんに、笹良さんが慰めようとしながらも、どうしようかとあわあわして。

 その隣では津々見さんが楽しげに笑ってらっしゃいます。……まあ、彼女は直接には関わっていなかったものの、詳細はある程度知っていたので。この結果もそれなりに予測はできていた、ということでしょう。


「いやあ、人気そうでよかったじゃない、小夜」


「殺すわよ、津々見」


 バチバチとした視線を交わすふたりに、間に立っていた笹良さんが更に大きく慌てます。

 笹良さんの心配もわかりはしますが、まあ、大丈夫でしょう。あれもたぶん、仲良くしているだけでしょうし。


「ふふっ、陽鞠さんの学校生活が楽しくなりそうでよかったです!」


「鈴音? あなたの目は節穴かしら?」


 そうは言う陽鞠さんですが、その表情には少しばかりの笑みがあって。

 ええ、やっぱり。よかった、と。そう思うのです。






「ただいま帰りました! ……帰り、ました?」


 自分で告げた言葉に思わず首を傾げてしまいながらも、ひとまず玄関へと足を踏み入れます。


「おう、おかえり」


 いつものように迎えてくださるのは月村さん。

 そして――、


「おかえり、鈴音ちゃん、陽鞠ちゃん! 千癒さんもお仕事お疲れ様です!」


 元気いっぱいの様子で出迎えてくれる、海未さん。そう、現在私たちは《海月の宿》のギルドハウスへとやってきていました。

 理由は至極単純、諸般の事情(影千代さん)の影響もあり、景さんや月村さんがここに滞在する必要があるためです。

 もちろん、私や陽鞠さんに関しては特段ここに来なければならない必要性はないのですが。とはいえ、曲がりなりにも月村さんの弟子なので。こうして《海月の宿》のギルドハウスに訪れているというわけです。……未だに、ちょっと慣れないですが。


 それこそ、本当にここにいていいのかとちょっと不安になることはありますが。《海月の宿》の皆様は私たちに優しくしてくださいますし、なんならばあれこれといろいろ教えてくださいますし。……訓練となると、ちょっと厳しいところもありますが。それも、成長のため、ですから。


 それに、訓練がキツイのは今に始まった話ではありませんし。月村さんから課されるもののほうが……いえ、あまり深く考えないようにしましょう。

 慣れてきている自分がいる、というその事実から目をそらします。


「それで。もはや当然のごとくあの人は闊歩してるのね」


「おやおやおや、陽鞠ちゃん。あの人とは、もしかしなくても私のことかな?」


 陽鞠さんが口にした言葉に反応するようにして。ぐいぐいっ、と。近づいてくる女性――影千代さんだ。

 いちおうは監視下、という扱いにはなっているはずなのですが。もはや、普通に歩いているというのが状態化しています。


「ちょっと、水瀬さん! まだ、まだ話の途中ですからあ!」


 そんな彼女を追いかけるようにして、バタバタとした足取りで女性がやってきます。

 見覚えはある女性の顔に、私は少しばかり記憶を思いを起こします。


「ええっとたしか、真庭さん、でしたっけ?」


「およ? ああ、鈴音ちゃん。いらっしゃい! ……いらっしゃい?」


 挨拶をしたまではいいものの、どうやら私と同じような疑問を抱いた様子の真庭さん。

 冒険者協会の職員である真庭さん。以前にお会いしたのは広島から帰ってきたとき、こちらに訪問をさせていただいた際でしょうか。

 なんでも《海月の宿》の専属をしていらっしゃる職員さんとのことで、それだけですごい方なのだとは思います。

 ……記憶の蓋の下には、こう、外聞を気にせずに泣いていた姿が封じられていたような、そんな気もしなくはありませんが。


「真庭さんはどうしてこちらに?」


「ああ、ここに来たのは用事がふたつあってね。ひとつ目は、月村さんの冒険者登録絡みの話」


 曰く、前者については月村さんの冒険者証の再発行、もとい冒険者登録の復元に関する報告。

 いろいろと事情があって以前の冒険者登録が抹消された……というか、御自身で抹消していた月村さんでしたが。この度、その登録が復元されたとのことで、以前までのものに戻られたとのことです。

 せっかくですしと冒険者証を見せていただいたところ、ランクはSS(最高)。驚きもありましたが、納得のほうが強かったです。まあ、ええ。

 当の本人としては「海未たちに付き合っていただけだから、過分な気はするけどなあ」と仰っていますが、たぶんそう思っているのは月村さんだけかと。


 ちなみに、登録の復元については特例措置……というか、本来は不可能な手続きを内々に行ったものであり、口外禁止とのこと。

 直接的ではないにせよ、原因の一端が私にあるので。真庭さんたちに振りかかったであろう仕事を思うとちょっとばかし申し訳ない気持ちが湧いてきます。


「それからもうひとつは、影千代についてだよ」


 先程、陽鞠さんがちょっぴりぼやいていたように。もはや自由に歩き回りすらしている影千代さんですが。いちおう、現在の取り扱いとしては《海月の宿》の監視下。

 冒険者協会としても、彼女が実行した大侵攻《スタンピード》の誘発や人間の魔物化といった技術については警戒せざるを得ない。

 ただ、彼女を縛る法令なんかがない以上、冒険者協会にも、そして《海月の宿》にも、影千代を拘束したりする正当性はないわけで。


「あくまで《海月の宿》の協力者、という立場で現在ここにいて。私たち協会とも、《海月の宿》を通して接触をしている」


「……という建前さ。全く、君たちもいろいろと面倒だねえ」


「誰の! せいで! こんなに仕事が増えてると思ってるんですか!」


 ひぃん! と。目をきゅっとしながらに全身で怒りを表現してみせる真庭さん。

 でも、あんまり怖くないというか、どちらかというとかわいらしい。

 影千代さんにも同じく感ぜられたようで、頭をなでなでされてしまっているし。


「まあ、少なくともここにいる間は、いちおう大人しくしておくと約束しよう。そうじゃないと支樹や海未が怖いからね」


「俺たちがいなくても大人しくしてろ」


「ただ、協会と協力関係を結べるかは別かな。私の興味の邪魔をしないか、もしくはそれ以上のなにかを提示してくれるのなら話は別だけど」


 前者に関しては、不可能でしょう。目的や意図がはっきりしていない現状、それらは抜きにして考えるにしても影千代さんの行動は結果的に冒険者協会としては見逃せない被害を生み出しています。

 ならば提供できる取引材料は後者、別の興味の対象……になるわけですが。こちらも、簡単な要件ではないでしょう。そもそも、影千代さんの興味がどこにあるのかが私はわかっておりませんが。


「まあ、そういうわけだから協会とは直接の協力は現状するつもりはないけど。君たちが欲しい情報については、そこまで気にしなくてもいいと思うよ。どうせ、支樹たちから流れてくるだろうし。タダ乗りできる分、君たちにとっても楽じゃないかな?」


「うう、すみません皆さん。お力になれず……」


「問題ない。俺たちとしても必要な情報だし、共有をするほうが合理的だからな」


 ペコペコと月村さんに頭を下げる真庭さん。

 影千代さんの言うことも事実でしょうし、月村さんからしてももののついでではあるので、実際問題としてそこまで大きな差はないのでしょうが。それはそれとしてなにもできないことに申し訳なさを感じてしまっている様子。

 そのまま、隣にいた海未さんにも同じく頭を下げてから。


「鈴音ちゃんと、陽鞠ちゃんも。ごめんね、私たちがなにもできないばっかりに。まだ高校生のふたりにまで頼ることになっちゃって……」


「いえ、問題ありません! 私たちにできることであれば――」


 あれ? 少しだけ話の流れに違和感を覚えます。

 月村さんや海未さんが頭を下げられるのはわかります。だって、直接に影千代さんと取り引きはおふたりを中心に進められることでしょうから。

 しかし、それならばわざわざ私たちの方まで頭を下げる必要は……一切ないとは言わないまでも、ここまで丁寧に、かつまるであたかも戦地に送り出すかのように言う必要はないわけで。


「おお、支樹。今のは本人からの許可が出たって見方でいいんじゃないか?」


「なわけねーだろ。少なくとも影千代《おまえ》に言ったわけじゃない」


「ちぇ。まあ、だったら私が改めて許可を取ればいいだけなんだけど」


 なにがなんだかわかっていないままに私がキョロキョロと月村さんとか影千代さんの顔を交互に見ていると。影千代さんはニコーッと全力の微笑みをこちらに向けながら、話しかけてくる。


「ねえねえ鈴音ちゃんと陽鞠ちゃん、あなたたちのことを調べさせてもらってもいいかな? 私、今とーってもあなたたちのことに興味があるの!」


「はへ? ……はい!?」


 興味の矛先、こっちでした!?


 あまりの勢いに、思わず一歩二歩後退ってしまいますが、しかし影千代さんが即座に合間を詰めてこようとして。

 月村さんが、そんな彼女の首根っこを掴みながら、制止をしてくださいます。


「……嫌なら別に断ってもいい。特に陽鞠に関しては思うところも大きいだろうしな」


「でも、さっきのお話を考えると。影千代さんの興味対象である私たちが断ってしまうのはよくないのでは?」


「うん、よくな――」


「問題ない。そもそもそっちの要件は俺たちの仕事だし。鈴音たちに負担をかけさせるつもりはない」


 影千代さんの言葉に割り込むようにして月村さんがそうおっしゃいます。


「……ただ、いちおう話だけでも聞いて見る価値はある、とは思う」


 苦い顔をしながらにそう言う月村さん。そんな彼の反応に「へぇ」と、興味を示したのは陽鞠さん。

 たしかに。月村さんたちと影千代さんだけで目的自体が完結している以上、私たちにとって――特に陽鞠さんにとって――利がないのであれば、こうして直接に話を持ちかけられる前に、月村さんか海未さんに話が通った時点で突っぱねられていたことでしょう。


「例えば探知《サーチ》なら琴風に聞くほうがいいだろうし。放出系スキルであれば優姉に教えを乞うほうがいいだろう」


 実際、ここ最近は《海月の宿》のギルドハウスにお邪魔をさせていただいているついでに、皆様にいろいろと教えていただいています。

 少しばかり畏れ多くはありますが、同時にとてもありがたいお話で。


「そういった、個々のスキル単位で見るのであれば、影千代はその道を追求したスペシャリストには敵わない」


「実際、使えはするけどそれなりに、ってだけだしね。戦うのとか本業じゃないし」


 おどけた様子でチロと舌を出してみせる影千代さん。


「だが、その一方で。影千代《こいつ》の能力、いや、知識は。この場にいる全員はおろか、この世界で一番とも言えるし。それは、鈴音や小夜がより深く理解をするための、強くなるための一助になる、はずだ」


 ――俺や、海未がそうだったように。と。

 月村さんは、そう言ってから。影千代さんを指し示して。


「影千代は、魔力やダンジョン。そして――スキルという体系全般に対するスペシャリストだ」

Tips:小夜 陽鞠

 両親とは、法律上未だに柵に囚われているところはあるが、体裁上ではほぼ決別済み。

 広島や高輪でのこともあって彼女の知名度があがると接触してきて金の無心をしてこようしたが、当然に断り、逆上して襲いかかってきたところを(今度は魔力による身体補強には頼らずに)返り討ちにし、逆に接触禁止を取り付けた。

 その際に心無い言葉を投げかけられたが「残念、私もれっきとした人間なのよ」と一蹴をした。

 まだ未成年なため、諸々の手続きなどで親と関わらざるを得ないのだけが最近の悩み。




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